第十話 運命、認めちゃいけないものなの(後編)
 たった二人のリーゼ姉妹になのはたちが苦戦したのは、二人の戦い方があまりにも巧みであったからだ。
 あかねの家を含めた極小範囲に絞られたことで捕獲結界は強力となり、下手に全力で魔法を使えばあかねの家どころか一帯を破壊しかねなかった。
 それに加え、話し合いの直前に魔力のないあかねの母親が結界からはじき出されたことで、なのはたちとシグナムたちを隔てる壁も大きいまま、取り除かれていなかった。
 共通の敵を数と戦力で圧倒的に上回りながらも、疑心暗鬼が尾を引いて互いに警戒し合ってしまっていたのだ。
 最終的には突然「父様!」と叫んだリーゼ姉妹が、とある方向へと駆けだし始めたことで結界を脱することが出来たのだが、その時には既に全てが終わってしまっていた。
 リーゼ姉妹を全員で追いかけたどり着いた公園の上空に佇むのは、金色の翼を持つ一人の女性と、そばに浮かぶ闇の書。
 その女性が手の平から何かを捨てる仕草を見せると、小さな煌めきが流れるように落ちていき、視線で追ったなのはとフェイトは、その真下にはやてとユーノの姿を見つけた。
「フェイトちゃん、行こう」
「うん。シグナム、あそこにはやてが」
 フェイトがそう声を掛けるが、シグナムたちは金色の翼を持つ女性に目を奪われたまま動こうとする素振りを見せなかった。
 主であるはやてが直ぐそこにいるのにと不可解そうにしながらも、フェイトはユーノとはやてを優先させてなのはに続いた。
「ユーノ君、はやてちゃん。一体どうなっちゃったの? あかね君は?」
 二人のそばに降り立ったなのはは、すぐさま尋ねかけていた。
 だが先ほどのシグナムたちの様に、ユーのもはやても上空の女性に目を奪われたまま答えてはくれなかった。
 ただ静かに凍えるような冬の風の音だけが耳を打ち、事情を知る者たちは時を奪われてしまったかのように止まっていた。
 だが少しずつ、少しずつユーノの右手が動き、空に浮かぶ黄金色の翼を持つ女性を指差した。
 声が枯れたように、あるいは言葉にすることを拒むように、ユーノは口を開こうとはしなかった。
「あそこにいるのが、大空君だ」
 突然の耳慣れない声に振り返ったなのはとフェイトは、リーゼ姉妹に支えられながらも傷ついた体で必死に空を見上げているグレアムに気付いた。
 外見的にはあまり傷を負ったようには見えなかったが、頬はこけ、体力が根こそぎ奪われたような感じを受けた。
「グレアム提督、ですね? あそこにいるのが」
「あかね君ってどういうこと?!」
「アリシア、まだユニゾンとかないで。お話は私たちが聞くから」
 勝手に体から飛び出したアリシアをなだめ、ユニゾンし直そうとするフェイトの言葉をなのはが代わりに続けた。
「だってあれは女の人、ですよね? それにあの人の横に浮かんでるのって、闇の書」
「提督の行っていることは本当だ。あそこにいるのは、間違いなくあかねだ」
 グレアムが現れた方向とは逆から今度はクロノが現れ、二人は振り返りなおした。
「あかねは八神はやてを闇の書の因果から解き放つ為に、ジュエルシードの力で自分が完成した闇の書の主となった。姿は似ても似つかないが、見覚えがありすぎるだろう。あの翼の黄金色は」
 目を見開き、空を見上げたなのはは、胸に抱えたレイジングハートを思わず取り落としそうになっていた。
 ユーノやはやてが言葉を失い、空に浮かぶ女性に目を奪われていた理由がやっとわかった。
 今の自分が全く同じ状態に追いやられ、解らないはずがなかった。
 言葉が出てこない、空に浮かぶ金色の翼を持つ女性から片時も目が放せない。
 あれが闇の書の主となったあかねの姿。
 そして完成した闇の書に際限なく魔力を使われ、あかねは死亡する。
「だがこのままでは、彼は無駄死にでしかない。凍結の封印を、このデュランダルで」
「提督、貴方は間違ってる。八神はやても、あかねもそうです。現時点で彼らは永久凍結をされるような犯罪者じゃない。闇の書というロストロギアに翻弄されたただの被害者だ」
「そんなこと言ってどうにか出来るの、クロノ? 今の貴方にどんな手があるの?」
「今までも闇の書の主を、アルカンシェルとかで吹き飛ばしてきたんだ。それと何にも変わらない!」
