Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.14


 悪の手先を倒す正義の英雄の登場で、円形闘技場は灼熱の熱気に満ちている――

大規模な戦闘空間がある闘技場の建築スタイルは複雑な多層建築ではなく、地形を利用したもので構築されていた。

外側を石材の壁で支えた上で、観客席を土石によって支えている構造。

基本構造は原始的なコロシアムだが、アリーナを囲う高い壁には不可思議な装飾がなされていた。


『殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!』


 破滅の将は醜悪な男、救世主は見目麗しい美少女。何とも分かりやすい構図に、集った観客が期待と興奮に沸き立っている。

フローリア学園救世主候補生、リリィ・シアフィールド。俺を殺す処刑人は、日本で生まれ育った人間から見ても美しい少女だった。

情熱的な赤い髪をポニーテールに結い、強い意志の光を見せる紅の瞳で罪人を冷たく見下ろしている。

視界全体に広がる観客を前でも少女は背筋を伸ばし、その凛々しき表情を硬く引き締めていた。

自分よりも年下であろう少女の、強い存在感――才と美に熟成された人間を前に、俺はただみすぼらしいだけだった。


「リリィ・シアフィールド。先の戦いで惨たらしい犠牲者を出した破滅の将を跪かせよ!」


 観客席は有象無象の一般人の為の最前列、関係者達が並ぶ中段、国賓クラスの列席者が揃う最上段と、3列に分かれているようだ。

最上段には王者の威光を感じさせる少女が玉座に座り、王の傍らで一人の女性が俺の死刑を無情にも宣告する。

裁判も何も無く、釈明の機会を一切与えられないまま、公開処刑当日においても言い訳の一つも許されなかった。

――観客の狂乱の叫びに慈悲は無い。彼らにとって、この公開処刑は残酷で血塗られた娯楽でしかないのだ。


「……結局、最後まで嫌われ者か……」


 女性の無慈悲な宣告に、正義を司る救世主が恭しく拝命するのを目にする。俺の死刑を承諾する儀礼、当人の意思など関係ないらしい。

熱狂する観客、破滅の死を見届ける関係者達、公開処刑を見下ろす貴族や王族。立場は違えど、俺の命に等しく価値を見出していない。

古代ローマで行われた剣闘士の格闘や猛獣狩りなどの残虐な催し物でも、人々は安全な場所から命のやり取りを楽しんでいたのだろう。

人間とは何て救い難い生き物なのだろう――何時の時代、何処の世界でも、これほどまでに愚かしいのか。


"――こんな話がある。

とある片田舎で兄妹で仲良く暮らしていた。兄は妹を心から愛し、妹もまた兄を慕っていた。
兄弟の生活は決して健やかとは言い難かったが、二人力を合わせて生きていた。

ところがある日、兄弟は勝手な大人達の陰謀で――無理やり殺し合いをさせられてしまう。

兄弟に抗う術はなかった。どれほど正当性を訴えても、決して届かない。正義は大人達の笑いの種だった"


 破滅の王ダウニー・リードが語ってくれた、正義の正体。人々の愚かさを物語る、悲劇と喜劇の御伽話。

闘技場の真ん中に放り出され、大勢の観客達に笑われて自分の立場を思い知った。

自分の存在に正義や悪は関係ない。抗う術など無いままに、大人達の笑いの種として弄ばれるだけ。


――笑いが、こみ上げてきた。


「随分と余裕ね、異世界の破滅の将。アンタは今から私に殺されるのよ」


 リリィ・シアフィールドと紹介された救世主候補が、冷然と微笑む。酷薄な笑みに残虐性はなく、確定事項である事を告げるのみ。

血塗られた見せ物に逆転劇は存在しない。これは野獣同士の戦いではなく、平和を約束された正義の成敗なのだ。

勝利を得た勇者は歓声と花が与えられ、勝利の美酒に酔うことが許される。

たとえ長続きはしない平和であっても、その栄光は曇る事無く人々の中で輝き続ける。

大いなる光を浴びて消え去った影など、人々の心には残らずに闇に葬り去られるのだ。破滅に堕ちた命に、価値は無かった。


「……俺を殺しても、世界は平和にならないぞ」

「アンタが生きているだけで、この世界は脅かされる。泣いて苦しむ人達が増え続けるのよ。
安心しなさい――死ぬのはアンタ一人じゃない。いずれ破滅は全て滅ぼしてみせるわ、救世主となった私が!」


