とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第五十六話






 その後も交渉を粘ってみたが妥協点が見つからず、いまいち成果を上げられなかった。かと言って時空管理局という組織や、クロノ達という人間自身に非があるのではない。

俺に落ち度があるのであればゴリ押しするし、相手に非があるのであれば狙い撃ちする。双方共に問題がないのであれば、結局妥協点を探るしかない。

犯罪者を取り仕切る立場であれば、犯罪者の生存圏の確保に協力は出来ない。妖怪は人間ではないので司法の範囲外という指摘も試みてみたが、人外が跋扈する異世界では全く通じなくて頭を抱えた。そりゃそうだ。

これで相手が悪党であれば舌打ちの一つでもしてやったのだが、善人揃いの大人達はお茶菓子まで出して俺の苦労を労ってくれた。同情するなら金をくれという言葉は、案外名言かもしれない。


「難民となった妖怪達が百鬼夜行となって地球から溢れ出してしまえば、時空管理局の管轄になるかもしれないな」

「馬鹿な脅しをかけて、自棄にならないでくれ……君の提案こそ受けいれられないが、君の苦労については理解しているつもりだ。
早く解決するべく先走るよりもまず、改善を目指して努力していこうじゃないか」


 難民の受け入れ先を無理強いしてまで決めるのではなく、現状出てしまっている難民に対してどう配慮するべきか考えるべきだとクロノは諭す。最上ではなく最善という、現実的な意見。

どんな問題でもすぐに解決できるのは、映画の中だけの世界。問題の解決には本来時間がかかるものだと、厳しい異世界を管理する側の意見には重みがあった。実際、その通りだとは思う。

俺だって、夢想家ではない。お伽噺の主人公ではない以上、名案一つ出して解決なんて真似は出来ない。すぐに解決するのではなく、失敗を多く重ねながら解消していくしかない。


その程度は分かっているつもりなのだが、今のところ何の解決にもなっていないのは歯痒い。


「とりあえず、今日のところは矛を収めましょう。問題点を時空管理局と共有できたことだけでも、一つの成果よ。ボーダーラインは見えたのだから、後は詰めていくだけよ」

「お互いの主張を、時空管理局の議事録に残せたのです。後で何を言われようと、突き付けられますよ」


「……宮本。君のメイドと娘が一体何を考えているのか、素直に白状してくれ」

「……悪いな、クロノ。俺にもサッパリ分からない」


 交渉役と頭脳役が揃って、不敵な笑みを浮かべているのが怖すぎる。この二人は特にこの交渉の場でも一切賛否を述べていないので、余計に不気味だった。

冷や汗をかいているクロノに当たり障りのない言葉で誤魔化したが、少しだけ分かった事がある。アリサとシュテルは天才だが、多分この問題の解決策自体は本当に持っていない。

その理由として、そもそもそんなものがあるのであればすぐにこの場で披露するはずだ。敵ならともかく、クロノ達は味方である。出し惜しみする理由はない筈だ。


多分解決策ではなく、それこそクロノ達が言うような改善案があるのだろう。理想論ではなく現実案、時間がかかるからこそ準備が必要だということか。


「君からの交渉については、こちらも一考する。僕達も君の世界で職務を行う立場だ、職権こそ使えずとも一個人としてでも力になれるぞ」

「そうだな、難民への対応については正直経験不足で苦慮している面が多々ある。相談させてくれ」


 そもそも俺は一介の剣士、政治家でも退魔師でもない。難民となった妖怪達を急に預けられても、どうしていいのかそもそも分からない。クロノ達の協力は実にありがたかった。

話に聞いたところ、リンディ達本局側のみならずゼスト隊長達本部側でも異世界での難民問題に関わった経験はあるらしい。地球より遥かに広い世界だ、難民の一つも出てくる。

ロストロギア関係の事件となれば、国家レベル規模で被災者が出てしまう。世界規模の破壊が起きれば、国や世界を失った難民が出るのは仕方がない。そうした対応もしてきたのだという。


