Corporate warrior Corporate warrior chapter.2 Ruin training story.5


 神に祈りを捧げる聖なる教会に不釣合いな爆音と、女性の悲鳴。痛む体を押して、俺は声のする方へと走る。

少し前まで平和な世界で引き篭もっていた自分が、爆発音を聞いて逃げるどころか立ち向かおうとしている。驚きだった。

これは決して勇気ではないのだろう、そんな立派な気持ちではない。ただ単に、この殺伐とした空気に慣れつつあるだけ。

疲弊した神経は、罪悪感で擦り切れている。その内、何も感じなくなるだろう――人を何人も傷つけても。

せめてまともな感情が少しでも残っている間に、誰かの為に何かしたかったのかもしれない。

あの子の悲鳴は、聖堂の方から聞こえて来た。出会い頭に襲撃にあったのかも知れない。

俺は長い回廊を走り抜けて、先程俺が寝かされていた祭壇のある主聖堂へ向かう。


勿論、自分の立場はよく理解している。勢いのまま飛び込んだりせず、物陰からそっと中を伺う。


「久しぶり、と言うべきかしら。救世主候補生、ベリオ・トロープ」

「貴方は、破滅の将!? どうして、私の名前を……!?」


 民の為に開かれた教会で、救世主と破滅の将が向かい合っている。神を祭られた聖堂は、戦場と化していた。

太陽の光が差し込む天井の窓が割られて、悪意の微笑を浮かべた少女が降臨している。ベリオと呼ばれた女の子は、息を呑む。

奇襲を受けて思わず悲鳴を上げたのだろう、羽帽子も床に転がっている。


「此処に私のマスターがいるのでしょう? 大人しく引き渡せば、命だけは助けてあげるわ」

「お断りします。破滅の脅迫に屈するようでは、神の従者は務まりません。"ユーフォニア"!!」


 神官の少女が天に手をかざした瞬間、祝福の光が具現化する。救世主の召喚器、神の加護を受けた杖『ユーフォニア』。

リリィ・シアフィールドの召喚器は手袋型だったが、ベリオ・トロープの召喚器ユーフォニアは白い杖であった。

召喚器によって形が違う事に、特別な疑問は感じなかった。ニート時代に楽しんだアニメやゲームでは定番だ。


とはいえ、安穏としていられない――神の杖を掲げる少女が、自分にとっては敵なのだから。


「フフフ……血気盛んなのはいいけれど、貴方に神の下僕を名乗る資格があるのかしら?」

「……どういう意味ですか?」

「さあ? 己の中に流れる"血"にでも問いかけてみたらどう?」


 少女の無邪気で残酷な問いかけが、教会の少女の動揺を誘う。遠目から見ても、ベリオの体が強張るのを感じた。

あの娘の名前はイムニティ、彼女こそ俺の召喚器である。俺を逃がす為に、赤の書の精霊オルタラと戦ってくれていた。

人間型の召喚器、と素直に割り切れない大事な女の子。彼女の願いこそ、俺が今戦う理由となっている。


無事だった事にホッとする反面、過激な迎えにハラハラしてしまう。余計な混乱を招いてしまっている。


救世主候補生のベリオと、破滅の将であり自分の召喚器であるイムニティ。どちらを助けるべきか、考えるまでもない。

俺の目的にはイムニティが必要であり、彼女もまた俺を必要としてくれている。今では家族以上に、大切な存在だった。

まがりなりにも救世主候補に襲撃しているのも、俺を案じての事。無茶ではあるが、二人がかりならば救世主候補を倒せるかもしれない。

願ってもないチャンス――それは人間としての考えなのか、破滅としての思考なのか?


