Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- Epilog | |||
俺の破滅願望が生み出した隕石(テトラ・グラビトン)は血に染まる闘技場で荒れ狂い、対戦者だけではなく観衆も巻き込んでいた。 物見遊山気分でイムニティの破滅を笑っていた人間達が、死の脅威に怯えて悲鳴を上げている。 阿鼻叫喚な光景を冷静な目で見られる俺は既に、狂っているのかも知れない。 ――いい気味だと笑いたい気分ではなかった。死闘から開放された瞬間待っていたのは、無味無臭な現実だった。 残されたのは身体中の傷と痛み、平和だった頃には戻れない悲しみ、そして重苦しい疲労だけ。 平和に生きる人々の絶叫を背景に、俺は戦場を後にする。 「……」 隕石(テトラ・グラビトン)の破壊の余波は砂塵を舞い上げ、降り注ぐ大量の破片が視界を遮っている。 民衆の混乱が王族や貴族、救世主候補生達の注意を引き付け、闘技場を張り巡らしていた警戒網を破ってくれていた。 後は混乱に乗じて脱出するだけ――行われた公開処刑が、思わぬ逃げ場を与えてくれた。他ならぬ民衆を、盾に出来る。 (初めて人を殺した人間の気分ってのは、こういうものなのか……?) 本当に死人が出るのかどうかは、分からない。曲がりなりにも破滅の将の公開処刑だ、警戒は厳重だろう。 自暴自棄になった破滅の将が民衆に襲いかかるケースも想定している筈。 元ヒキコモリが起こした破滅願望に塗り固められた妄想など、厳しい現実を努力して生きている強者には到底勝てない。 民衆を破滅に追いやる前に、正義の味方達が人々の平和を守る為に行動に出るに違いない。 脱出するには、今しか機会がない。人々を守る事に集中している、今しか。 「――さて……これから、何処へ行こうか? お前が案内してくれるのか、オルタラ」 人々の悲鳴が吹き荒れる中で、驚くほど冷静な表情を崩さない赤の書の精霊。 喪われた最愛の存在に似た者が、俺の前に立ちはだかる。 自分の仲間を信頼しているのか、それとも関心がないのか。遠くで助けを呼ぶ声に、見向きもしない。 「……『リコ・リス』です。今はそう名乗っています」 「関係ないね。イムニティがそう呼んでいた以上、俺にとってアンタはオルタラだ」 「そうですか」 赤の書の精霊と破滅の将、敵対すべき関係であるというのに、俺は彼女に奇妙な縁を感じていた。 白の書の精霊と同格の存在である為か、敵であっても敵対意識は持っていない。 神を倒す為に一度は助けを借りた少女、恩義を感じても憎むことなど出来ない。 「往くの、ですか?」 「ああ」 目的地を何処へ指し示しているのか、全てを理解した上で彼女は問うている。 少ない言葉から伝わってくる想いを理解して、俺は小さく頷いた。 不思議と自分自身の意志で肯定したからこそ、踏ん切りがついた気がする。 「私は、貴方を元の世界へ帰す事が出来ます。それでも、往くのですか?」 「もう――決めた事だからな」 迷いを感じなかったといえば、嘘になる。少し前までは平和に甘えて、惰眠を貪っていた駄目人間だ。 堕落するだけだと分かっていても、寝ているだけの楽な生き方を何年も過ごしてきた身。急には、変われない。 そんな人間が変わるには、それこそ――自分の人生で、取り返しの付かない失敗をするくらいだろう。 「イムニティが貴方を助けたのは、生きていて欲しいと願ったからです。破滅を望んだ訳ではありません」 「……あんたに、イムニティの何が分かる」 「あの子とは離れていても、同じ宿命を共にしました。主を思う気持ちに代わりはないと、信じています」 俺のチンケな否定を、運命を共有した絶対の肯定が跳ね返した。 揺ぎ無い瞳には紛れもない、イムニティを思う気持ちがあった。どれほど敵対しても、オルタラは彼女を思っていたのだろう。 素直に嬉しいと思った。百万の否定があっても、肯定してくれる存在があればきっと報われる。 「……簡単に死ぬつもりはないよ。俺にもようやく――生きる目的が出来たからな」 「道筋の見えない未来を求める事に、意味はありません」 ――彼女が此処で俺にたちはだかる理由を、本当の意味でやっと理解出来た。 破壞の将だから、民衆を攻撃したから、俺を捉えようというのではない。 