 クロノの指摘に対して、リーゼ姉妹は責めるような口調で反論していた。
 それは法を司る管理局がこれまでに行ってきた、違法行為であった。
 裁判はおろか、弁護の機会もなく全てを吹き飛ばし、闇の書を強制的に次の主へと転生させる。
 完全に破壊された闇の書が復活するまでの数年から十数年の安息、目の前の大規模破壊を避ける為だけに消されていった命。
 闇の書が内包する闇と同等かそれ以上に深い管理局の闇、クロノはS2Uが折れる程に力を込めて握り締めていた。
「それが違法である以前にも、問題はある。凍結の解除そのものは決して難しいことじゃない。何処に隠そうと、どんなに守ろうと、いつかは誰かが手にして使おうとする。怒りや悲しみ、欲望や切望。そんな願いが導いてしまう。封じられた力へと」
「ならば怒りや悲しみと共に、欲望と切望を抱いて闇は灼熱の光の中へ消えよう」
 グレアムの行為を否定するクロノの言葉に答え呟いたのは、空の上でずっと沈黙を保っていた闇の書の化身であった。
「ヴォルケンリッター、守護騎士たちよ。最後の闇の書の主大空あかねに代わり、その意志を伝えよう。汝らの宿命は我、闇の書と共にあらず。先代の主八神はやてと共に、生きよ」
「貴方は、どうするのだ?」
「短き時の中で闇の書たる運命を捻じ曲げ、転生先をとある場所へと固定させる。そこならば何人たりとも我に触れることは叶わず。我も新たな主を得ることは叶わず。永久の破壊と再生を繰り返す」
「わけわかんねえよ、はっきり言えよ!」
 闇の書を離れてはやてと共に生きる、考えたこともない夢物語を聞かされつつも、消えない不安にヴィータが叫んだ。
 あるいは気付いていて、自分の考えが見当違いであることを願っていたのかもしれない。
 もしも合っていたのなら、闇の書が行おうとしているのは完全なる自殺であった。
 灼熱の光とは太陽のことを指しており、誰も踏み入れることの出来ないその灼熱の世界で、消滅と再生を永遠に繰り返す。
「お前たちが考えている通りだ。我は本体である闇の書の改竄を終えると共に、最後の主と共に光の中へと永遠に消える。あと十五分」
 闇の書の化身の足元に、ベルカ式特有の三角形の魔法陣が広がっていった。
 その色は深い闇色の光を放っており、既に改竄し尽くされた闇の書をさらに改竄する為の膨大な魔力を蓄積し始めていた。
「そんなことさせない!」
 叫んだ直後、ユニゾンによる輝きを振りまきながら向かっていったのはフェイトであった。
 雷が大地から空へと上るような錯覚を抱かせるほどに素早い動きで空を駆け上り、振り上げたバルディッシュに三日月の刃を生み出していく。
 今こうして立ち向かっている間にも、闇の書の化身の底の知れない魔力が手に取るようにわかった。
 アリシアとユニゾンすることで想像を絶する力を得たからこそ、彼女の力が見えてしまっていた。
 まともに立ち向かえるのは自分だけだと、誰よりも速く斬り込んだフェイトの前にシグナムが立ちはだかった。
「レヴァンティン、カートリッジロード!」
「Explosion」
「シグナム……そこをどいてください!」
 カートリッジシステムにより爆発させた魔力が炎となってレヴァンティンを覆いきるよりも早く、フェイトはシグナムを無造作に薙ぎ払っていた。
 何故という疑問の答えを探す時間さえ惜しいと弾き飛ばしたシグナムを尻目に進もうとするが、今度はヴィータの掲げた鉄槌が迫っていた。
「邪魔すんなよ、あいつの邪魔すんなよ!」
「くッ」
 思いもしなかった妨害の連続に避けきれず、バルディッシュの柄で受け止めたまま、力に押され体が流される。
「ヴィータちゃん、どうして?!」
 ヴィータの渾身の一撃に前進を止められ弾き飛ばされたフェイトを、遅れて空へと駆け上がってきたなのはが受け止めながら問いかけた。
 闇の書が行おうとしている太陽への転移、それならば以後闇の書に触れられる者は誰もいなくなるだろう。
 だが闇の書の化身が使用している体は、あかねのものなのだ。
 太陽へと転移した瞬間に、あかね自身も焼失してしまう。
 あかねを止めようとしたフェイトの行動は当然のもので、何故それを止めるのかなのはには理解し切れなかった。
「あたしにもわかんねえよ。どうしてって聞く前に、お前があかねと代われよ。誰かその役目を代わってやれよ!」
