『高町美由希の情報を全て、滞り無く揃えましたわ』

『仕事が早いな、情報屋』

『私立風芽丘学園の生徒であれば、名簿も含めて一式全て揃えておりますから。あそこは近年経営上の都合で海鳴中央という私立学校と合併したばかりの、新設校。
交換留学制度も取り入れられた新しい学校は生徒数も多く、人材も豊富に取り込めるので情報収集に適しておりますの』

『……一体、何人取り込んでいるのやら。それで?』

『彼女に関する噂は立ってはおりましたが、修正は難しくありません。元々真面目な生徒さんですし、ご友人もいらっしゃるようですから、本人が元気な顔を見せればすぐに消えるでしょう。
早速人を動かして、噂の揉み消しに移りますわ。友人関係に接触して、ご協力頂くとしましょう』

『助かる。料金については――』

『貴方には借りがありますし、容易い仕事ですのでサービスにしますわ。今後は是非、良き関係を築いていきたいです』

『今後は情報管理も必要となってくるだろうからな。近々会って、詳しく打ち合わせをしよう』

『了解です。ではメールにて、ご本人の情報レポートを送りますわ』


 壊すのは簡単だが、作るのは難しい――高町美由希、彼女の全てを壊したのは俺だ。ならば私生活だけではなく、彼女の学校生活も元通りにする責務も俺にある。

不登校になっていた高町美由希は人斬りの件も含めて不穏な噂も立ち始めていたが、学校内のごく僅かに留まっている。真面目な文学少女が突如不登校になった、囁かれるのも無理は無い。

日頃大人しい学生が事件を起こす例は、近年絶え間ない。だからこその不穏さ、言い換えれば前例に基づいた根拠の無いお喋りに過ぎない。消すのは難しくは無さそうだ。

懇意にしている情報屋もアマチュアではあるが、腕はそれなりにいい。本人も学生なので、学校内のコミュニティを根城としている分仕事もしやすい。

肝心の私生活、高町家の中もほぼ改善された。高町桃子は八神はやてに任せておけば問題ない。兄の恭也とも接触して、段取りも立てられた。


後は――肝心の本人だけだ。


『で、では、感覚の共有を行いましょう。そ、その……ちゃんと、歯を磨いてきました。うがいもしてきましたから!』

『那美。必死さは伝わるんだけど、それって――侍君が汚いと、言ってるのと同じだよ』

『ち、違います! だって初めてのキ、キ、キ、キスなんですからーー!!』

『……そこまでいくのに、随分時間がかかったよね。昨日なんて、エステまで行くって言い出したし。何故キス一つするのに、身体まで万全に仕上げるのか』

『お前も見習えよ、この初々しさ』

『任せて、侍君。私も今日というこの日のために、勝負下着を準備してきたんだよ』

『安心しろ、お前に一ミクロンも触れる気はねえ』

『往生際が悪いよ、侍君! 血の共有をするには、私達はもう一つになるしかないんだよ』

『何でだよ――ほれ』

『……何、この人差し指?』

『俺の血を飲め』

『えええっ!? だ、だって、あんなに嫌がって――知ってるよね、私夜の一族の女だよ!?』

『その意味も分かった上で、差し出してる。俺の血を飲め』

『……』

『ベッティングはいいのに、血を飲むのに顔を真っ赤にするお前の価値観が分からん』

『う、う〜〜〜、女心が分かってないよ、侍君!』

『そうですよ、良介さん! 本当に照れるんですから!』

『何なんだよ、お前らは!?』



『――今晩斬り合いに行くと分かっているのかしら、この人達』



とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第七十三話





 生憎と月は綺麗に見えないが、星が美しく輝いている夜だった。明るい夜に虫達も泣いており、草木も暑さに負けず風に揺れて夏の夜を満喫している。

自然豊かな町並みを見渡せる丘。山合に近く、住宅街から少し離れている。人気はないが、人がよく見える場所。広々と見渡すその先には、高町の家もある。

少女が一人、立っている。立ち尽くしている。良き夜であるというのに、油断も隙も微塵もない。彼女が察している気配は夏の静けさではなく、剣士の喧騒。刃の殺意であった。


彼女がゆっくり振り返る視線の前に、俺は静かに歩み寄る。俺の目ではなく、俺が持つ一本の剣に目を止めて。


「……その剣で、私を斬るつもりですか」

「いいや」


 俺の否定を意外そうに、それでいて怪訝そうに見やる。何も言わずとも、剣士であれば察せられる。今日というこの日、今というこの時間の、意味について。斬り合い以外に、ありえないと。

