とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第五十七話






 聖王のゆりかごで発見されたとなっている、蒼天の書。聖遺物となった魔導書の分析作業は教会内でも賛否を招いたが、好奇心と興味という点においては皆共通していた。

聞いた話では聖王家の聖遺物は他にも幾つか歴史上発見されているが、完璧な形を保っているのは数少ない。他でもない聖王のゆりかごと、聖遺物となった蒼天の書のみである。

本物なのか、偽物なのか、実のところその点についてはどうでもいい。聖王教会が聖遺物と認定した以上、本物でなければならない。暴き立てる必要性は皆無だった。


そしてクロノ達にとってもまた、蒼天の書の真偽はある種どうでもよかった――彼らの注目は、闇の書であるかどうかについて。


「時空管理局側より同席するのは執務官のクロノ、捜査官のメガーヌ。その二人は分かるけど、どうしてお前まで一緒に来るんだ」

「言っておきますけど、私はデータ解析は得意分野なの。執務官秘書として必須技能なんだから」


 エイミィ・リミエッタことメスゴリラの同行に俺自身は難色を示したが、舌を出して拒否された。可愛げの無さは相変わらずで、鼻息を鳴らしてやった。

個人的に嫌だと言うだけで、実際のところクロノ達の身内が蒼天の書の分析作業に同席するのは非常にありがたかった。最高評議会の手駒が来れば、面倒な事になりかねないからだ。

クロノ達も分析作業に私情を持ち込まないだろうが、少なくとも中立でいてくれるのは間違いない。悪意や害意がないだけで、こちらとしては十分だからだ。


蒼天の書は、闇の書ではない。正確に言えば、闇書のではなくなっていると言っていい。腹を探られても、痛くも痒くもなかった。


「俺から聖王教会に話こそ通したけれど、よく左遷されたお前達にこんな大任が命じられたな」

「誠にありがたい事に、三役の方々が口添えして下さったんだ。メガーヌ捜査官より、御三方に話を通して頂いている」

「聖地での一連の事件を通じて、御三方にも事情を察して頂いているわ。何より私の息子である君からの推薦とあっては、あの人達も安心して太鼓判を押せるものね」


「捜査官の身内として思われているのか、俺!?」

「あんたの場合、それ以上でしょう――全く、何でこんなのを信頼しているのかしら、あの人達……」


 クロノやメガーヌの信頼の篭った言葉に、エイミィはあくまで懐疑的だった。実際はエイミィが正しいので、俺としては苦笑いを浮かべるしかない。

蒼天の書の分析作業依頼は、あの御三方が直々に話を通して下さっている。交渉役として非常に頼れる人達で、自分としてはトップの座を喜んで譲りたかった。

至らぬ自分の補佐をお願いした、あの時の自分を褒めるべきかどうか。時空管理局の地上本部や最高評議会の強制介入を退けられるあの人達は、一体何者なのだろうか。


不思議と、俺は自分からあまり知ろうとは思わなかった。多分この先も彼らが自分から話してくれるまでは、調べたりしないだろう。


「白旗、教会からの同席者は聖騎士殿と、現地で合流予定のシスタードゥーエか」

「もう少し人員を入れたかったんだが、関係者以外の同席は出来る限り遠慮して欲しいとの教会からの要望なんだ」

「聖遺物として認定されたばかりの蒼天の書を、管理局側からの強い要望で分析作業を依頼しているんだ。疑惑を持っていると、認識されても仕方がない」


 なるほど、確かに闇の書の事を知らない第三者から見ればそう思われるのか。クロノ執務官の冷静な分析に、俺は心から感心させられた。

発見されたばかりの聖遺物に対して、調べさせろと言っているのだ。教会からすれば、偽物だと勘ぐられていると思いこんで当然だった。

むしろ全ての事情を知っている俺が真っ先に気付かなければならなかったのだが、そういった配慮を全くしていなかった。うぐぐ、人の上に立つのは本当に難しい。


常に相手の視点に立った考え方をしなければいけないのだが、社会経験の少ない俺には難しい作業だった。精進しなければならない。


「教会からは聖女様直々の同席、補佐役としてシスターシャッハとヴェロッサ査察官が抜擢されたようだ」

「聖遺物の分析だ、教会指定の査察官が加わるのは当然だろう。シスターも聖女様の秘書的役割を担っておられる、どちらも適任だな」

「聖女様同席となれば単なる共同作業ではなく、歴史的立ち会いとなるでしょうね。聖遺物認定は、ベルカ自治領にとっては一大ニュースだから」


 聖女の同席は正直俺も驚いたのだが、本人がいたく乗り気だと教会通の娼婦が念話で熱く語っていた。自分は留守番の分際で、なかなかの熱狂ぶりである。よく聖女の事を、我が事のように語れるものだ。

