とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第七十二話





 高町美由希、フィアッセ・クリステラ。言い方は悪いが問題があるのは、残りこの二人だ。リスティとフィリスには、シェリーがいる。家族が揃えば、状況は改善していくだろう。

救世主を気取るつもりは毛頭ない。恩着せがましい顔でメンタルケアまで付き合うよりも、一旦距離を置いて家族水入らずで話し合った方がいい。しばらくは様子を見る事にする。

積極的に関わらなければならないのはむしろ彼女達ではなく、高町家だ。晶とレンが家を明るくしてくれているが、根本の問題が解決しない限りは絶望から立ち直れないだろう。

普通家に問題があれば真っ先に何とかしなければならないのは家長、一家の大黒柱だ。ならばまず桃子とよく話し合うべきなのだろうが、実のところ意外な支援があった。


八神家の家長であり大黒柱、八神はやてが名乗りを上げたのだ。


『良介。わたしが、高町桃子さんに会いに行ってええかな』

『えっ、お前がどうして……?』

『美由希さんとフィアッセさんの事は良介に任せるとして、桃子さんの事はわたしに任せて欲しいんよ』


 ここ連日行っている八神家と月村家の家族会議、議題は俺に関する人間関係の修復と問題解決。その日の主な議題は、高町家に関する問題解決の具合案をまとめていたところだった。

実際のところ具体的解決が明確なのは、高町美由希唯一人だった。彼女については、俺と戦う以外に手段はない。神速を完成させるべく騎士達の支援と、那美と忍の協力を貰う事で決定している。

フィアッセについては、リスティやフィリスを立ち直らせても解決しなかった。リスティとフィリスが元気な姿を見せても、彼女の声は戻っていない。

なのはについては徐々に立ち直りつつある。そもそもあいつが落ち込んでいたのは過剰な責任感でしかない。一人で抱え込んでいた荷物を降ろしていれば、自然に立ち上がれる。

桃子については正直、悩んでいた。店を閉めているのは家族の落ち込みが原因だ、それは分かる。だからまず家族を何とかするしかないと思っていたんだが――


『お前と桃子って、何か接点があったっけ?』

『5月、なのはちゃんとなのはちゃんのお兄さんと一緒の病室で入院してたやんか。なのはちゃんのお友達ということで、良くしてもろたんよ』

『……すっかり忘れてたけど、そういえば同じ病室だったな』


 ジュエルシード事件でのアルフとの死闘で重軽傷を負って、俺は救急車で病院に運ばれた。アリサを失った直後の心神喪失もあって、強制的に入院させられたのだ。

一度病院を脱走した俺への監視の意味もあって、個人ではなく団体部屋に運ばれての再入院。家族が一緒なら大人しくしているとの判断で、あの四人が一緒になったのだ。

思えばあの家族劇を仕組んだのも、フィリスだった。監視だと言っていたがアリサを喪って落ち込んでいた俺を支える人間が必要だと、カウンセラーの彼女が判断してくれたのだろう。

監視を疎ましく思っていたあの頃とは違って、今なら少しは彼女の配慮も分かるようになってきた。


『今桃子さんの喫茶店、翠屋さんが休んでいるんやろう。あの美味しいシュークリームの味を、わたしは取り戻したい』

『気持ちは分かるけど、お前がそこまで深入りしなくてもいいんじゃないか』

『こう言うたら何やけど、美由希さんとフィアッセさんの事で頭がいっぱいな良介に、桃子さんのことまで気を回す余裕があるん?
良介は今、高町産の家に帰られなくなってるんやろう。敷居が高いままで、桃子さんの事まで何とか出来るとは正直思われへんのよ』


