異世界ミッドチルダ。第1管理世界と呼ばれる次元世界の一つで、クロノ達が使う魔法の発祥の地。時空管理局という法の組織が運営されており、中央区画と東西南北の地域に大別される。

俺達が向かうのはミッドチルダ北部にある、ベルカ自治領。先月海外のドイツへ赴いたが、今回は国境どころではなく世界を超えて、新しき大望を成し遂げに出立する。

クロノ達より管理プラン移行の承認こそ得られたが、管理外世界から管理世界へ向かうには、当たり前だが渡航の関連手続きが必要となる。これがまた無駄に長く、面倒臭い。

海外に出る上で自分を証明するパスポートがあるが、管理外の世界に時空間を渡る証明書などありはしない。となれば出国審査、一人一人の身元を念入りに調べられる。

この点についてヴィータやザフィーラ等身元がない連中はやばいのだが、幸いにもこいつらは俺が承認を受けた管理プランのスタッフとして既に登録済み。彼らに問題があれば、俺の責任となる。

プラン責任者である俺が問題となれば、保証人であるクイントとゲンヤの責任問題に発展する。管理外世界からの渡航を行う上で、身元保証人の存在が言わばパスポート代わりとなるのだ。

保証のないリニスや夜天の人とかは、別ルートを通じて既に現地へ向かっている。シュテル達も移住しているようだが、どうやって別世界へ渡ったのだろうか。お手軽なら連れて行って欲しい。


何しろ身元の審査が終わってもまだ、ミッドチルダへの入国ができない。


「健康診断……? お前は俺が病気にかかっているように見えるのか」

「面倒なのは分かるが必要な処置だ、突っかかるな。管理外世界からの渡航者には義務付けられている。一般的な予防接種だと思ってくれ。
自分自身を病気から守るのと同時に、周囲の人への二次感染を防止する。観光目的ならともかく、君達はミッドチルダへ滞在するんだ。長期間に及ぶのであれば、尚更必要だ。

特に君は今回の渡航で、女学生や動物まで連れてきているんだぞ。許可を取るのがどれほど大変だったか、少しは理解して欲しい」

「……すいません、大人しく受けます」


 久遠やザフィーラ、那美達まで無理を言って連れて来た身である。時空管理局とはローゼの一件で半ば対立する立場ではあるが、クロノやリンディ達個人には本当に感謝していた。

距離感は想像も付かないが、管理外世界の地球から第一管理世界のミッドチルダへの距離は、日本とドイツ以上に離れているのは間違いない。感染予防は確かに必要だ。

クロノ達時空管理局だって、管理外世界を病原菌が蔓延する野蛮な大地と決め付けていない。万が一の処置であり、お互いの交流の妨げとならないように予防するのだ。

精密検査というほど、大袈裟な診断ではないらしくひとまず安堵。ローゼは既にバレているのでともかくとして、ノエルやファリンはレントゲンとか取られるとやばいからな。

まあクロノ達もアリサや妹さんという特異な存在に配慮してくれているので、言い方は悪いがそちらが目眩ましになる。クローンや元幽霊なんて、公にできないしな。

検査内容は渡航期間や渡航形態を前提に、自分の年齢や健康状態、過去の病歴を報告して、必要な予防処置を行う。自動人形については忍も対策を取っているので、普通の検査ではバレない。