周辺に、人影はない。今晩此処で何が起きようとも、日が昇るまで誰も何も気付かないだろう。人の居ないこの世界で、彼女はずっと何をしていたのか。

人のいる世界を目にして、彼女はずっと何を思っていたのか、分からない。分かっているのは彼女は決して孤独ではないということ、一人を自覚しながらも独りではいられない。

きっとそれがどれほど幸せで――どれほど傲慢なのか、俺くらい弱くならなければ分からないだろう。強者には、知る必要もない干渉だった。


「美由希。俺達、やり直さないか」

「何度言われようと、お断りします」

「俺を斬ったことを、気にでもしているのか」

「違います。貴方を斬るまで、私は何も始められないんです」


 高町美由希は、人気のないこの場所にずっと居る。家に全く帰っていないのではない。彼女にはもう家しかない、けれど家にはいられない。そのジレンマが、この場所に現れている。

人が居ないが、人が見える位置。家族を大切にしながらも、家族の傍にはいられない。一人を望みながら、独りでは居られない。強いけれど、強さに徹しられていない。

だから、俺を斬ることに固執する。俺という復讐の対象こそ御神の原点、俺という人間があって彼女は強くいられる。強く、心を縛り付けて生きていける。

俺が居なくなれば崩れ落ちるだけの、復讐鬼。復讐とは復讐する相手があってこそ、成立する。


「嘘をつくな」


「……」

「始めるつもりなんてない。俺を斬って終わらせるつもりなんだろう、全てを」

「何が言いたいんですか」

「俺という罪を斬り、お前という罰を無くす。罪と罰が無くなれば、何もかも元通りになる。
俺とお前が居なくなれば――フィアッセと恭也は結ばれて、幸せになれる。フィアッセは、救われる」

「――!?」

「リスティは優しいから、狂ってしまった。お前は狂うことで、優しさを残そうとしている。復讐という動機こそが、お前という剣士にとっての最後の良心なんだ。
人を殺して許されると、最初から思っていない。俺を斬った後で、お前は自分を斬るつもりなんだ。

美由希、お前は本当に真っ直ぐで正しい奴だ。でも俺は、お前の正しさを認めない」


 罪と罰が無くなれば、残るのは平和だ。先月起きた悲劇の数々、今月起きている絶望の連続。結局、誰も彼もが優しいから起きてしまった。

どいつもこいつも優しくて正しいから、転がり落ちてしまったのだ。俺以外、誰も悪くはない。皆、正しかった。本当に、優しかった。

だからこそ、俺はその正しさを否定する――大切な人達を不幸にする正しさなんて、どれほど優しくても俺は認めない。


「間違ってもいいじゃないか。自分が幸せになろうと努力することの、何が悪いんだ」

「その結果が、貴方じゃないですか。先月貴方は努力していた、それくらい分かっています。でもその結果、私達が不幸になったんです!」

「その通りだよ、俺一人幸せになった。だからこそお前だって、幸せになればいいじゃないか」

「出来ません。私は、貴方が許せないんです」


 美由希は正しい、だから俺という間違いが許せない。真っ直ぐな心が、他人を不幸にした人間を許さない。平行線だった。結果なんて、見えていた。過ちが認められるはずがない。

それでも、どうしても俺は許せない。認められない。正しい人間が、不幸になっている。だったらそんな正しさに、価値なんてあるのだろうか?