 はやてが難癖をつけているのではないことくらい、俺にも分かる。批判じみて聞こえてしまうのは、俺にとって耳が痛い忠告だからだ。

今俺は桃子の問題を後回しにしているのは、彼女への信頼があるからだ。あの人は大人だから何とかなる、俺は勝手にそう決めつけて優先順位を下げているに過ぎない。

思えば桃子には、精神的に支えになる夫がいない。独り身で他人すら居る大勢の家族を、必死で支えているのだ。女手一つで大家族を支えるのは、本当に大変だろう。


そこで気付いた、立場が同じ人間が居る――八神はやて、この子だって他人だらけの家族を支えている。


『お前を単純な子供だと、決め付けるつもりはない。だけど敢えて言わせてもらうなら――子供には、見られてしまうぞ』

『うん、分かってる。わたしは桃子さんにとってなのはちゃんのお友達の一人でしかない。良介と家族になったから言うて、口出すのはおかしな話や。
でもな、この件については実はわたしも他人ごとじゃないんやよ』


 繋がりが、よく見えなかった。はやての言い分からすると、単に俺の問題解決に力を貸してくれるだけではないらしい。なのはの友人だという理由も含まれるだろうが、それだけではない。

五月に入院していた頃お世話になっていたとはいえ、その後深い親交があったとは思えない。もっとも七月に俺は海外に出ていたので、その辺りは分からないけど。

俺の疑問を察してはやては苦笑を滲ませ、車椅子を動かして俺に接近する。耳打ちするかのように。


『良介のお仕事の手伝いで、おじいちゃんおばあちゃんの家にお手伝いに行っているのは知ってるやろう。
わたしがなのはちゃんのお友達やという話をした時に、おじいちゃん達が桃子さんの事を心配してたんよ。ほら、喫茶店がずっと閉まったままやから』

『あの喫茶店、若者だけじゃなくてジジイやババアも――あいたっ!?』

『口悪いよ、わたしの大事なお友達やのに』

『お前、騎士団だけじゃなくて老人会まで作ってるのか』


 はやての謎の人脈ネットワークに、顔をしかめる。俺と出会う前まで一人ぼっちだったくせに、家を出てからは積極的にご近所と関わり合っている。

地域住民に深く浸透するアリサの経済戦略が今日まで生きているのも、はやてのこうした尽力が大きいらしい。近い将来、妖怪達との関係も形成する予定だそうだ。

日本昔話や妖怪の怪談話は、老人達の得意技だ。彼らは幽霊や妖怪への過剰な警戒や恐怖はない。古きもの達は今の個人主義社会とは違い、どんな関係であっても大切にするのだ。


ずっと独りだった過去すら生かして、はやてもまたこうした人間関係を大切にするようになった。孤独の辛さを、よく知っているから。


『桃子さん、ご近所付き合いも大切にしていて、町内会とか町の行事にも積極的に参加されてたそうなんや。
そんな人が店を閉じて、家にずっと篭ってしまってる。ご近所さんは家の事情もよく分かってるから、すごく心配してる。何とか力になりたいと、皆思ってる。