だったら難民の受け入れ先くらいありそうなものなのだが――


「管理外世界がネックとなるのか、どうしても」

「だから言っただろう、君の苦労は理解出来ると」


 本当に天国でもあればいいのだが、クロノ達の善意だってどうしても限りがある。何でもかんでも受け入れられるほど、この世界は優しくなんてないのだ。

そう考えると、見捨てるという選択肢が一番早い解決なのだろう。恐らくクロノ達も、そうした選択があったはずだ。悩んで、悩み抜いて――解決できなかった事も、あったのだ。

だからこその、理解。彼らに全てを押し付けられなかった。


「今度は、僕達からの交渉をさせてもらいたい――聖王のゆりかごより発見された聖遺物、蒼天の書の分析作業について話し合いたい」


 ――頭の痛い問題を抱えている最中に、頭痛の種がやってきた。この件については常に痛い腹を探られてしまうので、心臓にも悪い。

だが同時に、こうも思う。こちらにとっては頭痛の種だが、向こうにとってはまさに急所だった。ロストロギア関連が原因なのか、クロノ達がやけに蒼天の書に拘っている。

蒼天の書とは夜天の魔導書の改竄版、時空管理局は闇の書と呼んでいる魔導書である。つまり向こうが探し求めている品を、こちらが握っているのである。


今までは要請を受けている立場だったが、今この時点において交渉の手札となっていることを自覚した。


(どう思う、お前達)

(あたしに任せてくれるのであればともかく、この交渉については聖王であるあんたが進めなければならない。
あんたが交渉の席につくのであれば、悪いけど反対させてもらうわ。正直、今のあんたにそこまで高度な交渉は行えない。必ずボロが出て、こちらの不利になる)

(夜天の魔導書を直接交渉の手札とするのではなく、この『交渉を上手く終えた結果』を持って、難民問題への交渉を優位に進めましょう。
闇の書は時空管理局が長年追い続けている、魔導書。分析による結果で別物だと断定されても、彼らの疑惑を完全に晴らすのは時間がかかると思われます)


 交渉役であるアリサは否定、頭脳役のシュテルは妥協を持ちかけてくる。自分の主人であろうと肯定せず、自分の父であろうと賛同しないこの姿勢は、本当に頼りになる。

夜天の人、リインフォースは安全性を保証してくれている。時空管理局や聖王教会がどれほど徹底して分析しても、蒼天の書と闇の書は結び付かない。

だから交渉の手札となりそうだが、魔導書そのものではなくあくまで分析結果を持って次なる交渉へ望めと言う。確実に別物だと断定されても、油断してはならないと警鐘を鳴らす。


難民問題はあくまで敵だった妖怪達が対象だが、魔導書問題は八神はやてや守護騎士達の命運がかかっている。注意はするべきか、前のめりになっていた自分を正す。


「俺達は天狗一族との戦争に集中していたので、聖王教会への交渉は現地の三役を筆頭とした白旗に進めて貰っていた。
娼婦を通じて、聖女様にもご協力頂いている。ありがたい事だ」


「……そういえばこの子、今でも分かっていないの?」

「……むしろ分かっていないのは、この子だけ。当人同士がそれでいいのなら、外野が口出すべきではないと見守っているわ」


 息子が丁寧に説明しているというのに、母親達が顔を並べてため息を吐いている。何なんだ、一体?


「結論から述べると、聖王教会は難色を示している。俺による命令であれば一発だろうが、あくまでも白旗からの交渉で望んでいるからな。
恩人であるあんた達が望むのであれば、こちらとしても強気で事を推し進めてもかまわない」

「私達としてもあくまで疑惑であって証拠がないのだから、良介さんの気持ちはありがたいけれど丁寧な交渉で望んでもらいたいわ」

「捜査官や執務官の悲哀とも言えるわね。どれほど確信があろうと、とどのつまり証拠がなければ捜査に踏み切れないのだから」


 俺からの提案に対して、リンディ提督やレティ提督はあくまで上官としての厳格な態度を見せる。疑念を持とうと、私人ではなく公人であらんとする姿勢は尊敬できる。

蒼天の書が闇の書である、明白な証拠はない。捜査官や執務官の勘だけで強制捜査に踏みこめないのは、当然とも言える。法とは難しく、融通の効かないものだった。


俺としてはこれで諦めてもらいたいのだが、それで約束を果たした事にならない。溜息を吐いて、俺の考えを説明した。


「そこで彼らとの交渉において、聖地に置かれている問題の解消を請け負う形で了承を得る段取りを付けている」

「聖地における問題――まさか、君は!?」

「話が前後する形となるが、龍族の姫プレセア・レヴェントンと魔龍バハムート――異教の神であるガルダと、その信奉者達。
彼らへ与える罰という難題を聖王である俺が引き受ける事で、聖遺物である蒼天の書の分析を承認してもらう」