聞いていたのだ。彼女だけに話した、今後の目的を。 根の世界"アヴァター"で成し遂げんとする、俺の破滅を―― 『――お断りよ。 何を考えているのか分からないけど、アンタが破滅を選ぶのならここで倒す。 少なくとも今アンタを倒せば、ここにいる人達全員を救えるわ』 大災害が引き起こされた闘技場で、傷付いた男と女が対立していた。 実力の差は段違い、存在から既に差を付けられている。救世主となるべくこの世に生まれた女性、リリィ・シアフィールド。 戦えば、間違いなく負ける。今でも勝敗が決していないのは、死に物狂いで食らいついているだけに過ぎない。 彼女が民衆を省みない残酷な人間だったら、既に俺は殺されている。 『俺は意地でも倒れない。イムニティが救ってくれたこの生命に、断固としてしがみつく。 この俺の命を賭して発動させたこの術を甘くみるなよ、救世主』 『矛盾しているわ。救われた生命を、他ならぬ貴方が盾にしている。粗末に扱っている!』 血臭漂う戦場でも、彼女の清々しい正論と潔さが際立って見えた。輝いている人間とは、本当に存在するらしい。 俺を叱っているようで、心配しているようにも見える。イムニティの死が、彼女に何か影響を及ぼしたのかも知れない。 リリィ・シアフィールド、彼女になら打ち明けられる。 『俺を此処で倒しても――破滅を全て滅ぼしても、世界は決して平和にならないぞ。 この場にいる民衆は救えても、世界の全ては救えない。救世主がいる限りは』 『……どういう意味よ。破滅さえ倒せば、世界は平和になるわ。 アンタ達破滅がこの世界を追い込んでいるのよ。私の故郷を滅ぼしたように!』 『いいや、戦争は決して無くならない』 根拠はなかった。ゲームやアニメで得た空想じみた知識と、イムニティの話を総合して自分の推測を話す。 彼女の運命のサイクルや、赤と白の書の存在を考えればありえない話ではない。 いずれ誕生する美しき救世主に、愚かな破滅の将が物語った。 『光と闇は表裏一体、強い光が射せば暗い闇が生まれる。救世主と破滅も同じだ。 救世主がこの世に誕生する限り、破滅もまた再生を果たす』 『前提が間違えているわ。破滅を滅ぼせば、救世主は必要とされなくなる。 アンタ達がいるから、救世主が生まれるのよ。アンタ達を滅ぼせば、救世主だって消え――っ!?』 『そうだ。俺が破滅の王となり、アンタが真の救世主となる。 この二人が戦いを止めて手を組めば、両者の存在概念は意味を為さなくなる。 俺たちの時代で、救世主と破滅の戦争は終わりを告げられる。 アンタは世界の輝かしい未来を救い、俺は世界の愚かな過去を滅ぼす』 『……』 ――静かだった。周囲は破壞で荒れ狂っているというのに、とても静かに思えた。 血と汗で汚れた顔を向け合って、俺達は視線を交えている。 色恋沙汰など無縁な感情で、戦場で向かい合う。 『……簡単にはいかないわ……、お互いに業は深すぎる。血で血を洗い合った関係なのよ。 人々だってきっと、納得しない。世界中に審議を問う事になる』 『俺はこの戦争のシステムそのものを、破壞するだけだ。世界に生きる人間なんて、どうでもいいよ』 『そうよね、アンタは破滅である事を選んだのだから。でも、アタシは救世主である事を望んだの』 『俺達は決して結ばれない。けれど、両者の目指す所は一致しているはずだ。 救世主と破滅、互いに望んでいるのは今を変える事。救いとなるか、破滅となるか――その是非は、他人が勝手に論議すればいい。 大事なのは、この戦争を終わらせる事だ。勝者も敗者も、必要ない』 『……どうしてアタシに、この話をしたのよ。救世主候補は他にもいる』 『正義の味方とは和解出来ない。悪を倒してこそ、彼らの存在は成立するのだから。 この公開処刑が、何より彼らの在り方を証明している。 イムニティの死を悼んでくれた救いの主だから、俺は話したんだ。自分のやりたい事を』 向こうの世界では何度面接に望んでも話せなかった、将来の展望。 具体的な未来など何一つ無く、その場をしのぐしか考えていなかった学生気分な社会人。 そんな人間に、己の働く職場なんて手に入れられる訳がない。 俺は今自分が心から望む、職場に立っている。決して賞賛など与えられない、血で血を洗う仕事を。 『それとも、自信がないか? 