 破滅の将の公開処刑でありながら、今この場だけの自由は許されている。手足を縛る錠も何も存在しない。

封印処置か何かを施されているのかもしれないが、知識も力も無い俺には何も分からないままだった。

地球でも、アヴァターでも、何も変わりはしない。無知はただそれだけで罪であり、不自由なのだ。

鎖に繋がれていない野良犬が、世界を渡り歩くなんて出来はしない。ただ目の前の不自由に啼くだけだ。


「俺は何もやっていない、誰も殺していない。俺を殺す理由を、お前自身は告げられるのか」

「アンタは破滅の将で、私は救世主候補。理由はそれだけで充分よ。破滅に生きる価値は無いわ。
――私の故郷を容赦なく滅ぼした、あんた達に!」


"救世主といえど、一人の人間。彼女達の中には、破滅により故郷を失った人間もいる"


 ……なるほど。これは世界平和を謳う戦いの儀式だけではなく、被害者の復讐劇でもあるわけか。

観客がこの事実を知っているのかどうかは分からないが、脚本を書いたフローリア学園の学園長には感嘆するしかない。

破滅の将を処刑する事で一般市民である観客達に安心を与えるのと同時に、破滅に襲われた被害者達の怨恨を晴らす。

被害者の代表が救世主であれば、それに越した事はない。復讐は時として、強大な正義となり得る。


俺一人の犠牲で、全てが円満に解決する――自分の惨めな結末に、脱力すら覚えた。


「何なら抵抗してもかまわないわよ。一方的に殺されるのも無念でしょう」

「……今更慈悲を与えるとは思えんが」

「アンタの力なんて所詮は、紛い物。本物の召喚器の前には無力である事を思い知りなさい。
世界を滅ぼす力なんかに、私は絶対に負けない!」

"その者からすれば、召喚器を持つ破滅の将の存在など我慢ならないだろうね"


 リリィ・シアフィールドの感情は義務から生じたものではない。彼女は明らかな殺意を持って、俺を殺そうとしている。

救世主の証である召喚器。候補生である彼女にとって唯一の武器であり、自分自身を立てる証。

その力が復讐の対象に握られているのだ。一方的な処刑では、我慢ならないのだろう。

個人的な感情だが、主催者側からの介入はない。暗黙の了解ではなく、俺の抵抗も考慮に入れての公開処刑なのだろう。

血肉に餓える猛獣を前に、手足の自由な一般人など話にならない。復讐に燃える救世主に、破滅を語るだけの男が勝てる道理はない。


「フローリア学園救世主候補生、リリィ・シアフィールド。これより破滅の将を、処刑する」


 正義を名乗る救世主の宣言と共に、観客は怒号や大歓声を上げる。

戦いのムードを高めるラッパやホルンはなくても、勝利の笛の音が高らかに鳴り響くのが聞こえてくるようだった。

市民は普段は目にする事のないであろう救世主を見つめ、喝采を上げる。

お世辞にも試合などと呼べない一方的な処刑でも、破滅の将と救世主の反応を見定めながら充分ドラマを楽しむことが出来るのだ。


「――可哀想にな」

「何よ、その眼は。気に入らないわね、さっきから」

「所詮お前も、俺も、利用される側だということさ」


 見た目は華奢な少女だが、口ばかり達者な子供ではない。最近の生意気なだけのガキ共とは違う、凄みを感じさせる。

若さが生み出す情熱を無駄にせず、努力を重ね、才能を磨き、積み重ねてきた人生の集大成。それゆえの美しさ――

性別は違えど、俺の理想像が目の前に在った。ゆえに哀れで……腹立たしい。


「俺を殺せば、お前はただの人殺しだ。正義でもなんでもない。
確かに、家族や友人はお前を賞賛するだろう。子供達はお前に憧れるだろう。大人達はお前を褒め称えるだろう。
世界は、お前を救世主だと認めるだろう。

けれど――俺は知っている。お前は人殺しだと、俺自身は分かっている。例え俺の命を奪われても、事実は消えたりはしない」

「!? つ、つまらない恨み言だわ。あんたは破滅の将でしょう!
破滅を滅ぼして、何の罪に問われるというのよ」


 何の罪にも問われたりはしないだろうな。この娘の言う通り、単なる恨み言だ。抵抗する気力もない。

楽な方に流され続けた人生、怠惰に過ごした日常のツケが今やって来た。

大人になれば、自分の人生を自分の足で歩かなければならない。そんな当たり前の事さえ、俺はやらなかった。

働きたくない。他人と関わって傷付きたくない。臆病者にも劣るクズが、ゴミ捨て場に処分されるだけ。

だったらせめて、言いたい事を言って死んでやる。赤ん坊が無意味に泣き喚いて、大人を困らせるように。


「俺が誰なのか、お前は分かっているのか。だったら教えてくれよ、救世主様。

"俺"は一体、何者なんだ?

