Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その4 見張り
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「くそ〜、あの女、初日から人をこき使いやがって・・・・」
ぶつくさ言いながら、俺は双眼鏡を覗き込む。
村の入り口に設置されている見張り台、高さ三メートル以上の台の上に俺はいた。
「葵から望遠鏡を借りてきたのはいいけど、ほとんど見えないじゃないか」
この世界に来させられてからの最初の夜、辺りは昏々と静まり返っていた。
電気という科学の力で夜の混沌を破っている日本では違い、村は日が沈むと真っ暗闇になる。
そんな闇の世界を照らしているのは家内や外に置かれているランプ、そしてかがり火のみであった。
「京介さ〜〜〜ん!!異常はありませんかーーーー!!!」
「ああ、特に異常はなし。まったくもって平和そのものだ」
双眼鏡を覗き込み村の外を見渡すが、どこにも盗賊らしき影はなかった。
それにしても、こんな夜中に元気な奴だな・・・・
見張り台の下で血気盛んに手を振っているソラリスを見て、俺はため息を吐く。
「差し入れ持ってきましたけど食べませんか?お茶もありますよ!!」
「お、それは助かるな。じゃあ御馳走になるかな」
俺は見張り台の上からはしごで降りて、地べたに座り込む。
ソラリスも持っていたランプと包みを置いて、俺の前にきちんとした姿勢で座った。
「いや、別に正座する事はないだろう。もうちょっと楽にしろよ、楽に」
「いいえ、そんな!僕はまだまだ見習いでしかありませんから!」
「俺だってそうだって。だから俺達は組まされたんだろう」
村長との話の後、俺達はリーダーのカスミから正式に命令が下された。
俺、葵、そしてソラリス、この三人は冒険者としても戦士としてもまだまだ三流なので、
三人でそれぞれに役割を分担させて仕事をこなすように。
これがカスミから下された命令だった。
そしてさっそく今夜の村の見張りを命じられ、こうして夜遅くなのにかり出されている始末である。
「でも僕、今日の京介さんの会議の意見には感心しました!
堂々とされていましたし、僕じゃとても真似は出来ませんよ!」
ソラリスは暗闇の中をきらきら目を輝かせて、俺の方を見ている。
うーむ、そこまで言われてもあんまり嬉しくない。
「普通だろう、あれくらい。ちょっと考えれば分かるぞ」
「普通だといえる所がすごいんですよ。京介さんは学問を習っておられたのですか?」
「学問という程大層な事でもないけど、五歳くらいから勉強はしていたぞ」
特に俺の場合、小学校に入る前から親父の発明品等にふれて育ってきた。
おかげで国語等の教養系はさっぱりだが、数学や化学等の理工系には自信がある。
「そうですか、やっぱり・・・・うらやましいですよ。
僕はこの村でずっと育ってきましたから、学問とよべる物は何も学んでいないんですよ」
「え?お前ってこの村の出身なのか」
てっきり槍なんて持っていたから、俺は雇われた冒険者かと思っていた。
「はい、僕は幼い頃からこの村で育ってきました。
毎日毎日畑を耕して、精魂込めて作物を育てて両親と生計を立ててきたんですよ」
いろいろな思い出を思い出しているのか、ソラリスは少し懐かしそうにする。
置かれているランプの明かりに照らされたその顔は、どこか影があった。
「そうか、じゃあここがお前の故郷って事だな。じゃあさっき持っていた槍は・・・・・?」
「ああ、あれは自衛用です。扱いに慣れている訳ではありませんが、素手で戦うよりはいいと思って。
毎日練習しているんですけど、なかなか上達しません」
才能がないんですかね、とソラリスは明るく笑った。
じゃあ、結局こいつも俺達と同じ庶民って事か。
「でもよ、じゃあどうして冒険者達と一緒に仕事をやってるんだ?
