とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 最終話





 八月中旬、真夏の夜。夜空に輝く夏の星空も、今晩で見納めである。時空管理局の承認が正式に出て、明日には異世界ミッドチルダへと旅立つ。次に帰る頃には、季節も変わっている。

今年はどちらかと言えば冷夏であり、夏特有の暑さを感じる事はあまりなかった。暑苦しさよりも、心苦しさの方が大きかったからかもしれない。暑さよりも、人の不幸で苦しんだ夏だった。

七月に八月、生涯忘れる事のない夏となる。夜の一族の世界会議に、身内の不幸な事件。全て解決したが、達成感よりも徒労が強い。この気持ちもその内、思い出に切り替わるのかもしれないが。

何にしても、区切りはつけられた。これまでの人間関係が一新されて、これから先は新しい関係を築けていける。どう変わるか自分次第となるが、せめて不幸にしないように努力しよう。

今晩で気持ちを切り替えて、明日は新しい想いを抱いて進んでいこう。次は異世界、新たなる世界への旅立ち。海外を超えた、怒涛のスケールだ。気持ちも弾むというものだ。


「おーい、侍君。まだ、寝ないの?」

「ちっ。しまった。裏庭で黄昏れていればよかった」

「せめてこの距離くらい、許してください」


 庭で星を眺めていた俺を、自室の窓から顔を出して月村忍が見下ろしている。二階と一階、この距離差なら過度なスキンシップはしないだろう。渋々、文句を言うのをやめてやる。

矛を収めた俺に、真夜中だというのに明るい顔で笑って手を振っている。出逢った頃と比べて、本当に性格が明るくなったもんだ。変化という意味では、俺も人の事は言えないけど。

一つだけ言えるとすれば、お互いの影響で変化したのではないということだ。基本的に同類項であるこいつと俺では干渉しても、何の化学反応もない。延々と、このままだろう。

だから人間としても、男女としても、付かず離れずこのままでいる。二階と、一階のように。


「マフィアやテロリストを倒したお侍様でも、異世界へ行くとなると緊張の一つもしますかね」

「お前のはしゃぎっぷりこそ、尋常じゃねえぞ」

「ゲームやアニメ、ライトノベルの定番であり、少年少女の憧れなんだよ。異世界への、旅立ちは」


 学校では男子生徒達の憧れであるミステリアス女学生が、鼻息を荒くしている。元々日本人離れした美貌とスタイルの持ち主、性格も明るくなったとあって人気が急上昇しているらしい。

休学が続けば不登校不真面目のレッテルを貼られてしまうというのに、高級車の送り迎えというお嬢様スタイルだけあって、ミステリアスな秘密に同世代の女学生達をときめかせてしまったようだ。

学校に行っても休んでも人気が出るというのは、卑怯以外の何物でもない。本当は単に学校をサボって、異世界へ冒険しに行くだけなのだ。女冒険者気取りとは、のんきな女である。

子供心なんぞ貧しかった俺には無縁ではあるが、新しい世界への旅立ちには確かに興味や興奮はある。旅は基本的に好きだ。


「よくついてくる気になったもんだ。傭兵とか騎士団とか、バケモン共がうようよいるというのに」

「一方では宇宙戦艦が運用される科学力、一方では魔導師が存在する魔法力。科学と魔法が上手く両立している世界には、空想上の職業や存在が成立している。
無秩序な、秩序。こういう世界観をファンタジーを言うんだよ、侍君。夢の中の世界が広がっているのに、飛び込まないなんて馬鹿だよ」


 学業よりファンタジーが大切だというこの女は多分、俗にいうまともな成長はしていないのだろう、十代も半ばを過ぎれば、地盤の世界に固定されるものだ。

日本という国の秩序を重んじ、平凡で平和な日常を愛し、同じ世界観の仲間達と今を重んじて生きる。レールの上だと鼻で笑いながらも、同じ進路を堅実に進んでいく。そうした経験をしない。

