Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.10 | |||
"破滅"の罪で公開処刑――身に覚えの無い罪状に、最初は現実味が感じられなかった。 万引きの罪で店員に怒鳴られた時の方がよほど不快で、動揺もしたものだ。 自分が豪胆なのではない。我が事のように思えないのだ、己の死罪が。 矢のように抗議していたイムニティの姿を、俺は他人事のように見つめていた。 告げられた罪を何一つ受け止められないまま……俺はオルタラが退出するまで、何も言い返せずに終わってしまった。 「くっ、オルタラ――力さえ戻れば、その忌々しい存在を滅ぼしてやれるのに!」 「……」 「マスター、一刻の猶予もありません。すぐに、私との正式な契約を! そうすれば私だけではなく、貴方自身も類稀な力を行使する事が出来ます!」 不遜に他者を見下ろしていた白の書の精霊の焦りが、ただ哀しかった。 心の何処かで悪い冗談だと思っていても、頭の中で必死に否定しても、彼女が許してくれない。 "アヴァター"という異世界では、俺は本当の意味で孤独だった。 どれほど無罪を訴えても裁判は開かれない、理不尽を訴えても警察など存在しない。 無関心だった地域住民も、社会を維持する労働者も――この世界に住まう人全てが、俺を等しく敵にしている。 「……君と契約を結べば、俺は本当に共犯者になってしまう」 「! それは私と縁を切るという事ですか、マスター!?」 「そ、そうは言っていない!?」 「そう言っているのと同じでしょう!」 互いが互いを必要としていた関係が、目に見えて崩れ始めている。 短い一時でも心地良く過ごしてきた時間は終わり、俺達は浅ましき仲違いを起こしていた。 誰が悪いのか、何が間違えていたのか――何も知らぬまま、苦しい心境を誰かのせいにしている。 「世界の平和の為に俺に死ねと言っているんだぞ、あいつらは!? お前らのやってきた事が、そのまま罪だと言っているのと同じじゃないか! その罪を押し付けられて――死ねと言われて俺に契約をしろと言うのか、君は!」 「そ、それは……私が何とかします。私は貴方の召喚器、貴方が望めば如何な力でも振るえる! 傲慢な正義の死者達を血祭りに上げ、貴方が法となればいい!!」 「更なる罪を重ねるのと同じだ、それは!!」 平行線だった。善と悪、正しい事と間違えている事。俺達はそんな事を論じていない。 イムニティはただ純粋に俺を求め、俺はイムニティを否定している。 それだけだ。国の決定なんて、事情も知らぬ俺達には世迷言でしかない。 「君は、神を破滅させればそれでいいんだろう……? 俺じゃなくても出来る事じゃないか。 たまたまあの本を手に取ったのが、俺という事だけじゃないか」 「違います! 私が望んで、貴方に本を――!」 「つまり、お前が俺を罪に陥れたんだろう! お前自身の罪を、俺に!!」 「――!?」 伸ばされた手を振り払っても、俺に未来は無い。 伸ばした手を振り払われたら、イムニティに生きる道は無い。 イムニティの手を取れば、俺は破滅する。俺が手を取らなければ、イムニティは破滅する。 そう、これはただの喜劇―― 誰が描いたシナリオなのか知らないが、見事の一言に尽きる。 正義の味方が書いた脚本に従って、俺達は今お互いを"破滅"させようとしているのだ。 「何が救世主だ、無実の俺を殺そうとしておいて! 何が破滅だ、俺に罪を押し付けておいて! ――何が"アヴァター"だ、俺の命の価値なんてどうでもいいくせに!! 結局、俺は何処に行っても捨てられる。不要な人間だと切り捨てられるんだ」 「私は貴方を必要としている! 貴方の為なら、この世界がどうなってもかまわない!!」 「お前がどれほど望んでもな、俺はどうせ死ぬんだよ!」 ああ、畜生……こんな事言いたくないのに。イムニティは俺の唯一の味方だと、分かっているのに! でもな、でもな――こいつが、その唯一の味方が。 可愛くて可愛くて仕方が無い、好きになり始めている女の子が! 俺を、殺そうと、しているんだ……俺を罪人にしたんだよ!! ……何なんだよ、これ……恨みたくもねえのに、怨んじゃうじゃないか…… 口説き文句より先に、恨み言を並べてしまうだろう。だって、自分の命が大切なんだから。 俺は聖人でも、悪人でもない。