「……なるほど、てめえの腹がようやく見えてきた。難民問題、罪を犯した妖怪達全員まとめて引き受けようってのか。そりゃ受け入れ先には悩むわな、はっはっは」


 隊長格であるゼストの旦那と、ゲンヤの親父が的確に俺の描いている図を理解する。人員を纏めている隊長ともなれば、この程度の戦略くらい容易く読み取れるということか。

そう、難民問題とは単純な放逐民だけの話ではない。人に迷惑をかけた妖怪達全員を一挙に取り纏めようとする縮図の話なのである。

戦略だとカッコよく言ってみたが、結局俺がやっているのは単なる問題の一本化である。どうせ反人類勢力を俺が引き受けなければならないのだ、この際まとめて面倒を見ようじゃないか。


バハムートやガルダについても、いつまでも放置は出来ない。かといって無視もできない。どっちも俺やアギトが戦って倒したのだ、聖王教会に押し付けるのは酷だ。


だったらこの際、手柄としてやろうじゃないか。後始末を引き受ける事で教会に貸しを作り、交渉事の手札とする。単なる義務を手柄とする、大人の嫌なやり方である。

この手を思い付いた時、アリサはあんたも俗な人間になったと苦笑していた。決して、悪口ではない。誰だっていつかは子供から大人になるのだ。


いつまでも、チャンバラごっこで遊べない。アリサとしてはむしろ、安心したに違いない。


「だったらもっと、早く言ってくれ。聖王教会の問題とも結び付いているのであれば――」

「結び付いているからと言って、難民問題に良案が出る訳じゃないだろう」

「君自身の問題であることと、聖王教会の問題であることと比べれば、まるで違うじゃないか」

「同じだよ」

「どうしてだ?」


「俺個人の問題であろうと、お前は決して手を抜いたりしない。そのくらいの信用はしているさ、クロノ」


 だからいちいち話す事ではなかったのだというと、クロノは珍しく声を詰まらせて目を白黒している。リンディやエイミィは、そんなクロノを見て優しげに微笑んでいた。

人望がありそうな男に見えるのに、こういう事を言われ慣れていないのか。優秀な執務官なのだ、多くの人から信頼を得ているだろうに。

俺は自分から友人を作るのは、なかなか出来ない。最近まで欲しいとも思わなかった。他人に関する認識は改めたが、切り替えるのはなかなか難しい。


そんな俺にとって、クロノは数少ない信頼できる男なのだ。些細な問題でも真剣に考えてくれると信じているからこそ、背景を語らなかった。


「――僕も」

「うん?」


「僕も、君の事は心から信用している。蒼天の書の分析作業は、僕自身が立ちあおう。君がここまでしてくれたんだ、どんな結果であろうと信じて受け止めることを確約する」

「お前、本局の人間だろう。縄張りとか大丈夫なのか」

「執務官としての権限を、最大限使わせてもらうさ。君が頑張って交渉してくれた仕事だ、他の人間には任せられない」


「提督、クロノ君が近年稀に見る熱血少年になっているんですが」

「友達からここまで信用されてよほど嬉しかったのね、うふふ」


 ――リンディに、エイミィ。微笑ましいのは大いに結構なのですが、がっちり握手されている俺はひたすら恥ずかしいのでやめてもらいたい。

ともあれ難民問題は、こうして聖王教会との問題とも関係を持った。天狗に加えて、龍族にガルダ神。俺の居場所が、怪奇屋敷になってきている気がする。


こうして無事に、蒼天の書の分析が決定された。クロノを連れて、聖地へ赴くとしよう――















「――父上は、ご理解していらっしゃるのでしょうか?」

「全然、分かっていないわね。自分が今、どれほど勢力を拡大させているのか」













<続く>








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