とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第二話




 ミッドチルダ北部にあるベルカ自治領、ここは時空管理局という魔法世界を管轄する政府的存在より自治権を認められた宗教国家といえる。第一管理世界における半独立国だ。

時空管理局最高評議会の支配下を離れて、第一管理世界政府機関と対等の地位と独自の外交権を認められている。政府機関への忠誠が義務ではなくなり、一宗教が独立しているのである。

ベルカ自治領は時空管理局に大きく貢献しており、最高評議会での承認を経て自治領の平等が正式に規定された。自治領の地位が明確化する事で、管理世界内で特権的な意味を持つようになった。

言わばベルカ自治領は外交及び内政に至るまで政府機関及び時空管理局の干渉なく行える、国家的な"聖地"なのである。


「遠路はるばる、ようこそお越し下さいました。私が皆さんの案内役を務めさせて頂きます」

「その格好から察するに、騎士団の人?」

「名目上でしかありませんが、聖王教会騎士団所属の身。本日司祭様より拝命を頂戴し、皆様への御案内と護衛の任を受けております」


 聖王教会は神の名の下に平等の理念があり、階級制度そのものはない。代わりというのも変な話だが、司祭制度が設けられている。聖王教会の司祭職は、正教会の聖職に該当する。

平等の理念があって位置付けそのものは極めて曖昧だが、司祭は名目上トップクラスに位置する役職だ。司教に匹敵する聖職位階であり、騎士達は彼らの元で管理されている。

聖王教会そのものに面会をお願いしていた俺に対し、異例とも言える招待を行った張本人がこの司祭だ。当然会った事もないのだが、これまで何の返答も無かった教会から急遽招待を受けた。


思えばこの手の平返しの延長が入国審査の顔パスであり――この"聖騎士"様本人の、御案内と言える。


「御役目には感謝するが、正直のところ困惑させられている。そもそも貴方達教会の人間が、どうして俺の事を知っているんだ」

「司祭様御本人が、貴方様をよく御存知であると伺っております。貴方様は聖王教会において、極めて重要な人物であらせられると」


 だから何で重要なのか聞きたいのだが、この調子だと騎士様はどうやら深い事情はご存じないらしい。上の人間から重要な客人だと言われれば、下っ端は黙ってへりくだるしかないもんな。

疑惑は深まるばかりだが、どうせ司祭本人と面会するので本人から直接聞けばいいか。グダグダして不興を買い、入国審査やり直しになる方がまずい。ルーテシアも黙って頷いている。

全員無事に入国審査場を通って、正式にベルカ自治領への入国が許される。聖騎士様御案内の元、俺達はいよいよ主戦場となる舞台へと上がっていった。


聖王教会本部のある聖地、神が降臨する地へ到着した――


「ここが、異世界……すごい、すごいよ……!」

「まるで映画の中に入り込んだみたいだな」


 聖王教会を中心に築かれた街並み、ベルカと呼ばれる文化の古き街並みが広がっている。聖騎士の案内を受けて、俺達は聖王教の聖地と呼べる自治領を巡礼していく。

聖王教会の聖地は時空管理局及び第一管理世界では歴史地区として、世界遺産にも登録されているらしい。世界に名だたる歴史の足跡が刻まれ、自然の景観が豊かな場所。

独自の都市計画を用いて素晴らしい街が築き上げられており、月村忍を震わせるその街並みは歴史の壮大さを感じさせると共に、ファンタジックな感動を与えてくれる。

白い漆喰で出来た壁、三角屋根の家屋が延々と連なる住居群、古代ベルカ支配の手を広げて、聖王教会が文化を開花させていったのだと、聖なる騎士は説明する。


「聖王教会の聖地はベルカ自治領内にありますが、古代ベルカ時代より育まれた文化はミッドチルダ全土に大きな影響を与えております。
第一管理世界に現存する数々の聖堂や修道院も全て、聖王教芸術の典型とも言えるのです」