救世主でも、破滅の将でもない。 「だって俺は、何の力も無い人間……ニートなんだよ……」 「……」 イムニティに背を向けて、俺は冷たい牢屋の壁際に座り込む。 彼女が何か言い募っているが、もう見向きにしなかった。具体的な生存策であっても、結局は罪なのだ。 俺は何者にもなれないまま、いずれ死ぬ。 平和な国ならヒキコモリでも、余所の国なら処分される。 社会のゴミは廃棄処分――ただ、それだけの理屈でしかなかった。 牢屋の中でどれほど訴えても、国には届かない。自分の部屋でどれほど叫んでも、社会には届かない。 誰にも認識されないまま、俺は腐って落ちぶれる。非力に喘いで、もがき苦しむ。 何も変わってないじゃないか、俺は! ……大嫌いだ、こんな俺なんて……死ねばいいのに。 「面会だ、男一人だけ来い」 ――何時間が経過したのか、定かではない。何も考えられない、立ち上がる気力も無い。 仰々しい装備の男が無遠慮に足を踏み入れて、俺を牢屋から引きずり出す。 抵抗は一切しなかった。 手足に固い錠を付けられても、顔や身体に奇妙な模様を入れられても、俺はただぼんやりしていた。 少女の姿をした召喚器はそんな俺を一瞥して、力なく頭を垂れるだけだった。 男の無作法にも文句の一つも付けない。それでいい。 これ以上主扱いされても、迷惑なだけだった。 ――他者の干渉を疎ましく思っていた、昔の自分と同じ。反吐が出るほど、自分らしい。 厳重な扉が開かれており、俺は初めて牢屋から外へ出る。 周囲を確認しようとも思わなかった。どうにでもなればいい―― 抵抗一つしない俺に男は訝しげな目で見つめていたが、やがて歩き始める。 手足の錠がキツくて歩き辛く、痛みを発していたが、どうせ死ぬ俺には傷の一つや二つついても変わらない。 「……あの」 「面会人に対する質問は受け付けない。 その錠は身体の自由だけではなく、能力の封印も施す。身体に刻まれた文字が封印を強化している。抵抗は無意味だ」 「貴方には――どうして生きているんですか?」 「? ど、どういう意味だ……!? 俺を破滅させようと目論んで――」 「……俺は……どうして、生きているんでしょうね……」 この期に及んで、俺はまだこの状況を深く考えていなかった。もうすぐ自分は死ぬのだと、実感は出来なかった。 オルタラに告げられた時は見当もつかなかったが、イムニティと決別した今なら分かる気がする。 世界とか、他人とかではない――死そのものが、他人事だったからだ。 人間はいずれ死ぬ。その当たり前の現実をも、俺は理解していなかった。 何となく生きてきたから、これからも続くのだと、ただ漫然と。 何処かで、何かが、何とかしてくれると――何となく、そう思っていた…… 何という人生なのだろう……人生も半ば過ぎているのに、俺は何も生きていなかった。 「お前は――自分のやった事に後悔しているのか? "破滅の将"が自分の罪を、認めるというのか?」 「……俺は、自分が今生きている事が、罪なんだと思います」 「……」 連行する男は形容し難い表情で、俺を見つめている。何と言えばいいのか分からない、そんな奇妙な目で。 俺もこの人に何をいいたかったのか、分からない。きっと意味などないのだろう。 此処は懺悔室ではない。罪を罰する牢獄なのだから―― その後、俺は何も話さなかった。男は何か言いたげだったが、結局前を向いてただ俺を連れて行く。 狭い廊下を通り抜け、周囲の景色も変わり、建物の様子も変化していく。 目新しいものもあったのかもしれないが、俺はただ俯いて歩いていた。 ――やがて牢獄と同じ、頑丈そうな扉の前に立たされる。 「面会室だ。本来ならありえない話だが……君との個人面会を望まれている。 私は扉の前で見張っている。逃げようなどと考えない方がいい」 「……はい、すいません……」 「どうして謝る! 謝る必要など――ちっ、何なんだ貴様は! もういい、入れ。余計な真似だけはするんじゃないぞ! お前が何もしなければ……私も何もしない」 苛々した様子で扉を開けて、力の無い俺を無理やり中へ押しやった。 許可も何もない、一方的な入室――ノックの一つも無い見張りに、礼儀知らずという気は無い。 面接だったら落とされるのだろうな、ぼんやりとした頭で考える自分が滑稽だった。 