美由希という正しさが、刃を突きつける。


「私が幸せになれば、フィアッセが悲しむんです。私はフィアッセを悲しませてまで、幸せになんてなりたくない」

「――っ」

「そして、フィアッセを不幸にした貴方を絶対に許さない。絶対に、です。それでも、私に曲げろというのなら――
私という人間を、斬ればいい。私を、断罪すればいい。私も、貴方を断罪する」

「……そうか。結局俺達は、そうするしかないのか」

「なのはを、レンちゃんを、晶ちゃんを――私の家族を救ってくださったことには、本当に感謝しています。ありがとう、宮本さん。
後は、私達だけです。もう、終わらせましょう。私達なんて、最初から居なければよかったんです」


 違うと、言いたかった。でも、言えなかった。俺さえ居なければ、何も起こらなかった。それだけは、事実だったからだ――それだけはどうしても、否定出来ない。

風は、止んだ。虫の音も、止まってしまった。美由希は剣を抜き、俺は竹刀を構えた。すまない、フィリス。俺は、こうするしかない。

距離を取って、お互いに向き合う。後は、斬り合うだけだった。


「ただ斬られに来たわけではないのでしょう。貴方の剣を、私に見せて下さい」

「どちらが正しいのか、競うのではない。斬るか斬られるか、それだけだ」

「私は貴方を斬る、それだけです」


 ――駄目だ、分かってしまった。神速は、発動しない。技の発動に必要な集中力が、発揮できない。俺は、こいつを斬れない。

止めなければならないのは、分かっている。こいつはもう止まらない、俺が斬るしかない。分かっていながらも、こいつを前にすると憐憫が滲み出てしまう。

優しい少女を人斬りにしたのは、俺だ。俺さえ居なければ――その考えが、止まらない。俺はこいつに斬られるべきなんじゃないのか?


ずっと燻っていた罪悪感が、集中の邪魔をする。心が苦しい。変わってしまった俺の心が、罪悪感を訴えてしまう。


"私が幸せになれば、フィアッセが悲しむんです"

"フィアッセを不幸にした貴方を、絶対に許さない"


 俺が斬られて、こいつが死ねば、フィアッセは救われるのか。分かっている、救われたりはしない。でも、俺が居ても――あの子の声は、治らない。治せない。

リスティが戻り、シェリーが帰り、フィリスが治っても、フィアッセの声だけが戻らない。それはもしかして、俺がいるからじゃないのか?

俺がいると、また何か起きてしまう。この先、彼らを不幸にしない保証が何処にある。テロリストやマフィアにだって狙われているのに、何も起こらないといえるのか。

何の解決にもならない。アリサ達だって悲しむ。死ねない理由は沢山あるが、死ぬに足る理由もある。フィアッセは、救えなかったのだ。


恭也と、約束した。アリサ達だって、待っている――しかし。


「小太刀二刀御神流、高町美由希――参ります!」


 まずい、戦いが始まってしまう。早く、神速を、でも、でも――





「リョウスケ!!!」





 その、"声"は――















 小太刀二刀御神流、奥義之歩法―――"神速"