正しくは、絶対にない。異世界へ行きたいという気持ちそのものは堅実だが、想いだけで留めておくべきなのだ。本当に飛び込むのであれば、身投げと変わらない。

空想の中でしか生きられない人間は、社会人失格。妄想しか出来ない人間なんて、人間失格だ。まともな人間は、頭がオカシイと笑うだろうよ。


「お前はのんきでいいよな。俺は色々やることがあって、大変だというのに」

「ローゼちゃんと、アギトちゃんだね。自動人形に古代ベルカの融合騎、人ならざる者を救うべく旅に出る。侍君、勇者の素質があるよ。
そんな侍君を心配して一緒に旅に出る私って、ヒロインの素質があるよね」

「同じ立場の那美さんに、俺はその匂いを感じている」

「ふふふ、今時のRPGは攻略ヒロインが複数なのは定番だよ。セーブは欠かさずにね、侍君」

「駄目だ、こいつ」


 俺が仲間達や家族と別れを告げて、残された人達の生活や日常を守る努力をしている傍らで、この女はゲーム攻略ガイドブックを片手にリニスからミッドチルダの世界観を聞いていたのである。

ゲームやライトノベルとやらで培ったデータをミッドチルダの常識と上手く照らし合わせて、整合性を測って知識と変えていったようだ。こういうことは本当、好きな奴である。

全くの的外れではないのが、余計に癪に障る。俺には理解不能だが、どうも最近のゲームやアニメは世界観も見事に構築されており、ミッドチルダに似た環境や知識も存在するらしい。

役に立つかどうかは分からんが、頭の出来そのものが悪くはないのだ。理系に熟知しており、自動人形を筆頭に電子機器類の知識もある。デバイスにも、強い興味を示している。


「……綺麗な星空だね。異世界で見る夜の空も、同じ星が光っているのかな」

「どう考えても同じ星は光っていないだろう。全く別の世界だぞ」

「異世界と言ってはいるけど、実際の地理は分からないんだよ。案外、地球に近い場所にあるのかもしれない」

「別世界となると、もう想像の外だからな……どんなものやら」


 同じ家に住み、同じ星の空を見上げながら、ロマンティックにはならない。男と女でありながら、色恋など気にせずに、目の前の情景に心を奪われるのみ。

明日から旅立って、戦いにもなるというのに、別段特別さは感じなかった。多分明日何事も無くても、俺達は同じ会話をしているだろう。

今では多くの人間が住んでいる場所で今、二人っきりだった。


「ねえ、侍君」

「何だよ」

「ありがとう。私を、夜の闇から連れ出してくれて」

「……」


 夜の闇――夜の一族。両親のいない、家。妹はクローン人間、メイドは自動人形。叔父貴は財産と家を狙っていて、気を許せるのは同種族の叔母のみ。

世界は退屈なのに、人生だけは長い。不要に寿命が長く、人生の終まで付き合える男性はいない。少女は希望を失って、家の中でゲームをプレイして、現実から逃避していた。

俺は、こいつに干渉していない。礼を言われる筋合いはなかった。守ったのも雇われたから、共に住むのは事情があるから。何かした覚えはないし、何かされたこともない。

礼を言うのも、言われるのも、的外れだ。本当に、こいつは馬鹿だった。


「異世界に行けるのは嬉しいけど、それよりも侍君と一緒に冒険に出れるのがドキドキしてる。何が起こるのか分からない未来に、興奮しているの。
侍君が好きなのはね、恋愛が出来るだけじゃないから。過去の活躍に恋をして、今の生活を愛して、未来の冒険が楽しくて。喜怒哀楽をぜーんぶ、心にいっぱいに詰めてくれる。