話題にこそ出さなかったが、今や聖女の護衛となったローゼも加わる。教会内の作業だから護衛なんぞいらないと言ったのに、あのアホ野郎は自分から名乗り出たらしい。会いたくなかった。

厄介払い出来て精々しているのに、あいつは相変わらず抜群の存在感を発揮している。国境線どころか世界線まで越えているのに、何かと連絡を取ってきやがる。やかましかった。


ひとまず分析作業に向けて、各陣営からの選出者は揃えられた。


「そういえばあんたの子供達、珍しく一人も来ないのね」

「蒼天の書から生まれた子供達だからな、奇異な目で見られるのは避けたかった」


「あっ……その、ごめん。無神経だった」

「いや、いいよ。所詮は魔導書のデータ分析だ、子供達が同席しても退屈でしかないだろうからな」


 宿敵のメスゴリラとはいえ、申し訳無さそうな顔をされると心苦しい。見せた弱みにつけこんで責め立てるような真似はしたくなかった。

『魔導書から生み出された存在』というのは確かな事実だが、『蒼天の書から発動した』という認識はいささか異なる。何とも微妙な立場なので、今回は同席させなかった。

本人達はケロリとした顔をして、俺の力になると同席を望んでいたのだ。遠慮させたのはむしろ、俺の方だった。絶対話がややこしくなる、間違いない。


ちなみに珍しく来ないと言えば、護衛の妹さんも欠席である。彼女には俺達にとってもう一つの課題である、難民問題の対応として龍姫と共に既に聖地入りしている。


魔龍バハムートと、異教の神ガルダ。聖地に乱を招いた難敵であり、神を侮辱した怨敵。聖王教会にとっての悩みの種に、対応してもらっっている。

俺が引き取ると決まって聖王教会は厄介払いが出来たと大喜びだが、肝心の本人達に渋られたら意味がない。本来敗北者なのだから問答無用でいいのだが、引き取るとなれば別問題だ。

バハムートはプレセア・レヴェントンの命に従うだろうが、異教の神ガルダは猟兵団の団長だ。どのような態度に出るか分からないし、他の妖怪達と揉めたら困る。


勝者である俺がいきなり出向いても険悪になりそうなので、緩衝役として妹さんに出向いてもらった。あいつはナハトヴァールと妹さんに、警戒と敬意を払っていたからな。


「陛下。アナスタシヤ・イグナティオス、馳せ参じました。騎士団にお声をおかけしなくてよろしかったのですか?」

「セッテ達には俺の留守を頼んでいる。人外戦争そのものは終結したが、妖怪達との衝突は終焉していない。カレン達が今各勢力に渡りをつけてくれているが、どうしても時間がかかる。
いつぞやのように刺客を送るあからさまな真似はしないだろうが、妖怪は伝承を持っているからな。人知の及ばぬ事態になった時、あいつらの出番だ」

「天の国を守るべく、騎士団を派遣させたのですね。承知致しました、御身は私が命をかけてお守り致します」

「ありがとう。聖王教会への口利きもお願いしたい、あんたの影響力は大きいからね」

「大任ではありますが、ご期待に答えてご覧に入れます」


 聖女様ご本人が同席されるので教会との交渉自体はスムーズに行われるだろうが、今回の任務は俺個人としては時空管理局と聖王教会の顔を立てるつもりである。

聖地で手柄を立てる必要性はもうないし、正直蒼天の書については波風を立てたくない。問題なく終わってくれれば、万々歳である。

"聖王"個人は崇め奉られているが、勢力として見られれば白旗が管理局や教会と同じ立場に立つ事を良しとしない人達は確実に存在する。だからこそ、聖騎士である彼女が立ち会う事が望ましい。