「……ふーん、全部跡形もなく潰されるかと思ってたが、文化ってのは意外としぶとく残るもんだな」


 ヴィータことのろうさ仮面が、街並みを見渡しながら寂しげに呟いた。小型化しているザフィーラも古き文化の匂いに鼻を鳴らして、街を見つめている。

夜天の魔導書が現存していた時代、戦力として必要とされていた古代ベルカの騎士。歴史の生き証人が今を見つめるその瞳には感動よりも、寂寥が伺えた。

俺からのコメントは、何もない。全ては過ぎ去った時代、人の過去に口出しするほど野暮ではない。今のこいつらはのろうさであり、護衛犬なのだから。


「歴史の偉人が築き上げた建築物は圧倒的な数で、多くのものが現存しています。面会後もお時間あれば、ご案内させて頂きますよ」

「もしかして、遺跡とかある!? 迷宮とか、塔とか、封印の地とか!?」

「え、ええ、遺跡とかであれば、その……」

「すいませんね。こいつ、病気なんです。適当にあしらって下さい」


   忍ではないが、実際歴史的に価値のある街並みや建築物一つ一つに感嘆の念が溢れる。聖王教会騎士団の本拠地もあるこの地は途方もなく広く、人々が賑わっている。

ベルカ自治領の八割以上が聖王教徒ではあるが、少数派の異宗教も存在してるらしい。聖王の地であっても平等の理念があるかぎり、信仰の自由による異宗教が共存出来るのだ。

そうした宗派や文化が混ざり合って、お互いに良い影響を及ぼし合っていた。異なる要素が起こす大変な困難さえも受け入れて、開花させた事で発展を遂げていった。


――今までは。


「しかし今、この聖地は大いなる変化により歪みが生じつつあるのも事実なのです」

「……聖女様の予言と聖王のゆりかごの出現、ですか」


 本来、案内人が案内先を卑下したりはしない。観光中に観光する危険を伝えられても、ありがた迷惑でしかない。彼女が自分から口火を切ったのは、多分隠し通せないからだ。

教会の鐘の音、猫の鳴き声、笛を吹く音、坂道を駆け上がる子供達の足音。次元世界との様々な調和によって輝いてきた聖地に今、数ある次元世界から人が集まっている。

人が多く集まれば賑わい、栄え、街は盛り立てられる。良い事尽くしに見えるが、悪いことも当然起こり得る。他ならぬ人間こそが、善悪ある生き物なのだから。

アリサの指摘に聖騎士は敢えて何も答えず、賑わう街中を見据える。


「"待ち人、来たる"――聖女様の予言の正しさを象徴するかのように、聖王様の居城が出現された。神様の降臨と大いなる奇跡を前に、祈りを捧げし信者の方々が集っております。
信徒が集えば、教会もまた動き出す。聖王様降臨を予言された聖女様をお守りすべく、聖王教会騎士団の出兵が決定されました。それに伴い、時空管理局への協力要請も行われた。
聖王様が、この地へ降臨される。信徒であればその奇跡を喜び、祈りを捧げて待つべきでしょう。ですが教会は座して待たず、自ら御迎えに上がられました。

全世界へ奇跡の公布を行い、聖王様へ向けて呼びかけられた。その結果恐れ多くも血に染まりし戦士達まで、神様の威光に惹かれてしまったのです」

「街中に武器屋さんも幾つか見かけましたが、まさかあの店舗の数々も……?」

「……時空管理局及び聖王教会の認可を受けてはおりますが、明確な区別がされていないのが現状です。
非殺傷設定はされているようですが、武器というより兵器に該当する武具まで売買されている始末。取り締まりが及んでいないのです、申し訳ない」


 魔法文化により成り立っているこの世界、魔導師が使用する武器とはデバイス。このデバイスには単なる杖だけではなく、形状が必要に応じて多様化されているのだ。

例えば高町なのはは典型的な杖だが、フェイト・テスタロッサは鎌状の武具。ヴィータはハンマー、シグナムなんて大剣を持っている。ユニゾンデバイスのミヤやアギトは特殊な例だ。

レティ提督の部下であるマリーさんの話だと、銃器まで存在するらしい。弾丸が飛び出るのではなく、魔力弾が打ち出される仕様。非殺傷とされているが、民間人からみれば脅威になり得る。