 倒れ伏す。膝をつく。起きた結果は、ほぼ同時だった。少女が、倒れて――俺が、膝を付いている。


目眩が、止まらない。膝が、笑っている。猛烈な吐き気と、強烈な疲労が襲い掛かる。初めて無傷で終わったというのに、初めての倦怠感は凄まじかった。

そして――手に残る、実感。人を斬った、手応え。常人を遥かに凌駕する知覚が自分自身の体感時間を加速させて、高町美由希を斬った。

それでも俺の身体が何事も無く済んでいるのは、俺の魂と血によるものだった。与えた血と、与えられた魂。忍と那美の心が、技の強烈な反動から俺の身体を守ってくれた。



けれど何より、罪に震える俺の心を動かしてくれたのは――



「大丈夫、リョウスケ! 怪我はない!?」

「お、お前、その声……?」

「あっ、ほんとだ。声、出てるね」

「出てるねって、お前……そんな、軽く」

「私の声より、リョウスケの命の方が大切だよ! リョウスケがいなくなったら私、生きていけないよ」


 膝をつく俺の前で、フィアッセ・クリステラが泣きながら笑っている。自分の声が戻った事よりも、俺が勝ったことに心から安堵している。

歌手にとって、声は命そのものだ。他の何にも代えられない、だからこそ彼女は苦しんでいた。その生命を、彼女はどうでもいいとまで言い切った。


言い切ってくれたのだ――俺の命の方が、大切なのだと。


「お前を此処へ連れてきたのは……?」

「うん、恭也だよ。ほら!」


 フィアッセは俺の元へ駆け寄り、高町恭也が倒れた美由希の元へ駆けつけている。今晩の段取りは予め伝えてはいたが、俺が美由希を連れ戻すことが前提だった。

俺が美由希を斬って止めた後、彼女を家に連れて行く。そこから先が、恭也の仕事――俺が止めて、あいつが救う。共同作業の取り決めだった。

此処へ来たのは俺が信じられなかったのではなく、むしろ自分を信じていなかったのだろう。ずっと静観していたばかりに、悲劇は起きた。同じことを繰り返したくなかったのだ。

恭也は俺を振り返り、そしてフィアッセを見やる――痛ましげに歯を食いしばり、それでも前に向いて美由希に何かを伝えた。ようやく言えた、あの男の本心。

高町美由希を救う、魔法の言葉。法術使いにも出来ない、美由希を救う奇跡の呪文――愛の、告白。


聞いた美由希は顔を俯かせ、唇を震わせて、何かを言おうとする――言わせるか、この野郎!


「お前の負けだ、美由希」

「――!?」

「お前は、斬られたんだ――だからもう、観念しろ」


 斬られた剣士に、価値なんぞない。御神である必要もない。剣に拘ることも、人を斬ることに固執する意味は無い。

だから潔く負けを認めて、いい加減幸せになりやがれ。


そこまで言って――美由希はようやく観念して、崩れ落ちた。


「良介さん――"次は"、絶対負けませんから! いっぱい恭ちゃんに鍛えてもらって、絶対仕返ししますからね!」

「返り討ちにしてやるよ、バーカ」


 そうだとも、剣士なんて見苦しい生き物なんだ。負け惜しみは大いに結構、間違っていようと開き直ってしまえばいいんだよ。

美由希は泣きじゃくりながら、恭也に縋り付いた。剣はもう、捨てている。剣に縋ることをやめた剣士は、女に戻って男を頼った。


フィアッセは、そんな二人を見つめて――おらず、何故か俺を見下ろして頬をふくらませている。


「リョウスケ」

「は、はい……?」

「美由希と、仲良くなってる」

「今斬ったばかりの、相手だぞ!?」

「喧嘩するほど仲が良くなるんだよね、日本人って。恋人にまで、なったりして」

「たった今別の男とカップルになったばかりの、相手だぞ!?」

「リョウスケは、私の騎士なんだよ。美由希には、渡さないからね!」

「お前は何を言って――フィアッセ?」


 ――震えている。精一杯強がって、挫けまいとしている。そうだ、こいつはたった今失恋したばかりなんだ。


美由希が恭也に縋ったように、フィアッセは俺に抱き着いて懸命に耐えている。絶望に心が崩れそうで、恐怖に震えている。

ずっと懸念していた、フィアッセの絶望。それでもすぐに崩れ落ちないのは、俺が護衛を名乗りでたからなのか。愚かにも、やっと分かった。

頁が改竄されなかったのは――彼女が奇跡ではなく、俺という人間そのものを頼ったからだ。

魔法ではなく、魔法使い個人を望んだ。ならば今こそ、恭也との約束を果たそう。


「大丈夫だぞ、フィアッセ。お前はこれからも、俺が傍にいて守ってやるから」

「うん……うん!」

「でも来月からは、時給制で頼む」

「うん――えっ!? お金はいらないと言ったよね、リョウスケ!」


 失恋したばかりの女に、男が優しくするのは色々やばいだろう。そういうのは、フェアじゃない。そういうシチュエーションに、こいつは弱そうだからな。

世界が誇る美女の歌姫、一介の剣士が弱った心につけこむべきじゃない。今は単純に、傍にいてやろう。いずれはきっと、立ち上がれるだろうから。


万の歓声が華やかに沸き上がる、舞台まで――










<続く>








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