Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.15


 アニメやゲームで、主人公や仲間達の行動や決断に苛立つ事がある。

成長の過程だと理解していても、常識で考えれば分かるような事を平然と間違えてしまう。

傍目から愚か極まりない行為をやってしまい、多くの人を傷つける。仲間を苦しめ、大事な人間を死なせる。

自分が主人公ならば、絶対にこんな真似はしない――何の根拠もなく、そう偉ぶっていた。


「……イム……ニ、ティ……?」


 女の子一人に打ちのめされた俺の前に、少女が無残に倒れ伏している。救世主の裁きを、その身に受けて。

瀕死に追い込まれた主を庇い、倒れた――そんな哀しくも美しい話ではない。

裏切られた復讐ではなく、ただ助かりたい為に。目標も夢も無いのにただ生きたいと浅ましく縋り付き、女の子を盾にした。


「……そんな……破滅が、仲間を庇うなんて――!?」


 救世主候補が美貌を驚愕に染めている。あれほど熱狂していた闘技場も静まり返っていた。

違うと言いたかった。自分の責任だと告白して、正義の味方に許しを請いたかった。

なのに、まるで口が開かないのは――


――救世主の誤解に、心の何処かで安堵しているから?


人殺しに等しい罪を責められずに済むと、安心してしまいそうになっている自分。万が一にも死なずに済むかもと、考えている。

そう……わざとじゃない、わざとじゃないんだ……!


「――奏」


 心臓が不規則に揺れる。少女の掠れた声が、胸の内にざわめく自己弁護を消し去った。

このまま倒れたままでいたい。顔を上げたくない。耳を塞いでしまいたい。

何を安心しているのだ。たとえ第三者が誤解しても、他ならぬ――被害者が、加害者を恨む。責められて当然だ。

震えが走る。自分が何をしたのか、思い出すことさえ怖い。

何もかも放り出して逃げ出したい……自分が何も悪くないのだと思いたかった。



「……ご無事、ですか……私の、マス、ター」


 ――え……?


「申し訳、ありません……わた、しの力、不足で……貴方を、このような目に……」



 なっ――何を言っている……? この白の書の精霊は、何を言っているのだ!?

俺はお前を盾にしたんだぞ! 自分が助かりたいだけの為に、お前を利用した。

道具のように使い捨てにしたのに……何で、どうして!?


「何で、お前が謝っているんだよ!」


 痛みなんて関係ない。大怪我だろうと何だろうと、どうだっていい。

ふらつく足を押して立ち上がり、冷たく横たわる少女の元へ駆け寄る。

救世主が放った雷の如き一撃は、白い女の子の肌を黒焦げに染めていた。


それでも――その表情は、今まで見たことの無い慈しみに満ちていた。


「俺は、お前を……お前を盾に――それなのに、どうして……!?」

「主を、守るのは……召喚器として、当然の――」

「違う! お前だって、本当は分かっているだろう!?

俺は、あいつのように――神のように、お前を道具にして、使い捨てに……!

最低だよ……ごめんな、ごめんな……イムニティ……」


 涙が止まらない。悲しくて、悔しくて、情けなくて――次から次へと、溢れ出てくる。

俺は本当に駄目な男だ。今、ハッキリと分かった。ようやく自覚する事が出来た。

誰かよりはマシだと、身勝手に決め付けては安心していた。自分がどれほど愚かであるか、客観的に見れなかった。

死を前にさらけ出した自分の本性は、最悪。


救世主でも破滅でもない、ただのクズだった。


「……よかった……」

「……イムニティ?」

「……また捨てられたのだと、苦しくて、悲しくて……怖くて……

信じて、よかった……あなたで、よかった……」


 一度滅ぼされた白の書の精霊は、自分の力の全てを失った。

召喚器に生まれ変わったとはいえ力は戻らず、赤の書にとり憑いてようやく存在を保っていた。

弱りきった身体で才気溢れる救世主の一撃を受ければ、彼女は――


「イムニティ……何で、何で、お前が俺を……?」


 自分の死を前に主の無事を喜ぶ従者、そんな裏切り者がいるはずが無い。

ならば、何故ダウニーが生きている? 何故役者が全て舞台に出揃っている? この世界は一体どうなっている?

