とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第七十一話





 深夜にまでなってしまったが、夜の手術は無事成功。奇跡を望んだのに何だか釈然としないが、結果として植物人間状態だったフィリス・矢沢先生は意識を取り戻した。

元々頭部の怪我を含めた身体の具合は回復していたので、意識さえ取り戻せばほぼ健康状態。とはいえ職務復帰など言語道断で、海外から招いた医療チームによる精密検査が行われる事となった。

遷延性意識障害で回復は絶望的だった患者が、奇跡の復活を遂げたのだ。しかも、手術の内容はスポンサーの強い要望で極秘。原因究明も含めて、しばらくは検査漬けになるだろう。

常日頃検査や診察に追われていた俺にとって、フィリスの検査漬けは溜飲が下がる思いだった。彼女個人に恨み辛みはないが、たまには患者の気分を味わってもらいたい。


ともあれ、少しは恩返しも出来た。フィアッセやシェリー、リスティにも結果を報告。美女達が感激と感謝で泣き崩れる姿を見せられるのは、男としてどうもいたたまれない。


集中治療室から一般病床へ移されたフィリスの元へ駆け寄り、彼女達は喜びを交わし合った。死んだと半ば諦めつつあった家族を取り戻せたのだ、喜びもひとしおであろう。

お涙頂戴は御免被りたいので、俺はとっとと引き上げた。感謝される謂れはないし、喜ばれる筋合いもない。これは単なる恩返し、救うのは当然の義務でしかない。

第一奇跡を起こす手筈だったのに、実にくだらない事で助かったのだ。努力とか準備とか何もかも、台無しである。やっぱり俺のような男は、姫君を救うお伽噺の王子様にはむかないようだ。


手術に協力してくれた夜天の魔導書だけが、俺の複雑な心境を察してくれた。


「あの超能力者、遺恨を無くすには今が絶好の機会だぞ」

「貸し借りを無くしただけだ。ここからの人間関係はあんた達に頼らず、自分で作り上げるさ。
それに今日は、彼女達のヒーローになり損ねてしまった。恩人面するのも、心苦しいよ」

「お前は、彼女達をまだ甘く見ている。魔導書を、見てみろ」


 提示された、夜天の魔導書を広げる――ウッカリしていた。法術は基本、ミヤというユニゾンデバイスを媒体に発動する。他者の強い願いがあれば、受け入れしやすいのだ。


ページNo21、リスティ・C(シンクレア)・クロフォード。願いは、自己と他者の破滅。ページの内容は、真っ黒に塗り潰されている。彼女の願いは、破棄された。
ページNo22、リスティ・槇原。願いは、自己と他者の救済。ページの内容は、真っ白に塗り潰されている。彼女の願いは、叶えられた。二枚の頁は互いに補完され、強い力を放っている。
ページNo23、セルフィ・アルバレット。願いは、家族の救済。ページの内容は、家族の肖像画。つい先程見た、涙ながらに抱き合う彼女が描かれている。
ページNo24、フィリス・矢沢。願いは、無い。月村すずかと似ているが、少し違う。妹さんは後日心が生まれて描かれたが、彼女は最初から無い。真っ白な光こそ彼女の心、太陽のように温かい。


改竄された頁に共通するのは、俺に感謝を述べた瞬間に発動した事。叶えられた自分達の願いを、出来損ないの魔法使いに預けてくれたのだ。単に願うのではなく、叶えてくれた礼として。