「いつか誰かが、やらねばならなかったのだ。我らさえも忘れていた忌まわしき闇の書の歴史を断つ為に、誰かが!」
 涙を流しながらグラーフアイゼンを掲げるヴィータと、軋んだ音が響くほどに拳を握り締めたザフィーラが並び同じく立ちふさがる。
 そして一度は弾き飛ばされながらも、レヴァンティンの刀身に炎を宿らせたシグナムが同じく立ちふさがった。
「シャマル、お前は主はやてのもとに。我らは、闇の書を守る。我らの主となり得たかも知れぬ男を」
「ええ」
 唯一非戦闘員であるシャマルを逃しながらも、立ちふさがることを止めないシグナムたちにフェイトが警告した。
「シグナム、これが最後です。アリシアがくれたこの力は大きすぎる。大切な友達を失うかもしれない今、本当に手加減は出来ません」
「手加減など不要、必要ならば斬り捨てろ。我らは我らを娘と呼んだあの人を裏切り、あかねを闇の書に捧げようとしている。自分が何をしようとしているかは解っている。それでも私は、闇の書の主ではなく、私の主はやてと共に生きたい」
「どうしようもないぐらいに、自分が許せねえ。はやての為ならなんだって出来るつもりでいたのに……なんであいつなんだよ。他に誰かいなかったのかよ!」
 誰よりも自分自身に憤りながらも、シグナム、ヴィータ、ザフィーラがなのはたちへと向かい己の武器を振りかざしていった。
 刻々と減り続けるタイムリミットを前に、クロノもユーノも何時までも傍観者ではいなかった。
 誰か一人でも闇の書の化身へとたどり着けば、それだけ時間を稼ぐことが出来ると、まず始めになのはたちの加勢の為に空へと向かおうとしていた。
 そんな二人の前に、シグナムたち同様立ちふさがったのはロッテとアリアであった。
 だがその心のうちは完全に違っていた。
「ロッテ、アリア!」
「行かせないよ、クロノ、ユーノも。あの子は誰よりも正しい。父様や、私たちなんかよりもずっと」
「正しいなんて言わせない。あかねのやり方は、こうして新しい闘争を生んでる。きっと多くの遺恨が残る。その遺恨がより大きな遺恨を生み出すはずだ」
「あの子を止めるって言うのなら、納得できるだけの代替案を出しなさい。ただ止めたい、死なせたくない。その方がより大きな遺恨を生み出すわ」
 間合いを詰めようとするロッテをクロノが射撃魔法で牽制し、クロノの動きをバインドで止めようとするアリアの魔法をユーノが結界魔法で防ぐ。
 もはや誰が正しいのか、何が一番正しいのかは誰にもわからず、自分の魔力と強さで相手を倒すことでしか正しさの証明は行えなかった。
 あかねの行動を否定し止めようとする者。
 心の内では否定しながらも、涙を呑んで肯定する者。
 それこそが正しいと肯定する者。
 続く混乱の闘争の中でも時は刻まれ、闇の書の転移まで残り十分を切っていた。





「本来なら歴代の闇の書の主の中で、誰かがこの役目を担うべきだった。運命だと諦めて、その命を散らす前に。彼のような、勇気ある決断を下すべきだったのだ」
 使い魔であるリーゼ姉妹を空へと送り出したグレアムの言葉を耳にしながら、はやてはただ空を見上げ、ことの成り行きを見守ることしか出来なかった。
 必死にあかねを引きとめようと前へ進もうとするなのはとフェイト、止めてはならないと立ちふさがるシグナム、ヴィータ、ザフィーラ。
 はやては誰よりも自分の手であかねを引き止めたいと思いつつも、空の上のあかね、今は闇の書の化身となったあかねへと声も伸ばした手も届かない。
 滲む涙が視界をゆがめ、必死にあかねを引き止めようとした手も、何時しか諦めたように膝の上に落ちていた。
 悔しさにやり切れず握り締めた手の甲に涙が零れ、濡らしていく。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。はやてちゃん」
 シグナムに言われ、一人戦場を離れたシャマルが、うちひしがれるはやてを後ろから包み込むように抱きしめていた。
 こんなことになるとは思っていなかった。
 蒐集を行うことで逆に、はやての命を縮めていたなどとは。
 そしてその結果、あかねが一人その身を闇の書に捧げることになるとは。
 謝って許されることではないことは、シャマルにも空でなのはたちを迎え撃っているシグナムたちにもわかっていた。