捨てて来た日常がどれほど大切だったのか――今も尚、分からない。 思い出も何もない、日々。振り返ったところで、未練も愛情もわかない。 「やれやれ……乱暴だね、此処の番人は。敬意というものを感じられない。 もっとも、"破滅の将"に払う敬意などありはしないか」 やや気障っぽい、涼やかな男の声が狭い室内に弾む。人の心をくすぐる、中性的な美しさを感じさせた。 力なく顔を上げると、正面に柔和な笑顔を浮かべる男性が座っている。 面会室のみすぼらしい椅子が不釣合いな、美形。俺にとってはブラウン管の向こう側の存在、華のある人間。 「初めまして。私は君の宿敵である救世主を育てる学び舎――『フローリア学園』の学科授業を受け持っている」 罪人を前にしても物怖じしない、立派な物腰。 自分の言葉や仕草が相手にどんな影響を与えるのか、理解した態度で男は望んでいる。 慇懃無礼――彼は恭しく手を差し出して、名乗った。 「"ダウニー・リード"と言います。よろしく、異世界の若き"破滅の将"」 ――は……? この時、俺は初めて現実を認識した。薄い膜がかかった視界が、一気に晴れる。 驚愕が絶望を塗り替えて、心を埋め尽くす疑問が一時的な力を与える。 "ダウニー・リード"? その男の名は―― 「ダウニー……学園の先生? 確か、破滅側の――」 「――ほう、苦労はしたが許可を求めて正解だったな。手を焼いたが、面会に来た甲斐があったよ。 理由は定かではないが、どうやら私を知っているようだな。 私の正体を――"破滅"を統べる王の名を。 ならば、改めて自己紹介といこうか。そう、私は君が知っている通りの存在―― 破滅の42代目総帥、ダウニー・リードだ」 教師の仮面を剥ぎ取った男は、牙を剥き出しにして笑う。悪意に満ちた微笑を浮かべて。 "実在する"破滅の将を前に、俺は困惑するしかない。 俺の態度に何を思ったのか、安心させるように小声で話しかける。 「安心したまえ、この面会に小細工も何もない。我々の会話に耳を傾ける者もいない。 本来、このような面会自体もありえないのだ。 私がこうして名乗った以上、その辺は信用してもらってかまわないよ」 ――この男は何を言っているのだろう……? ありえないのは、この異例な処置ではない。破滅同士が密談を許される、この面会でもない。 この男の存在自身が、ありえない。破滅の王がこの世に存在している事が、異端。 ――討伐された筈。赤の書の精霊と、そのマスターによって。 イムニティはこの男に騙されて、吸収された。男は白の書の主となり――赤の書の主に倒された。 救世主と破滅、善と悪の物語は既に終わっている。決着はついたはずだ。 世界はもう、平和になっているのではないのか……? だったら、何故この男は生きている。何故堂々と、破滅を名乗っている。 失敗した計画を、滅亡した存在を、何故こうも堂々と宣言している。 「どうやら、イムニティから大よその事情は聞いているようだな。 何故彼女も一緒に囚われているのか、不可解だが……君を連れて来てくれたのは感謝するべきかな。 彼女が見出した新しき将だ。私は君に期待しているのだよ」 何故。 何故。 何故。 何故――イムニティの言葉を、俺は信じた……? 彼女は、俺を騙して此処へ連れてきた――ならば、この状況の全ては成立するのではないか? 死んだなんて、全部嘘。神への復讐なんて建前、親へのちょっとした口答え同然。 彼女はただこの男の前に連れてくる為に、俺に近付いて来たんだ。 ほんの少し好意を見せれば、喜んで尻尾を振る。か弱いフリをすれば、騎士めいた顔で助けてくれる。 そうして忠義を煽り、忠誠を語り、俺を納得した形でこの世界へ連れてこれる。 俺は自分の意思とは関係なく、このアヴァターへ連れて来られて……感謝すらしていた始末。 一度死ねば、生き返らない――そんな当たり前の事すら、目を瞑って。 彼女はずっと言っていたじゃないか、『契約しろ』と。 「召喚器」と、契約する意味なんてないのに。 意味があるのは「精霊との契約」、だけだ。 はは、ははは…… ははは、はっはっは。 アハハハハハハハハハハハハ。 ミンナ、シネバイイノニ。 to be continues・・・・・・ | |||
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