「……改竄されたことには、何にも言わないのか」

「"今の"私の願いは、叶えられた願いを守る事。それこそが『紫天の書』の役割であり、私の新しい使命だ」


 法術により叶えられた全ての願い、改竄された頁を守ることが書である彼女が己に課した使命。アリサやアリシア、ミヤ達のような願いの願望を守ると誓ってくれた。

その宣言は、過去の自分の全てを否定したと言っていい。頁の改竄は、夜天の魔導書の破棄に等しい。元来記されていた夜天の魔法は上書きされると、消滅するからだ。

長きに渡る自分の過去を捨てたというのに、彼女はとても晴れやかだった。思い出を捨てるのに、何の後悔もない。清々しかった。


「ただ、時空管理局には引き続き秘密にしておいてくれ。旧システムは破棄されたが、消えたわけではない。
特にお前の家族である、"ナハトヴァール"の存在は絶対に表に出さないでくれ。正体が発覚すれば、間違いなく抹殺にかかるだろう」

「そろそろ、魔導書の秘密を教えてくれてもいいんじゃないのか」

「魔導書は既に、お前の手で根幹まで書き換えられている。安全な代物になるかどうかは、お前次第と言える」

「プレッシャーだけ与えるのかよ、やれやれ」

「こうなった以上私も全面的に協力する、難しく考えることはない。彼女達を、お前が愛してくれればいいんだ」

「自分の娘を愛さない、父親なんぞいないだろう」


 どうやら時空管理局が危険視しているのは、ナハトヴァールを筆頭とした俺の娘達らしい。魔導書のシステムそのものを存在とした、自分の娘達。あれが厄介の種とは驚いた。

電話で話した感じでは親に懐く可愛い娘達なので、放置さえしなければ問題ないだろう。面倒臭いが、子供の教育は親の役目だ。早く合流して、養うとしよう。

俺にとっての問題は、別にある。避けられないとは分かっていたが、心の何処かで期待していた事は裏切られた。


「それよりも――フィアッセの願いは、描かれていないな」

「……どうやらまだ、彼女の心は救われていないようだ」


 俺は、彼女の王子様じゃない。単なる護衛だ。分かってはいたが、やはり落胆はさせられる。彼女が今も信頼している人間は、他にいる。その人間に、自分の心を今も預けている。

高町恭也、彼の存在が心の拠り所となっている。別に、彼女の信頼を疑っているのではない。人間関係とは、単純な好き嫌いでは測れないのだ。

家族の好きと、異性の好きでは、重みが異なる。愛する人間はただ一人、だからこそ救いを求めるのも唯一人。俺の存在は、彼女の心を本当の意味で救ってはいない。


やがて、失恋すると――絶望すると分かっていても、救いを求めずにはいられないのだ。


「人間というのは業が深いな、昔も今も、変わらない。大丈夫か?」

「これは、恩返しだ。見返りなんて、求めていない。どう思われていようと、俺はあいつを助ける」


 一番困難に思われていたフィリスは回復した。不安定だったリスティも、フィリスがいれば安心だろう。この二人をシェリーが見守ってくれれば、何も問題ない。

この病院に居るレンも、今週中には退院するらしい。親友である晶がいれば、彼女は今後も健やかに生きていける。二人の明るさが、なのはの心も明るく照らし出してくれるだろう。

