Corporate warrior Corporate warrior chapter.2 Ruin training story.4 | |||
世界を救う救世主候補と世界を壊す破滅の将が、神を敬う教会で一夜を共にしている。根の世界は、皮肉に満ちている。 傷の手当をしてくれた女性は俺を歓迎も拒絶もせず、寝転がしたまま礼拝の奥へと消えて行った。 陽は既に沈んでおり、窓の外は闇に染まっている。礼拝堂は厳かな静寂に満たされており、微かな物音も許さない。 傷付いた身体は冷え切っており、沈んだ心は雑念で濁っていた。 "どうしてあんな酷い事を平気で出来るのですか!? あの人達には何の罪もないのに!!" 思えば、他人にあそこまで否定されたのは初めてだった。正直、魔法で攻撃されるよりも痛い。 就職活動でも時に技術面だけではなく、人格すら否定される事はある。数えきれない程落ち込み、その都度恨んだ。 けれど、次の日には忘れる事は出来た。二度と会う事はない、頭の中で切り捨てられたからだ。 "貴方は世界を破滅に導く存在――罪がないなどと、言わせません!" 世界を破滅に導く存在、ニートだった頃の自分が聞けばどう思っただろうか? 恐らくは、興奮しただろう。自分が初めて他者から認識された、悪であったとしても喜んでいたに違いない。 家に引き篭っていながら、他人の賞賛だけを望んでいた。何も努力せず、何かを成そうともしないで。 真っ白な包帯が巻かれた、自分の掌を見つめる。この手で、大勢の人間に魔法を放ったのだ―― 明らかな殺意を持って、自分と同じヒトを殺そうとした。 「それでも、許しは請わない」 真っ暗な礼拝堂の壁に祀られた、白い十字架。贖罪の印として、教会では崇敬の対象とされている。 天と地、神と人が正しく交わる関係となるように、敬虔なる白亜の十字は象徴されている。 最も重要な宗教的象徴に向かって、罪人たる俺は唾を吐いてやった。 「俺とイムニティが、お前を磔刑に処してやるよ」 聖なる木に、死を滅ぼし矛を突き刺してやる。神に逆らう反逆者には、呪われた召喚器がお似合いだ。 十字架をせせら笑って、俺は礼拝堂に饐えられた長椅子に寝転がる。板が硬くて、身体が悲鳴を上げる。 寝心地など望めるべくもないが、身体は休めなければならない。此処が、敵地であっても。 例え相手が敬虔なる僧侶でも、必要とあれば容赦はしない。救ってくれた人でも、決して。 "どうして、あの兵士さんを殺さなかったのですか……?" ズキリと、痛む。本当に、硬い椅子だな。痛くて、仕方ねえ。 寝直そうとするが、背中が痛い。起き上がれば、火傷した上半身が苦痛を訴える。 体力もない、鈍りに鈍った身体。実戦に耐える体力などありはせず、地獄の中で生きる気力もない。 "もし殺していれば――こんなにも、迷わなかったのに……" 「……痛えな、チクショウ……」 痛くて、痛くて、涙が溢れる。一人ぼっちの夜。追われて隠れ、身を縮めて震えている。世界の全てが、俺の敵となった。 自分で選んだ、生き方。平和も幸福もないと分かっていて、自分の初めて立てた目標に向かって歩いている。 後悔はない。だけど―― 人を殺そうとした心はこんなに冷たいのに、どうして目から温かいものが流れるのだろうか? 投獄された俺を見張っていた、兵士。任務には忠実でありながら、破滅の将である俺にほんの少しの気遣いをしてくれた人。 親以外から初めて優しくしてくれた人だとしても、破滅側にいる限りは敵となってしまう。 敵だと分かっていた。立ちはだかるのも、当然だった。返り討ちにしたのも、必然だった。 必要だったからそうした――そうするしかなかった…… 今夜は、眠れそうにない。彼女もきっとそうだろう、何故かそう思えた。 公開処刑から一夜明けた次の日、だと思う。戦っては気絶して、の繰り返しで感覚が鈍っている。 何だかんだ言っても、眠れたらしい。うたた寝程度の気休めでしかないが、少しは休息が取れた。 神のお膝元で目を覚ました気分がこれほど最悪だとは、夢にも思わなかった。疲労は多少軽くなったが、身体が痛くて仕方がない。 立ち上がって活動する力はなく、黙って寝転がったままでいると、 「……このまま、逃げなかったんですね」 「アンタこそ、あのまま追い出さなかったな」 朝の挨拶などない。挨拶とは他人への礼儀として行われる。