Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.17


「俺は破滅の将、冬真奏だ」


 救世主候補リリィ・シアフィールド、彼女の前で忌むべき名前を唱える。

その声は喉からではなく、腹の底から――心の奥深くから搾り出すように叫んだ。

自惚れるつもりはないが、闘技場の隅々にまで聞こえただろう。言い訳の通じない、犯罪予告を。

救世主を倒すと、お前達を殺すと、世界を滅ぼすと。今、この場において告げたのだ。

もはや誤解でも冤罪でも何でもない。王族や救世主候補、国の重鎮や民に己が罪を認めた。


「フローリア学園救世主候補生、リリィ・シアフィールド」


 立ちはだかる敵に、彼女もまた自分の名を告げた。己が存在を、此処に集った人達に証明した。

お互いの立場は、これで完全に確定された。もはや、彼女と自分の人生が交差する事はありえない。

救世主と破滅、光と闇。世界を救う者と、滅ぼす者――生と、死。自分の存在をかけて、俺達は殺し合う。


「シアフィールド、イムニティの名誉を守ってくれた事には感謝している。本当にありがとう」

「私は、自分の正しいと思う事をしただけ。今も、これからも」

「俺もそうする。自分が心から望む事を、やっていく」


 白の書の精霊イムニティを殺したのは、俺だ。ダウニーと同じく、最後の瞬間彼女を利用して滅ぼしてしまった。

馬鹿げた話だ。自分が好きになった娘を殺して、俺は初めて自分が既に引き返せない場所に来た事に気付いたのだから。

住み慣れた家から出ていく事の厳しさを――自立する事の本当の意味を、まるで分かっていなかった。

俺は結局骨の髄までニート、社会の落第者でしかなかったのだろう。


「……恐怖は消えたみたいだけど、覚悟を決めても怪我は治らないわよ。
精神が強くなっても、肉体は突然強くはならない。豊かな才能も、努力がなければ磨かれない」


 救世主の圧倒的な力への恐怖は、愛しき召喚器を喪った悲しみが消してくれた。

今胸の中にあるのは敵への畏怖ではなく、自分への後悔だけ。自虐の刃が痛みを与え、安らかな死の眠りから覚ましてくれる。

何とか立ち上がっているが、負傷が酷い。彼女の言うとおり、強がってみたところで疲労も怪我も消えてくれない。

大火傷を負った顔に無理やり笑みを浮かべて、言ってやった。


「努力は今、この時からするさ。学園救世主候補生リリィ・シアフィールド、アンタを倒す努力を!」

「上等よ、来なさい! 破滅の将、冬真奏!」


 宣言と同時に、彼女の綺麗な手を覆う手袋が光を放つ。

公開処刑に震え上がっていた先程とは違い、攻撃が来ると覚悟していたので行動に移せた。

真正面から来る力を右方向に足を蹴って回避、身体中が発する痛みに耐える。


「……アニー……ラツァー……ラホク……シェラフェット……」

「詠唱が遅すぎる! 打ち砕け、電撃!」


 こちらが呪文を唱えている間に、救世主は詠唱を終えて発動。魔法使いとしての力量が違い過ぎる。

才能は雲泥の差、努力の量が桁違い。互いの人生の差が、結果として戦いの場に生じていた。

脅威は感じるが、絶望はまるでない。永遠に刻み込まれた悲しみの傷が、痛みと共に戦えと訴えかける。


「っっ……ゲルーシュ……フルバン……ゲルーシュ……アツーヴ……!」

「詠唱を止めない!? ヴォルテクス!!」


 苛烈な攻撃の意志が主の意に従って、火傷した肌を電流が打ちのめす。雷の轟きを、凡人が速さで凌駕できはしない。

正面から当たる事だけは避けても、電気が背骨にまで響く痛みを与える。それでも、口を閉ざす事はしない。

努力をすると決めたのなら、投げ出したりはしない。最後の最後までやり遂げる、それが努力。


「――ベソラー……コハヴ……シェラヌ……ティクヴァー……」

「嘘、直撃したのに!?」


 前方から斜めに向かって上昇する電撃、電気の凶悪な流れに吹き飛ばされる。

同じような攻撃を二度も受けて、やっと気付いた。最初の雷は敵を怯ませるだけの囮、次に繋げるヴォルテクスこそが本命。

魔法を活用したコンボ攻撃。ゲームの中でしか見た事のない技を、現実で被害に遭う。

舌まで豪雷に焼かれながらも、悲鳴すら噛み殺して詠唱を続ける。その呪文だけを脳に刻んで、馬鹿のように叫んで。


愚直なまでに努力して、呪文を完成させた。世界の破滅を象徴する、破壊の権化を。



「召還――隕石(テトラ・グラビトン)」



 世界崩壊の序曲、滅亡へ至る引き金を自分の手で引いた。笑みすら零して、躊躇う事無く。

どれほど栄華を極めた世界でも、天より飛来した巨大隕石一つで簡単に崩壊する。

家の中で閉じ困っていたニートには相応しい、魔法。破滅願望に塗り固められた妄想が生み出す、奇跡。


オルタラとイムニティ――触れ合った白と赤の書の断片が、本来の術式とは異なる力を生み出す。


「これはあの子の魔法――いや、違う!? 止めなさい、暴走しているわ!
貴方だって巻き込んで――ま、まさか!?」


 大小問わず、大量の破片が戦場に降り注いでいく。

本来なら地球から離れた所を通過するはずだった隕石を、このアヴァターに"呼び返した"。

