Ground over 第二章 -ブルー・ローンリネス- その5 兆し
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盗賊団が襲いかかるという恐怖に包まれた村、『ルーチャア村』。
王都に行くための旅費を稼がなければいけない俺達は、現在この村で警備の仕事に就いている。
人間住めば都とはよく言ったもので、俺達がこの村へ到着して早くも五日が過ぎ、
すっかり村での生活が身に付いてしまった・・・・・・・
「う〜〜〜、眠い、眠すぎる」
重い瞼をごしごし擦りながら、俺は寄宿舎の廊下を歩いている。
昨晩は交代で村の見張りを務め、頻繁に起きては寝るという不規則な生活習慣を送っているせいだ。
腕時計を見ると、現在は午前六時。
元の世界ではまたぐっすりと眠っているはずの時間で、そう考えるとやや鬱になる。
「一体いつまでこの世界にいないといけないんだろうな・・・・」
廊下に設置されている小窓から外をのぞくと、見慣れた村の光景が飛び込んでくる。
幸いなのか無駄なのかどうかはまだ判別しないが、村の地理はすっかり身についている。
五日間昼夜に渡って、しっかりと巡回、そして警戒を怠らずに行った結果だろう。
だけど、いまだに盗賊段は影も形も見せていない。
「本当に来るのかよ、この村に・・・・・」
作戦会議での村長の態度や巡回で廻った人達の不安と恐怖を見ていると嘘とは思えないが、
こうした現状の朝の平和な光景を見ていると、とても盗賊団が襲ってくるようには見えなかった。
「油断は禁物だ。奴らに寝首をかかれるぞ」
「あ、お前」
窓の外から目を離して正面を向くと、カスミが書類を片手に立っていた。
「気が抜けているようだな。見張りがそんな事では村民の安全性が低くなる。
もう少し気を引き締めることだ」
ぼんやりとしている俺とは対照的に、こいつは朝からきびきびと俺に説教をたれてくる。
「へいへい、気をつけます」
「返事をする時ははい、だ。誠意が足りないぞ」
「細かいことばかり言う奴だな・・・・お前、こんな朝早くから何をしてるんだ?」
俺はこれから洗濯やら料理やらと雑用が待っているのでこんなに朝早く起きてはいるが、
まかりなりにもメンバーのリーダーを務めるこの女が早々仕事をする必要はないと思うのだが。
「私はこれから村の周辺を周って、地理の把握と襲撃の際の作戦の修正をする」
「地理の把握なら誰か他の奴に地図を書かせればいいだろう?お前はリーダーなんだからよ」
「そうはいかない。自分の目でしか判らないことがある。
いざという時にどのような事柄が役に立つのか分からない時だってあるんだ」
うーむ、仕事熱心な奴である。
仕事への熱心さは確かに凄いと思うし、一つの事をやり遂げたいと思う気持ちは俺にも共感できる。
科学者たるのも途中で諦めようとする気持ちや、心の堕落は一番の進化への敵となる。
だけど、こいつの場合・・・・・・
「でもお前、昨日も徹夜で会議だったんだろう。寝てないんじゃないか?」
深夜に交代で俺と葵が見張りを続けていた時、寄宿舎の明かりが煌々と点いていた。
昨日の見張りの時間帯から計算すると、こいつは二時間足らずしか寝ていない事になる。
「私は何ともない。やらなければいけない事がたくさんある」
「少しは休まないといざって時にぶっ倒れるぞ」
「余計なお世話だ。お前のほうこそいい加減少しは仕事に役立てる用に頑張る事だ」
そう言い放って、カスミは蒼い髪をふわりと揺らして去っていく。
「あいつ、大丈夫かよ本当に・・・」
村へついてから今まで、一応同じ屋根の下でカスミと俺は住んでいる。
