Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その8 行来






「人を増やすというのはどうでしょう?」

「どうやって?」

「他の村や町を一つ一つ回って、皆さんにお願いするんです!」

「だから、どうやってその気にさせるんだ? この村で生まれた若い連中だって愛想をつかして出て行ったんだぞ。
誠心誠意こめて頼んでも、魅力のない村にわざわざ引っ越さないだろう」

「魅力がないなんて酷いですよ、京介様! この村にだって良いところは沢山ありますぅ!」

「具体的に述べよ」

「あうう、その……素朴で、とても静かで過ごし易く……」

「素直に何もないと言え」


 ナズナ地方の街道沿いに唯一存在する村、ヤブガラシ。この村では現在、悪質な疫病が蔓延していた。

無関心・無気力・無感動な状態に陥る、「引き篭もり」という名の現代病。働く気力を失って、村人達が家に引き篭もっている。

何事にも興味も関心も示さず、一日中家の中で過ごすばかり。ヤブガラシ村は今、ゆっくりと滅びつつあった。

俺達の世界では珍しくもない、病気。トラブル好きの葵ですら興味を失い、関わろうともしていない。


ある意味現在っ子な俺達の反応に業を煮やしたのは、純真無垢な妖精キキョウ。


小さな身体に大きな志を宿して、少女は現代病に汚染された村を救うべく立ち上がった。

その意気だけは買って主が自殺した宿の一室で話を聞いてやっているのだが、


「『引き篭もり』、という病気なのですよね? でしたらまず、皆さんの病気を治します!」

「何回言ったかもう忘れたけど、どうやって?」

「他の村や町にいらっしゃる御医者様にお願いするんです! 病気を治して下さいと!」

「不治の病とは言わないけど、薬で治る病気じゃないぞ。意味合いは多少異なるけど、精神病の一種なんだ。
改善するにしても長い時間がかかる。間違いなく、医者は匙を投げるだろうな」