当然、男女別れて検査を行うのだが――


「……」

「どうした、宮本。先生が呼んでいる、早く検査を受けてくれ」

「いや、あの……今回渡航する男って、俺一人?」

「今更か!?」


 正確に言えばザフィーラがいるのだが、彼はミッドチルダでは動物形態で活動する予定。同行者にユーノもいるが、あいつはミッドチルダ人で姿も見せないからな。

クロノに嫌味こそ言ったが、病気予防の処置は正直ありがたい。俺は夜の一族の姫君の血を摂取しているので病原菌には強いが、那美なんて平和な日本の学生さんだからな。

同行者全員の健康管理には責任がある。病気にかかってから対応するより、予防しておいた方がいい。少し時間はかかったが、全員の検査は無事に終わった。

ミッドチルダへの入国に関する手続きは一通り終了、アースラの転移装置を使って異世界へ向かう。予定していた同行者とも、ここで合流。


「こんにちは、今日からよろしく」

「……誰?」

「私はルーテシア、ルーテシア・アルピーノ」

「えええっ!?」


 深紅の瞳の美しき少女。穢れなき瞳が無垢に、俺という人間を映し出している。紫色の長く伸びた髪が調和するかのように、真っ白な肢体の上に添えられていた。

未発達な肢体、少女という年齢に合う青い果実の瑞々しさを持っている。肩まで見える露出した服装はむしろ、少女の美しさを上品に彩っていた。

見知らぬ少女、けれど見知った顔立ち。その違いは年齢層、美女へと育つ少女の姿であどけなく微笑んでいる。彼女の名前は、ルーテシア・アルピーノ。

捜査官には、絶対に見えない。腕章や制服を見せられても恐らく、現実を受け入れられないだろう。というか、人格まで変えなくてもいいだろうに。


『潜入捜査だからね。君のプランのスタッフとして参加する上で、入念な変身魔法を使用されている。僕達だってお披露目された時は、本当に驚いたよ』

「クイントおばさん監修だよ――痛っ!?」

「変身魔法を使っても、同年代だということをお忘れなく。もう、ここまで化けなくてもいいのに。リョウスケ、お母さんの若い頃も見たい?」

「何のリクエストだよ!」


 上司のゼスト隊長や夫のゲンヤが、呆れた顔で立ち尽くしている。聖地へ潜入しての聖王のゆりかご捜査、管理局と教会の関係を波立てないように姿を変えて潜り込む。

変装ではなく変身というところが、技術の違いを示している。地球ではそれこそ人体改造でもしない限り、女性から少女へと化けられない。完璧だった。

あくまでも変身であり、若返りではない。変身魔法は永続的ではなく、都度魔法を施さなければならないらしい。ユーノは案内人であるのと同時に、魔法補佐のスタッフでもある。


「それで仮にも捜査官が変身まで姿を見せているのに、お前は相変わらず物陰なのか」

『他の人達には先日、きちんと挨拶をしたよ』

「俺だけまだ見ていないのか!? 何でそこまで敬遠するんだよ!」

『君の事は個人的に嫌いではなくなってるけど、ジュエルシード事件での乱雑ぶりが僕の中でトラウマになってるんだ』


 お、俺ってそんなに乱暴な扱いをしたのか……? 周りを見渡すが、残念ながら誰一人援護してくれなかった。エイミィなんて、舌まで出して馬鹿にしている。くそっ、あのメスゴリラ!

ひとまずルーテシアとユーノも合流し、現地での注意を受ける。素性は自分から明かさない事、身元の全ての保証を時空管理局が保証する。ただしプランに関する扱いはあくまでも、黙認。

聖王教会側より許可が出なければ、管理プランを含めた人員全てを即時に撤収。プラン撤収であれば、聖地での事情には関わらない事を厳命された。

つまり出だしをミスってしまったら、何もかも終わりという事だ。聖王教会のお偉いさんとの面会、ここに全てがかかっている。招待されたとはいえ、万事の保証はない。


徹底された上で最高責任者であるリンディと監査役のレティ、ゼスト隊長と握手を交わす。


「公には口にできないけれど――貴方の成功を、祈っています。困った事があればいつでも相談に乗るので、連絡して下さいね」

「私は立場上、貴方の応援はしない。成果を、見せなさい。それまでの猶予は、私が全力で作ってあげる」

「君には随分助けられているのに、力添え出来なくて申し訳ない。とはいえ地上は我々の管轄、これから先力になれることもあるだろう。
君には多くの味方がいる、いつでも大人を頼って欲しい」


 頭もよく実力もあるというのに、こいつら大人は本当に、馬鹿だった。俺の無駄な抵抗を、ギリギリの努力を否定しない。応援するとまで言っている、馬鹿さ加減。

子供の気持ちは大人には分からないと、何故決めつけていたのだろうか。人を知っていく内に、自分の愚かさに気付かされる。分かってくれる人だって、いたはずなのに。

理解される努力をしなかった、ならばこれからしていこう。聖王教会、聖地、神が降臨する地。あの場所にいる多くの人達に理解し、ローゼの価値を知らしめてこよう。

彼らに別れは告げず、再び会う約束をして――



異世界へと、出発した。















 魔法文化が最も発達している世界、ミッドチルダ。月村忍の言ではないが、俺も映画のような世界をイメージしていた。広大な自然の大地、青々とした空に祝福された世界を。

到着した先が建物の中という、当たり前だが予想外の事態にむしろ驚かされた。忍なんてモンスターは何処とか、発狂している。逆に冷静になれたので、ゲーム脳を引っ叩いておく。

考えてみれば魔法とはいえ、技術に基づいた文化の一種なのだ。デバイスだって人工知能こそ搭載されているが、お伽噺の魔法の杖ではない。幾ら何でも、そこまで劇的な違いはないか。