桃子に関して実は、特段心配はしていない。そもそも彼女が店を閉めたのは、家族の不調が原因だ。家族が元気になれば、彼女も心置きなく仕事へ戻れる。


残るのは二人、フィアッセと――高町美由希。彼女はもう、斬るしかない。殺し合い以外に、如何なる手段も意味が無い。同じ、剣士なのだから。


俺は彼女を救いたいが、彼女は俺に救われたくはない。フィリス達と決定的に違うのは、彼女は救いそのものを求めていないということだ。

だからレンや晶、なのはが救われても関係ない。フィアッセが仮に立ち直っても、彼女は立ち直らない。家族がどれほど明るくなっても、暗い心は何も満たされない。

なぜなら彼女はもう、人を斬ってしまっている。どんな理由であろうと、あいつは俺の血で剣を染めた。本人が望まぬ限り、人斬りに、救われるべき道はない。


守る剣で人を斬ってしまった以上、人を守る権利はない。人を斬った剣士は斬り続けるしかない、通り魔となったあの老剣士のように。


「お前の言っていた技、"神速"は体得できたのか」

「体得にまで、至っていない」

「敗北すると分かっていて、戦うつもりか。誰の協力も、得ずに」

「協力はしてもらうさ、神速は一人では実現できない」


「――だが、戦うのは一人なのだろう」

「ああ、そうだ」


 高町美由希との勝負では妹さんの援護も、アギトの協力も得るつもりはない。立ち会うべき時は、一人で挑むつもりでいる。リスティとは違い、彼女は剣士だからだ。

そもそも夜天の人は、前提を間違えている。戦いになった時点で、俺は殺される。勝負になんて、そもそもならないのだ。斬られて終わりだ。

斬られる前に、斬る。殺し合いになる前に、殺す。それしかない。殺し合いには応じるが、殺し合いにするつもりはないのだ。


俺があいつを、斬りに行くだけだ。


「理解不能だ、お前達二人は」

「だろうな、斬り合いなんてするんだ」


「違う。私には、お前達が――斬られたがっているように、見える」


「……」

「何故、そのような勝負をする。誰も何も、救われないぞ」

「言っただろう――救いなんて、求めていないのさ」


 神速に必要なのは身体と、知覚。月村忍との血の共感は、ほぼ問題ない。神咲那美との魂の共有は、感覚にまで至っている。唯一完成していないのは、俺自身だ。

やはり、足りない。技を完成させるには、もう一つ必要だ。何度やっても成功しないのは、俺が剣士ではないからだ。


剣士に必要な、絶対的なものがない。


「リョウスケ、フィリス先生が呼んでいますよ」

「また説教かよ。いい加減寝ろと、言っておいてくれ」

「違います。いいから来てください!」


 本を閉じて、ミヤに渡す。お姉様と無邪気に喜んでいるこいつに魔導書を任せて、フィリスの病室へと向かった。一応ノックするが、リスティ達が既に退室したようだ。

頭を包帯で巻いたフィリスは家族と話して、疲労こそあるが元気そうだった。顔色もだいぶ良くなっている。後は経過観察で済むだろう、本当に良かった。

俺のそんな心境を察してか、フィリスは困ったように笑う。どうしてそんな顔をするのか一瞬不思議に思ったが、すぐに分かった。


ベットで眠る彼女の手元に、竹刀袋がある。


「話は全て、フィアッセから聞きました。良介さんは私の、私達の命の恩人です」

「滞納している治療費代わりだと思ってくれ」

「費用は既にお支払い済みでしょうに……ふふ」

「何だよ」

「やっぱり、そうでした。良介さんは、本当に優しくて素敵な人――出会った時からずっと、そう思っていました」


 本当にそう思っているから、こいつは性質が悪い。本当に分かっていないのだ、こいつは。他ならぬこいつが、俺をそう変えただけのことなのに。

最初は本当に、困った患者でしかなかったはずだ。善意なんて欠片もなく、単に自分勝手だった。何かを助けたのも単なる気まぐれで、自分の為でしかなかった。

人なんてそう簡単には、変わらない。本質は、歪められない。本当に偉大なのは俺のような人間でさえ変えられる、こいつの真心だ。


フィリスは持っていた竹刀袋を、俺に手渡した。


「お預かりしていたものを、お返しします」

「いいのか、またこいつで俺は誰かを斬るんだぞ」

「いいえ。良介さんがその剣を握るのは――誰かを、救うためです」

「――」


 違う。違うんだ、俺は美由希を――


「私はこれからもずっと、貴方を信じています。良介さんは他人を救える、立派な人だと」


 ――くそ……やっぱり、こいつは苦手だ。いつも、俺という人間を決め付ける。違うと言っても、聞きやしねえ。

分かったよ、フィリス。一応、お前は恩人だ。剣での約束事は、絶対に裏切れない。この剣に、誓ってやる。


フィアッセも、美由希も――二人共、俺が救ってみせる。難しいだろうけどやってやるさ。










<続く>








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