厄介なのは非殺傷設定があるという理由で、所持の認可がされている事だ。人が死ななくても、銃器は人を撃つ道具だ。銃口を向けられただけで、脅迫の道具となってしまう。

銃器があるのなら、その発展形が存在するのは想像に難くない。聖騎士が言う兵器というのは"人が死なない"だけの、破壊兵器なのだろう。そんなのが平然と、売られている。

何処の世界でも、変わらない。戦争もまた発展の礎とするのが、人間なのだ。戦争特需こそがこの聖地の発展を促しているというのだから、皮肉というしかない。


「騎士様が装備されておられるのも、街の平和を守るためなのですか……?」

「聖王教会騎士団の武装が認められ、騎士団自ら街の治安に駆り出されています。日々、周辺警戒を欠かさず行っております」

「騎士の連中が剣ぶらさげて出張ったら、余計にビビるんじゃねえの?」

「……我々も心苦しいのですが、皆さんをお守りする為には」


 ミヤの心配とアギトの疑惑に満足に返答できず、聖騎士は仮面の中で苦悩を見せる。他ならぬ魔導師の武器が、武器を持つ人間へ指摘しているというのも妙な話だ。

調和の精神とも言える信仰が、この聖地で揺らいでしまっている。多種多様の人間が集まれば、考え方も異なり、価値観も混ざってしまう。統一するのはさぞ難しかろう。

和平の使者が、槍を持ってはいけない。けれど街に来た者達が武器を持って歩いていれば、平和を唱えるだけでは恐怖は和らがない。剣を持って剣を制するしかないのだ。


皮肉るアギトを止めようとすると、街中を駆けていた子供達が次々とこちらへ駆けてくる。


「騎士様、こんにちは!」

「いつも、ごくろーさまです!」

「はい、こんにちは」


 笑顔を向ける子供達に、聖騎士自ら腰を下ろして頭を撫でる。銀の仮面に隠された素顔は見えないが、きっと心からの笑顔を向けているのだろう。

子供達ばかりじゃない。行き交う人達が頭を下げ、露天商が挨拶をし、仕事する若者達が声援を送る。老人は感謝の祈りを捧げ、女性達が悩みを相談する。

仮面で素顔を隠す、騎士の中の騎士。騎士甲冑に長剣、大盾装備という騎士装備でありながら、誰一人として彼女を恐れていない。皆が安らぎ、その在り方に安堵を感じている。

指摘したアギトの方が、バツの悪そうな顔をしている。百の言葉よりも如実に、聖騎士の日々の行いが他者の態度に現れている。剣を振り回すだけの戦士に、人々は決して近寄らない。


それを意味するかのように、集っていた人々が散っていった――向かい道より現れた騎士団の参上を、恐れて。


「日々の任務、御苦労である。その者達は?」

「司祭様の御客人です。拝命を承りまして、聖地を案内しております」

「? 妙だな。団長である私に、何の連絡も届いていないのだが」

「司祭様より前日、相談を受けておりました。密命とまでは聞き及んでおりませんが、失礼致しました」

「いや、そなたが謝る事ではない。司祭様の要命であれば、是非もない話。そなたの神に対する信仰に、些かの陰りもあるまい。御客人方も、失礼をした」

「……いえ、別に」


 そうとしか言いようがない。呼ばれた本人の俺でさえも、事情が未だによく分からんのだから。それにしてもまさか、初日で聖騎士と団長の顔ぶれが見られるとは予想外だった。

古めかしい口調ではあるが、団長と名乗った男性は精力が合って若々しい。氷室のような野心的なハンサムではなく、血統による上品さを感じさせる美男子だった。

聖騎士と同じく騎士甲冑を纏っているが、磨かれたようにピカピカだ。新品同様、いや新品かもしれない。だが団長も、そして並ぶ騎士の顔ぶれも精悍だった。

修羅場の空気こそ感じないが、決して名ばかりではない。実践ではなく、訓練で鍛え上げられた実力者。鍛え方は人それぞれでしかなく、スポーツが格闘技に劣るとは限らないのだ。

