第十話 運命、認めちゃいけないものなの(前編)
 一人車椅子で逃げ出したはやてに追いつくと、あかねはそのまま近くの公園へと連れて行った。
 そしてベンチ脇にはやての車椅子を止め、自らはベンチへと腰を下ろす。
 声なく泣いているのか俯いたはやての表情はうかがい知れず、ただ寒さに耐えるように両腕を抱きしめていた。
 着の身着のまま飛び出してきた格好の為、本当に寒いというのもあるのだろう。
 あかねは右腕に巻きつけているG4Uを手の平に乗せ、寒風の遮断の為に防御魔法を使用した。
「Protection」
 太陽の様な光は出来るだけ薄く、街灯の光に紛れるように展開する。
 これで暖かくなるような機能はないが、寒風は凌げるし、しばらくすれば二人の体温で少しずつ防御魔法内が温まることだろう。
 そう思っていると、俯いていたはずのはやてが少し驚いたようにあかねへと呟いてきた。
「魔法……あかね君も、シグナムたちみたいに使えたんやね」
「記憶を失くした日の、さらに二ヶ月前に僕は魔法と出会いました」
 少しだけ顔を上げて確認するように呟いたはやてに、あかねは頷きながら答えていた。
 もう隠せないし、はやてが知りたいと願うことは全て話すべきだと思っていた。
 例えそれがどんなに辛い事実だろうと、中途半端に知ったままでシグナムたちを誤解して欲しくなかった。
「やっぱり、シグナムたち一杯悪いことしたんか? 蒐集ってようわからんけど、大変なことなんやろ?」
「僕も詳しくは知りませんが、魔力の源を抜き取るそうです。抜き取られる瞬間は苦しいですし、ダメージもしばらく抜けません。けれどそれは全て、はやての為だったんです」
「私の為ってどういうことや。私は大きな力なんて望んでない。シグナムたちとこのまま過せたらよかった。他にはなんも望んでない」
「そのささやかな生活でさえ、脅かされたからです」
 ここから先は聞くのも辛いだろうと、あかねは冷たく冷え切ってしまっていたはやての手を取った。
 自分の両手で包み込み、辛いことを口にするが大丈夫だと安心させるように強めに握り締めた。
「シグナムさんたちは、はやての足が動かない原因が闇の書にあることに気付きました。それだけでなく、いずれ命さえ落としかねなかったそうです。そうさせない為に蒐集を行い、闇の書を完成させることが必要だったそうです」
 あかねの手により温まってきた手が、寒さとは違う理由で震えていた。
「じゃあ一時期、シグナムたちがよう出掛けるようになったのは。最近ずっと家におるようになったんは、完成してもうたんか?」
「まだ完成には至っていません。細かい所は省きますが、記憶と共に魔法を取り戻した僕は、シグナムさんたちを止めようとして決闘しました。左肩の傷と言うのもその時のものですが、敗北した僕からの蒐集で闇の書に何故か異変が起きてしまったんです。理由はわかりませんが、侵食が止まったんです」
「足が動いたんは、あかね君のおかげやったんか」
「それはわかりませんが、もうシグナムさんたちが蒐集を行う理由はありません。償いは必要でしょうが、少なくともはやてが思い描いたような最悪なことばかりではありません。戻りましょう、家に。あの場は母さんが、上手くおさめてくれていると思います」
 少しずつ落ち着いていったはやては、蒼白とも表現できた顔色に赤みを取り戻し始めていた。
 どん底まで落ちきった心も、少しは軽くなったのだろう。
 今なら家に戻っても、冷静にシグナムたちと話し合いが出来るかもしれない。
 ゆっくりと歩いて帰れば、向こうもそれなりに話しがついている頃だろうかと、立ち上がろうとしたあかねの手が引っ張られた。
 包み込んでいたつもりのはやての手に、いつの間にか逆に包み込まれていたからである。
「はやて、どうしたんですか? もう少しここに居ますか?」
