Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.11 | |||
『君の処刑を決めたのは、フローリア学園の学園長"ミュリエル・シアフィールド"だ』 救世主を育てる教師の仮面を取り、世界を滅ぼす軍団の総帥として堂々と語りかけてくる。 自分の現在所属する学園の上司に対する敬意は一切なく、隙あらば噛み付かんとする毒蛇が舌なめずりしていた。 嫣然と腕を組み、微笑すら交えて彼は此度の経緯を説明する。 『破滅の将の公開処刑、前代未聞の出来事だ。話を聞いた時は自分の耳を疑ったよ。 内々に始末するならまだしも、公の場で堂々と首を刎ねようと言うのだ。我々破滅側にも確実に伝わる。 異世界より襲来した破滅の将の捕縛――救世主側にとって切り札であり、劇薬とも成り得る。 取り扱いを間違えれば、この世界アヴァターの勢力図は激変するであろう』 救世主には何人かの力ある候補生がいるように、破滅には強力な将が控えている。 救いか、破滅か――世界の命運をかけた戦争の主力陣。一人一人が、一騎当千の兵。 両陣営の主力を一人でも失えば、世界のバランスそのものが傾いてしまう。 『フローリア学園の教師として潜入し、救世主側の動向を監視してきた私でも、学園長の思惑は掴めない。 この決断には救世主側でさえ混乱を招いてね、政府とも相当揉めたようだ。 破滅側との全面戦争にもなりかねない公開処刑――実に思い切った決断だ。 あまり似つかわしくはないが、我々も慎重に行動しなければなるまい』 内々に訪れた理由を話す破滅の王。本来なら面会拒絶だが手を回したようだ。 これが最初で最後の接触、スパイの身で救世主側に勘繰られる事があってはならない。次は恐らく、公開処刑当日となる―― ダウニー・リードはそう前置きして、自分の指を三本立てる。 『この公開処刑に対する学園長の思惑、私は三つの推測を立てている。 まずは一つ目。これが巷に最も囁かれている説だが……彼ら救世主達が守るべき人々の安寧、平穏への"保証"。 公の場で破滅の将を断罪する事で、救世主の絶対性を訴えかけるのと同時に、未知なる犯罪者への警告を発する。 人々の平和を脅かすのは、破滅だけではない。安息に生きる人間達もまた、矛盾を抱えている。 近頃は町中での犯罪も増えているようだからね、フフフ……』 赤の書の精霊オルタラが宣告した公開処刑、彼女もまた同じような理由を語っていた気がする。 破滅の主幹たる男が、人間が抱える悪を嘲笑している。何処までも愉しげに、どこか哀しげに―― 一息吐くと、ダウニーは指を折って言葉を重ねる。 『二つ目。我々破滅の軍団への"挑発"、大切な同志が殺されるとなれば我々も動くとふんでの決断。 戦争とは常に正々堂々と、真正面から行われるとは限らない。正面対決などむしろ稀だよ。常に寝首をかく事を考えている。 そんな我々を動かす事で予測し易い戦況を作り、我々の戦力を大幅に削る事を目的としている。 ――もしくは戦争ではなく、我々の接触を待っているのか……? 破滅の将を人質とした、取引や交渉――ふふ、こうして私が動いている以上、彼女の思惑は実に巧妙といえる。 この現場を確保されれば、私は終わりだね。無論そうならないために、色々と布石は打っておいたが』 腹の探り合いだと、彼は哂っている。戦争という名の謀略戦では、自身の命運すら敵を倒す為の一手でしかない。 そこに一人の人間の意志や主張など、無意味でしかなかった。どれほど叫んでも決して届かない。 破滅と救世主の戦争――世界を揺るがす程の大規模な争いに、一個人など歯牙にもかけない。 『三つ目。君の存在の抹殺――つまりは、本当の意味での"公開処刑"。 娯楽目的ではなく、犯した罪に対する罰。 魔女狩りによる魔女の火刑のように、罪の重さを人々に訴えかける事を目的としている。 私も話は聞いているよ。破滅の将である君が、救世主の証たる召喚器を持っている事を。 本当か、嘘か。