転送先は都市部であり、一見すると建物の様相にさほどの違いはない。歩いている人達だって、別に奇抜な服装もしていない。拍子抜けであった。


「むしろ侍君の剣道着姿の方が、目立っているよ」

「お前だって、バリアジャケット顔負けの奇抜な服装をしているじゃねえか。はやてと毎晩、アホなファッション談義しやがって」

「お二人とも、喧嘩はやめてください」

「一応言っていくけど――」

「――お前の巫女姿もどうかと思うぞ」

「お二人が強引に勧めたんじゃないですか!?」


 なんぞという田舎者丸出しな会話をしながら、諸手続きをして移動。ミッドチルダ北部にあるベルカ自治領へは、都市部より快速レールウェイに乗って向かう。

レールウェイという鉄道はモノレールに近い構造だが、建物類も含めてこうした日本との違いの無さに、那美達は安堵しており緊張もほぐれたようだった。

逆に心底ガッカリしている忍を、ノエルやファリンが必死に慰めている。あまりの落ち込みように見かねたヴィータ、のろうさ仮面さんが声をかける。


「安心しろよ、月村の姐さん。これから向かうベルカ自治領は、姐さんが想像するファンタジー世界に多分近いぜ」

「えっ、本当の本当に!?」

「二度聞き!? だ、だよな、捜査か――ルーテシア?」

「うん、のろうさちゃんの言う通りだよ。窓の外を、見て」


 滑るように流れる景色はまるで世界そのものを移動しているかのように、様相を変化させていく。地球の都市世界から、異世界の自然界へと姿を変えて。

壮大な大自然に彩られた、美しい光景。地球の果てにあるような、未知なる世界。神秘の森、異国の大地、幻想的な自然、青き天空、生命そのものである壮大な自然。

自然と調和した、柔らかな大地。人の目で一面に広がる緑が捉えられ、自然に混ざって一つの街が見えてくる。震えるような感動の中、確信する。


間違いない。あそこがベルカ自治領――聖王教会の本部がある、"聖地"。


「のろうさはよく、この地のことを知っていたな」

「周辺の景観が良い事から観光地としても有名だって、クロノのあんちゃんが言ってたじゃねえか」


 ……? あ、そうか。景観が良いというイメージが、日本人の俺と古代ベルカのヴィータとではそもそも違うんだ。そもそも日本とベルカでは、世界の広さからして違う。

自然の豊かさを俺は所詮小国ならではのイメージしか思いつかない。京都と聞いて風流だと片付ける程度の教養の無さだ。自然豊かといえば、ミッドチルダではこの壮大な自然をイメージするのだ。

まさか世界の違いを、人の中に見出すとは思わなかった。この先気をつけないといけないのは、見た目よりもこうした価値観の違いかもしれない。

同じ日本に住んでいる忍や那美、アリサでさえも感動で見つめている。レールウェイはそのまま、俺達をベルカ自治領内へと運んでくれる――


はず、だった。


「……何でこんな、大勢並んでいるんだ?」

『調べてみた。まずいよ、リョウスケ。保安検査が行われている』

「ま、また検査をするのかよ! 時空管理局に許可貰ったんだから、そのまま許可書を見せて通ればいいじゃねえか」

『それは"入国審査"、僕が今言ったのは"保安検査"だよ!』

「自治領といえば、自治権を認められた独立国なんだろう。そりゃあまあ、独自で検査するだろうよ。何が問題なんだ」

『予言やゆりかごの件で次元世界中から信者のみならず、多くの実力者や有力者が集まっている。その為ここ近日で、テロや暴動防止の為に保安検査が強化されたんだよ。
聖王教会随一の実力者である、"聖騎士"様が直々に検査を行っている。僕が調べた人物情報によると、彼女は変身魔法を一目で見破れるらしい。

このまま検査されたら、ルーテシア捜査官に疑いがかかる』

「げっ、それはまずい!? お前、その変身魔法をトイレにでも行って解いてこい」

「無理だよ、素顔のままだと素性を探られる!」


 ど、どういう事だ……? 事前情報だと、ベルカ自治領への入国はスカスカのはずだ。でなければ素性の怪しい猟兵団や傭兵達、人外共が入れるはずがない。

言っていることそのものは理解できる。この地は注目されているだろうし、有力者達が集まっているのなら保安検査だって強化するだろう。だが何故、このタイミングなんだ?