「こんな真っ赤な顔で、帰られるわけないやんか。足が動いたのは奇跡やって思っとった。それがあかね君が起こしてくれた奇跡やと分かったら、ますます好きになってしもた。本当に、どうしてくれるんや」
「好きって、その……」
 直接的な表現は初めてのことで、はやての様に真っ赤になりながらも、あかねはベンチの隅ぎりぎりへと座りなおした。
 もうあと十分だけと心に言い聞かせて、もたれ掛ってきたはやてを肩で受け止める。
 その時にほんの少しだけ、出掛けになのはに何も言えなかったことを思い出すと、ゴチッとはやての頭がぶつかってきた。
「きっちり平等もええけど、ケジメはつけてや。今は私の番や」
「痛ッ……善処します」
「もう、ええけどな。十分堪能させてもらったし、そろそろ帰ろか」
 すっかり何時ものはやての声と表情に戻っており、あかねは今度こそベンチを立った。
 防御魔法を解除し、はやての車椅子を押す為に回りこもうと足を動かしたところで、砂利を蹴る音が耳に届いた。
 ゆっくりと歩く音であり、ここが公園であることを考えると決しておかしくはないのだが、その音はこちらへと向けてどんどん近付いてきていた。
「そうか、そちらは結界で捕獲後、足止めに専念してくれ。うむ、わかっている。こちらも気をつける」
 少し歳の行った人の声のようだが、人影は携帯で話をしながら歩いているのだろうか。
 ただその言葉の端々に、こちらの世界の人間が普通は使わない単語を聞き取ることができ、あかねは自然とはやての前へと進み出ていた。
 街灯のみが頼りとなる暗がりの向こうから歩いてくるのは、黒髪よりも圧倒的に白髪が勝る初老の老人であった。
 ただしその服装は、リンディが普段着ている管理局の制服に似通っていた。
「こうして直に会うのは初めてだが、大きくなったなはやて君」
 老人の瞳は殆どあかねを映すことはなく、はやてにのみ注がれていた。
「えっと、私のこと知ってるってことは、ひょっとしてグレアムおじさんですか?」
「私をそう呼んでくれるか。やはり胸が痛むよ」
 グレアム、そうはやてが呼んだ老人の名にどこか聞き覚えを感じ、あかねはさらに警戒を強めていた。
 確かに以前何処かで聞いたはずで、そんなに前のことではない。
 一週間か、もう少し前、あかねは自分の魔法を見てくれた二人の使い魔を思い出したのを機に、目の前の老人のことも思い出した。
「グレアム、ギル・グレアムさんですか? 管理局の偉い人がなんでこんな所に」
「それを君が言うのかね。老体を引っ張り出さねばならないほどに切迫した事態を作り出したのは、君なのだがね」
「僕が?」
「そうだ。先ほどの君たちの会話に、少し付け足そう。君は虚数空間から逃げ延びてからずっと、ジュエルシードを体内に保持していた。そして私の使い魔であるリーゼロッテが、君のリンカーコアだと思い摘出してしまった」
 ロッテが自分からリンカーコアを摘出、そう聞いてもまだあの男とロッテを結び付けられなかったあかねの動きは遅かった。
 特に歴戦といわれるまでに戦闘を経験してきたグレアムには、遅すぎた。
 あかねがG4Uの名前の最初の一文字よ言うよりも速く、あかねの体を数本のバインドが縛り付けていた。
「そんな、アリアさんよりも速い?!」
「知らなかったのかね。使い魔の資質は生み出した魔導師に左右される。少しばかり年を取ったとは言え、君程度の若輩者には負けんよ」
「あかね君、どうしてなんですか。なんでグレアムおじさんがこんなこと」
 あかねよりもよっぽど混乱しているはやての前に、グレアムは一冊の本を掲げて見せた。
 今はあかねの家の、あかねの部屋に置かれているはずの闇の書、それが何故かグレアムの手の中にあった。