実に興味深い事だが……どうなのだね? もしも真実であるというのならば、学園長の性急な決断にも納得がいくのだがね』 本当の目的は事実確認、救世主と破滅の将の両方の可能性を持つ人間の観察―― 救世主候補生達の教師でありながら、破滅の軍団を指揮する男が身を乗り出して追求する。 表と裏の顔を持つ人間が、ニ面性を問い質すとは何とも皮肉な話だ。 『ふむ……君も混乱しているようだね。無理もない事だが、生憎と君には時間もない。 公開処刑は既に決定事項、着々と準備は進められている。いやはや、決断した人間とは恐ろしいものだ。 大切な命を絶つ行為の為に重い腰を上げて、早々と行動に出ているのだから。 知っているかい? 君の命を奪う処刑人は――人々の命を守る、救世主なのだよ』 他者の命を守る人間が、他者の命を無残に絶つ。犯罪者であれど、その矛盾が損なわれる事はない。 それもまた人間の持つニ面性、表と裏の可能性なのだろう。 正義と悪は両立しているからこそ、その存在を確かなものと出来るのだ。 『正確には救世主候補生の一人なのだが……やれやれ、学園長も実に残酷な真似をする。 救世主といえど、一人の人間。彼女達の中には、破滅により故郷を失った人間もいる。 その者からすれば、召喚器を持つ破滅の将の存在など我慢ならないだろうね。くっくっく……』 人を救うのに必ずしも理由は必要ないが、理由のある人間が正義を名乗る資格を持てないなどという事はない。 動機が復讐であれなんであれ、悪が成敗されれば人々の平和は守られる。 救世主がどんな思惑を持った人間であろうと、破滅の軍団が倒されれば人々は祭り上げるだろう。 『人間なんてのはね、その程度の存在なのだよ。時には人の命でさえも娯楽として扱われる。 ――こんな話がある。 とある片田舎で兄妹で仲良く暮らしていた。兄は妹を心から愛し、妹もまた兄を慕っていた。 兄弟の生活は決して健やかとは言い難かったが、二人力を合わせて生きていた。 ところがある日、兄弟は勝手な大人達の陰謀で――無理やり殺し合いをさせられてしまう。 兄弟に抗う術はなかった。どれほど正当性を訴えても、決して届かない。正義は大人達の笑いの種だった。 お互いを大事に想う兄弟愛が、彼らにとって何よりの娯楽だったのだ。 そして……兄は生き残り、妹は死んだ。妹は最後まで兄想いだった――兄の生を願って、死んだのだよ』 聞く人が聞けば偽善めいた話を、ダウニーはことのほか真剣に物語る。 表情に変化はなく、身体に力が入っていない。ただ淡々と、俺に話しかけるだけ。 学園長の陰謀を説明していた先程より、ずっと鋭い目をしている。 『兄は身勝手な大人達に復讐を誓った。妹を守れなかった自分を呪い、自分自身の想いを悪意に穢したのだ。 幸いだったのか、不幸だったのかは分からないが、兄には才能があった。 憎悪を胸に兄は故郷を離れ、必死で強くなり、大人達を殺せる力を手に入れることが出来た。 生きる目標だったのだろうな、苦しい修行にも耐える事が出来たのだ。 そして、兄は故郷へ戻った。身勝手な大人達に復讐する為に―― ――だが、全ては手遅れだった。運命とは何処までも残酷だったのだ。 殺し合いをさせた大人はね、何と既に亡くなっていたのだ! しかも、しかもだ――子供に殺し合いをさせた憎き犯罪者が、何とも安らかな死を迎えて!! 妹に無残な死を与え、兄に残酷な生を押し付けた人間が、幸せそうに死んでいる。 ふふ、ははは、あはははははは!! これほどの喜劇があるだろうか!!』 大仰に哂う。額に手を当てて、身体を揺らしてくつくつと愉しげに哂っていた。 誰が見ていようと知った事ではないと言わんばかりに。妹の悲劇を、兄の喜劇を、破滅を司る王が馬鹿にしていた。 当然のように湧き起こるはずの怒りを、何故か感じなかった。 『公開処刑当日、救世主側も――我々破滅側も自分達の思惑で動く。 君は我々破滅の主力を担う将であるのと同時に、英雄の証を持った一人の人間でもある。 私は君を救いたいとは思うが、同時に脅威も感じている。