Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その7 無職






 異世界ではどうか分からないが、俺達の世界において引き篭もりは万単位の規模で存在している。

人間が引き篭もる理由はさまざまで、学校や社会で生きて行く事に失敗して希望を失って閉じ篭ってしまうようだ。

大人に限らず子供も家から出なくなるケースも多々あり、社会問題の一つとされている。

引き篭もりは精神病の一種とするならば、このヤブガラシ村の人達は病気に侵されていると言えなくもない。


「――なるほど、この村で感じていた不穏な気配の理由は分かった。宿の主の自殺の原因も同じか?」

「この宿、最近は客が減り続ける一方だったらしい。相当経営難だったみたいだな……
港町は最近まで船も出ていなかったから、旅人も好き好んでこの村に立ち寄ったりしない。

客が来なければ、宿なんてただの大きい家だからな。広い家に一人いて、ますます追い詰められたんじゃないかな」


 宿主の死体を引き取った村長から村の現状を聞いた俺達は、カスミ達が待つ部屋へ戻った。

警戒を解くように言った上で、俺から村長の話を頭の中で整理して話した。

冒険者としての経歴が長いカスミは俺の説明でいち早く理解して、肩を落とす。あまり楽しい話ではない。


「で、でもでも、わたし達がお客になったんですよ!? お金だってお支払い出来るのに、どうして……?」

「久方ぶりの客の存在が、余計に経営難を自覚させたのだろう。引き篭もる人間が、現実逃避に走る場合も多い。
我々が支払う宿代など焼け石に水、端金ではこの苦境は乗り越えられない」

「そ、そんな……あんまりですぅ」


 珍しく現実味のある葵の意見に、お人好しの妖精が頬を涙に濡らす。人の死は、心に耐え難い重荷を与える。

実際引き篭もった人間が現実に希望を持てず、自殺に走るケースもあるらしい。餓死する前に、自殺を選んでしまうのだ。

食べるものに困り、餓えて死ぬのは非常に大きな苦痛を生む。毎日擦り切れて生きていくのは、健全な人間には拷問だ。


「……大きな町に出て、職を探すという手段もあると思うのですが……?」

「若者の多くはそうして、この村を出て行ったそうです。それもそれで、賢明な選択ではあるんですけど。
残っているのは、働き先が見つけ難い年代の人が多いみたいですね」


 氷室さんの素朴な疑問に、俺は田舎の悲哀を滲ませて訳知り顔で語る。実際の苦しさなんて想像しか出来ないが。

若い内なら選り好みしなければ、苦労は多くあっても何とか生きていける。問題は、年配や子供だ。

子供は親が唯一の味方であり、喪えば心の拠り所と共に同時に生活の資金を失う。

老人は働ける場所も限られている。働きたくても働けないというのでは、現実に絶望もするだろう。

あの村長さんも、村を背負う責任だけを支えにしているように見えた。


「まさかこの異世界で、引き篭もり問題に直面するとは思わなかった。生きていくというのは、本当に大変だ」

「……お前、妙にテンションが低くないか?」

「我々冒険者が成すべき事とは些か異なるように感じて、悩んでいるのだ。我輩もまだまだ経験が足りないな」


 重々しく語っているが、要するにミステリーやファンタジックな事件ではなかったので気分が出ないだけだろう。

盗賊団退治、降り続ける雨の天候操作、船を襲うモンスター退治、姫君の存亡をかけた一国の女王との情報戦争――

そのどれもが俺達の世界ではありえない事件ばかりであり、己の知恵と勇気が試される試練でもあった。


この村も確かに現状危機に襲われているが、その原因はこう言っちゃ何だが過疎村にはありがちな問題。


冒険者は勿論の事、科学者の出番もありそうになかった。

俺は元々だが、今回ばかりは葵もやる気は出ないようだ。村長の話を聞いて、つまらなそうな顔をしている。

宿の主は気の毒に思うが、自ら選んだ死。多少の哀れみはあっても、悲しみは生まれなかった。


「話は分かった。我々はこれからどうする?」

「宿主の自殺の原因も、この村の不穏な気配の正体も分かった。
一応の責任も果たしたと思うから、荷物をまとめてこの村を出よう」


 昨晩から散々な目にあったが、宿代代わりの働きくらいはしたと思う。次の町へ向かうとしよう。

葵も珍しく反対もせずに承諾、カスミはてきぱきと旅に出る準備。氷室さんも特に反対はしない。

自分の意見が平時の時でも通るというのは、素晴らしかった。


「……あの、京介様。一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「どうした、神妙な顔をして」

「この村の方々は、今後どうなるんでしょう……?」

「……何もしないのなら、何も起きない。このまま衰退するだけだ。
いよいよ切羽詰ったら、引き篭もっている村人だって家から出るさ」

「じ、自殺とかしたりはしませんか……?」

「思い悩むのはやめろ。暗くなるだけだぞ」


 働きたくても働けない、一生懸命真面目に働いても報われるとは限らない。この場合、一体悪いのは誰なのだろうか?

社会の歪みはえてして生きている人間に押しつけらられる。決して平等ではなく、貧富の差は生じてしまう。

不平等が固定化された世界で、正しく生きていける人間なんて少ないのかもしれない。


「……京介様!」

「嫌だ」

「ま、まだ、何も言っていませんよ!?」

「どうせ村の人達を助けてくれとか、その類の事を言うんだろう? 無理だ、無理。
相手は他人に助力を求める気力もない、人間なんだぞ。依頼とは違う」


 毎回葵に押される形で事件解決に渋々乗り出しているが、どの事件においても共通して必要とされる要素がある。

助けを求める人間の、協力だ。どれほど非力であっても、状況を打開する気概があれば事は成せる。

これまでさまざまな苦難があったが、俺は自分一人の力で解決出来たと思っていない。


科学の偉大なる力も当然必要だが、それに加えて――依頼人を始めとする、沢山の人達の協力があったからだ。


まだ子供だったアリスでも、俺を無理やり連れ回してまで国家権力相手に最後まで戦った。

誰も助けを望んでいないのに、自分から戦いに行くことなんて出来ない。


科学者は、戦士ではない。自分から戦いを望んだりはしないのだ。


「違います、京介様の御力をお借りしようとは思っていません」

「えっ、違う……?」

「わ、わたしが、この村を救います!」


 やる気のない村で、やる気に満ちた妖精の小さな克己――

他人の力を借りず、自ら困難に立ち向かう意思をキキョウは訴えかけた。


……この馬鹿。


「そうか、じゃあ頑張れよ。俺達、もう出るから」

「ちょ、ちょっとだけ! 少しの間でかまいませんから、時間をくださいですー!?」

「何でだよ、お前一人でやるんだろう」

「京介様の旅のお力にもなりたいんですぅ! ですから、ちょっとだけ待って下さい〜!」


 部屋を出る振りをしただけで、キキョウは慌てて俺の髪にしがみ付いてくる。

貧窮する村を救いたい、けれど俺達の力にもなりたい。利己的な要素が何処にもない理由に、呆れるしかない。

そう言われたら、反対できないだろうが。



科学者でも、冒険者でもなく――小さな妖精がこれより、事件に立ち向かう。














































<続く>






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