「あかね君の願いを聞き届け、ジュエルシードは闇の書からの侵食を防いだ。だがここで一つ致命的な勘違いが発生していた。あかね君、君は闇の書の完成がはやて君を救う手立てだと、守護者たちから聞かされていた。その結果がこれだ」
 グレアムの手によってあかねに見せ付けるように闇の書が開かれ、無造作にページがめくられ続けていく。
 だが何時まで経っても、空白のページが現れない。
 あかねのリンカーコアを蒐集して以降、シグナムたちが蒐集を停止していたのにも関わらずだ。
 しかも途中からページが太陽に似た光を放っており、以降ずっと同じページが続いていた。
「ジュエルシードは皮肉にも、君の願いを正確に叶え続けていた。少しずつ、本当に少しずつだが、ページを埋めていた。これが何を意味するかわかるかね?」
「誰の犠牲もなく、闇の書が完成する。はやての足が……」
「人の話を聞きたまえ。言ったはずだ、勘違いが発生したと。闇の書が完成してもはやて君は助からん。むしろ闇の書が完成することで、はやて君の死は確定する。だが安心したまえ、はやて君。君は決して死なない、ある意味で永久に永遠に生き続けることにもなる。デュランダル、セットアップ」
「Stand by ready」
 ついにグレアムがデバイスを取り出したのを見て、あかねは咄嗟に叫んでいた。
「はやて、逃げてください。家に、戻ればァッ……グッアァ!!」
 最後まで伝えきることなく、あかねは両腕ごとバインドで縛り付けられた腰を中心にのけぞるように苦しみ始めていた。
 覚えているのはほんの一瞬であったが、その感触はリンカーコアを無理矢理摘出された時と同じものであった。
 心臓近くに直接手をねじ込まれたように、うごめく感触が生々しく、心臓を握り潰されそうな痛みが襲う。
「最後の数ページは、君の魔力で補わせてもらう。悪く思わないでくれ」
「止めて、止めてグレアムおじさん!」
 背骨が折れ、そのままあばら骨が胸から飛び出そうに反り返ったあかねの胸から、リンカーコアの光が少しずつ見え始めたその時だった。
「Flash move」
 上空から急降下してきた影がグレアムのデバイス、デュランダルを押さえつけていた。
 おかげであかねのリンカーコアの摘出が中断され、バインドも解き放たれ倒れこんだ。
「クロノか、思ったよりも嗅ぎ付けるのが速かったな。捜査の腕も少しは上がったようだ」
「グレアム提督、デバイスを収めてください。貴方とリーゼ姉妹に、捜査妨害の容疑がかけられています。ご同行願えますか?」
「口を慎みたまえ、クロノ執務官。令状がなければ同行などせんよ。それとも久しぶりに稽古と行くか? 私の記憶が正しければ、お前は一度も勝てなかったと思うが」
「昔の話です。そしてこれは訓練ではありません」
 戦闘の為に高速移動に入った二人の姿は、すぐに視界の中から消えていった。
 そして似たような魔力光である青白い光が、爆発を繰り返しながら夜空を飾り付けていった。
 ほぼ半分ほどリンカーコアを摘出されかかっていたあかねは、光が点滅する空を見上げる余裕もなく、乱れたまま落ち着かない呼吸に苦しんでいた。
 はやてがそばに寄せてくれた車椅子に手を置いて立ち上がろうとするも、手を持ち上げることすら難しかった。
 苦しむあかねを目の前にしてどうして良いかわからないはやての肩に、そっと手が置かれた。
「落ち着いて、はやて。動かさないで、回復は僕がするから」
「ユーノ君、だったよね。出来るの、シャマルみたいに」
「その人の腕前は知らないけれど。大丈夫、治して見せる」
 どうやら近辺に結界を張ったのもユーノのようで 、あかねに手をかざすと緑色の光があかねの全身を包み込み始めた。
 一秒やそこらでは確認もままならないが、時間が経つにつれ目に見えるようにあかねの呼吸が落ち着き始める。
「ユーノさん」
