とらいあんぐるハート3 To a you side 第十二楽章 神よ、あなたの大地は燃えている!  第八十六話




 聖典とは本来、宗教の教えや思想の記されている教典を指している。

戦乱の激しかった古代ベルカは未開宗教の時代ともいえるが、宗教においては意識的に体系だてられた教義は存在せず、聖王オリヴィエが終戦させるまでは神話が語られ、口承によって伝達されたらしい。

その後魔導という媒体の発生により記録が可能になると、神話の中から一定の意図をもって集大成され、聖典とみなされるものが生じたとされている。


聖典のあり方は宗教ごと各聖典ごとに様々であるが、聖王教会ではデータ媒体として保管されていた。


「どういう事だ。聖典は元々お前が私怨で破壊したものだろう」

『わ、悪かったわね! あたしだってやりたくてやった訳じゃないわよ!』


 ……何かだいぶ紆余曲折があったので整理すると、そもそも俺の目的は法術を知ることであった。

ジュエルシード事件で開花した法術によってアリサやユーリ達が結晶化による実体を得たのだが、この能力の詳細は一切不明。魔導に長けているクロノ達も解明できない能力であった。

他人の願いを叶える能力。それだけ聞けば神の如き力を有しているが、効果時間や代償が分からない。自力で発動できず、発動条件も未だ不明。何も知らないままだと、ある日突然効果が切れてアリサ達が消滅するかもしれない。


このままにはしておけないので、能力を調べることにした――この時点で去年の五月というのだから泣ける。ほんと、紆余曲折ありすぎたよな。


まずジュエルシード事件で知り合った大魔導師プレシアによると、聖王教会へ確認するように助言を受ける。考えてみればあの女、主犯のくせに愛娘のアリシアが帰ってきて一人恩恵を受けていやがる。

助言を受けて仕方なく聖王教会を頼ると、総本山の聖地が絶賛戦争中。聖女カリム様による予言が発端で大混乱となっていたが、何とか頑張って事を収められた。結果として神様扱いされてしまい、誤解を解くのが死ぬほど大変だった。

そういえば何故か初対面から凄まじく好意的だった聖女様の協力を得て、聖典に法術の記録があると判明。頃合いを測って見せてもらえることになった矢先、イリスの馬鹿が破壊した挙げ句、ミッドチルダに武装テロ事件を起こす始末。


どうしてこうなったのかサッパリ分からないまま、事件解決に奔走。聖典を直すには惑星エルトリアの遺跡でいく必要があり、惑星エルトリアの復興とキリエ達のご両親の治療を嘆願されて、渋々連邦政府相手に政治闘争する羽目になった。


「――で、ようやく修繕できるかと思ったら、次の事件か!? そろそろ一年経過するんだぞ、コラ!」

『うわ……あたしの親父、悲惨すぎ……』


 アミティエと妹さんが衛星型護衛機と奮戦してくれている中で、俺はいい加減頭にきて今までの事情を八つ当たり気味に叫んだ。エルトリアで留守番していたイリスと、情報交換する必要があったのだ。

法術の秘密が知りたいだけなのに、何で日本からエルトリアまではるばる縦断しなければならないんだ。というかこれまで振り返って思ったが、よく法術の効果が切れなかったな。

すぐには切れないとは思うが、永続的なのかどうかだけでも知りたい。期限があるのならば法術を再発動させる必要があるし、発動条件だって確認しなければならない。とにかく情報がほしいのだ。


とりあえず今日連邦政府議会で採決が行われており、結果待ちなのでエルトリアの様子を見に戻ってきたのだと説明する。


『環境改善は落ち着いてきたからユーリに任せて、あたしは聖典の復旧作業に取り掛かったのよ。
ま、まあ、あたしも少しは悪いと思っているし、法術に関するデータを最優先に修繕するべく作業に取り掛かったの』


 何か引っかかる言い方だけど、本人は大いに反省していることは一緒に罪を償った冥王イクスヴェリアより聞いている。同じく養子縁組した子だが、こっちはお父様と読んで素直に慕ってくれている。

聖王教会より奪取した聖典のデータ媒体はほぼ破壊されていたが、テラフォーミングユニットであるイクスとエルトリアの技術があれば復旧は可能であるらしい。

本人からの自主希望もあって、生命操作能力を持つユーリの補佐を行いつつ、イリスは遺跡と接続。エルトリアにある全ての遺跡をネットワークで繋ぎ、フルスペックの機能を発揮して復旧作業に取り掛かった。


イリスなりの反省の現れなのだろうが、その行為が結果として仇となってしまった。


『聖典を破壊したことは、あたしを通じてあの野郎も知っていたわ。よりにもよってあいつ、最後は自分が笑う為に罠を仕掛けていたの』

「マクスウェルか。やはりあいつが原因なのか」

『法術使いのあんたが最大の脅威と睨んでいたあいつは、あたしが裏切る可能性を考慮して法術のデータに目をつけていたのよ。
データを復旧したその瞬間――フォーミュラが突然起動して、ウイルスコードが発動したの』


  法術のデータ復旧と同時に、予め仕込んでいたウイルスコードまで自動復旧してしまったのだと苦々しく語る。

イリスは事件後自分自身については、徹底的に分析してマクスウェルに関する全ての干渉を完全に破棄した。あいつの痕跡一つが気持ち悪いと、涙をにじませて全部破壊した。


浄化作業に勤しんでいた時に、イリスは自身の体を震わせながら俺にこう言ったものだ。


『……本当に、あたしを引き取るつもりなの? あいつに汚された、こんな馬鹿なあたしを……』

『妙な言い方をして、自分を卑下するな。お前が馬鹿なのは、生まれ持ったものだろう』

『こいつは……ふん、またあたしに裏切られても知らないわよ』

『大丈夫、その時にはユーリも全力出してボコってもらうから』

『仮にも娘になるあたしに手加減くらいしないの!? 
まったく……そうだ、あたしに法術使ってよ。ユーリがあたしのことを忘れていたように、あたしからあいつの記憶を全部消して。