いくら何でも、対応が遅すぎる。ハッキリ言って、俺達は出遅れている。今更保安検査なんてしても、後の祭りだ。無駄ではないだろうが、むしろやった方が対応の悪さが露見して批判される。

神様が降臨されるとあれば、門出を塞ぐ方がイメージダウンになるだろう。聞いた情報では此処は開かれた地、これまで入国の抑制なんてなかった。

一応"入国"と言っているが、ここは自治領だ。そこまで厳しくは無いはずなんだが――意味が分からない。


第一、何故"聖騎士"自ら入国の審査なんて――


「それに私達、もう目をつけられる」

「何……? あっ」

 入国審査場には、多くの人が詰め掛けている。大勢が並び、大勢が注目している。有象無象の集まり、大挙して並ぶ人達。全くの他人同士であるはずなのに。



彼女と――目が、あった。



 聖王教会の聖処女、"聖騎士"。騎士の中の騎士。紫のドレスを着た、凛々しい甲冑姿。麗しき貴婦人の佇まいでありながら、凛々しき武人のスタイルを見事に両立させている。

誉れ高き銀色の騎士甲冑、右手に装備された大盾、左手には長剣。魔法文化に必要ないシールド、大仰に見えるのにそのどれもが一体化している。完璧に使い熟されている証拠であった。

そして何より彼女の素顔を覆う、仮面。頭部から目元を多い、仮面の下から少しだけ可憐な唇が覗いている。甲冑の一部にも見えるが、恐らく単体で仮面を装備している。

素顔すら見せない騎士にこの場にいる全員が圧倒し、魅力されている。清廉潔白な騎士の前では、罪人はただ頭を垂れるしかない。


そんな彼女と、目があっている。目なんて見えないのに、こちらを直視されているのが分かる。慌てている気配を、敏感に察せられたか――


「下手に動くと、余計に怪しまれる。私は道中気が合った、通りすがりの連れということに――」

「いや、嘘はやめておこう。ルーテシア、お前が言った通り今更変身魔法を解くのもまずい。どうやら目をつけられたようだし、堂々と行こう。
犯罪者じゃないのは、確かなんだ。見破られないかもしれないし、堂々と審査を受けよう」

「それは望む薄だと思うけどね」


 少女姿で落ち込むルーテシアと、半ば諦め気味に嘆息するアリサ。くそっ、比較的楽だと思っていた入国で今日ここまで手こずるとは思わなかった。

しかもまずい事に他にも変身魔法で潜り込もうとした人間が居て、審査途中で騎士に指摘されて奥の部屋へ連れて行かれるのが見えた。他の人間も、随分と指摘を受けている。

聖騎士の厳しい指摘の声、審査官の激しい叱責に、入国者の多くが震え上がっている。スカスカどころか、万全の審査体制だった。アリが通る隙もない。

少しでも不正が発覚すれば、不許可となりそうだった。神の地を前に、鉄壁が立ち塞がっている。あれじゃ恐らくルーテシアは通れず、最悪招待された俺達も不信により拒絶される。

何なんだ、一体。先月から不幸が続きすぎてノイローゼにでもなりそうだった。どうして俺が関わっただけで、こんな急激に事態が悪化する。突然ここまで悪化するか、普通!?

待ち人、来たる……? いいから俺の前に、連れて来い。せめて殴らせろ、神様のクソッタレめ!


そしていよいよ――俺達の番と、なった。審査官がじっくり俺の顔を見ている。うう……どうしよう。


「お名前は、宮本良介"様"。間違いありませんね?」

「……? あ、ああ、そうだけど」


「お待ちしておりました。どうぞ、お連れの方々もご一緒にお通り下さい」



 あれえええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっっっーーーーーーーーー!?



見事に、審査はスカスカだった。名前しか、言っていない。いや事前情報通りの審査体制なんだけど、顔パスって逆に不自然だろうが! 見ろ、この場に集う全員が口をあんぐり開けているぞ。

しかも顔と名前を確認されたのは俺だけで、ルーテシア達なんて俺の連れというだけで許されている。おーい、ここに変身した女がいますよ―!

何なの、この厚遇。どういうことなの、この幸運。俺の顔が、仏様か何かにでも見えるのか? 目が腐ってる。

見ろ、審査官のいきなりの低姿勢ぶりに聖騎士様も困惑されているだろうが! ツカツカ詰め寄って、審査官に事情を問いただす。そりゃそうだ、そんなに上手くいくはずがない。


よーし皆、ここからが正念場だ。頑張って、聖騎士様の難関をくぐり抜けるぞ!


「一体どういうつもりですか、審査官」

「聖騎士様。この御方です」

「この御方が!? 分かりました、皆さんは私がご案内します」



 どの方なの!? ねえねえ、どんな方なの、俺って!? 聖騎士自らご案内される俺って、お前らの中では何者になってるの!?



こうして一切合切何の問題もなく、新しい冒険が始まろうとしていた――これでいいのか、おい……?










<とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ ―開幕―>








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