「あかね、もう少し待って。下手に喋られると、回復が遅れる」
 ユーノの言葉に一度は言葉を止めたあかねであったが、数秒と経たない内に耐え切れず尋ねた。
「ユーノさんは、闇の書について調べてましたよね。グレアムさんの言葉は本当なんですか? 闇の書が完成しても……」
 どうやら答えなければ黙ってくれそうにない、そう思ったユーノであったが本人を前に言っても良いものか戸惑っていた。
 そのはやてはあかねの手をとりながら、祈るように額に当てていた。
 一心にあかねの回復を祈っているのか、それとも聞かされた事実に恐れを抱き本能的に助けを求めているのか。
 伝える方も辛いんだぞと、心であかねに文句を言いながらもユーノは答えた。
「本当だよ。闇の書は歴代の主の改変を受けて、壊れてしまっていたんだ。主への侵食はその結果生まれたもので、完成と同時に主は際限なく魔力を使われ死亡する。そして闇の書は新たな主をランダムに決定し、同じことを繰り返す」
 確かな宣告に、はやては音が聞こえそうな程に震えていた。
 あかねの手を握っていなければ、恐怖に泣き出していたかもしれない。
「僕のせいだ、僕がジュエルシードに願ったから。助けたいのに、救いたいのに。どうして僕じゃ駄目なんですか」
「あかね、君のせいじゃない。とにかくクロノがあの人をひきつけている間に、一度退くよ。なのはたちも助けにいかなきゃならないし」
 夜空に瞬く爆光は一時も止まることはなく大きくなっては消え、絶え間なく輝き続けていた。
 確かにこの場に居てクロノの手助けが出来るような自信はなく、邪魔にならないように逃げるのが一番正しいのかもしれない。
 いつか解ったことかもしれないが、何の前触れもなく唐突にそれを告げたグレアムが憎かった。
 そしてそんなグレアムから逃げるしかない、弱い自分が同じぐらい憎かった。
 半年前にゴールデンサンを失ってから、これまで自分は何一つ守れたことも、救えたこともない。
 それどころか戻らぬ記憶に苛立ちなのはを泣かせ、同じ想いを抱いていたシグナムたちの邪魔をし、はやてを恐怖の底へと叩き込んだ。
 何時も願った結果と逆の結果が、望まぬ結果ばかりが目の前へと現れてしまう。
 それでも何か自分に出来ることをしたい。
 そして、大好きなはやてを救いたい。
 どんな手でも良い。
 以前のように左腕一本で救えるのなら、足りなければ右腕だって差し出してもかまわない。
「差し出す?」
 あかねの行き過ぎた思考が思い出させてくれたのは、一度だけ自分の願った状況を作り出せたことであった。
 意見を違えたシグナムたちを止める為の決闘を実現する為に、リンカーコアを自身の体から差し出した。
 結局蒐集されたのはジュエルシードだったようだが、そんなことは関係ない。
 大事なのは望んだ結果を導き出した方法。
 決闘という舞台を用意する為に払った犠牲、犠牲があれば何もない自分でもはやてを救うことが出来る。
「見つけた、僕に出来ること。僕だけにしか出来ないことを」
「あかね、僕の話を聞いて……いるのか?」
 少しばかり動けるようになった体を起こしながら呟いたあかねの声に、ユーノは異質なものを感じたような気がした。
 これまでのように誰かを救いたいと叫んできたあかねとは、明らかに瞳の色が違う。
 決定的な過ちに足を踏み入れてしまうような気がしてならず止めようとしたが、先にあかねに喋られ遮られてしまう。
「ユーノさん、はやてをアースラへ連れて行ってください。お願いします。僕は、やることがあります」
「嫌や、手を離さんといてあかね君。怖いんよ。何にもあらへんかった。私の周りにはなんにもあらへんかった。両親も健康な体も、親しい人も」
「大丈夫です。何もないことなんてありません。はやての周りにはたくさんのものがあります。片親ですが母さんが、シグナムさんたちやなのはたち。そして健康な体の明るい未来、それを僕が作ります」