素敵な男性はいっぱいいるだろうけど――全てを満たしてくれるのは、貴方だけだよ」

「……なるほど。道理で、俺は毎回いつも無くしているのか。お前が奪っているんだな、この野郎」

「ふふふ、忍ちゃんは貪欲なのだよ」


 全てを満たしてくれる存在、俺にとってそれは他人である。自分に持っていないモノを持っている、だから俺は他人と接するのだ。

旅していた頃野望はあれど日々退屈していたのは、何も持っていなかったからだ。他人と関わらず一人で生きている、心が満たされないのは当然だった。

俺も、忍も、同じだ。明日が待ち遠しいと、新しい世界が楽しみと言えるのは、新しい出会いがあるからだ。俺とこいつだけでは何も変われない、だから仲間や家族が必要になる。


この星の向こうに――新しい出会いが、待っている。共に、往こう。















"待ち人、来たる"















「ねえ、セレナ」

「いかがいたしました、カリーナお嬢様」

「退屈ですの」

「良いお天気です。お散歩に出かけますか」

「下民を相手するのも飽きてきたですの」

「カレイド商会――"カレイドウルフ"のスポンサー先はカリーナお嬢様の一存で決まります。この聖地で事を成すには、商会の力が必要不可欠。
かの聖女様の護衛選出の為に今、聖地には多くの勢力が集っております。となれば、カリーナお嬢様に取り入るのも無理からぬ事」

「どいつもこいつも、魂胆が透けて見えて気持ち悪くて仕方ないですの」

「御安心下さい。有象無象の輩は全て、このセレナが払います」

「頼りにしてますの。それにしても暇ですの……そうだ、ペットを飼うですの!」

「『お次』の動物は何にいたしましょう」


「この世でカリーナしか飼っていない、珍しいのがいいですの。可愛くて、愛らしくて、ふわふわして――カリーナのお友達になってくれそうな子」


「すぐに手配いたします。少々お待ちください」

「手段は問いませんの。あらゆる方面を探し、どんな事をしてもいいから、カリーナの前に連れて来るですの」

「承知致しました。無慈悲に、残虐に、容赦なく奪い取りますわ」

「下々の街へ出向き、カリーナも探しに行きますの!」















「ならん」

「しかし――」

「今この時期に"聖騎士"返上など、以ての外だ! 我が聖王教会の悲願がかかっておるのだぞ!」

「何度もお断りを申し上げました。今の私は主を持たぬ騎士、"聖騎士"に相応しくありません」

「ここは聖地、教会の本部であるぞ。軽はずみな言動は慎め。聖王様に背を向けると申すか!」

「神の御姿は、民の心の中に描きしもの。忠義とは異なるものです」


「だからそなたは今も、その仮面をつけているのか。麗しき美貌を隠し、王にのみ捧げるために!?」

「……」


「いい加減、認めよ。お主の"王"は乙女の理想に過ぎぬ。純真があるがゆえの罪であると」

「聖女様の予言、そして聖王のゆりかご。必ず、我が王は現れます」

「現れるのは我らが望みし聖王様だ、そなたの理想像ではない!」

「……っ」

「今や、聖地には多くの強者、多くの"聖王"候補が集っておる。その中に、そなたの主に相応しい存在は見つかったとでも言うのか」

「いえ、彼らは賊。名誉と権力に駆り立てられ、聖地に住まう民を脅かす外敵です。聖女様もさぞや、心を痛めておられるでしょう」

「剣神とも言うべきそなたの剣技は、騎士団随一の強さ。その剣を今こそ教会に捧げ、聖女の護衛として働いて欲しい。
多くの信者に慕われ、多くの民を守り、多くの外敵を葬ったそなたの剣こそ、教会の至宝。失うことなど、あってはならぬ。

騎士団副隊長の座は、今もそなたの為に開けておる。団長である私を今こそ、支えて欲しい」

「私は一介の騎士。主を持たぬ私には過ぎた役職です――失礼致します」


「……」


「所詮私の理想に、過ぎぬのか――いや。

"待ち人、来たる"――必ずこの聖地に、王は現れる。その時私はこの呪わしき仮面を取り、"貴方"の為に剣をふるう。
必ず見つけ出し、馳せ参じましょう。来るべき戦乱を収めるであろう、我が王の為に。

