Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.9


 脱ヒキコモリを決意したばかりなのに、異世界の牢屋に軟禁。当然のように外出禁止。

世の中とは何処の世界でもままならないものらしい。

平和な世界を害する破滅の烙印を押されて、俺の新しい人生は日陰より始まりを告げた。

――元ニートには相応しいスタートかもしれない。寝るだけの生活に、心の何処かで安堵を覚えているのだから。

ただ望んだだけでは、就職など出来ない。ニートのニートたる理由として、働きたくないの一念が根付いているのだ。

怠け癖は簡単には取れない。日陰者にはお天道様は眩し過ぎる。

"根"の世界『アヴァター』、俺の心に根付く・・・悪癖を取り除くのに最適な"社会"なのかもしれない。

社会更生の場に異世界を求める俺の感性も、大概狂っている。神の破滅を願う精霊に認められるわけだ。


「……何だろうな、こういうのって……
不採用間違いなしと確信しているのに、採用通知を期待してしまう――

そして採用通知が来たら来たで、働く事に不安と拒絶を感じてしまうこの感覚! 分かるか!?」

「ごめんなさい、マスター。駄目人間の感性は全く理解出来ませんわ」

「見下げ果てた目で返答するな!?
――駄目だ、ゴロゴロしていても落ち着かない。

ベットから離れる生活習慣を身につけないと、また怠惰な人生に逆戻りだ」

「社会復帰の道は果てしなく遠のいているのに」

「言うなー!? 言わないでくれー!
ただでさえ前歴のある人間は、就職が非常に困難だというのに!」


 根の世界アヴァターへと転送された俺、来訪挨拶も無いまま問答無用で牢屋に閉じ込められている。

白の書の精霊イムニティの存在が、平和な世界を脅かす。彼女より主と認められた俺も同様だった。

事実無根と言い切れないのが歯がゆい。


俺は彼女が悪だと知りながら――受け入れたのだから。


「……私との関係を否定すれば助かるかもしれないわよ、冬真奏。オルタラは貴方が襲われた事実は知っている。
あのイイコちゃんなら弁明すれば信じて貰えるかも――」

「――信じて貰って、元の世界へ帰還。今までの日常に逆戻りか? それこそ今更だ。
俺は君と出逢えて生まれ変わる決意が出来た。一人だったら、所詮就職雑誌眺めるだけで満足してただろうよ。

こんな事になったけどさ……感謝はしてるんだ。 君との関係を否定したりはしない。神様が拒絶しても、俺が受け入れる。
なーに、不況に喘ぐ社会で生きていくよりはマシだよ。きっと、多分……」

「……ふふ、本当に駄目なマスターね」


 冷たい牢獄の中で、仄かでも暖かな感情を交え合う俺達。

形ある確かな絆は無くとも、本を通じて結ばれた契約は続いていた。

破滅を招く共犯関係、悪と罵られても俺達は生きていく。


「どうせ人生をやり直すのなら、昔ではなくこれからを考えようよ。
イムニティの最終目標はあの神と呼ばれる存在を倒す事、そうなんだよな?」

「神は世界を生み出した絶対者、書の精霊にとっては親も同然。
親に翻弄され続けた運命を打開する為に、私は神を倒す。
……主の選定が第一ではあったけど、私も破滅の将。滅びの運命は神であっても逃れられない事を教えてあげるわ」

「『破滅の将』、それが昔の君の立場か……
世界を救う役割を持つ「救世主」と、世界の滅びを願う「破滅」――随分と分かり易い対立関係だな。
人間同士の戦争だって、これほど明確に善悪分かれていないぞ」