実力も知名度も、聖女の護衛に相応しき人材。護衛が一名と限定されていない最たる理由が、この聖王教会騎士団にあると言っていい。


現時点における聖女護衛の最有力候補者達――俺の目的を阻む敵主力の一角、優勝候補。


「ところで先の件、考え直してくれたかね?」

「……団長、お客人の前でそのお話は――」

「この時期に司祭様より直々に招待を受けた方々だ。聖女様の件と、無縁ではあるまい。そなたもそう思っているからこそ、拝命を承ったのだろう」

「……」

「お客人にも見て頂けたであろう、今の聖地を。無法者達が我が物顔で聖地を荒らすこの現状を食い止められるのは、我ら教会騎士団しかあるまい。
そなた直々に聖女の護衛を名乗り出てくれれば、私が後押ししよう。聖王教会の長き歴史上で唯一"聖騎士"の称号を許されたそなたこそ、聖女の護衛に相応しい。
その為の立場であり、聖王教会騎士団副団長の座だ。護衛となれば私も喜んで推薦できる。騎士団の皆も、街の人達も、世界中の信者達も納得する。無法者達も、追っ払えるのだぞ。

そなたの決断一つで、本日お越し下さったお客人も安心できようというもの」


 ――頭のいい男だ、内心舌打ちする。道の真中で突然何を言い出すのかと思ったが、街中で皆が聞いているこの場所だから説得の意味があるのだ。

どうやらこの男は、聖騎士である彼女を副団長に迎え入れたいらしい。その事自体、別に口出しする気はない。彼女ほどの騎士であれば、部外者の俺だって納得出来る。

問題は、彼女本人が明らかに否定的であることだ。誰がどう見たって、望んでいない。返答に悩んでいるのは、個人の問題ではなくなっているからだ。

この男の言い分にも、一理はある。そもそも聖女の護衛は聖王教会騎士団がやれば、何の問題もないのだ。予言の聖王を探し出す名目で世界中から無法者達を集めているから、聖地が震撼している。


熱の篭った口振りで促す団長に、聖騎士は俯くまま。彼女の清く柔らかな肩に、男の無骨な両手が置かれる。


「聖王教会騎士団の団長である私が、そなたの"主"となろう。そなたも知っておろう、"我が家系"について」

「……それは……しかし……」


 街の広場における、この騒ぎ。団長の読み通りというべきか、多くの人達が詰めかけて人垣が出来ている。これでは、聖騎士といえど逃げ場がなかった。

立ち尽くす俺の袖を、妹さんが引く。彼女が示す先には、明らかに教会の信者ではない者達の顔があった。制服を着た時空管理局の連中、怪しげなフードをした者達、強面の鎧連中――そして。



仮面をつけた、二組の男達。



「どうしたんだ、妹さん。あの二人が、何なんだ?」

「以前聞いた"声"です。少なくともあの二人の内、一人は――」


「夢を追い、神に縋るのはやめるのだ。そなたが望む理想の主など、存在しない!!」


 俺達の話を遮るように、団長が熱心に呼びかける。聖騎士だけではなく、この場にいる全てに宣言するように。仮面の男達も、そちらへ注意が向かっていた。

聖王教会騎士団のこの動向に、恐らくこの町に集う強者達全員の注目が集まっている。町の中では噂が広まるのも早い、大挙して詰めかけてきていた。

傭兵達、猟兵団、時空管理局、聖王教会、町の住民、信者達。人外もいると聞いていたが、この場に来ているのだろうか。何にしても、嫌な形で目立ってしまっている。団長の、思惑通りに。

場が最高潮に高まったその瞬間、決定的な台詞が放たれた。


「私こそが、そなたの"主"に相応しい。決断してほしい、そうすればこの街も世界も救われるのだ」

「……っ」

「おまっ――!?」


 ――ちょっと待て、俺は今何を言おうとしている? 何をしているんだお前と、強引に引き離すのか? 何の権利があって、他人の事情に口を突っ込む。どうでもいいじゃないか。

必死で自分を止めるが、己の本音にも気付いている。場違いにも程があるが、嫉妬した。妬んでしまった。言い訳をさせてもらうなら、きっと誰だってこの場にいればジェラシーを感じるだろう。