「ほんまに、信じてええの?」
 確認するように尋ねながらも、はやては直ぐに思い直すように首を振り、泣き顔で固まった表情を無理に微笑ませていた。
「信じる。私あかね君のこと信じる。あかね君のことを信じられへんようになってしもたら、この先きっと誰も信じられんようになってしまう」
 たった一つ、はやての為に出来ること。
 それを考えるだけで指先が震えそうになり、あかねは微笑んでくれたはやての手をゆっくりと自分の手から放した。
 これ以上手を取られていては手の震えが、胸に抱く恐怖が悟られてしまう。
 はやて以上にぎこちない笑みを見せながら、あかねは右腕に巻きつけてあるG4Uを握り締めた。
 ゴールデンサンが去った後の抜け殻に縋りつき願う。
 震え縮こまりそうになる背筋を伸ばす勇気を、何かを守る力のない自分に加護をと。
「G4U、セットアップ」
「Stand by ready」
 太陽の様な輝きがあかねの体を包み込み、夜の闇の中でさらに際立つように輝くバリアジャケットを纏わせる。
「空へ」
「Jet flier」
 金色のコートから吹き上がる炎が、言葉通りあかねを爆光が散らばる空へと押し上げて行った。
 身を切るような寒さの中を引き裂くように飛んでいくと、老将と若将がぶつかり合う戦いの舞台が直ぐそこに迫ってくる。
 クロノがS2Uから射撃を行えば、グレアムは高速移動にてかわし、瞬く間に距離を詰めていく。
 振り下ろされたデュランダルを防いだ一瞬にて、グレアムの左手がクロノの腹に触れさせられていた。
 身を捻ったクロノのバリアジャケットを手の平から放たれた魔力弾が焦がすが、同時に遠隔操作にて戻ってきたクロノの魔力弾がグレアムの頬を浅く切りさいていた。
 小さな傷に両者共に瞬き一つすることもなく、各々のデバイスを振るい、ぶつけ合う。
 フェイトのような圧倒的な速さでもなく、なのはのような圧倒的な攻撃力でもない、全く別の力を持った両者がそこにいた。
 羨ましいとその強さに憧れながらも、あかねは自分には無理だと叫んだ。
「クロノさん、グレアムさんもう止めてください!」
「どうしてここに。僕は闇の書の主を連れて、アースラに行けと言ったはずだぞ。ユーノから聞いていないのか?!」
 あかねを視界に入れながら、クロノもグレアムも止まらず、隙あらばと相手を撃つ覚悟であった。
「十一年前の悲劇を君の手で繰り返すつもりか、クロノ。もう知っているのだろう。闇の書を止めるには方法が一つしかないと」
「闇の書を主ごと凍結させて、次元の狭間か氷結世界に閉じ込める。それが提督のお考えですね」
「そう、それならば闇の書の転生機能は働かない。たった一人で、身寄りのないはやて君が闇の書の主となったのも、運命だったんだ」
 もし仮にそうだったとしても、それは決して他人が決めて良いことではなかった。
 本人が真実を知り、その上で受け入れるならまだしも、グレアムが勝手にはやての運命を決め付けたことが、あかねには我慢がならなかった。
 あかねは怒りの言葉も叫ぶことが出来ず、コートから吹き上がる炎が全身に回りそうなぐらいに大きく燃えあがらせ、空を駆けた。
 目指す先は闇の書を持つグレアムただ一人。
「そちらから来てくれるとは好都合だ。直接接触した方がリンカーコアの摘出は早い」
「あかね!」
 前が見えているのか妖しいぐらいに一直線に突き進むあかねへと、グレアムは防御ごと破壊するつもりでバリアブレイクを発動させたデュランダルを振り上げていた。
 はやての監視を続ける上で、自分と同じ地球出身の魔導師であるあかねの存在を知り、興味を持たないはずがなかった。
 欠陥魔導師であるあかねを知るが故の選択、その失策に一番最初に気づいたのはクロノであった。