「シャマルのせいやない。この涙は私自身に向けたもんや」
 歯を食いしばって持ち上げたはやての手の平には、何も握られていなかった。
「今までもずっとそうやった。私には、誰かから与えられたものしかあらへんかった。生活費を援助してくれたグレアムおじさん、物心つく前からあった闇の書、その闇の書がくれた家族。あかね君かて、私が何か言う前に携帯電話を貸してくれて、友達になってって言えずこっそり打ち込んだアドレスにメールくれた」
 涙が止まらないまま、はやては口元を歪めるように笑っていた。
「なのはちゃんたちみたいな友達も、娘って言ってくれたお母さんもあかね君がくれた。今やっとわかったんよ。それに慣れ過ぎとった自分に。足が悪いってことを理由に、人の好意に甘えすぎとったから、引き止めたいと思ったあかね君に手が届かへん。声が届かへん」
 だからこそ悔しいと、今一度はやては闇の書の化身へと姿を変えてしまったあかねがいる空へと手を伸ばした。
 甘えていた自分を脱して、この手を届かせたい、声を届かせたいと。
 自分と同じくあかねへと好意を抱いていたなのはは、今この時も消えようとするあかねへと手を伸ばし、声を届かせようと前へ進んでいる。
 そこに魔法の力の有無は関係ない。
 きっとなのはは魔法の力がなくても手と声が届く場所まで走り、近付こうとするだろう。
 そうでありたい。
 自分もまた空へと、あかねへと手が届き、声を届かせられる場所まで走り飛んで行きたいと切に願う。
 はやては生まれて初めて力が欲しいと、心の底から願っていた。
「Girl」
「え?」
 そして誰かの声に呼ばれたような気がし、同様に聞こえていたらしきシャマルと顔を見合わせてから辺りを見渡す。
 結界の中にいる者は殆どが空で敵対し合い、地上に居るのははやてとシャマル、それにリンカーコアを奪われ衰弱したグレアムだけ。
 空耳かも知れない声に気をとめている場合ではないと言うのに、何故かはやては声に惹かれ探してしまっていた。
 夜の闇が深い公園の中で強く目を凝らすと、少し離れた場所の地面の上にある小さな光が目に映った。
「I'm here. Stand up and walk, girl」
「立って、歩く」
 小さな輝きが発する言葉のままに立ち上がろうとしたはやてを、シャマルが慌てて止めた。
「駄目です、はやてちゃん。闇の書の侵食がなくなったといっても、直ぐには立てません。筋肉が弱ってますし、歩き方だって忘れちゃってるんです」
「Do not stop it. Nobody doesn't have the right to stop try advanced will ahead」
 聞き覚えのある単語だけならまだしも、完全なる英文と化した謎の言葉ははやてには理解できなかった。
 ただ立って歩くと言う単純な言葉を胸の中で繰り返し、シャマルへ大丈夫だと微笑みかける。
「大丈夫や、シャマル。これから闇の書の運命からあかね君を助けようって時に、立って歩くぐらい」
 車椅子の肘置きに手の平を置いて腕で体を持ち上げる。
 それでも車椅子の足置きから足が離れることはなかった。
 はやての意志とは裏腹に、ピクリと動くことさえなかった。
 歯を食いしばり動けと念じても動かず、はやては思い切ってそのまま肘置きから手を放した。
 浮遊感を感じる間もなく体が崩れ落ちた反動で、車椅子が後ろへと転がり倒れた。
「はやてちゃん!」
「来たらあかん!」
 シャマルのみならず、思わず衰弱した体に鞭打ち駆け寄ろうとしたグラアムをも、はやての制止が止めていた。
「立つのは無理でも、歩くのは無理でも。諦めへん、まだ前に進める。今から、ここから始めるんや」
 冬の冷たさに凍りついた地面の上を、腕を使い小刻みに跳ねる様にして少しずつ進む。
 それでも持ち上げきれずに引きずられた足が地面と擦れ、多くの擦り傷が生まれていく。
 闇の書からの侵食で下半身を病んでいたはやての足にも、僅かながらに痛覚が残っており、足がぼんやりと暖かく感じることで擦り傷を負っていることには気付いていた。
 しかし傷が増えていくことにはあえて目を瞑り、前へ前へと進み続けた結果、地面の上で僅かな輝きを見せていたそれを手に取ることが出来た。
「これ、あかね君がいつも持ってたペンダント」