白の書の精霊に導かれた俺は破滅なのか? 召喚器を持っている俺は救世主なのか?
25歳でニートな俺は悪なのか? 万引きの一つもせずに生きてきた俺は正義なのか?」

「ア、アンタ、一体――」


「こんな俺が何でこの世に生まれたのか、教えてくれよ!!!」


 まだ二十歳にも満たないであろう少女を前に、俺は無様に這い蹲って泣き喚いた。

何でこの世はこんなに残酷なんだ? 俺が一体何をしたって言うんだ!?

俺はちゃんと働こうとしたんだ、真面目に生きようと思ったんだ!

社会が受け入れてくれなかったんだ。どうすれば受け入れられるのか、分からなかったんだ!

イムニティに会えて、ようやくやり直せると思ったのに……結局、利用されただけだった……


「笑わせないでよ!」

「……っ」

「いい大人が泣いて、喚いて、それで許されると思ってるの!? 世の中、ナメてるでしょう!」


 俺の胸倉を掴んで引き摺り上げる少女、リリィ。その瞳には先程とは違う感情が宿っている。

敵を殺そうとする憎悪ではない。相手を叱り飛ばす、純粋な怒りだった。

眼前に詰め寄るリリィの美貌は凄みを帯びており、ギリギリと歯が鳴っている。

――傍に控えるイムニティも顔を上げて、呆然と俺たちを見つめていた。


「この世界はね、アンタだけに優しくはないの。無力な子供にさえ手を差し伸べてくれない、厳しい所なのよ。
自分では何もしないくせに、甘ったれて生きていけると思ったら大間違いよ!

子供じゃあるまいし……自分の事くらい自分で何とかしなさい!!

――言ってくけどね、同情なんかしないわよ。アンタが本当に無実ならば、きちんと証明すれば良かった。
ただウジウジして、拗ねて、いじけているだけじゃない!
私だってね、生まれた時から救世主ではなかった。救世主になるべく、努力したの。

アンタはどうなのよ。何かになる為に、きちんと諦めずにやり通したの!?」


 最後まで諦めずに、頑張る――俺はちゃんとやって来たのだろうか?

就職活動、破滅の将、救世主、イムニティとの関係。何もかも中途半端だ。信じきれず、何かを疑って、諦めてきた。

この世の理不尽を呪い、他人の無情を責めて、自分の正当性を主張しようとした。


俺が間違えているのではない。この世界が狂っているのだと――


「――何もしてないんでしょう? アンタを見れば分かるわ。
年上だろうけど、「大人」には見えないもの。甘ったれた顔してる。自分以外の何かを見下して、嘲笑ってる。

私は、アンタみたいな奴が一番嫌い。自分が弱い事を盾にするような奴を。

だらしなく口を開け続けても、誰も食べ物なんか入れてくれないわよ。
自分の欲しいものは自分で掴みなさい!」

「……お、お前、何で俺にそんなことを……?」


 彼女が俺の言葉をどう受け止めたのか、分からない。ただ瞳からは憎悪は消えて、怒りだけが滾っていた。

祈るように両手を合わせると、紅玉の光が眩く輝き出した。

よく見ると、リリィの手には赤い宝玉のついた手袋が装着されている。何かのアイテムだろうか?


「――抵抗しないのなら、さっさと滅ぼすだけよ。さようなら、弱虫」


 彼女と俺、誰が正しくて間違えているのかは関係ない。彼女は既に覚悟を決めて、闘技場に立っている。

例え俺が無実であったとしても、罪を背負う決意を固めているのだ。彼女の意思で、この公開処刑は変えられないのだろう。

引き返せない道であっても、彼女は進み続ける。


今更、そんな事に気づくなんて――俺は。


俺は。


俺は。


"自分の欲しいものは自分で掴みなさい!"


俺、は――!?



「"ブレイズノン"」



 ――視界が、灼熱に染まった。













































to be continues・・・・・・







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