子供であるわたしの言葉じゃなくて、おじいちゃんおばあちゃんのそうした声を伝えたいんよ』


 大人の問題に訳知り顔で口をつっこむのではなく、永くて良い人生を生きてきたご老人の真心を伝える。はやては決して優しさだけで、他人の事情に関わるつもりではないのだ。

こいつには本当に、驚かされる。年上でありながら、いつも自分が恥ずかしくなる。訳知り顔で口をつっこんでいるのは、まぎれもない俺だ。はやてはそうじゃない。

家族贔屓でも何でもなく、本当に立派だと思う。大人の女性に敬意を抱いたことはあれど、年下の女の子を尊敬したことはない。頭が下がる思いだ。


魔法の素質とか関係なく――夜天の魔導書はこの時代で、真の主人に巡り会えたのだ。


『分かった。全部、お前に任せるよ。なのはとフィアッセには俺から話をしておくから、都合はこっちでつけてやる』

『ごめんな、わがまま言うて』

『知らなかったのか? 子供はわがままを言う生き物なんだよ』

『あはは、じゃあ良介もまだまだ子供やね』

『俺がいつわがままを言ったんだよ!?』


『今日私が晩御飯の当番なんやけど、リクエストはせえへんのか?』

『すき焼きでお願いします。お肉たっぷりで』


 はやてに大いに呆れられつつ、俺は桃子とのセッティングを行う。どのみちあの二人には、段取りを付けてもらわなければならなかったのでちょうどいい。

俺も俺で、会わなければならない人間が居る。















「すまなかった!」

「……」


 土下座、そう土下座である。日本の礼式の一つで、平伏して座礼を行う行為。他人に頭を下げるのも難しい世の中で、競争社会で平伏するのは簡単な行動ではない。

正座した上で手のひらを地に付けて、地面に額が付くまで頭を下げる。相手が許すまで、頭を決して上げない。相手に主導権の全てを与えてしまっている。

交渉や取引での座礼は全面降伏を意味しており、決して敬われるべき行為ではない。だからこそ深い謝罪を意味するもので、誠意を見せる最大の態度といえよう。

他人に頭を下げられるのに慣れていない人間にとっては、困惑するしかないのだが。


「美由希は俺が説得して、必ず警察へ連れて行く。剣士であれど、凶刃を振るい人を斬るなど許されない。弁解の余地もないが、せめて頭を下げるのは許してほしい」

「頭を下げて欲しくて、お前を呼び出したんじゃない。謝って欲しいのなら本人にやってもらうから、とにかくまず頭を上げてくれ。
むしろ話し合い次第では俺はお前に頭を下げないといけないかもしれないんだ、高町恭也」


 一家の大黒柱である高町桃子については、うちの屋台骨に任せておいた。なので俺は八神家の長男役として、高町家の長男を呼び出すことにした。

美由希に知られると殺しにやってくるのは目に見えているので、フィアッセやなのはに話をつけて何とか調整はつけられた。

この男と話すのも先々月以来だが、憔悴が色濃く滲んだ顔付きになってしまっている。刻まれた疲労の皺が濃く、心の心痛を如実に表していた。


誰もいない深夜の公園で、男二人。何の邪魔もされず、真夏の夜に座ったベンチで肩を並べる。


「経緯は全て、把握している。本当にすまなかった。怪我の具合は大丈夫なのか」

「見ての通り、もう問題はない。そういう意味でも別に、謝って貰う必要はないぞ」

「怪我が治れば済むという問題では無いだろう……人を、家族同然の人間を、あいつは斬ったんだぞ」


 想像してみる。家族同然の人間を、同じ家族が斬る。例えばシグナムがアリサを斬れば、俺が許せないだろう。けど同時に、申し訳なくも思うのだ。

被害者と加害者が同じ大切な人間であるのなら、罪を憂うべきか罰を与えるべきか、究極の選択だ。神様であっても、悩んでしまうに違いない。

裁けるのは当事者以外の裁判官か、もしくは被害者しかありえない。加害者を真の意味で許せるのは、被害者だけだ。

恭也のいたたまれない気持ちはきっと、被害者である俺にしか理解できない。他の人間なら即座に美由希の罪を糾弾し、罰を与えられない恭也を責める。それも正しいからこそ、悲劇なのだ。


「俺は……あいつに、剣を持たせるべきではなかったのか」

「そうか、お前はあの子の師匠でもあったな。それもまた、お前の心を重くしていた原因か」


 自分が教えた剣で大事な家族を斬ったのだ、恭也の失望と絶望は計り知れなかっただろう。自分の教えた剣で誰かが傷付いたのだ、本人が斬るよりも罪を感じてしまう。

これもまた剣士でなければ分かりようがない、絶望。恭也本人は何も悪くないのに、他ならぬ家族がこの男の心を深く傷つけてしまった。

強靭だった精神が根本からへし折れるほどに、追いやってしまったのだ。自分自身が教え、愛した剣によって。


「弱いだけだ、俺は。誰もかれも救いたいから、誰も助けられずにいる」

「いいや、違う。お前は優しいんだよ、恭也。だからこそ、お前は家族を救えずにいたんだ。
だってお前が大切な誰かを助けたら、他の誰かを決定的に破滅させてしまう。もう二度と救えない、絶望に落としてしまう」