俺達の関係で礼節など必要としない。 言葉のやり取りも、心を開いて通い合わせるコミュニケーションではない。 互いの意思を確認して、警戒し合っているだけ。言葉という牙を剥き出しにして、睨み合っている。 「この『王立フローリア学園』は現在、完全に包囲されています。どの道、逃げ場はありません」 「無理に追い出す必要もないという事か。だけど、神の慈悲に縋るつもりはないぞ」 「恐れ多い事を。貴方は神に許しを乞わねばならない存在です」 羽根付きの帽子を被り、青い僧服に袖を通した女性。目覚めの朝であっても、身なりは整えられていた。 清楚な佇まいに苦悩や疲労は感じさせず、潔癖な雰囲気が女性の清廉なる美を艶やかに感じさせてくれる。 朝の爽やかな感覚に合う人だった。敵でなければ、見惚れていたかもしれない。 「……食事の準備が出来ています。歓待は出来ませんので、あり合わせでよければどうぞ」 「どういうつもりだ。傷の手当てといい、食事まで振舞うのか」 「感謝など求めておりません。貴方の好意に、期待もしておりません。 救世主とは、世界を救うだけの存在ではない――誰であっても、私は同じ事をします」 当然のように他人に手を差し伸べられる存在、救世主。候補生でありながらも、彼女の崇高なる意思は確かなものだった。 とはいえ、彼女も人間。その相手が世界を滅ぼす犯罪者であれば、葛藤がない筈がない。 ――今頃罪悪感に襲われて、もがき苦しんだ破滅の将がいるのだから。 彼女の申し出を断る理由は特になく、食卓に黙って案内された。その間に、会話は一切ない。 朝の食事はパンと塩スープ、そして水。みすぼらしい食事だが、僧侶である彼女らしい食事だとも思える。 不平不満はなかった。牢獄で出された食事よりは、気が利いている。 正直傷つき疲れ果てた身体は食事を求めてはいないが、栄養自体は回復に必要不可欠。少しずつでも、食べていく。 「これから先、どうするつもりですか? 先日のような暴挙は私が絶対に許しません。 それに、リリィが今率先して貴方を追っています。彼女は優秀な魔術師です、貴方には勝てない」 真の救世主となれるのは一人だけ、言わば競争相手である人間にこの女性は信頼を寄せていた。 リリィ・シアフィールドが優秀な人間である事は、命懸けで戦った俺がよく分かっている。 公開処刑人として選ばれた救世主候補、真の救世主に一番近いのが彼女なのだろう。 だからこそ、俺は彼女に託せた。才知溢れ、気高き意思を持った彼女ならば多くの人を救える。 神の居なくなった世界でも、立派に守りぬいてくれるだろう―― 「勝つ必要はないさ、俺は逃げるからな」 「逃げられないと言っているんです、貴方も分からない人ですね!」 水の入ったコップを、食卓に叩きつける。表情にこそ出さずに済んだが、少しばかり驚いてしまった。 もっとも一番驚愕したのは、怒った本人だろう。興奮と動揺に、手が震えている。 「……昨日の話、あれは本当ですか?」 「破滅の将になる前の話か、事実だ。公開処刑されなければならないような罪は犯していない」 「その言葉、神に誓えますか……?」 彼女の、俺を見つめる目は真剣だった。破滅の将だからと高を括らず、俺を見極めようとしている。 これでハッキリした。彼女もまた救世主に相応しい人間――限りある生命を守る事の出来る存在だ。 ならば俺も、嘘偽りなく答えなければならない。 「神には、誓えない」 「っ……貴方という人が、よく分かりました!」 自分の用意した食事をそのままに、彼女は席を立ってそのまま出て行った。 追うような真似はせず、席に座ったまま黙ってパンを齧る。美味くも何ともない食事を、強引に口に入れた。 分かってもらおうとは思わない――誰に否定されようと、俺はイムニティの無念を…… 「きゃああああっ!?」 「! どうした!?」 出て行った先から聞こえた、甲高い悲鳴。同時に、破壊音が鳴り響く。 瞬間的に立ち上がり、気がつけば彼女を追っていた。特に何も考えず、そのまま走りだす。 悪を成すのに理由がいるのに――人を救うのに理由はいらないなんて、本当に不公平だった。 to be continues・・・・・・ | |||
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