第九話 平穏、それは儚く脆いものなの(後編)
 十二月二十四日、日本中がクリスマスを謳歌する日に、大空家もまた世間の流れに沿うようにクリスマスパーティが開かれていた。
 参加者はなのはたち何時もの五人組みに加え、ユーノ、プレシア、そしてハラオウンの親子も後から合流予定である。
 そうなるとシグナムたちのことがばれてしまうのだが、あらかじめ参加者を耳にしていた為全員外出中である。
 不審に思われないように参加に遅れるとだけ伝え、全員が帰った後にあかねが念話で連絡する手はずとなっていた。
 少しはやてが残念そうであったが、翠屋の手伝いのあるなのはの為にパーティ自体は午後八時に終了の予定の為、それからでも十分やり直しは出来る。
 皆が思い思いの場所でジュース片手に談笑する中、あかねはフェイトへと歩み寄り話しかけていた。
「フェイトさん、クロノさんとリンディさんは間に合いそうですか?」
「クロノは調べものがあるとかで、いつになるか解らないって言ってたけれど。リンディ提督とエイミーは必ず来るって」
「そうですか。出来ればクロノさんと話しておきたかったんですけど」
 何をどう話すかは一切まとまっていないのだが、謝罪ぐらいはしておきたいとあかねは思っていた。
 師匠の紹介まで受けておいて、後から協力できないの一言でそれっきり。
 以前よりもさらに問題を抱えているのが現状だが、このまま袂を別ったままというのも心苦しい。
「クロノもそうだけど、アリシアのことも忘れちゃ駄目だよ。すっごく怒ってたから、決闘に連れて行って貰えなかったって」
 そうフェイトが言うと袈裟懸けに下げていた小さなバッグが不自然に揺れたが、あかねに気付いた様子は見られなかった。
「やっぱり駄目ですね、僕は。アリシアにまで嫌な思いをさせてたなんて」
 こんな気持ちでなくした何かを取り戻せるのか、なのはとはやてへと答えを返すことが出来るのか。
 深く溜息をつきそうになったあかねの頭を、フェイトのではない手の平が勢い良く叩いていた。
「こるあ、なのはとはやてにイチャイチャ禁止したら、次はフェイト。どんらけ見境ないのよ。あんらは!」
「ちょっと待ってください。露骨に呂律が回ってませんよ!」
「酔ってないわよ、酔ってんのよ!」
「どっちですか!」
「あかね君、ごめんね。落ち込んでたアリサちゃんに、美味しいジュースがあるってあかね君のお母さんがぶどうジュースくれたんだけど」
 人を叱り付けている割には甲高い声で笑い始めたアリサを、すずかが羽交い絞めにしながら止めようと懸命に頑張っていた。
 普段見ない振りをすることが多くなったとは言え、さすがにそれがお酒だったと気付いた手前、見ない振りは出来なかったのだろう。
 だがぺちぺちではなく、ベチベチとかなり痛い張り手を繰り出すアリサは止まる様子がなかった。
「痛ッ、だいたい呼んだのに何で遅れてるんですかユーノさんは!」
「いや、結構前から来てたんだけど、誰もインターホンに気付いてくれなくて。十分ぐらい玄関で寒いの我慢してた。何度フェレットになろうとしたことか」
 その声を聞いて、ピタリとアリサの凶行が止まった。
「ユーノ!!」
 そして矛先を変えてユーノに飛びつく直前、目の前に小さな箱を差し出され立ち止まる。
 最初は何だろうと理解不能そうに首を傾げたものの、今日が何の日かを思い出して震える手でそれを受け取った。
 ユーノを見上げると頷かれ、リボンと包装紙を丁寧に剥がし箱を開けると、可愛らしい腕時計が入っていた。
「魔力のないアリサでも使える、通信機能が組み込まれたデバイスだよ。これなら僕が本局以外に居ても連絡がとれると思うよ」
 最後にごめんねと音信不通であったことを謝ると、あのアリサが感極まり目じりに涙を浮かべていた。
 と、良い話はここまでで、挽回し切れなかった因果と言うものはやはり残っていたようである。
「ユーノ、私こそごめん。もう無理、気持ち悪い」
「気持ち悪いって、酷い。これでも一生懸命考えてって、もしかして僕の行動じゃなくて気分的なもの? 一体なに飲んだのさ、あかねトイレ何処?!」
「ドアを出て廊下の突き当たりを右です!」
 パーティ会場のど真ん中で吐かれてなるものかとあかねが指差すと、アリサを抱えて挨拶もそこそこにユーノは走っていった。
 これでパーティが終了するまでアリサが出て来れなくなるのだが、クリスマスにトイレで二人きりと非常に貴重で微妙な経験をすることになる二人である。
 アリサは兎も角、連絡を一切とらず姿をくらましたユーノには良い罰であった。