それほどまでに、彼女は美しかった。清く正しい在り方も、善良な内面も、敬虔な姿勢も、謙虚な態度も、凛々しい振る舞いも――その何もかもに、惹かれずにはいられない。


"主"という言葉、騎士であればどれほどの意味があるのかよく知っている。ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ。八神はやてを主とする彼らを見れば、明らかに。


聖騎士でありながら、主が存在しない。その理由は、分からない。聖王教会の騎士であれば、聖王こそ主。ならば信者ではなく騎士である彼女は、"待ち人"を望んでいる?

神ではなく、人に剣を捧げる。敬虔なるその線引に尊敬せずにはいられなかった。主の居ない騎士ほど、辛く悲しい存在はない。団長が言う夢物語というのもよく分かる。

だって、神様なんてこの世にはきっと居ないの。彼女は祈りを捧げながらも、自覚している。そうでありながら、王に相応しき人間を探している。剣を捧げるに相応しい、者を。

そして彼女ほどの美しく清らかな騎士を迎えられれば、主として何者にも代えがたい誉れであろう。彼女が目を潤ませて誠心誠意尽くしてくれるのだ、妄想さえ出来ない程の幸福があろう。

団長に向けられし嫉妬の目は俺だけではない。騎士団員も、町の人達も、性別さえ問わずに羨望を送っている。だが、団長の前に立ちはだかる者は居ない。くっ……


彼女は俯き、そして――



「聖王教会騎士団と、お見受けする」

「むっ……何者だ」



 街の広場。注目を集めていた観衆の輪を抜けて、一団が姿を現した。完全に場違いでありながらも、堂々たる立振舞い。町中の人間が、固唾を呑んでいる。

その一団の顔ぶれを見たその瞬間、ズッコケそうになった。確かに、この街に居るのは知っていた。こういう場面で口出ししそうではある。ああ、そうだろうよ。

だって、俺も飛び出しそうになったのだ――俺に似たこいつらだって、絶対出てくるだろうさ。



「我らは闇統べし者、"紫天の一族"なり。かの名高き聖騎士までいるとはちょうどよい。一つ、御挨拶させていただくとしよう。

恐れ慄き、ひかえるがよい塵芥よ――我こそ闇統べる王、ロード・ディアーチェである」



 王を表すかのような濃密な紫の魔力光が展開され、暗黒の甲冑が装備される。聖なる地に反逆するかのような暗黒の稲光に、人々が戦慄する。

高圧的な態度でありながら、不遜に思わせない威光。ただその場に居るだけで恐れ、畏怖してしまう存在感。それが一人の少女から放たれていると、誰が想像できる!?