王の証"カイゼルファルベ"――虹の光が、戦火に怯える人の心の闇を照らし出してくれる」















「つまらぬ」

「それなりの強者は出揃っているようだが、どいつもこいつも華がない。先が知れるというもの」

「所詮は人間、多くを期待するべきではないのかもしれぬな」

「人の世に蔓延せし戦の臭いにつられてみたが、拍子抜けだ。配下を呼ばずとも、我一人で滅ぼせよう」

「"待ち人、来たる"――聖女とやらの予言では、この地に神が舞い降りる。期待できそうなのは、其奴一人。
もしくは我と同じ人外、途方も無き才を秘めた"怪物"か」


「傲慢なる神よ、今こそ罪深き人の世に降臨するといい。"龍姫"の槍を、お前の血で染めてみせようぞ」















「……うう……どうしてお客さん、来ないんだろう……」

「……聖地にはいっぱい人がいるのに……うちの宿には、誰も来ない……」

「……すきま風が悪いのか……星が見える天井がまずいのか……あたしのもやし定食がいけないのか……」

「……ご飯、食べよ……」

「……もぐもぐ……」


「……一人でご飯を食べても、美味しくない……グス……」















「あ、馬鹿!? その席には座るんじゃねえよ!」

「何でだよ、開いてるじゃねえか」

「そこは『予約席』だ。あの猟兵団に目をつけられるぞ」

「げっ、じゃああそこを――」

「あそこは、我らが騎士団様の席だ。座ったら、聖地で生きていけない」

「あー、もう! どこもかしこも、予約、予約――俺ら、仕事だって奪われているんだぞ!」

「仕方ねえだろう! 皆聖王教会のお偉い様に、しいては"聖女"様に気に入られたいんだよ。
手柄を立てるのはこの聖地で名をあげる事、一つでも多く仕事をこなす事だよ」

「で、この地に古くから住んでる俺らの居場所がなくなると。はっ、ご立派なもんだ」

「愚痴るなよ……余所者には、皆迷惑してるんだ。聖王様より頭が高い連中ばかりが、我が物顔でいやがる」

「それもこれも、聖女様のせいだろう。聞いた話じゃ、教会で大切にされているそうだぜ」

「祈りの部屋に毎日閉じこもり、神の降臨を願っているそうだ。聖女様のお祈りとあっちゃ、誰も部屋に入れない」

「のんびりしたもんだ。護衛なんか必要な――モガモガっ!?」

「馬鹿、あれを見ろ――シスターだ。聞かれたらどうする!」


「……聖地に蔓延する怨嗟の声……カリム。何としても貴方の護衛に復帰し、貴女を守る!」















「……どうして、こうなったのかしら……」

「……私の予言のせいで、皆が恐怖に震えている……」

「……聖王様のお膝元で、戦争が起きてしまう……」

「…………シャッハも、ロッサも、私に近しいばかりに立場を失い、遠ざけられた……ごめんなさい」

「……何としても、止めなければ。でも、どうすれば……」

「そうだわ、予言通りであれば必ず待ち人は現れる。皆が望みし御方であれば、戦争もきっと止めてくださる」

「じっとしていられない。すぐにお傍に――ああでも、人目につくのはまずいわ」

「変身魔法が使えればよかったのだけれど、せめて変装しましょう。どんな格好を――そうだわ、確かロッサが隠していた雑誌に」

「これよ、"花を売る"商売。服装はこうしてローブを目深につけて、胸元を開けて、人目を忍んで男性に近付く素振りを見せればいいのね。
女性の私にでも、出来そうだわ。これなら騎士には見えないでしょう」


「でも――"花屋さん"が、どうして人目を忍んで男性と会うのかしら……不思議だわ」















 戦争が、始まる――










<END>








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