「アリサちゃんが……けだものに取られた。私の娘候補が、プレシア自棄酒付き合って」
「ホストが自棄酒してどうするの。ユーノ君けっこう良い子よ、認めてあげなさい。それに貴方いつの間にか娘一人増えてるじゃない、はやてちゃん」
「可愛い娘は何人いてもいいもの。そんなわけでアリシアちゃんか、フェイトちゃんどっちかちょうだい」
「人の娘をものみたいに言わない。電撃で痺れさせるわよ」
 こっそり発生させた雷を手に含み、そのままあかねの母親にの肩に触れさせる。
「あら、丁度良いあんま機みたい。もうちょっと、そこそこ」
「あ、本当だわ。本局の方でもはやらせて見ようかしら」
 妙におばさん臭いプレシアの一面を見たフェイトが精神的ダメージを負い、すずかになだめられている頃、あかねも中々なピンチを迎えていた。
 アリサがユーノと場所は兎も角二人きりの中で、もう遠慮はいらないとなのはとはやてにここに座れとソファーに座らせられていた。
 その両隣にはそれぞれなのはとはやてが陣取り、同じように切られたショートケーキをフォークで突き刺し両側から差し出してきた。
「さあ、どうぞや」
「あかね君、翠屋のケーキ美味しいよ」
 どちらかに口を差し出そうとすれば、こっちだろうとばかりに選ばれなかったフォークが差し出される。
 そのうち目にでもフォークが付きたてられるのではと思うぐらい、二人とも力が入っていた。
 ぐいぐいと近付いてくるフォークに対して、恐怖が浮かび始めた時、あかねは一つの決断を下した。
 何と言われようと構わないと、視界の両端に映るフォークを持った二人の手を掴み同時にケーキを口に入れる。
 口の中で二つのフォークがカチリと音を立てたが、間違いなく同時に食べきった。
「おお、見事な平等。なのはちゃん言った通りやろ」
「でもちょっぴり複雑なの」
 どうやら二人に試されたようで、まさかとあかねははやてに尋ねた。
「もしかして、話したんですか?」
「私だけ知っとるのも不公平やし。それにな、そろそろ記憶を取り戻したことへの約束ぐらい叶えてあげんと、なのはちゃんが可哀想や」
「良いの、はやてちゃん?」
 はやてに促されてというのも少し格好悪かったが、なのはの期待に満ちた瞳には逆らえなかった。
 少し席を外して自室へと戻ると、決闘の前に仕舞いこんだフェイトのリボンを引き出してくる。
 直ぐに戻るとソファーではやてとお喋りしていたなのはの後ろに立ち、サイドポニーのリボンを一度外す。
 普段リボンで括られているだけに、意外に長く流れていくように落ちるなのはの髪に胸が高鳴る。
「翠屋のお手伝いに行く前には、直して置いてくださいよ。上手く結べる自信ないんですから」
「うん、大丈夫」
 髪の毛を半分だけ束ねて持ち、長いリボンをなんとか結びつけて蝶の形に持っていく。
 蝶の羽がそれぞれ不ぞろいだったり、纏め切れなかった髪もあったがコレが限界だともう片方を結びに行く。
 同じように残りの髪の毛を手に取ると、先ほどと同じ軌跡を辿りリボンを結んでいった。
 やっぱり上手く結べなかったが、一応はツインテールの出来上がりである。
「あかね君、結構不器用やったんやな」
「単に慣れてないだけです。なのははよかったですか、これで」
「ちょっと久しぶりで頭の感触が違うけれど、ばっちり」
 自分へと振り返り笑顔を見せてくれたなのはであったが、あかねはなのはが振り返るまで気付けなかった。
 正面から見ると、左右で結ばれた位置も違えば長さも違う。
 不器用な自分を責める前に、こみ上げる笑いが止められなかった。
「申し訳ないです、なのは。自分でやっておきながら、面白いことに」
「ああ、笑うなんて酷いよ。そんなに笑うんだったら、練習しておいてくれれば良かったのに」
「なのはちゃん、鏡見てみれば自分がどんな面白い髪型しとるかわかるよ。フェイトちゃんもすずかちゃんもそう思うよな」
 急に話を振られた二人は、なのはの髪を見てすぐに視線をそらしてしまう。
 ただ隠れて笑っているのは、震えている肩が証明していた。
「フェイトちゃんとすずかちゃんまで。あかね君、やり直し。皆が笑わなくなるまで、何度でもやり直してもらうんだから」
 ぷりぷりと怒るなのはがやり直しを要求している所へ、居間のドアを開けてリンディが顔を出してきた。
 その後ろにはエイミーの姿も見えた。
「あら、一番賑やかな時にきちゃったかしら」
「なのはちゃんどうしたのその頭、誰かにいたずらでもされたの?!」