例えば他に雇われた冒険者や傭兵達は命じられた仕事はきちんとこなすものの、
プライベートな時間はそれぞれにちゃんと過ごしている。
葵も時間があれば他の冒険者達とこの世界についていろいろと話して趣味を満喫しているし、
キキョウは村の外の野原や木の上ではしゃいでいる。
俺にしても『ビジョン』等のこの世界に道具の研究や開発、バイクの整備に余念がない。
だが、あいつだけは違う。
あいつはいつも装備をきちんと整え、青い胸当てをつけ剣を腰にぶら下げながら、
各仕事の責任者との打ち合わせや、装備の補充、村の安全性への考慮に余念はなく、
常に朝から晩まで働き続けていた・・・・・・・・・
少なくとも、俺はあいつのリラックスしている姿を見たことがない。
「まあ、人の心配をしているほど余裕があるわけじゃないけどな」
いざ盗賊段襲撃となった場合、役立たずになるのは俺と葵だ。
だからこそ、日々の細かい仕事くらいはきちんとこなさなければいけない。
「うし、じゃあ洗濯から始めるか!」
気合一発入れた後、所帯じみている自分の発言に気がついて俺は落ち込んだ。
何が悲しくて傭兵達の服の洗濯をしなければいけないのだろうか・・・・・・・
「あ、京介様〜!!おはようございますぅ!!」
腕時計で午後12時、俺は寄宿舎一階の大食堂にいた。
飯を取る所は寄宿舎ではここしかなく、その為に大量の椅子やテーブルが並べられている。
無論アルミや鉄製なわけはなく、思いっきり生活観のにじみ出る木製でがあるが。
「お前はいつでも元気だな。羨ましいよ、まったく」
入り口から俺を見つけるなり全速力でこちらへ寄って来る妖精を見て、俺はため息を吐いた。
初めてこの食堂で朝食を食べた時はこいつが乱入して騒がれたものだが、今では皆慣れっこになっている。
「えへへ、それが取り柄ですから」
「それしか取り柄がないけどな、お前は」
木製スプーンでスープを啜りながら、俺はそう言ってやった。
今日の昼の献立はコッペパン一つに皿に盛られた野菜の具のスープ、肉は無し。
美味くも何ともない食事だが、贅沢は言うなかれ。
この村の事情を考えれば、食事が一日三食出るだけでもありがたいほどなのだ。
・・・・・・力が出ないことも確かだが・・・・・
「うう、そこまでハッキリと言う事はないのにぃ〜」
「はっきり言わないと自覚しないからな、お前って」
この五日間を通して、こいつと過ごす生活もすっかり慣れてきている。
この妙に世話焼きの妖精は何故か俺の周りによくくっ付いて来て、雑用を手伝おうとする。
無論腐ってもこんな虫に頼るつもりは毛頭なく、俺は俺で仕事をしながらこいつの好きにさせている。
俺の人差し指よりやや長い程の身長しかない女の子。
普通に考えるとこんな生命体の存在はおかしいはずなのだが、日頃の態度に何故か違和感を感じなくなった。
おかしなものである・・・・・・・・・
「?どうしたんですかぁ、京介様?私の顔に何かついてますかぁ?」
「そうだな、目と鼻と口がついているな」
「そ、それって当たり前ですよぉ〜」
キキョウはふわりと飛んで、俺の右肩に座る。
毎回追い払っても泣いて座らせてくれと懇願するので、俺はもう注意する気にもならなくなっていた。
「葵の奴、仕事は頑張っていたか?」
「はいぃ、葵様は元気に厨房でお皿洗いを頑張っていましたぁ。
これも勇者への第一歩だぞ、同志!って叫んでましたよぉ」
・・・・・・・どこへ行っても恥ずかしい男である。
いつも前向きな姿勢は見習いたい部分もあるが、あの妙なテンションはどうにかならないのだろうか?