 文字通り破滅願望でもあるなら話は別だが、大抵の理性的な人間は生を望む。

本の中の世界だと世界の破滅を願う悪役は存在するが、現実に実行する集団がいれば世界中から袋叩きに遭う。

テロが国家問題とされているのがその証、生を望む意思がある限り破滅の意思は世界より淘汰され続ける。


「私は既に貴方というマスターを得た。今更破滅の肩を持つつもりは無いけれど……
彼らにも破滅を望む理由があり、大義名分を掲げている。

矛盾する世界を破壊し、新たな世界を作り出す――

救世主が古き世界の延命を、破滅の将が新しい世界の創造を望んでいる。
破滅だけが目的ではない。破壊の後の再生を必要としているのよ」

「テロリズムの発想じゃないか。破壊により生み出される犠牲を完全に無視している」

「破滅を望む理由は無論、個々によって違うわ。破壊の将には犠牲を楽しむ者も存在する。
破滅もまた欲望の内――生と死は表裏一体なのよ。マスターの世界も戦争の概念は存在していたのでしょう。

私は白の書の精霊として、これまで多くの人間を見てきた。人間という存在がこの世に居る限り、争いはなくならないわ」

「だからって、何も知らず平和に生きる人達まで巻き込んで――」

「――待って、マスター。先程も言ったけれど、私の目的は神の破滅。
人間は嫌いだけど、積極的に殺すつもりは無いわ。どうでもいいもの、貴方以外は」

「そうだな……イムニティを責めても仕方ないか。悪かった」


 口では偉そうに世界平和を口にしているが、俺も所詮他人事だった。

戦争はゲームの中だけ、世界情勢はテレビの向こうで繰り広げられる退屈な物語。

怠惰に惰眠を貪るだけの男の言葉なんぞ薄っぺらいだけ。血も汗にも染まっていない、奇麗事――

ワゴンセールに山積みの本を読めば幾らでも探し出せる言葉に過ぎない。

イムニティも俺が主だから言い返さないだけで、平和主張に関心を抱いていない様子だった。


「『救世主』と『破滅』、善悪は抜きにして対立関係が明確なのは理由があるの。
"アヴァター"は、根源的な元素を生み出して伝える事を役割とした世界――根の役割を持つの。
どれほど葉が青々と生い茂っていても、根が腐れば大樹は枯れてしまう。マスターの世界もまた、葉の一枚。

この世界が滅びを迎えれば、各世界への影響も計り知れないわ」

「この"アヴァター"はそれほど重要な世界なのか!? 魔法と科学という二つの主軸があるのも――」

「御明察。マスターの世界に魔法の概念が存在しないのは、"アヴァター"から遠く離れている為。
根の世界からの影響力が薄く、文化が伝達されないの。その代わり科学が発展して、魔法の代用をさせているのね。

救世主も根の世界の影響力が大きい世界より選定される可能性が高いの。マスターは特別なのよ」


 艶やかに微笑を向けられて、喜びより恥ずかしさを感じてしまう。

救世主が如何こうよりも、イムニティという少女に見初められた事が嬉しい。

破滅願望を持つ危険な精霊であったとしても、俺は彼女と生きたいと思う。大変に困難な道のりではあるが。


「魔法、か……神との戦いで使ったのも魔法なんだよな……
イムニティの力を借りれば、俺もまた召還・・魔法とか使えるのかな?」

「本来は詠唱の他に特殊な陣を必要なのだけれど、マスターなら恐らく可能だわ。
素晴らしい事なのよ、これは。
科学が発達した世界で生まれ育った人間が、知識や技術も無いのに精霊オルタラを呼び出した。

『召喚師』としての才能があるのかも――修行すれば、稀代の天才魔道士にもなれるわ!」

「――お前、喜びすぎ」


 我が事のように喜ぶ少女に、俺は苦笑するしかない。誰かに褒められた事なんて何年ぶりだろう……?