このまま処刑されれば、ある意味で都合が良いとも。 いずれにせよこのままただ流されれば、君はこの世界の都合に巻き込まれて死ぬだけだ。 我々と共に歩む事を誓ってくれるならば、私も君を必ず救う事を約束しよう。 どうかね? 私と共にこの矛盾する世界を壊し、新たな世界を創り出そうじゃないか』 全ては盤の上、采配は神に委ねられている。救世主や破滅は、この世界の在り方を決める駒。 救世主側は世界を守る事を義務とし、破滅側は世界の変革を望んで行動している。 俺の命運を握る公開処刑も、彼らにとっては戦争の一端でしかない。 『……大事な家族を殺され、復讐する相手を失った兄はどうなったのですか?』 ならば、俺の決断なんて――何の意味もない。考慮すべき事でさえもない。 信頼していた相手に裏切られ、正義の名の下に捕らえられ、悪に救われようとしている自分。 無意味な選択を否定して、流される事を望んだ。それだけが、意味のある事だと思って。 一人のニートが、社会から消える。異世界へ来ようと、未来は何も変わらなかった。 『……。同情でもしているのかね、この世界に翻弄された、馬鹿な男に』 『生きていて欲しいと、思いました。大事な人間を殺されても、俺ならきっと復讐なんて考えもしなかった。 大人を呪いながらも、自分では何もしない。自分自身の無力を他の誰かのせいにしたでしょうから。 大人が悪いんだ――この社会が悪いんだ、理不尽な世界が全部悪いんだ。 そう考えて、自分を変えようともしない。誰かを守る事も、誰かを憎む事も出来ない。 救世主にも、破滅にもなれない自分とは違う道を、兄には歩んで欲しい。 妄想じみた願望で、そう思えたんです。 幸せになって欲しいとかじゃない。ただ……生きて欲しいと』 『……』 25歳になっても働かず、何の目的もなく生きてきた自分。 目の前にぶら下がった餌に飛びつき、敷かれた新しいレールに飛び乗った馬鹿な自分。 せめてもの卑小なプライドが、選ばない道を選んだ。 自分を殺そうとする救世主にも、自分を利用しようとする破滅も。 ……何て子供じみた、意地なのだろうか。大の大人が信じられないほどに、矮小で愚かだった。 妹を殺された兄にも、同情も憐憫も抱かない。悲しみも喜びも、わかない。せめてもの幸福も祈れない。所詮は他人事。 最後まで卑怯な自分を愛して、俺は死んでいく。 『同情された事は数知れずある。 幸を願ってくれた人も、哀れんだ人間も、不幸を笑った人間も多い。けれど―― 幸福な結末や不幸な終幕ではなく……ただ平凡に、生を望まれた事はなかったよ』 それが本当の人間なのかもしれない、とダウニーは言う。今までで一番自然に見えた微笑が浮かんでいた。 世界の破滅を望む総帥でありながら、彼が人間らしく見えた瞬間でもある。 意外と、彼はこの物語を好んでいたのではないだろうか? 復讐を望んだ兄に、俺とは違う何かを重ねたのかもしれない。 たった一度の面接はこれで終了――採用も何もなく話し込むだけで終わった、時間の無駄遣い。 救世主側は書類選考で存在を破棄されたが、会って貰えただけでも良かったかもしれない。 推薦されたのに拒否して、自らの殻に閉じ困る。結局、働きたくないで終わる。 嫌な仕事でも頑張るのが社会人なのに、俺は愚痴や不満を言うだけだ。 イムニティにも結局何も言えない。裏切られた事より、騙された自分が悔しかった。 働かず、流され続ける人間の行く末なんて、決まっているのに。 大事な人間を殺されたのに、復讐であれど生きられた兄が俺には羨ましかった。 復讐、か―― ダウニーへの復讐を名目にした、イムニティ。 復讐という物語を哀しげに語った、ダウニー。 そして破滅に故郷を滅ぼされ、復讐を成し遂げんとする救世主―― 多くの人達の思いが交錯する――公開処刑、その日が訪れた。 to be continues・・・・・・ | |||
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