 そして止めとなるエイミーの言葉により、笑いは誰にも止められないものへと大きくなっていった。





 嬉しさ半分、悲しさ半分とどうにも煮え切らない思いを抱えたまま、なのはは翠屋へと向けてフェイトと一緒に歩いていた。
 今現在なのはの頭の上でピコピコ跳ねているツインテールは、結局自分で鏡を見ながら結ったものであった。
 髪の毛の長くないあかねの髪の毛の結い方がへたくそなのは、半年前から分かっていたことだ。
 それでも折角の約束がと、なのはの落ち込みに歯止めは掛からなかった。
「なのはもそうだけど、そろそろ落ち込んだりいじけたりするのは止めたら?」
「だって、フェイトちゃん」
「う〜……」
 フェイトの言葉に帰って来た返事は二つ。
 一つは直ぐ目の前で振り返ったなのはであり、もう一つはフェイトの直ぐ真横から。
 引きこもっていたバッグから抜け出し、フェイトの肩の上で座り込んでいるアリシアであった。
 あかねが謝ってくるまではといじけたままで、パーティの楽しそうな音を耳にしながらずっとバッグの中に居たのだ。
 食べ物だけはこっそりフェイトが放り込んでくれていたのだが、それが美味しい分だけ寂しくもあった。
「悪いのあかね君だもん。私が居れば怪我なんてさせなかったもん」
「母さんも言ってたでしょ。男の子にはやらなきゃいけない時があるって。別にアリシアを置いていったとかじゃなくて、一人でやらなきゃいけなかったんだよ。それに、アリシアもこのままじゃ嫌でしょ。この先ずっとあかねとお話をしないままでいる?」
「それもやだ。あかね君とお話したい」
「それなら仲直りに行こうか」
 ゆっくりとアリシアが頷いたことで、フェイトはアリシアを抱えて直して、抱きしめた。
「なのはは、どうする?」
「私は翠屋のお手伝いに行かないといけないんだけど」
 迷うような言葉は、ツインテールの片方を指先で弄びながらであった。
 やはりいくらへたくそな結い方であろうと、それが好きな人の結った結果であるのなら最低限度は満足したいのだろう。
 迷いに迷った末、少し卑怯な手としてメールで遅れる旨を送信し、なのはも来た道を戻ることに決めた。
 少し小走りとなり雪が降りそうなぐらいに冷え切った夜の中を駆けて行く。
 歩いてまだ十分経ったか経たないかぐらいであり、そんなに距離が離れていたわけでもなく直ぐにあかねの家が見えてくる。
 それと同時に、何処か見覚えのある人影と動物の影が、あかねの家の門を潜ろうとしているのが見えた。
「あれは、シグナム?」
「ヴィータちゃんに、他の人もなんで」
 さも当然のようにあかねの家へと入り込もうとするその姿に若干思考が停止しかけていたが、一人だけ考えるよりも先に行動していた。
「フェイト、体貸して!」
「アリシア駄目!」
 アリシアにとって闇の書の守護者たちは、なのはやフェイトのみならず、あかねまでも傷つけた絶対の敵。
 その守護者たちが平然とあかねの家に近づくことが許せなかった。
 決闘と言う納得済みの戦いではあってもこれ以上あかねを傷つけさせまいと、ユニゾンデバイスとしてやしてはいけない暴走を行っていた。
 フェイトの体から無理矢理支配権を奪い取り、光よりも早く守護者の前に現れバルディッシュを振るう。
「Lightning bind」
 突然現れたアリシアに守護者たちが驚き表情を変えるよりも早く、魔法は構築され、守護者達を全員縛り上げていた。
「どうして、なんであかね君の家に。答えて、何が目的なの?!」
「テスタロッサ?」
「いや、この喋り方キンキラの方だ。てめえ、何しやがる放しやがれ!」
「あかね君とあかね君のお母さんは、無事なの?!」
 バインドをしてもなお止まらなかったアリシアは、バルディッシュを突きつけ近距離からの砲撃に入ろうとしていた。
 アリシアに体の支配権を奪われたフェイトが体の中でもがくも、なかなか支配権を奪い返せない。
 しかもここは結界すら張られていない住宅地であり、ここで砲撃など行おうものならあかねの家が吹き飛び、人が集まりかねない。
「お願い、待って。私たちの話を聞いて!」
 シャマルが制止の言葉を叫ぶも、アリシアは頭に血が上りすぎていて、問いかけを行いながらも全く返答を聞く気がなかった。
「シグナム、ヴィータ、シャマル。こんな夜に騒いだらご近所の迷惑やで」
「なんだかアリシアの声が混じっているような」
 そして外の騒ぎに気付いたはやてとあかねが、玄関を開けて出てきてしまう。
 開かれた玄関の向こうに広がる光景。