万が一地球に降り注いでも大気圏で燃え尽きるが、根の世界に空気の壁など存在しない。


闘技場が未曾有の大惨事に襲われ、観客が悲鳴を上げる中で――俺は、哂っていた。


術は既に俺の手を離れてある。元より制御など出来ようのない、高等な魔法。

召還された破壊の嵐は規模を広げていき、やがて戦場を離れて観客席を飲み込むだろう。


「驚くほどの事ではないだろう、俺は破滅の将だ。自らの破滅も覚悟の上で、戦場に立っている」

「貴方の敵は私でしょう!? 他の人間を巻き込むのは許さないわよ!」

「部外者とでも言うつもりか? ふざけるなよ……イムニティの死を喜んだのは誰だ。
彼女がこの世を去った時、笑って拍手していたのは誰だ。


この世界で何の罪も犯していなかった人間を、平和の生贄にしたのは――一貴様らだ!!」


 イムニティが死んで、心から祝福していた平和な民。高みから精霊の死を見下ろしていた、貴族。

彼女の死は俺に原因がある。罰も甘んじて受けよう。罪の烙印を背負って、俺は破滅していく。

だが……俺の大事な人を笑った、お前らも許さない。拍手喝采した勝利の歓声を、絶望の悲鳴に変えてやる。


「分かってるの!? こんな自暴自棄な行為に出ても、真っ先に死ぬのはアンタよ!
暴走した術が魔力の均衡を失い、術者を食い潰すわ。苦痛と絶叫の中で死にたいの!?

素人が無茶したって、召還術の一つや二つ簡単に封じられるわ。候補は私一人じゃない、救世主以外の優れた術者も大勢いる!」

「なるほど、アンタは数ある候補の一人に過ぎないのか……いい事を聞いた」

「! 私は絶対に、救世主になって――キャッ!?」


 落下した巨大な隕石が爆風を生んで、砂塵を巻き上げる。

騒ぎは大きくなる一方だが、術の暴走は劇的には広まらない。

俺には知りようもないが、攻撃以外にも防御の魔法はきっとあるのだろう。術の制御も、外部から簡単に行えるのかもしれない。

世界の破滅なんて、所詮は馬鹿な引き篭もりの妄想でしかない。子供の自暴自棄は、大人に戒められて終わりだ。


「あんたは、自分には沢山の仲間がいると言ったな。
破滅が俺一人であるならば、世界なんて簡単に救われていると思わないか?」

「っ――まさかこの闘技場に、他にも破滅の将が!? うっ――は、離しなさい!」

「何処へ行くつもりだ。あんたの相手は、俺だ。此処は術の中心、逃げ場はないぞ!!」

「ライテウス!!」


 衝撃と轟音が傷付いた身体を震わせ、吹き飛ばそうとするが、握り締めた手は離さない。

リリィ・シアフィールドを中心に生み出された衝撃は、救世主もろとも衝撃を与えた。


それでも――俺は、離さなかった……


「ゲホ、ガハ……ハァ。ハァ……無茶苦茶やるな、あんたも……」

「ゴホ、ゴホ……ア、アンタだって……デタラメじゃない……」


 自爆まがいの術を行使して、救世主候補も相当な負傷だった。俺はもう客観視出来ないほどに、酷いが。

痛みも限度を超えると感じなくなるらしい。苦痛すら気付け薬にしかならなかった。

隕石は今も見境なく、降っている。俺達の頭上へも、その内来るだろう。


「イムニティ、だっけ……? あの娘の事、そんなに大切だったの?」

「俺にとっては、あの娘が救世主だったよ。いや、女神かな。
イムニティがいてくれたから、俺は生き直そうと思えた」

「――彼女を殺したのは私よ。貴方の憎むべき敵は目の前にいる。他の人には向けないで」


 自ら犠牲になるつもりはなく、犠牲を生む行為も認められない。

世界の平和がどうとか、人間の尊厳がどうとかではなく、彼女自身が正しい人間だった。

リリィ・シアフィールド、この女性こそ救世主となる為に生まれてきた存在。生き方そのものが、美しかった。


「……大事な民を救いたいのならば、条件がある」

「破滅と取引するつもりはないわ――と言いたいけど、あの娘を殺した責はある。
聞くだけ聞いてあげてもいいわよ」

「話は簡単だ。
リリィ・シアフィールド、アンタが真の救世主となる事」


 彼女ならば、信じられる。今度こそ、自分から信じてみよう。


「俺は、破滅の王となる。世界の全てを破壊する、絶対の魔王に。
俺が破滅の軍勢の頂点に立ったその時――俺と手を組んでくれ」

「はぁ……!?」


「この戦争に勝者も敗者も必要ない。
悲劇を生み出す戦争そのものを、俺達で終わらせよう」


 イムニティを翻弄した運命に反逆する。神の定めた運命を、救世主と破滅で叩き潰す。

気休めな希望なんていらない。終わりのある平和なんて必要ない。

弱者を踏みにじる強さも敵。強者を堕落させる弱者も敵。

世界の全てが彼女を否定するのなら、根底から覆してみせる。

彼女の遣り残した事を全て、主である俺がやり遂げて見せよう。


破滅を名乗ってでも、この手を血で染めようとも――













































to be continues・・・・・・







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