ヒキコモリのニートなんて社会悪。爪弾きにされるだけの存在だった。

才能らしい才能なんて、他人はおろか自分でも見出せた事は無い。

思わず、自分の掌を見つめてしまう――


「練習してみようかな……魔法が自分自身の力で出来るのなら、使ってみたい。
今後の事を考えれば、必要になるだろうからな」

「――その今後の予定を是非、聞かせて下さい」


 !? 思わずベットから立ち上がる。

盛り上がっていた雰囲気は一変、イムニティは即座に俺の前に立つ。

――施錠されていた扉が重々しく開き、お盆を持った少女がゆっくりと入ってくる……


「食事です」


 乾いたパンと冷めたスープ、必要最低限の食事がお盆に載せられている。

胃を満たすには程遠い量だが、不規則な生活習慣を送っていた元ニートは普段からあまり食べない。

むしろ犯罪者への生の食事として興味津々であり、運んで来た少女をむしろ困惑させてしまった。

――いずれ飽きる食事でも、初めての献立には関心を示すものさ。


「赤の書の精霊が給仕役とはいい御身分ね、オルタラ。転職でもしたのかしら」

「……使命を放棄して、召喚器となった貴方に言われたくはありません」


 端的な言葉の中に、相手への非難を乗せるもう一人の精霊。鏡のように似通った二人でも、心の内はまるで異なる。

イムニティは忌々しそうに舌打ちをし、オルタラと呼ばれる少女は無感情に相手を見つめていた。

――狭い牢屋の中の冷戦は、ただ居るだけで息が苦しくなる。


「やめろ、イムニティ。言い争っても仕方が無いだろう。
――えーと、オルタラ……さんだったよね? この前は助けてくれてありがとう、お陰で命拾いしたよ。

承諾も得ずに無理に召還して悪かった。どうしても、あんたの力が――存在が必要だったんだ」

「……」


 黙ってお盆を渡された、彼女なりの返礼だと解釈しよう。実に無口な精霊だが、悪い娘ではないと信じたい。

アヴァターに連れて来られて初めての食事、食事の文化の違いに大きな差が無かった事に安心を覚える。

同じ惑星内でも、理解し難い食事をする国はある。

ただの文化の違いとはいえ、飽食国家の贅沢な食事に慣れてしまった自分に突然の犯罪者生活は難しいのだ。


「私への食事は無いのかしら。書の精霊が差別をしてもいいの?」

「力を取り戻させる事はしません」


 平然と言い返すオルタラに、イムニティは面白くなさそうにそっぽを向いた。

彼女に関する知識は乏しいのだが、どうやら存在は安定しても精霊としての力は取り戻していないらしい。

食事で栄養補給すれば、魔力などの補充も可能なのだろうか……? だとするならば、ちょっと微笑ましい気がする。


「イムニティ、俺のパンを半分やるよ」

「!? 先程の言葉は冗談よ、マスター。召喚器に人間の食事は必要ないわ。
貴方は身体の回復に専念するべき、まだ怪我は治ってないのよ」

「体調が悪いのはお互い様だろう。俺の事を思うのならば、尚の事食べてくれ。
イムニティは俺よりずっと強く、頭も良い。

力を早く取り戻して、俺を助けて欲しい」


「――ありがとうございます、マスター。いただきます」


 味気ないパンだが、二人で一緒に食べると何故か美味しく感じられる。

俺の隣で座ってパンを口にするイムニティは、見た目通りの少女に見えた。

小さなパンの一欠けらでは大した回復効果は無いだろうが、イムニティはゆっくり噛み締めていた……

赤の書の精霊オルタラ、彼女はかつての片割れをどのように思っているのか窺い知れない。


ただじっと、召喚器となったイムニティを見つめるのみだった――


「質問があるんだけど、かまわないかな?」

「はい」


 簡単に食べ終えた後、思い切って訊ねてみる事にした。

犯罪者に答える義務はないと拒否される事も覚悟していたが、何事も言ってみるものである。

無駄に質疑応答なぞ許されるはずはない。俺は不安や緊張を振り払って、率直に尋ねる。


「俺はこの先、どうなるのかな……?」


 怪我人なのに牢屋に放り込まれている以上、歓迎はされていないのは明白だった。

元破壊の将と判明したイムニティも傍に居て、マスターと呼んでいる。疑いを晴らすのは困難だろう。

けれど、俺自身に何の罪もない。元の世界でも、この世界でも何の事件も起こしていないのだ。

だったら――



「公開処刑となりました」



 ――え……?



「貴方は破滅の一員、国の情勢を鑑みた上での決定です。
世界の平和の為に――貴方には死んでいただきます」



 セカイのヘイワの為に――

この精霊は、何を言っているのだろう?



一体、何を――




























to be continues・・・・・・







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