 あかねはそれらの意味することを直ぐに理解することが出来たが、はやては別であった。
 フェイトが何か武器のようなものをつきつけ、不思議な光でシグナムたちを縛り上げている。
 意味がわかるはずもない。
「なにしとるん、フェイトちゃん? うちの子たちが何したん?」
 だから最悪の答えが帰ってくるとも知らず、アリシアをフェイトだと思って尋ねてしまった。
「悪い子なんだよ、この子たち。なのはちゃんやフェイトを苛めたり、あかね君の肩の傷だって」
「アリシア、待ってください!」
「この子たちがやったんだから!」
 あかねの制止さえ聞こえておらず、溜まっていたものをぶちまけるようにアリシアは叫んでいた。
「嘘や、なんでそんなことせんとあかんの。いくらなんでも、言って良いことと悪いことがあるんよ?」
「嘘じゃないもん。疑うなら聞いてみればいいじゃない。私見てたもん。変な本みたいなのに、なのはちゃんのリンカーコア入れるところとか!」
「蒐集……シグナム、本当なん?」
 はやてに問われ、シグナムは答えられず目を伏せるしかできなかった。
 順に尋ねられたヴィータもシャマルも、ザフィーラもそれは同じであった。
 答えられないという答えを示すぐらいしか、出来なかった。
「なんでやの、人様に迷惑かけたらあかんって言ったやんか」
 消えそうなはやての声にあわせるように、車椅子のタイヤが一周ゆっくりと回る。
 ゆっくりゆっくり、時計の針よりも遅くあかねの目の前を、シグナムたちの目の前をはやてが通り過ぎていく。
 感情の赴くままに行動していたアリシアでさえ、思わず見逃してしまいそうな緩慢な動きであった。
 だが我に返るなりアリシアは、バルディッシュの矛先をはやてへと変えて突きつけようとする。
 会話の流れから誰が闇の書の主であったのかを理解しての行動であったが、攻撃魔法が放たれることはなかった。
「アリシアちゃん、その杖みたいなの床に置きなさい」
 止めたのは、誰よりも落ち着き払い、静かに響き渡る声を発したあかねの母親であった。
 パーティの片付けの途中であったのか、エプロン姿に突っ掛けを履いた締まらない姿だったが、存在感は誰よりも大きかった。
 胸の前で腕を組み、決して曲げられることのない強い意志を瞳に乗せて、そこに立っていた。
「やだ、あの子が闇の書の主なんだよね。あの子さえ捕まえれば」
「だったら撃ちなさい」
 百八十度変わった言葉に、アリシアのみならず守護者たちも目をむいていた。
「気がすむまで、私を撃ちなさい。私がこの大空の家長です。そして数日のこととは言え私がこの子たちを娘だと決めた以上、この子たちは私の娘。うちの娘が何かしたというなら、その責は全て私が負います」
 嘘のない母親としての言葉に、アリシアの手からバルディッシュが零れ落ちた。
 同時にシグナムたちを捕らえていたバインドも解除されたが、シグナムたちは抵抗の仕草も見せなかった。
 アリシアの瞳から、止め処なく涙が流れていたからだ。
 悪い子を捕まえようとして何故自分が怒られているのか、正しいことをしようとしたはずなのに何故止められなければならないのか。
 理解できない矛盾がアリシアを襲い、ユニゾンさえ続けられず弾き出されるようにフェイトの体を追い出される。
「私、悪くないもん。なんで怒るの? 私正しいもん、ゴールデンサンだもん」
「そうね、悪いことをした子を捕まえようとする貴方は正しいわ。ただ私は、母親として庇いたかっただけ。自分勝手で、周りの迷惑を顧みない、ずるい大人の身勝手な行動よ。もう一度言うわ。正しいのは、貴方よ。ごめんなさいね、きついこと言って」
 あくまで正しいのはアリシアであった。
 それだけをはっきりさせて、あかねの母親は泣きじゃくるアリシアをその胸で抱きとめていた。
「そうだ、はやて。はやてを追いかけねえと!」
 ゆっくりとした動きではやてが車椅子を操作した為に印象薄くなってしまったが、はやては既にこの場にはいなかった。
「待ちなさい、ヴィータちゃん。貴方たちは、家の中でお話です。あかねが追いかけなさい。それでそのまま少し、散歩してきて」
「解りました。後のことはお願いします、母さん」
 家の前から飛び出したあかねは、直ぐそこになのはまでいることに気付いた。
 互いに何を言えばよいかわからず、少し経ったら戻ります、その程度しかあかねは呟くことが出来なかった。


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