あいつらは仕事のプロなんだから、危険な仕事は任せておけばいいだろう」
埋まれついての運命という言い方は俺は好きではないが、
それでも人にはそれぞれに適役があると思っている。
少なくとも仕事で雇われている限り彼等は必ず村を守り、盗賊を退治してくれるはずだ。
それなのに、わざわざ進んで危険な仕事をする理由が分からない。
「そうですね、やっぱり・・・・・この村が好きだからです。
僕の生まれた、そしてずっと育ってきた僕の故郷。
それを壊そうとする奴等から、僕が村を守りたいとそう思ってるんですよ!」
握り拳を固めて、ソラリスは力強く宣言する。
俺にはどうもそういう気持ちはぴんと来ないが、それは平和な時代で育ってきたからだろうか・・・
「村を守りたい、か。まあいいじゃないか。
ソラリスのような奴がこの村にいるかぎり、まだ村にも希望はあるだろう」
「いえいえ、そんな。僕なんてまだまだですよ。
リーダーの足を引っ張らないか、いつもひやひやして頑張っていますから」
ソラリスは苦笑して、地面に置いた包みを開く。
すると中には、ふっくらとした美味しそうなパンが5個包まれていた。
「手作りのパンですけど、結構美味いのでよかったら食べて下さいよ」
「へえ、手作りのパンか・・・・」
そういえば考えてみると、この村についてから何も口に入れてなかったな。
到着するなり会議があったし、会議が終わったら終わったでさっそく見張りだったからな。
遠慮なく御馳走になるとしよう。
「お・・・・ちょっと焦げ目があるけど、熱々で柔らかいな」
口の中に頬張ると、パン特有の柔らかさと香ばしさが広がり、口の中をとろけさせる。
手作りのパンらしいが、かなりの美味だ。
「そうでしょう!まだありますから、いっぱい食べて下さいね!」
どうぞどうぞと善意の笑顔で、ソラリスは俺にパンを勧める。
本当に真っ直ぐで純朴な青年である。
俺はパンをもぐもぐさせながら、こっくりと頷いた。
『あ!?俺に差し置いて何を食べているのだ、友よ?!』
「ぶうぅ!?」
「うわ!?汚いですよ、もう・・・・」
げほ、げほ・・・・・
突然俺とソラリスの中間上の空間に、葵の顔が映し出せて思わず口の中のパンを吐き出してしまった。
いきなり出てくるなよ、こいつは!?
いきなり出てくるなよ、こいつは!?
『きちんと見張りをしておかないと、麗しのリーダーに怒られるぞ』
「やかましい!大体、何度も『ビジョン』を使って連絡してくるなよ!」
空間上にテレビ画面サイズの映像が映し出され、そこに葵が映っている。
勿論、葵は今ここにいる訳ではない。
これが『ビジョン』のもう一つの機能で、距離的な限界はあるもののこうした会話が出来るらしい。
いわゆるテレビ電話の立体版だ。
『ビジョン』同士の互換性があれば、こうした連絡は可能になるとの高原の親父さんの弁だ。
『いやー、こういう通信はやってみたかったからな。
はっはっは、この世界に来てからというもの夢が叶ってばかりだ』
「この程度の事は、現代科学力も最先端なら可能になるぞ」
いつか絶対にビジョンを解体して、中身を調べてやる。
魔法なんていうあやふやな物よりも、科学力が凄いという事を証明してやるぜ。
俺は対抗心に燃えた。
『それよりもなかなか美味そうなものを食べているではないか。
俺の分も残しておいてくれよ、友よ』
「いっぱいありますから、葵さんの分もちゃんと用意しておきますよ」
『おお、さすがは我が新メンバー。気配りがグットだ!』
映像の向こうで、葵は親指を立てる。
いきなり『ビジョン』を使いこなしている、というか慣れている葵はちょっと凄いものを感じる。
「で、村の様子はどうだ。誰か怪しい奴とかはみかけなかったか?」
『うむ、一件一件尋ねているが特に目立った奴はいないな。
皆、不安に脅えた生活をしているようだ。
我が輩が行くと警戒されたり、安心されたりした』
これまでの経緯から、奴等は夜に襲ってくると定石がある。