「お医者様が患者さんを見捨てたりしません! 病気を治す事が、お医者様の使命なんですよ!」

「……それほど崇高な志を持っているなら、お前が医者になれよ」


 誰も望んでいないのに、ヤブガラシ村の救済に懸命になるキキョウ。次から次へと、案を出している。

的外れな提案ばかりではない。むしろ行動次第では結果が出るかもしれない。ただどうしても、長い期間が必要となる。

別にこの旅に時間制限がある訳ではないが、俺としては一刻も早く元の世界へ戻りたい。貧困に喘ぐ村に、長居なんぞしたくないのだ。

可哀想だとは思うが、盗賊や長雨のように突発的に起きている事態ではない。これは、社会問題なのだ。


「えとえと、お金がなくて困っているのでしたら差し上げるというのはどうでしょう?」

「ただ飯食らいのお前に金があったとは意外だ。そんな金があるなら、路銀くらい出せ」

「こ、これからお金をいっぱい稼ぎますぅ! それでこの村の人達や京介様に差し上げて、皆さんに幸せになって頂きます!
じゃあ、一生懸命働いてきますねー!」

「待て待て、何処へ行く!? いつ帰ってくる気だ、お前は!」


 港町の方向へ飛んでいこうとするキキョウを、俺は慌てて止める。この能天気、大金稼ぐまで絶対に帰ってこない。

そして金を稼ぐ具体的な術があるとも思えん。人間に言い様に扱き使われるか、悪人に身売りされるかどっちかだろう。

妖精を丁稚奉公させて死なせたら、この先御伽噺を聞くだけで魘されそうだ。


「行かせて下さい! 必ず、皆さんを助けてみせますぅ!」

「分かった、分かった。降参だ、降参。お前の根性に負けたよ……」

「えっ!? じゃ、じゃあ、京介様が助けて下さるんですか!?」

「その尋常ではない目の輝きは何だよ!? 俺を神様か何かと勘違いしているだろう、お前!」


 キキョウは期待に満ちた顔で、拝み倒さんばかりに迫って来る。実に性質の悪い、お人好しである。

科学技術や知識があまり生かせない問題には、実のところ興味はない。根本的な改善策を考える気にもならない。

その辺は葵と同感だった。科学者や冒険者は、引き篭もりを相手に本気で戦ったりしない。


「どうせ諦めろと俺が何度言っても、意志を曲げたりしないんだろう?」


 キッパリ頷きやがった。引き篭もりを救う妖精なんぞ、聞いたことがない。

幻想が冷めそうな現実的な妖精さんに、頭を痛めつつ話をしてやる。


「病を治す手段が分からんが、この病が発生した原因くらいは分かるぞ」

「本当ですか!? さすが恭介様です、尊敬しますー!」

「はいはい。そもそもこの村に起きている深刻な現状は、村全体がコミュニティとしての機能を失ったからなんだ」

「こみゅにてぃ、とは何ですか?」

「へえ、この世界に無い言語は"トランスレーター"では翻訳してくれないのか……まあ、その辺を分析するのは後にしよう。

お前に分かりやすく言うと、人が居なくなって助け合う事が出来なくなったという事。助け合いとは、集団生活を営む互助機能。
若者が絶えて人口が急激に減少し、村全体の機能が低下して、村人が最低の生活水準を維持する事も困難になった。
結果労働力は激減、産業は衰退、村は寂れていく一方。働く気力も失せて、家に閉じ篭ってしまう。

過疎――これがヤブガラシ村を死に至らしめている、現象だ」


 "現代"病などといったが、モンスターや盗賊などが存在するこの世界でこそこの病は流行っているのかもしれない。

貧疎な村で農民暮らしを心から望む人間なんていない、そう言い切るのは早計にしても貧困には喘ぎたくはあるまい。

裕福な暮らし、そして何より立身出世を望むのならば都へ向かう。人の多い大都会で、輝かしい夢を見るのだ。

都への若者達の一極集中が進行してしまい、人口の偏重が起きてしまう。この村もまた、その偏りを受けている。


「人口の減少が、病を深刻にさせている原因だと仰るのですか?」

「村の老齢化が進めば、自然生産力も低下していくからな。貧しくなる一方では、働く気力もわかないだろう」

「で、でしたら、何とかして若い人達をこの村に集めれば……!」

「均衡ある発展が望めるだろうな」


 寒々しい風が吹いていれば家に篭りたくもなるが、人の温かな喧騒を聞けば心だって弾んでくる。

自殺した宿の主は気の毒だったが、彼ももし宿に沢山の客が来れば経営に乗り出していただろう。


自分を取り巻く世界そのものが死んでしまうと、自分もまた死にたくなる。人の命とは、本当にか弱きものだった。


「では、人を増やすというのはどうでしょう!?」

「だーかーら、ど・う・や・っ・て?」

「ほ、他の村や町を一つ一つ回って、皆さんにお願いするんです!」

「うがあああああああああ、どうやってその気にさせるんじゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 冷静沈着な思考で研究を行う科学者を怒らせるとは、恐ろしい奴。極悪な盗賊や冷徹な女王相手でも、これほどキレなかったぞ。

折角具体的に説明してやったのに、結論が最初に戻るとはどういう事だ。考えるポイントは悪くないのだから、もっと発展させろ。

我知らず絶叫してしまったが、部屋の外まで響いていたらしい。呆れた顔をして、仲間が中へ入ってくる。


「金切り声が聞こえたが何事だ、友よ」

「……説明するのももうウンザリしてきた。お前が相談に乗ってやれ」

「その件についてだが、キキョウちゃんに謝らなければならない事がある」


 マイペースに物事を運ぶ葵が謝罪を申し出るとは、珍しい。キキョウも目を丸くしている。

思わず姿勢を正してしまう俺ではなく、葵は小さな妖精に向かって頭を下げた。


「すまないが、我輩は力にはなれない」

「ええっ!? ど、どうしてですかぁー!?」


「我輩はこれより、カスミ殿と"ナズナの森"へ向かう」


 この旅始まって以来の、別行動。志を共にしてきた仲間達の、分岐点。

収束しない問題を抱えたまま、俺達はまとまらず深みに嵌りつつあった。


立脚点はまだ、見えない。














































<続く>






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