Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.12 | |||
公開処刑当日――自分の命が終わる日。天寿を全うするのではなく、無念を抱えて国に断罪される。 優しい家族や友人に見守られては死ねず、多くの他人に恨まれたまま殺されてしまうのだ。 弁解する機会は一切与えられなかった。処刑当日まで誰一人見向きにしない。 人類を救う救世主は助けようとせず、人類を滅ぼす破滅の王は俺に会いに来てくれた―― これを皮肉と呼ばずして何という。世界の善悪が、俺にはもう分からなかった。 「――出ろ」 感情の一切を排除した声で、労の番人が迎えに来る。出所ではなく、処刑場へ連れて行く為に。 促す言葉こそ簡潔だが、警備は厳重。錠は勿論の事、力の封印処置も怠らない。 抵抗する気力も失せている。番人に猛抗議しようと、国の決定は揺るがない。どれほど叫んでも、一庶民の声など届かない。 「……奏」 「話し掛けるな」 間もなく殺されるというのに、淡々と受け入れている自分。死ぬ事が怖くないのではない。 同じ牢に投獄された白の書の精霊イムニティ、彼女の存在が忌々しくも弱音を吐く事を許さなかった。 ダウニー・リード、かつてイムニティを殺害した破滅の王。赤の書の主に殺された筈の男が生きていた。 張本人が面会に来た以上、誰がどう見ても嘘を吐いているのはイムニティとなる。なのに―― 『私がダウニー・リードの仲間!? 冗談じゃないわ、汚らわしい! かつてあんな男と組んでいたと思うと、吐き気がするわ!』 『……君の話だと、彼は赤の書の精霊オルタラとそのマスターに倒されたのではないのか? 面会に来てくれたダウニーは健康そのものだったぞ』 『マスター、落ち着いて聞いて下さい。この世界は恐らく――』 『これ以上何も聞きたくない。何もしたくない。もう話しかけないでくれ』 『信じて! 私は本当に貴方だけの為に!?』 『君の事はもう信じられない』 『……そ、そんな……、私より、ダウニーを信じるの……? 私はまだ、捨てられるの……? ぁぁ、あああ……!』 ――俺は彼女に何も言わなかった。文句を言う資格はあるだろうけど、これ以上話をしたくなかった。 絶対なる神を前にしても不遜だったイムニティは、少女のようにすすり泣くだけ。 日に日に憔悴していき、虚ろな眼差しでぼんやり床を見つめたり、思い出したようにブツブツ見えない何かに恨み言を並べていた。 猛毒の薔薇のような彼女の暴力的な美しさは、自分自身への絶対的な自信が魅せるのだと気付く。 そのイムニティが窶れ果てているのは――分かっていても、疑心はなくならない。 彼女のような自分への自信が俺には無い。だからイムニティも信じられない。自分の命に価値を見出せず、軽く見てしまう。 明日も知れぬ命、自分の心配をするべきなのに――涙で床を濡らすイムニティを気にしてしまう。 悲嘆に暮れる彼女を前に、俺が脅え泣く事なんて出来なかった。怖くて怖くて仕方ないのに、震える事も出来ない。 自分の命の危機を認識しながらも、当日を迎えても反骨心が出てこない。 暗雲立ち込める将来を不安に思いながらも、毎日ぼんやり楽して生きてきたニート時代と何も変わらない。 いっそ泣きたかったが、出るのは溜め息ばかり。イムニティが傍に居るので、惨めな姿は見せられない。 彼女に失望される事を怖がる――この期に及んでカッコつける自分が情けなかった。 身体の自由を奪われて、俺達は牢獄より外へ出される。目隠しまでされるとは、よほど破滅は恐れられているらしい。 「あの……」 「私語は慎め」 何故呼びかけたのか、分からない。分かったのは、俺達を連行する番人は面会前に一度だけ話した人だという事だった。 名前も知らず、顔もよく覚えていない人。何の繋がりもない、赤の他人。 相手に感謝を伝えなかったのではない。自分の意思を遺して置きたかった、どれほど他愛のない挨拶でも。 「……。本日行われる公開処刑の場に、私がお前を連れて行く。 お前の死を見届ける事が私の仕事だ」 「? はい」 「――それだけだ」 彼が何を言いたかったのかは分からなかった。恐らく、罵りも感謝も必要とはしていないのだろう。 相手に意味のある言葉だけを伝えるのが会話ではない。死ぬ前にようやく理解出来た。 彼は俺が殺される事に若干の不憫は感じても、決して止めたりはしないだろう。俺達は所詮赤の他人同士なのだから。 「……分かりました。色々ありがとうございました」 「どういう意味だ」 「いえ、すいません」 相手が何を思うと、感謝を伝える事は悪い事ではない。慈悲を求めたのではないのだから。 その後俺と番人との間に会話も何も無かった。事務的な手続きを幾つか行われた後、移送される。 護送車などといった品の良い乗り物ではない。手足の自由を奪われて、荷物のように車台に放り込まれた。 