とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第五十七話





 進捗会議クイントとゲンヤに誘われて、遅すぎるにも程がある昼食を奢ってもらう。苦労を大いに労ってくれて、父親と母親のありがたさを強制的に実感させられた。養子縁組は、まだ保留中。

そのまますんなり帰るだけでは今までと変わらんので、技術者として同席する忍はマリエルと、アリサはレティ提督に、そして俺はクロノやリンディに接触する。

会議の場が主戦場ではあるが、それ以外はぼんやり見送るほど自信家ではない。夜の一族の世界会議で、根回しの有効性を嫌というほど認識させられた。便宜をはかってもらうべく、交流する。

子供の頃、一番嫌っていた大人のやり方。人脈やコネを利用した、泥臭い営業。抵抗は未だにあるのだが、こうした汗臭い努力も決して無駄ではないとレンや晶が教えてくれた。


「教育プログラムの件、君はもちろん賛成してくれるよね。ボク達、友達だもんね」

「……友人だと僕なりに思っていたが、縁を切りたくなってきた」

「大人になるって、嫌なもんね」

「やかましいわ、こっちだって必死なんだよ!

――へへへ、お代官様。こちら、黄金色の饅頭にございます」

「まあ、美味しそうなお饅頭ね。お茶を淹れるから、一緒に食べましょう」

「僕が淹れますから、艦長は座っていて下さい!」


   地元である海鳴で買ってきたお菓子を肴に歓談し、管理プランの今後について彼らからの意見やアドバイスを受ける。立場的に敵側の意見であっても、参考にすべきだろう。

リンディにお茶菓子を、エイミィには俺のゼロ円スマイルをくれてやり、肝心のクロノにはレンからの手紙を渡しておいた。何だかんだで、異世界観の文通は続いているようだ。

忍は技術者交流に、アリサは異世界の文化交流に花を咲かせている。こうした次回への布石を築き上げて、俺は先に帰還。待ち合わせ場所へと向かった。


グレアムとリーゼアリアのせいで長引いてしまったが、何とか待ち合わせ時間前に到着。程なくして、本人が現れた。


「よう、久しぶりだな。元気にしていたか、有名人」

「おかげさまで何とか、命を繋いでいるよ」


 神咲那美が住んでいるさざなみ女子寮の住民、仁村真雪。那美が俺の所へ今身を寄せているのを心配し、調停役を買って出てくれた。大した親交はないのだが、一度酒を一緒に飲んでいる。

女学生が寮を飛び出して男の元へ身を寄せる事態、本当なら家族が出てくるべきなのだろうが、彼女の実家は九州。寮の管理人代理として今回、彼女にご足労願ったのである。

べらんめえ調の男言葉で暴力的に見えるが、これで案外義侠心には厚い性格であるらしい。実際初対面でも浮浪者同然だった俺に、嫌な顔一つせず酒をご馳走してくれた。


お茶ではなく酒というあたりに、彼女らしさを感じなくもない。ざっくばらんな、お姉さんなのである。


「――で、那美は?」

「顔を合わせたら色々言いたくなるらしいので、代理で俺一人で来た。常に連絡が取れるようには、説得してある」

「あー、悪いな。うちの者が、色々迷惑かけちまって」

「むしろ俺が原因だから、心苦しいところはあるんだけどな」

「気にするな、と言いたいが正直色々話は聞いておきたい。んー、もう昼飯食った?」

「オヤツは別腹ということで」

「はは、じゃあ茶店にでも行くか」


 夜なら行きつけのバーに誘うんだけど、と仁村は気楽に笑う。未成年を酒に誘うな、と言うのも今更である。酒は飲めるが、自分からあまり口にはしない。貧乏時代、酒は高級品でしかなかった。

喫茶店に案内する仁村が、駅前にある翠屋を通り過ぎた時に寂しさを感じた。閉店した店に寄る馬鹿はいない。分かってはいても、やりきれなかった。

この先どの喫茶店へ行こうと、どんな珈琲や紅茶を飲もうと、あの店の味と比較してしまうだろう。懇意にしていた訳でもないのに、今は無償に懐かしい。

閉店に追い込んだのも、店長を追い詰めたのも、俺の死が引き金だった。焦るつもりはないが、一刻も早くあの店を取り戻したい。誰もが見向きもしなくなり、忘れ去られるその前に。