罪悪感が少しだけ、胸の奥で疼いた。


「――よせ、イムニティ」

「! マスター、御無事ですか!?」


 動揺するベリオを前に嫣然と微笑んでいた少女が、俺の顔を見るなり必死な形相で駆け寄ってくる。

主の無事に安堵するイムニティ、余裕綽々は演技だったのか大袈裟にホッとした顔を見せる。よほど心配してくれたのだろう。

自分の身も危ういのに、イムニティはただ俺の安否だけを気遣ってくれている。涙が滲みそうになった。


「俺は大丈夫だ、彼女が助けてくれたからな」

「救世主候補がマスターを……? 気をつけて下さい、きっと何か企てています」


「貴方達と一緒にしないで下さい!」


 勢い込んで反論し、慌てて口を閉ざす彼女。相手を侮辱した発言だと後悔したのではなく、自分の失言に気付いたのだろう。

何か企みがあって、破滅の将を助けたのではない。彼女自身の善意と優しさで、俺を救った――その事を、自ら暴露してしまった。

朝方似た発言を耳にしていたが、改めて彼女は良い人なのだと分かった。


悪を倒すには、彼女は余りにも優しすぎる――民を守る為に戦えても、今のままでは多分真の救世主にはなれない。


英雄には、時に決断を迫られる。英断が出来ないのでは、英雄とは認められない。

リリィ・シアフィールドなら出来る決断も、彼女はきっと悩むだろう。切り捨てる事は、絶対に出来ない。

だからこそ彼女は、人間で在り続けられる。正直に言えば、羨ましく思えた。


「それで、貴方はマスターをどうするつもりだったのかしら? 是非、聞かせてもらいたいわね」

「貴方に話す事は、何もありません」

「あら、嫌われちゃった――どうなさいますか、マスター。貴方の心のままに」


 そして今、俺が決断を迫られた。命じれば、従者は如何様にでも対処出来る。

白の書の精霊は期待しているようで、試しているようでもあった。俺の真価が問われている。

破滅の将の資質を求められているのか、召喚器の主たる強さを問うているのか――人としての器を、見定めているのか。

面接で求められる即時回答、こんな形で経験が役に立つとは思わなかった。


「ベリオ・トロープ、悪いがあんたには人質になってもらう」

「! 貴方という人は――結局、破滅に走るつもりですか!」

「動くな。抵抗すれば、イムニティが"神"を破壊する」


 俺の指差す方向には、厳かに祭られた祭壇があった。破壊を行使すれば、正面のステンドグラスから福音の鐘まで大破する。

装飾が華を添えた美しい教会が壊されれば、ベリオの救世主としての資質が問われる大事態となる。

優しさからとはいえ、破滅の将を助けた事で起きた事態。神が許そうとも、世間は決して許さない。


世論が暴走すれば、罪無き人間の死すら許容される。あの公開処刑のように――


「私に神を殺せと命じられるのですか、マスター!?

貴方という人は、何て素敵なの……ああ、私の、私だけのマスター!」

「……何て、卑劣な……神を盾にしようとは、人としての心が痛まないのですか!?」


「俺の目的を教えてやろう、救世主殿。


あんたの大好きな神様を――殺す事だ」


「公開処刑されるような罪は無い……? よくもそのような戯言を吐けますね。
この教会で神殺しを誓う貴方こそ、真の破滅です!!」

「言っただろう、神に誓う事など何もありはしないと。神が俺の罪を裁くつもりならば、破滅させるまでだ。
自分の召喚器を捨ててもらおうか、ベリオ・トロープ」


 血が滲むほど唇を強く噛み締め、ベリオは召喚器ユーフォニアをそっと床に置いた。

武器を放棄したからといって、安心なんてしない。武器など無くても、救世主候補は強い。リリィが自らの実力で証明してくれた。

のこのこ取りにでも行けば、逆襲に遭う。力を発揮する、その強き意思を砕かなければならない。

俺は重ねて、命令する。


「その場で服を脱げ」


「なっ!? あ、貴方という人はどこまで……!」

「己の為に"神"を見捨てるか、"神"の為に己に捧げるか――お前の信仰心を、俺は問うている」

「……貴方はきっと、地獄に堕ちます……!」


 純潔な娘の涙は、俺の心に流れる血のようだった。罪悪感が血に曇って、見えなくなっていく。

稚拙な脅迫でも屈すると、分かっていた。癒されたこの身体が、何よりの証拠だった。

自分を救ってくれた人を虐げ、身体も心も穢す。目的の為に、手段も選ばずに。



少女の泣き声は、神には届かない。助けにも、来ないのだから。




























































to be continues・・・・・・







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