荷車か何かに載せられたのだろう、ゴトゴトと景気の悪い音を立てて運ばされる。 目隠し越しに届く薄暗い光、乾いた空気の匂い――周囲から届く雑音。 移送されている内に雑音に声が混じり、やがて喧騒へと変わっていく。人々の歓声が聞こえてくる。 対称的に静かな隣人、同じく運ばされている少女からの呼びかけはない。 やがて何処かへ辿り着いたのか、複数の手によって乱暴に降ろされる。引き摺られないようにするだけで精一杯だ。 苦情の一つも受け付けてくれない。罪人はただ裁かれるのみ。 一体何処へ運ばれているのか、分からない。確かなのは終着駅があの世であるという事だ。 自分が死ぬ場所へ案内されているかと思うと身が縮む――ような、繊細な時間すら与えてくれなかった。 凶暴とも言える人間達の声が鼓膜を貫き、心を貫く。恐怖心は大勢の人間の声で埋め尽くされる一方だった。 万単位のコンサートのような大合唱――それが死へのアンコールだと気付いたのは、自分が当事者であるがゆえに。 目隠しが、外された。 『わああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!』 ――初めての経験である。目に映る景色より、人間の放つ声の方が先に届いたのは。 言葉として認識出来ない声は表現すら出来ない。歓声が景色となって埋め尽くされていた。 景気の良いファンファーレは必要ない。太鼓やラッパの音は必要とせず、賑やかに響き渡っている。 教科書やテレビでしか見た事のない、楕円形の巨大な建造物――コロシアム。 広大な空を遮る無粋な天井はなく、外周を高い壁で覆われた闘技場に俺は放置されていた。 階段式の観覧席には万を超える観客が収容されており、喝采に似た罵詈雑言を浴びせかける。 まるっきり見世物だが、公開処刑とはそもそも見せしめ効果を狙って処刑が公開されるものだ。 中世の魔女狩りによる魔女の火刑やギロチンによる斬首刑等のように、厳粛な処刑であっても庶民には娯楽として扱われる。 『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』 俺の住んでいた国でも、昔は磔や火罪、鋸挽きなど一般市民を参加させる処刑方式まで採用していた。 破滅の王ダウニーも見解として述べていたが、死刑には犯罪抑止効果があって公開によりその効果を最大まで高めることが出来る。 処刑される破滅の将本人が引き立てられて、人々の意思が次第に統一されていく。 熱気が狂気へと変貌し、狂騒へと駆り立てられる。異常だが正常、真っ当な感覚など飲み込まれるだけ。 ――ならば己を保てる者こそが、真の強者と言えるのかもしれない。 雑草に埋もれる野原に開く、一輪の花。 公開処刑場を取り囲む沢山の群衆、彼らは破滅の将と称される俺に熱狂的な歓声を浴びせている。 逆に、主役である俺が目を奪われる者達が居た。 一切視界を遮られる事なく残酷ショーを楽しめる、指定席――正面から俺を見つめる人達。 赤の書の精霊オルタラ、教会服を纏う羽帽子の女の子、胸元の開いた大胆な意匠の女性。 教師の仮面を被った王、ダウニー・リード。 指定席の真下に位置する場所には、手摺に腰掛ける褐色肌の美女が俺に手を振っている。 観客席とは明らかに立ち位置の異なる所から見下ろすのは、一際派手な服装に身を包んだ者達の参列。 奇妙な事に中央の王座に座るのは、王者の威光を感じさせる少女――怜悧な視線は幼くとも、はっきりと俺に向けているのが自覚出来た。 当然、物々しい装備を身に着けた武装兵士も並んでいる。逃げ場などない。 玉座に座る少女の傍らより進み出る、一人の女性。その凛とした立ち振る舞いに、観客達が少しずつ静まり返っていく。 嵐の前の静けさ、誰もが皆固唾を呑んで見守っている。 「これより――世界を前代未聞の危機に陥れた罪人の処刑を執り行う!」 多くの群衆の前で宣言された瞬間、闘技場に相応しき人物が登場する。 強者に相応しい気配を持つ人間、百の男達が束になっても敵わないであろう風格。 そして何より宝石のように美しく、情熱的な――憎悪に染まった瞳を向ける、女の子。 「フローリア学園救世主候補生、リリィ・シアフィールド。 救世主に相応しい力を持つこの者が、異界より襲来した破滅の将を討つ!!」 マントを羽織った紅い髪の少女、リリィ・シアフィールド。 俺の命を奪わんとする女の子は、確かな殺意を持って俺を一瞥する。 25年間生きてきた俺と、20にも満たないであろう少女――けれど、その器は圧倒的。 天才の名の下に、凡人は倒される――世界はどこまでも残酷だった。 to be continues・・・・・・ | |||
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