考えても無駄な気がして、俺は黙ってパンを齧る。
この前のパンとは違って固いな、これ・・・・・・・・
「見張りの方はどうだ。連中が来そうな気配はあったか?」
「特にありませんでしたぁ。空から見てみましたが、周囲に異常な気配は感じられません」
まかりなりにも羽が生えているので空からの偵察を頼んでいるのだが、
どうやら今日も異常は全然ないようだった。
やはり盗賊団は俺達の動きを警戒しているのか、それとも別の村に焦点を変えたか・・・・・
「このまま何事もなければ本当にいいんだけどな」
「本当にそうですねぇ・・・・・・・・・」
やっぱり殺し合いなんぞ目の前でやってほしくないし、俺だってやりたくない。
俺は今後の平穏を祈りつつ、あまり味のないスープを啜った。
草木も眠る丑三つ時。
朝、昼の仕事が終わると例によって例の如く、俺には夜の見張りが待っている。
「京介、何か異常はないか?」
「ああ、全然何事もないぞ」
俺は双眼鏡を覗き込み周りを見渡すが、周囲は真っ暗でそれらしいものは何も見えない。
何度か周囲を確認して、俺は下にいる葵に返答した。
「毎日毎日、俺達よくやっているよな・・・・・・」
我ながらたいした忍耐と環境適応能力である。
「うむ、こうして村の役に立てているのだ。正に喜ばしいことではないか」
葵は腕を組んで、しきりにうんうんと頷いている。
「お前は単純でいいよな。こうしている間にも時間は過ぎていってるんだぞ」
この世界に辿り着いてもう五日。
今頃大学でも次々と授業出席に罰がついているに違いない。
それに俺達の不在に気がついた友人達が、行方不明になっているのを危ぶみ警察に通報する可能性がある。
そうなると、帰ってからの騒動は一筋縄ではおさまらないだろう・・・・
「どうした、友よ。随分と元気がないではないか」
「呑気な奴・・・いいか、早い所元の世界に帰らないとどんどん事態がやばくなるんだぞ」
「?どうしてだ?」
やっぱりこいつ、分かってないし・・・・・・・・・
俺は頭を抱えたくなりながらも、親切に説明をしてやった。
「このまま一ヶ月も一年もこの世界にいてみろ。
俺達がいないことに気がついた奴らが警察に絶対連絡するぞ。そしたらどうなると思う?
どこを探しても行方がわからない、やがてはマスコミが食いついてくる。
やがてはパニックだ。
そんな状態で俺たちがすごすご帰ってみろ、絶対に聞かれるぞ。
『今までどこにいたんだ?』」って。その時にどうやって説明するんだ、お前」
「その時はきちんと言えばいいだろう、この世界にいたと」
「だ・か・ら!!誰が信じるんだよ!!」
今でこそ慣れてきてはいるが、こうして召還された俺でも信じがたいのだ。
警察や友人にそんな事を言えば戯言ととらえられて、しつこく追求される危険性がある。
その事を考えると今から頭が痛い・・・・・・・・・・・・
俺が悩んでいると、葵が見張り台の下から気楽に笑った。
「大丈夫だ、友よ。きちんといえば信じてもらえるさ」
「はあ・・・・・お前っていつもよくそんなに平然とできるもんだな」
まったく単純で羨ましい奴である。
すると葵はちっちっちと小さく人指し指を振る。
「どうやら分かっていない様だな、友よ」
「なにがだよ」
「もし、俺が仮に一人でこの世界に飛ばされたとしよう。
その時は俺とて絶対にパニックになっていたはずだぞ」
「へ?どういうことだ、それって」
俺が問い返すと、葵はにっと笑って俺を見る。
「お前と一緒だったからだ、友よ。心強い相棒がいるからこそ、俺はこうしてのびのびとやれるんだ」
・・・・・・・・こいつはこういう奴だ。
何事にも素直で、単純に心の中を示すことができる。
俺は照れくさくなり、そのまま見張りに戻って双眼鏡を目にあてる。
照れくさくなくなれば、また会話に戻・・・・え?
「何だ、今の影・・・?」
俺は双眼鏡を離して、村の外の様子を見る。
すると暗闇でよくは見えないが、何やら闇の中をこっちへ向かってくる揺らめきの様なものがあった。
ま、まさか・・・・・・・・
俺は慌てて双眼鏡を覗き込み、前方をチェックする。
すると今後ははっきりと、馬に乗ってこちらへ駆けてくる多数の人影が見えた。
村の人間ならば剣を片手に持っているのはおかしいし、傭兵達なら馬に乗ってくるはずがない。
・・・・・・・・・・・・おいおい、まじかよ!?
「おい、葵!!!!緊急事態だ!!!」
「どうした、友よ。トイレにでも行きたくなったのか?」
「ああ、ちょっともよおして・・・・ってそうじゃねえ!来たんだよ、盗賊団が!!」
「な、なんだと!?」
「今すぐ寄宿舎に行ってカスミ達を呼んで来てくれ!!」
「分かった、すぐに行く!!」
葵は慌てて走り去るのを確認して、俺は見張り台の天井よりぶら下っている小さな鐘を見る。
使いたくなかったんだけどな・・・・・・・・・・・・・
俺は震える手を必死で抑えながら、何度も鐘を鳴らして叫んだ。
「盗賊が来たぞーーーー!!!皆、非難するんだーーーー!!!」
・・・・・・・・長い夜が始まろうとしていた・・・・・・・・・・・・・
<第二章 ブルー・ローンリネス その6に続く>
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