 グレアムの非情な言葉にキレて突っ込んだようにも見えるあかねだが、バリアジャケット以外の防御魔法を纏っていなかった。
 強固なバリアを破壊する為の魔法は、直接あかねの肩口を打ちつけていた。
 はっきりと音を立てて砕けていく骨と感触にグレアムの体が硬直し、気がついた時には砕けた肩とは逆側の手の平を胸に添えられていた。
 そこでようやくグレアムも、あかねの行動がなりふり構わない捨て身だと気付いた。
「本当は、僕自身のリンカーコアを……使う、つもりでした。頂きます、貴方のリンカーコアを」
「なアッ、グアァァッ!!」
 あかねの手の平が水面に入り込むように、グレアムの胸の奥へと入り込んでいった。
 自分の身で受けた痛みから見よう見まねで行ったリンカーコアの摘出により、グレアムの苦痛は想像を絶するものであろう。
 それでも躊躇わず、あかねは指先に触れたリンカーコアを掴み、グレアムの体の中から引きずり出した。
 無理矢理リンカーコアを摘出され、意識が朦朧としているグレアムを投げ捨てる。
「提督! 待て、あかね。それをどうするつもりだ。闇の書が完成しても彼女は助からない」
「それは何度も聞きました」
 砕けた肩のせいで途切れそうになる集中力を維持しながら、あかねは呟いた。
「簡単なことなんです。はやてが闇の書の主だから、闇の書の完成と同時に死ぬ。じゃあ、闇の書が完成した時に、はやてが闇の書の主じゃなければ良いんです」
「残念だが、不可能だ。闇の書は主が生存する限り、主を変えることはない。外部からの書き換えなんてもっての……まさか」
 クロノの言った通り、確かに外部からは闇の書に関して機能を書き換えることは不可能である。
 ただし今の闇の書は、あるものを内部に宿していた。
 内部から徐々にページを埋めていける程に、莫大な力の結晶が蒐集されていた。
 それに気付くのと同時に、あかねの意図にも気付いたクロノはS2Uをあかねへと向けた。
「馬鹿なことを考えるんじゃない、あかね。これは命令だ、止めろ。君が少しでも動いた瞬間に、僕は撃つ!」
 警告の言葉を叫んだクロノを前にしても、あかねは躊躇せず口にしていた。
「ジュエルシード、大空あかねが願う」
「あかね、止めろ!」
「Blaze cannon」
 放たれたクロノの砲撃により、あかねの目の前が青白い閃光に覆われ、次の瞬間には意識が真っ白になっていくのを感じていた。
 警告どおり砲撃が放たれたこともどうだが、防御魔法を張る間もなく吹き飛ばされ、本当にクロノには敵わないと思う。
 だがそれでも、グレアムから奪ったリンカーコアはその手にあった。
 決して手放さないように握り締めていたリンカーコアにより、意識もギリギリの所で引っかかっていた。
 まだ願いを呟く程度には口も動かせる。
「はやてを闇の書から解放して、僕を闇の書の主に」
 意識を失って落下を始めたあかねの体が、唐突に重力の束縛をふりきって止まる。
 誰かに抱きとめられたかのようにも見えるあかねの頭上へと、グレアムが持っているはずの闇の書が現れた。
 開かれたページの半分を埋め尽くしていた太陽の様な光が全て闇色へと代わり、完全なる闇の書の本来の姿を取り戻していく。
「Guten Tag neu mein Meister. Anfang und sammlung」
 そして新たなる主としてあかねを認める旨の言葉を放ち、あかねの手の平にあるグレアムのリンカーコアを蒐集していく。
 ジュエルシードが埋めたページを含め、六百六十六ページ全てが揃い、闇の書は産声を上げるかのように闇色の閃光を空へと撃ち放った。


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