俺はもう何を信じればいいのか、分からなかった。自分すら、信じられなかった。


「……此処はアヴァター、根源の、世界……可能性の、始まりの、地……」

「可能性の始まり……?」

「マスターが望ん、だ、のは……『再起』……わたし、リコリス、神……不確定な、要素……マスターの力が干渉……

世界が、召び還されて……再び、根源へ……っ」

「!? な、何だよ、これ!」


 幻想の少女が輪郭を失い、世界に還元されて消えていく――

二度目の死は覆せない。アヴァターの名の下に、根源へと飲み込まれようとしていた。


イムニティは、


「……リコリスが、妬ましかった……あんなに主に愛されて……主に、尽くして……」


初めて、


「……でも……私も、ようやく、主を……」


心から笑って、


「……うれ、しい……」



 ――消えて、いった……



 手の中に、遺されたものはない。肌の冷たさも、手の温もりも、何も無かったように。

呪われし召還器は、初めて誰かを想い消えて逝った。

抱きしめてやる事さえも出来ず、俺はただ呆然と見送るだけだった……

俺は、俺は……あ、あああ……ああああああああああああっ!!!


「――『おおおおおおおおおおおおおーーーーーー!!!』――!!」


 歓声で埋め尽くされる闘技場。天をも突き破る轟音は、勝利の祝福に満たされていた。

たった一人の、悲しみなど、簡単に飲み込んでしまう。

喉が張り裂けそうな声で泣き喚いても、世界を悲しみには染められない。


「破滅が倒されたぞ!」

「新しい救世主様の誕生だ!!」


 そう、これはそういう事実。そのように認識された、現実。

この世の悪が倒されて、世界がまた一つ平和に近付いた。

社会の全てを構成する人間こそが、イムニティの死を喜んでいた。平和を愛する人達が、精霊の消滅を祝福していた。

少女は、世界に、存在してはならなかった――


「……あははは、あはははははは……」


 イムニティ、笑わずに聞いてくれるか? こんな俺でもな、ハッピーエンドは好きなんだ。

アニメやゲームでは世界を守る主人公をカッコよく思い、世界を壊す魔王が倒されて自業自得だと笑っていた。

物語の最後は主人公達の勇姿と、守られた人達の笑顔――ありきたりだけど、それが一番だった。


「……ははははははは、ハハハハハハハ――」


 魔王は人間は愚かだと言う。英雄は人間は素晴らしいと言う。そして魔王は、英雄に倒される。

倒されるのが悪ならば、倒した側が正義なのだろう。人々は正義を見て、歓喜している。

ならば……


盾にして、イムニティを死なせた俺は、正義なのか――?

イムニティの死を笑う人間達は、正しいのだろうか――?


「ハッハッハッハッハッハッハ」


 そんな訳が……あるものか!

世界が認めても、俺は絶対に認めない。誰が祝福しようと、俺は死ぬまでこの結末を憎悪する。

イムニティが死んで、平和になる程度の世界なんて――


俺が、壊してやる。



「黙りなさいよ!!!」



 それは、奇跡だった。

悲しみに嘆く声は喜びに狂う歓声に遮られたのに、正しき怒りにひれ伏した。

――たった一人の救世主に、大勢の人間が黙らされた。


「彼女の死を哂う事は、救世主候補生リリィ・シアフィールドの名にかけて、許さない」


 馬鹿げた事を言っている。正義の代名詞が、悪の成敗を否定した。

英雄の名が魔王の手下の尊厳を守っている。人々の当然の嘲笑から、穢れし少女を守ってくれている。

誇らしき救世主――その真っ直ぐな瞳から、熱い涙がこぼれている。


「アンタなんかに、同情してないわよ。あんたのせいで、その娘は死んだのだから」

「……分かってる。けど……ありがとう」


「……破滅にも、愛はあるのね……」


 リリィは切なげに呟いて、自分の手袋を優しく撫でる。

その行為にどういう意味があるのか、理屈でなくても理解出来た。


俺は、立ち上がる。


「黙って、殺されるつもりはないようね」

「イムニティの命を犠牲にして、俺は生き残った。俺にはもう、大人しく死ぬ事も許されない」


 白の書の精霊は死に、俺はただの人間に逆戻りした。身体は傷だらけ、立っているだけで辛い。

けれど、ニートには戻らない。逃げ場所なんて、何処にもなくなった。

赤の他人が作り上げた平和には、もう住めない。


「一つだけ聞くわ。アンタ、本当に――破滅なの?」


 自信には満ちていても、涙で瞳が揺れている。

この圧倒的な群衆の中で唯一人、彼女だけが真実を知り得ている。

イムニティの死を悼む人が救世主で――手を下した張本人なのは、本当に皮肉な話だった。


「そうだ」


 今この瞬間、俺はニートである事をやめた。

偽りの罪人ではなく、本当の悪として。愚かな自分を全て受け入れて、俺は生きる。

リリィ・シアフィールド――この尊敬すべき英雄に、俺は名乗りを上げた。



「俺は破滅の将、冬真奏だ」













































to be continues・・・・・・







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