「Good, It showed it for your will」
「喋ったってことは、シャマルらが持っとるデバイス?」
「Yes. This is the end. Call my name」
 名前を呼べと言われても、はやてはこのデバイスの名前を知らなかった。
 駆け寄ってきて足の傷に回復魔法をかけてくれたシャマルに視線で尋ねると、聞いたことがあるのか思い出すように唇に手を当てながら呟いた。
「確か、短い名前で……そう、G4Uそんな名前だったはずです」
「G4U、なんで私を呼ん」
「No, It isn't my name. Call, call my name. And call set up. The usage of magic is taught you」
 違うと言われ慌てたのははやてではなく、教えたシャマルであった。
 はやては慌てる時間も惜しいと、小さく輝くデバイスの本当の名前は何であるかと考え込んでいた。
 G4Uとはそもそも何なのか、このデバイスの本当の名前は何なのか。
 デバイスの本当の名前を探すはやてにヒントをくれたのは、グレアムであった。
「そのデバイスの名前G4Uは、ゴールデンサン・フォー・ユー。貴方の為に輝く太陽、大空君のデバイスとして相応しい名前だとプレシア君が言っていた」
「貴方の為に、なんやのそれ」
 妙な違和感にはやては眉をひそめ呟いた。
「そんなん態々強調せんでも、太陽は皆の為に輝いとるもんや。そこにあるだけで、ええんよ。私も、あかね君に特別な守り方なんてして欲しいとは思ってへん。そばにいてくれたらそれでええ。そうやろ、ゴールデンサン。いくで、セットアップや」
「OK, girl. Stand by ready. Set up」
 本来の名前を呼ばれたゴールデンサンが、金色の輝きを放ちながらはやての姿を包み込み始めた。
 ロウソク程度しかなかった時の輝きとは桁違いで、あまりの眩しさにはやては瞳を力一杯閉じていた。
 だが自然とそれが当然であるかのように、脳裏に自分が纏うべきバリアジャケットの姿を思い浮かべていた。
 シグナムたちに乞われ騎士甲冑を思い描いたときのように、自分だけの騎士甲冑をバリアジャケットと言う形で作り上げていった。
 あかねに手を差し伸べられる場所へと赴く為の正装。
 黒を基調に金色の装飾をあしらったシャツとミニスカート、上下共にその上を覆う上着を纏い、最後にヴィータを真似た帽子を被る。
「シャマル、私も空に行くから手伝ってな。おいたしとるうちの子らを止めなあかん、まずはそれからや」
「はやてちゃん……はい、はやてちゃんがそう言うなら。はやてちゃんの望むままに」
「ありがとな、シャマル。ゴールデンサン、私を皆の所に連れてって」
「Flier fin」
 ゴールデンサンの呟きではやての背中に三対の黄金の翼が生まれ、その体を浮かびあがらせた。
 今は空だけを見つめていたはやてへと、グレアムが止めるように手を伸ばし制止の言葉を投げつけてきた。
「はやて君、大空君を止めてどうする。もし仮に大空君を止められたとしても、闇の書の暴走は止まらない。彼一人の命で、この近辺全てが吹き飛ぶことを防げるんだ」
「それで闇の書の暴走が防げたとして、次はどうするんですか?」
 大好きなあかねの命を見捨てろと言うグレアムに対しても、怒りは見せずはやては答え返していた。
「次は誰の命を差し出すんですか? 闇の書がなくなっても、人を取り巻く災厄が全てなくなるとは思えません。その度に誰かの命を差し出して、次に訪れる災厄に脅えて。私はそんなの嫌です。はっきりとこれだって言える方法はあらへんけど、絶対に止めます。あかね君を助けます!」
 何かに気付かされたように、はやてを止めようとしていたグレアムの手は落ちていた。
 今一度シャマルと顔を見合わせたはやては、背中に生まれた翼をはためかせ、空へと上っていった。
 はやての加入により、膠着状態であった戦闘状況が動くことは間違いない。
 それがあかねを救う方へと動くことはほぼ間違いはなかったが、闇の書の転移まで後五分と、残された時間は余りにも少なかった。


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