候補生は他にもいるのだろう。自分が真の救世主となるのは、難しいか』 『……っ、馬鹿にしないで。アンタこそどうなのよ。 実力も才能も何も無いのに、破滅を統べる存在になんてなれるの? アンタの方がよほど難しいじゃない。 他の破滅の将が、救世主との和平なんて考える筈がない』 『従わせてみせるさ、必ず。力が正義だというのなら、強くなるまでだ』 綺麗事や理想論は一切必要ない。世界の平和ではなく、神のシステムを破壞するために。 純然たる暴力を是とするのなら、俺が幾らでも血に染まろう。イムニティがかつて歩んだ道、躊躇いはない。 リリィ・シアフィールドは俯いて、苦しげに唇を噛み締める。 『……実現性のない話になんて、乗れない。今日の私の役目は、破滅の将を倒す事にある』 『――そうか……』 『そして――その任は完了した。私は、破滅の将を確かに処刑したわ。一人の破滅を、この世から消し去った。 ……この先新しい将が誕生するのなら、その時に倒すまでよ』 リリィは踵を返し、ふらつく足取りで俺から離れようとする。 全ては終わったのだと――イムニティを殺した事で役目を果たしたのだと、そう言って。 その後に起きた災害を止める、その為に彼女は次の戦場へ向かう。 誇大妄想を語るだけの、『人間』を置いて。 ……俺は心からの感謝と共に、彼女に頭を下げた。生きるチャンスをくれた、それだけで十分だった。 術は既に解除している。余波があっても、彼女なら全て守りきれるだろう。 『――滅んだ存在は、この世を去るだけ』 『え……?』 『けれど――召喚器ならば、主が望めば再び駆けつける。 世界に奇跡を生み出す救世主の武器ならば、何度でも』 『!? それって――!!』 『破滅の将とは、手を組めない。でも……召喚器を持つ存在ならば、話は別かもね。 覚悟しなさい。 世界に災いをもたらすのならば――必ず救世主となって、アンタを殺す』 『俺が夢を違えたその時は、アンタの手で俺を処刑してくれ』 結局、分かり合えることはなかった。もし道が同じならば、友となれただろうか? IFをどれほど追求しても意味がない。そんな物語は、この世の何処にも存在しないのだから。 ただ、未来は決して分からない。 限りなく低い可能性の先に手を結べるのならば、やってみる価値はある。 俺達が自分の夢を叶えたその時に、笑い合う事は出来なくとも、同じ舞台には立てると信じて。 その偉大な背中に敬意を示して、光に消える彼女に背を向けた。 賞賛される彼女の生き方とは反する、罵倒されるだけの影の道を歩むべく。 「可能性を摘むという選択肢もある。俺を此処で殺す事だって出来るはずだ、アンタなら」 「……運命を享受した私に、その権利はないでしょう」 オルタラはそう言って、首を振る。破滅となるのなら倒すまで、と悲哀な意志だけを告げて。 この少女との縁も、まだ切れない。リリィ・シアフィールドとは違う因縁が、この先に待っている。 赤の書の精霊、オルタラ。救世主と破滅の関係とはまた別な、避けられない決着をしなければならない。 俺があくまで、白の書のマスターである事を望むのならば。 「示して下さい、貴方の道を。今度は、自分の意志で」 「分かっている。立会人は、アンタならば相応しいだろう。どの道失敗すれば、後はなさそうだ」 闘技場から逃げても、根の世界については何も知らない。この身は異邦者であり、異端者だ。 自分の生き方を決めたところで、身の振り方まで定まるわけではない。働く場所を見つけられても、報酬がなければニートでしかない。 働くには、才能がいる。戦うには――武器がいる! 「来い、イムニティ!!!」 向かう先に、希望はない。自分が望む人生に、祝福なんて必要はない。 世界のためでも、人々のためでも何でも無く、自分の命を最後まで使い切るために生きる。 呪われた宿命であるのならば、神すら呪って滅ぼしてみせよう。 恋焦がれる思い出はなく、捻れて曲がった妄執を捧げて―― ――呪われた召喚器を、あの世から呼び還した。 平和に生きる人々の絶叫をBGMに、この物語は始まる。 to be continues・・・・・・<chapter.2> | |||
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