「宮本、お前は本当に……何もかも、分かっているのか」

「悪かったな、恭也。むしろ俺が、お前に土下座をしたかった。単純な恋愛問題を――俺が絡んだせいで、天国と地獄に変えちまった。
青春による失恋で済んだかもしれない話だったのに、生か死を選ぶことになっちまった」


 加えての、恋愛問題。高町美由希とフィアッセ・クリステラ、二人の女性が一人の男を愛した。同じ家族でありながら、家族として居続けられなかったのだ。

血が繋がっていないからこそ、この闇は深い。なまじ人間関係を変えられる余地があるだけに、関係改善の希望を与えてしまう。

それだけならまだ若者達の恋愛問題で済んだのに、俺の訃報によって生死の問題に変貌した。救いを与えなければ、彼女達は立ち直れない。その救いとは、恋愛の成就。

此処は日本、一夫多妻はありえない。高町恭也という男は、二つの愛を許容できる男ではない。どちらか、選ばなければならない。


単なる恋愛なら優柔不断で済むのに――生死となれば、簡単に選べない。選ばれなかった方は、死ぬのだ。


「なんて不甲斐ないんだ、俺は……自分がこれほど情けないと、今以上に痛感したことはない。
剣を追求して膝を壊し、剣を教えて家族を傷つけ、剣を捨てても家族を泣かせている。何なんだ、俺は!」

「……」


 きっと今まで、自分の辛さを誰にも言えなかったのだろう。自分は長男だという意地が、ギリギリまで繋ぎ止めていたのだ。

なのは達と同じく、この男もまた絶望していた。恐怖していた。落ち込んでしまっていた。態度に出さなかったのはきっと、この男が強いからだ。

どうにもならなくなった時、むしろ正気でいる方が辛い。心を壊してしまったほうが、ある意味楽なのだ。何も考えなくて済むから。辛いことも、考えられなくなるから。


抱え込んでしまったこの男こそ、誰よりも悲哀だった。


「……す、すまない、みっともない顔を……」

「五月、俺はお前にみっともない醜態を見せちまっている。後で思い出すと羞恥ものだが、不思議と後悔はない。
お前に泣き言を聞いてもらったから、俺は誰も恨まずに済んだんだ。

今度は、俺の番だ――お前が誰も恨まなくて済むように、辛いことの全てを俺に打ち明けてくれ」

「う……うああああああああ!!」


 涙する資格はないのだと言わんばかりに、恭也は泣かずに声だけを張り上げる。やりきれない気持ちの全てを、俺にぶつけてくれた。それでいい。

神様を気取る気はない。こんなの、ただの受け売りだ。先月、俺はこうやってザフィーラに救われた。あいつのおかげで、俺は何とか海外に出る勇気が持てたのだ。

完璧な人間なんて、この世にはいない。それは他の人間には救いでもあっても、俺達にとっては絶望なのだ。だからこそ、この時代になって剣士は滅んでしまった。


誰よりも強くなりたいと剣を振るっても、完璧にはなれないのだ。ならば、剣に価値なんてない。


「恭也、お前には俺がいる。今こそ、五月での借りを返させてくれ」

「宮本……?」

「俺は美由希を救えないが、フィリスとは約束した。だから、諦めない。美由希は必ず、俺が止めてみせる。
だから、お前はあいつを救うことだけを考えろ。それだけで、いいんだ」

「しかし――」

「フィアッセは、俺に任せろ。絶対に不幸にしないし、死なせもしない。あいつは、俺が必ず守る。だから――

俺達二人で、あの子達を救おう。俺にも、お前にも無理でも――俺達なら、やれるさ」


 俺には、美由希を救えない。恭也には、フィアッセを救えない。俺達の間違いはまさにその点、自分一人で二人を助けようとしていたことだ。だから、立ち止まってしまった。

一人で無理なら、二人でやればいいんだ。ただ、それだけの話なんだ。フィリスは、大切なことを俺に思い出させてくれた。やはりあいつこそ、俺の原点なのだ。


支えるのではない。支え合うからこそ――家族という形が、出来上がるのだ。










<続く>








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