仁村が案内した喫茶店は手作り感あふれるカフェのインテリアで、古い椅子やテーブルは黒くペイントされていて落ち着きがあった。


夏休みとはいえ普段の日、店内にお客は少なかったが流行ってはいそうだった。何時間でも居たくなる居心地の良さを、感じさせてくれた。

二人してスペシャルブレンドのコーヒーとミックスサンドを頼み、歓談で場を和ませる。正面対決ではないが、那美の為にも彼女の心証を悪くしてはならない。

苦味のある味わい深いコーヒーをご馳走になった礼ではないが、俺は彼女に書類を差し出した。神咲那美に署名して貰った、雇用契約書である。


何も茶化さず黙って書類を確認した仁村は、小さく息を吐いた。


「馬鹿だな、こんなものまで用意して。行く先もない家出娘一人、もっと適当に扱ってもよかったのに」

「少しでも適当にしていれば那美が何を言おうと連れ戻していただろう、あんたは」

「日頃大人しいあいつがうちの者を引っ叩いて、飛び出したんだ。その行く先が男なら、そりゃ心配にもなるさ」

「本当に、すまなかった。リスティが荒れたのは、俺があいつを追い詰めたからだ」

「全部事情を話せ、その為に来たんだ。那美も大事だが、リスティだってアタシにとっては家族同然なんだ」

「分かってる。長い話になるが、聞いてくれ」


 夜の一族以外を除いてほぼ全て、彼女に打ち明けた。他人に話す内容ではないが、神咲那美を迎え入れた以上俺に責任があった。話すべき、義務も。

常識では考えられない話を、仁村真雪は黙って最後まで聞いてくれた。所々質問は挟んだが、それはあくまで俺の説明が足りなかっただけ。彼女は、理解しようと努めてくれたのだ。

一緒に酒を飲んだあの頃は気づくどころか、知ろうともしなかった仁村真雪の人間性。自分の愚かさを心の底から恥じながらも、せめて嘘偽りないように全てを語った。


自分の為に神咲那美を捨てて海外に出たことも、自分のせいで家族を失ったリスティのことも――全て。


「那美がリスティを責めたのは、俺と共に行動した久遠から話を聞いたからだ。先程話したように俺と那美は魂を共有していて、感覚が通じ合えているのも原因の一つかもしれない」

「お前の海外での苦労を我が事のように実感しているからこそ、リスティの一方的な言い分に激情したのか。トンデモ話の連続だったが、一応納得は出来るな」

「信じてくれるのか、今の話を」

「一応アタシも事情通でな、那美の実家の事も含めて知ってるんだよ」


 なるほど、彼女自身が大人という事以外にも知識の下地があったのか。自分も知っているからこそ、俺の事情にもある程度の理解は汲んでくれたらしい。

長話になってしまった。他人の苦労話なんて面白いところなんて何もないだろうに、仁村は最後まで熱心に聞き入ってくれた。最後にコーヒーを飲み、心の苦味を誤魔化した。

未成年の前で遠慮していたのか、一言断りを入れて、彼女は煙草を取り出した。この喫茶店を進めたのは、喫煙を許されている面もあるのかもしれない。

彼女は一本じっくりと吸って、煙を吐いた。


「マフィアとの抗争に、テロリストとの戦争かよ。どんな漫画の主人公なんだ、お前は」

「立身出世でもしていればまだ良かったんだが、世の中そう上手くはいかないもんだな」

「馬鹿、命があっただけでもめっけものだろう。先月なんて日本の主要情報番組どころか、国際ニュースで派手にお前の武勇伝が放映されていたんだぞ。
嘘大袈裟まぎらわしいで訴えてやろうかと思っていたのに、蓋を開けてみればそれ以上の戦国物語ときたもんだ。

誇らしげに語っていたら大法螺だと疑えたってのに、そんな辛気臭い顔で語られたんじゃ信じるしかねえよ」


 自分で天下統一したのなら堂々と名乗りを上げるが、色んな人に助けられてやっと乗り越えた窮地でしかない。その挙句に目の前の女性の家族を奪ったのだから、自慢できる筈もない。