  王者を前に、騎士は頭を垂れるしかない。騎士団は刃を向けるのも忘れて、棒立ちとなっていた。



「私は星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクター。明星すべてを焼き消す、煉獄の炎」



 王者の傍に控えているのは、生粋の武人。礼儀正しく敬語で話し、淑女然とした挨拶をする少女。理知的でありながら、その眼差しは冷酷怜悧。

灼熱の炎さながらの凶悪な魔力を放出しながら、無感情な微笑みを浮かべている。ただこの場にいるだけで肺まで焼け付きそうな息苦しさ、圧迫感に人々が恐怖している。

獄炎にあてられて煮え滾ったのか、騎士達は次々と抜刀する。団長も慌てて剣を抜くが、震えまで止められない。炎に突撃するのは、自殺行為でしかない。



「ボクは雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャー。よろしくね」



 この場にいる誰もが脅威に飲まれている中、物怖じしない態度。天真爛漫とも言える少女の明るさが、むしろ狂気を促してしまっていた。

ありえない。ありえはしない。実力者であるからこそ、この広場に充満する魔力に平伏してしまう。そんな中堂々と笑っていられるこの子こそ、死神であった。

力を象徴する稲光は、人々にとって恐怖の対象そのもの。鬼は笑って、人を殺す。明るい少女の笑顔と反する魔力の鋭さは、人の死を笑う悪魔そのものだった。



だけど。



「私は、沈む事なき黒い太陽」



どれほどの存在であっても。



「影落とす月」



どれほどの力があっても。





「ゆえに――砕かれぬ闇」





闇には、飲み込まれてしまう。





「……あ、ありえない……」


 立場も、何もかも忘れて、ルーテシアは座り込んだ。久遠が、飛びついてくる。ミヤが、泣いて抱きついてきた。アギトが必死で、逃げろと叫んでいる。

ヴィータはのろうさの仮面を取って、アイゼンを構える。握るその手は、冷や汗に濡れていた。ザフィーラは大型に戻って、必死で踏ん張っている。震える足を、隠すように。

ノエルは、忍を庇っている。ファリンは、すずかを後ろに遠ざけようと必死。那美も、忍も、俺の背後に隠れる。ローゼは無言で、俺の出撃命令を待っている。



黒き太陽が――聖地に、降臨した。



誰が、勝てるというのか。誰が、超えられるというのか。太陽の化身、ではない。太陽そのもの、見上げるだけの存在。遠く果てにありながらも、その眩さに目を細めるしかない。

名乗る必要さえもない。彼女は居る、ただそれだけで絶望だった。存在そのものが、神であった。誰が疑う、誰が刃向かえる。

巨大な翼に、信者は涙を流して祈りを捧げる。闇色の炎に、町の人達が失禁して許しを請う。長大なサーベルに、強者達が武器を捨てた。死の気配に、管理局員が裁きを待つしかなかった。

魄翼の瞳に一瞥されて、団長は悲鳴を上げて、聖騎士に縋り付く。気丈にも、聖騎士は盾を構えるが無駄だった。太陽を前に、如何なる盾も溶かされるのみ。

神の降臨を願っていながら、本当の神にただ平伏すのみ。お気楽に構えていた愚民に対する、神の審判がくだされる。勝つという発想なんて、浮かびもしない。

時空管理局の法も、通じない。聖王教会の祈りも、通じない。強者の論理も、通じない。弱者の命乞いも、通じない。何も、通じない。

神が救いを与えると、なぜ決めつけていたのか。予言は成就したというのに、誰も喜ばない。神が来た、ただそれだけで人類は許しを望む。自分の罪深さに、恐れ慄いて。



神とは、絶対――ゆえに、誰も刃向かえない。





「お見事です、剣士様」





 実の親、以外には。





「恐れいったぞ、剣士殿。我ら紫天の一族に、微動だにしないとは」

「揺るぎもせず我らの前に立つその雄々しさ、感服致しました。さぞ名のある剣士なのでしょうね」

「カッコいい、パ――むぐっ、け、剣士のおにーさん!」


 むっ、ほんとだ。よく見れば、普通に立っているのは俺一人だ。俺の仲間も含めて、全員泣いて座り込んでしまっている。殆どの人が、平伏した顔を上げて俺達を見ていた。

ヴィータやザフィーラは彼女達の名前にようやく思い立ったのか、無駄な徒労に崩れ落ちていた。すいません、本当にすいません。後で叱っておくので。

妹さんは"声"を聞いて多分敵意がないのは分かっていたのだろうが、あのアリサまで上気した顔で俺を見つめている。忍や那美なんて、目にハートマークまで見えそうだった。

ルーテシアなんて信じられないとばかりに、呆然と俺を見上げるのみ。いや、違うんだって!? ビビらなかった理由なんて単純明快だ。



自分の娘を、恐れる親なんているもんか。



俺には、分かっていた。これは、自己紹介なのだ。彼らは脅していたのではない、俺のみならず世界全土に向けて――誇っていたのだ。

この姿も、この声も、この力も、この名前も全て、俺に与えられたのだと。次元世界全土に、世界の果てに至るまで全てに、自慢していたのだ。


私達こそが、俺の娘なのだと――



「剣士様、どうぞ私達をお導き下さい。私達は、貴方様の到来を待ち望んでおりました」



 ユーリ・エーベルヴァイン。


人々に神と誤認された聖女が俺の前に跪き、伸ばされた手に忠誠の接吻をした。










<続く>








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