それが村の人達の不安を買っているのだろう。
いつ襲ってくるか分からないその恐怖は精神すら蝕む。
「了解、こっちも特に目立った動きはないみたいだ。
とりあえず巡回が終わったら、こっちに帰ってこい。交代班と代わって休もうぜ」
見張りは2グループに分かれて、それぞれ一定の時間を決めて仕事をしている。
約3時間といった所だろうか。
交代しているその間に仮眠を取り、疲れを癒す。
もっとも盗賊団の襲撃に備えてすぐに出られる様に、ときつく命令されているが。
『分かった。もう少ししたらそちらに戻る。
パンはきちんと残しておくように。食べきったら末代までたたるからな』
「何気にお前だと末代まで生きてそうで恐いよ」
『はっはっは、正義のヒーローに不可能はない!じゃあそういう事でまたかける』
「もうかけなくていいから、早く戻ってこい」
これ以上話していてもうるさいだけなので、とっとと『ビジョン』を切った。
まったく見張りを始めてから何度も何度も通信を繋いできやがって・・・
新しい玩具を手に入れて喜ぶ子供と変わらないな、あいつは。
「京介さんと葵さんはとても仲がよろしいのですね。うらやましいですよ」
「そうか?仲が良いというか、いつも腐れ縁で一緒になっているだけだぞ」
もっとも、こんな世界にまで一緒に来る羽目になるとはちょっと思わなかったが。
「いいんじゃないですか、そういう関係も。
縁がある相手ってなかなか見つからないものですよ。
僕も欲しいですよ、そういう仲間が」
頬をこりこり掻きながら、ソラリスは少し寂しく笑った。
「お前にだって友達くらいいるだろう?村の同年代とか」
「うーん・・・・友人もいたのですけど、ほとんどが余所に流れてしまいましたよ。
京介さんもこの村へ来た時に見たでしょう?
盗賊団の襲撃で村はすっかり荒廃してしまって、生活が成り立たなくなったんですよ。
今じゃ襲撃前と比べて、およそ半数にまで減りました・・・・」
辛そうに、そして悔しそうに声を滲ませるソラリス。
村長さんと同じ悲痛な様子が感じられて、俺は居心地が悪くなった。
「なるほどな・・・・それでお前は村を守りたくてここに残って戦っている訳か」
「はい、カスミ様に必死でお願いしてメンバーに入れてもらいました。
今の村の秩序もあの人がいるお陰で守られているんですよ。
本当に凄いですよ、あの人は・・・・・」
まるで自分の事のように誇らしく、憧れを抱いてソラリスは語る。
「まあ、確かにあの若さで束ねているのは凄いけど、そんなにあいつって憧れるような奴か?
人を顎でこき使うわ、偉そうだわ、あいつの下にいると疲れるだけだと思うぞ」
こうして初日から見張りに立たされているしな・・・・
悪い奴だとは思わないが、ああいう真面目そうなタイプは俺にはどうも合わない。
「あの人はあの人なりに一生懸命だと思います。
僕達や村の人の事を考えて、一生懸命に頑張ってくれているんです。
多分、一番働いているのはあの人だと思いますよ。
見張りのチェックや襲撃に備えての準備や指揮で、昼も夜も働いていますから」
「・・・・そうなのか?」
「はい、カスミ様は皆から頼りにされていますからね。
僕達の期待にいつも応えて下さります!
威厳もあるし冒険者としての実力も凄いらしいですし、一人で何でもこなしているんですから!
僕も頑張ってカスミ様のように立派な人間になりたいと思います!」
一人でなんでもこなす凄い奴、か・・・・・
初対面や会議室でも感じた威厳、知性、そして何より人望。
それにプラスして人並み以上に努力して、仕事も完璧にこなしている訳か。
ソラリスの話から、俺はそう察した。
だけど・・・・・・
それって疲れないのかな・・・・・・?
手に持っていたパンを口に放り込み、俺はふと静かな夜空を眺めた。
<第二章 ブルー・ローンリネス その5に続く>
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