品行方正、清廉潔白な聖騎士。彼女ほど洗練された存在はいない。公正な彼女が白旗として同行すれば、勘繰られる事もない。実際、何の企てもないからな。


"リニス、いざという時は頼む"

"心得ました、リインフォースさんとは既に連携済みです"


 企ては何もないが、保険は必要だ。蒼天の書自体に何の問題がなくても、安穏と結果を待つほど俺も阿呆ではない。問題が生じれば、主の八神はやてに害が及ぶ可能性もある。

闇の書の主として今疑われているのは、あくまで俺だ。もし蒼天の書に何かあれば、真っ先に疑われるのは俺だろう。はやてには危険がないように見えるが、だから何もしない理由にはならない。

表舞台で堂々と戦いながらも、裏で権謀術数を張り巡らせる。使い魔の猫として行動できるリニスは、うってつけの存在だ。白旗の幹部として働いてくれているが、彼女の本領はこちらである。

それにしても今後こういった裏で動いてくれる人材が、必要だな……護衛である妹さんや聖騎士、聖王騎士団は顔が知られてしまって裏では動けない。謀には、向いていなかった。


思い浮かんだのは――顔も知らない、忍者の存在。


「手続きは、完了した。ベルカ自治領へ向かおう」

「分かった」


 ――企み事は、この件が終わってからだ。今日を乗り越えられれば、八神はやては安泰だ。













 事前に全てのお膳立ては済ませていたので、地球からベルカ自治領へ移動するのは容易かった。個人で行き来出来る転送装置なんて前代未聞だと、クロノは改めて頭を痛めていたが。

三ヶ月くらい前は空手で聖地へ乗り込んだのだ、"聖王"になった自分なんて想像も出来なかった。入国審査までされたと懐かしむと、聖騎士があの時の出会いを思い出して感涙していた。

俺も、同じ下手を打つほど馬鹿じゃない。カリーナお嬢様の待ち伏せも想定して、現地では公用車に乗せてもらって教会まで移動。何の問題もなかった。ここまでは素晴らしく、予定通りだった。



――ところが。



「な、何故……何故、貴方が此処に!?」

「ご挨拶だな、クロノ君。聖王のゆりかごという最大のロストロギアより発見された聖遺物の、分析作業だ。
『本局』からの意向を受けて、参上した次第だ。今日はよろしく頼む」


 聖王教会で待ち構えていたのは、時空管理局顧問官を務める局の重鎮ギル・グレアム提督。非常に温厚で、物腰穏やかだが威厳のある人物。

クロノやエイミィが呆然とする中、俺はメガーヌと顔を見合わせて互いの認識を確認。メガーヌと同じ結論である事を、察した。偶然であり、意図的な策謀の果てに――現れた。

偶然だったのは、聖地への滞在が今も行えていた事。意図的なのは、蒼天の書の分析作業を知られていた事。忌々しくも、人と人との繋がりがこいつを招き入れた。

地上本部は、聖王教会との関係により表立って動けない。最高評議会は、三役が押さえつけていて動けない。だから彼らは――


本局を動かして、こいつを刺客として差し向けた。そこまでは、分かる。


(……何故だ? 仮にもクロノ達が尊敬する人物が、どうして権力者達の言いなりになっている。
何故こうまでしてロストロギアを、俺が関係する者達を弾圧するんだ。そこまで徹底する理由が、全く分からない。

いくら何でも、あからさま過ぎる。こうまで強引にやらずとも、局の重鎮であれば周到に行える筈だ。一体、何故なんだ……?)


 意味が、分からなかった。こんなやり方をすれば、クロノ達の反感まで買ってしまう。聖王教会だって、いい顔はしないはずだ。

局の重鎮が乗り込んできたということは、蒼天の書の真偽を怪しんでいると断言しているのと同じだ。世論だって動くだろう、結果次第では管理局の権威にまで傷がつくんだぞ。

クロノ達と同じく、蒼天の書が闇の書だと疑いを持っているのだろうか? ローゼと違って、何の確証もないと言うのに。


分析結果が白だったら、こいつは笑いものになるだろう。分かり切った結末だが――



何にしても、今日は頭の痛い日になりそうだった。













<続く>








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