あんな男の事もう思い出したくもないし、記憶から消し去りたい。思い出も何もかも全部捨てたいの』


『その点は大丈夫』

『大丈夫……?』


『あのアリサも実は先前相当嫌な記憶を抱えているんだが――
あいつは俺と一緒に居たこの一年余りが強烈過ぎて、何かもうどうでもよくなったと、頭を抱えてたから』

『どういう人生を送っているのよ、あんた!?』


 ――こんな感じでイリスは自分自身のメンテナンスは完璧に行っていたが、破壊してしまった聖典については調べなかったらしい。

そりゃそうだろう、なにしろデータを破壊してしまったのだ。破壊された代物にまで警戒しろというのも無理な話だった。

復旧する上でデータを解析したのだろうが、パズルと一緒で組み立てるまでは形が見えない。


だからこそ復旧したその瞬間全貌が分かり、慌てたということだ。


『まず遺跡に接続していたあたしとユーリに侵食したんだけど、ユーリは事件の時と同じくコードはきかない。
あたしはいい加減馬鹿じゃないんだからセキュリティは万全で、ウイルスは排除。

元ネタである法術のデータ本体にも牙をむこうとしたけど、データベースを退避させて守ったわ』

「おっ、ナイス。聖典にあった法術のデータは無事なんだな」

『法術の記録を最優先で守ったから、他のデータは幾つか駄目になったんだけど……まあ歴史的なものだから、どうにでもなると思うわ』


 自分とユーリ、そして法術のデータは確保したと語るイリスを褒めると、本人は大袈裟に顔を真っ赤にして狼狽える。こいつ、親に褒められたことがないのかよ。

一応マクスウェルはイリスを騙していたとはいえ、大事にはしていたはずなんだが、多分本気でイリスはマクスウェルとの思い出を忘れようとしているのだろう。


褒められた程度で照れる我が娘を見ると、将来チョロくならないか不安になる。


『それでデータは守ったんだけど、遺跡を通じてネットワークを繋いだままにしておいたのがまずかったわ。
ウイルスコードは発動時はコードを転送して、対象者に送受信するシステム。完全に制御に置くことは実際困難を極める技術なんだけど、本人の意識をある程度残したまま操れる機能を持っているの。

ネットワークを通じて別の遺跡に干渉し、商会から依頼された例の衛星データをコピーして再現しやがったのよ』

「それっていわゆる、情報漏洩になるんじゃないのか」

『その点は大丈夫。商会との契約もあるからデータそのものは万全に管理していたし、遺跡のシステムを通じて外部に漏れたりはしないわ。
ただ機密保持を優先してしまい、フォーミュラによる実体化まで防ぐことは出来なかったの。結果として衛星兵器が作られてしまい、エルトリアを攻撃。

遺跡のネットワークを荒らされてしまったせいで、環境改善中だったこの惑星にまで影響が出たのよ』

「じゃあ磁気嵐を起こしているのも、あの衛星兵器か……ネットワークの復旧は?」

『本当は遺跡の全システムを速攻で落としたかったんだけど、ユーリの作業が中途半端になると環境暴走が起こる危険性があった。
判断に悩んであんたに相談したかったけど、通信が出来ない。だから現場判断でリーゼアリア達に聞いて、エルトリア内部で収められるように優先順位を選んで行動したわ。

それが今の結果というわけよ。ごめん、頑張ったけど流石に全部はカバーできなかった』


「いや、聞いた限りではお前が手を尽くしたのはよく分かった。むしろ俺がこの場に居ないのは正解だったかもな」


 俺がもし現場に居合わせていたらパニックを起こして、優先順位を間違えていた可能性が高い。俺が身内を優先するあまり、他はないがしろにする悪癖がある。

もしもユーリ達を最優先にしていたら、技術漏洩が起きて連邦政府や紹介から苦情が来た可能性がある。そうなれば議会でどれほど奮闘しても印象を悪くし、電波法は不成立となってエルトリアの主権は勝ち取れなかっただろう。

だからといって技術を優先すれば、ユーリはともかくイリスは危なかったかもしれない。少なくとも、聖典にある法術のデータは守れなかっただろう。


今エルトリアが磁気嵐によって混乱し、衛星兵器が牙を向いているが、この状況下であればまた身内のゴタゴタで片付けられる範囲だ。


「シグナム達はどうしている」

『環境暴走は抑えられたけど、モンスター達が惑星の混乱に乗じて暴れ回ってる。皆、治安維持に戦力を集中させているわ』

「よし、衛星兵器は俺達で何とかするから、シグナム達はそのまま惑星を守ることに集中。
お前はユーリとシステムの復旧に全力を上げろ。クアットロに補佐させるから、連携して事にあたるぞ」

『了解――これって』

「うん?」


『か、勘違いしないでよ。初めての親娘の共同作業だなんて自惚れないでよね!』

「お前に言われるまで気付かんわ、そんなこと!」


 ちょっと褒めたら、すぐ調子に乗りやがる。そんな性格だから、騙されるんだぞ。

ぎゃあぎゃあ喚くイリスを睥睨しつつ、子供なんて大体はこういう生意気な奴ばかりなのだとふと思った。


そういう育児に十代の時点で悩む俺が、嫌だった。













<続く>








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