煙草一本吸い終わるまで、彼女はひとまず何も語らなかった。短い時間だったのだが、俺にはとても長い断罪の待ち時間に思えた。どう責められても、言い訳はしないつもりでいる。

リスティに、那美。この不和を生み出したのは、間違いなく俺なのだ。改善するつもりでいても、既に起きた事実は変えられない。リスティは今も、俺を殺すつもりでいるだろうから。


煙草を吸い終えて、彼女は灰皿に灰を捨てて顔を上げる。


「事情は、よく分かった。もう一個、教えろ。あれだけ世の中騒がせて、お前は何でこの町に帰ってこれたんだ。
ドイツは今もお前に感謝して、熱心に探しているそうじゃないか。国際事件に関与したんじゃ、政府関係者だって黙っていないだろうに」

「国際保護を受けている。テロ襲撃事件で救出した要人達、平和式典に参席していた主要各国が口添えして、国際的立場を守ってくれたんだ。
現状も支援を受けていて、マフィアやテロ組織の残党共から守ってくれている。今お世話になっている家も事件の関係者で、俺に恩義を果たしてくれているんだ。

那美は俺が口利きしたのもあるが、そこのお嬢さんと個人的に親しい間柄にあるんだ。だから俺個人というより、お嬢さんの世話になる形だな」

「なるほど、立場上義理立てしてくれているんだな。タダ飯食わしても問題ないけど、那美に通じる関係者の顔を立てようってんだ。
那美本人も、義理堅い奴だからな。肩身の狭い思いをさせるくらいなら、住み込みで働かせた方が社会勉強にもなるかもしれないな」

「何だったら、その家まで案内してもいいぞ」

「いいよ、信用してやる。寮の奴らにも話を通しておくから、何か問題が起きたらまずアタシに言ってこい。
その代わり那美から何か言ってきたら、お前が誰に守られていようと乗り込んでやるから覚悟しておけよ」

「すまん、助かる」

「それは、アタシの台詞だよ。悪いけどしばらく、あいつの面倒を見てやってくれ」


 フッた男に任せてもいいのか――口に出そうになった疑問を、俺は飲み込んだ。それを問い質す意味が、何処にある。後ろめたさを口にするばかりの男に、家族を任せられる筈がない。

住み込みの許可を貰えて、少なからず安堵した。信頼が得られたとは思っていないし、それほどチョロい女ではない。事情を打ち明けた上で、那美を保護する体制を整えたからこそだ。

ほんの少しでも努力を怠っていれば、那美は連れ戻されていただろう。仁村真雪という女性の厳しさと、人間としての深さを感じさせた。

彼女はもう一本煙草を取り出し、憂いある微笑を浮かべた。


「それにしても残念だったな。真剣な話になると思ったんで昼会う約束したんだが、やっぱ夜にすればよかったな」

「何でだ?」


「お前に煙草も、酒も、薦められん」


 ――頭の下がる思いだった。女性として、一人の大人として、俺を慰めようとしてくれている。酒も煙草も嗜好品、人の心を慰める為に本来ある。

自分の不器用さを自覚しているからこその、言葉。俺を恨んで当然なのに、彼女は俺を責めたりはしなかった。酒がなくてもその心地良さと、申し訳無さで涙腺を緩んでしまいそうになる。

何でこうなったのか、どうしてこうなってしまったのか。きっとこの人も何度も悩み苦しんで、今の自分になったのだろう。


人は苦労を知って、大人になるのだから。


「リスティな、今部屋に閉じこもってる」

「えっ……?」

「那美に引っ叩かれたのがよっぽどショックだったんだろうな、癇癪も起こさずに俯いたままだ。家族の不幸で参っちまってるけど、あいつも完全にイカれた訳じゃねえ。
これで目が覚めてくれりゃあいいんだが……事はそう単純じゃねえからな。

アタシも寮の皆も気遣ってはいるんだが、ああいう場合近しい人間の言葉ほど受け入れられねえもんだ」


 分かる気はする。俺も今まで散々注意を受けてきたし、悔い改めるように説教も受けてきた。俺を思っての言葉だったのに、俺は邪険にしてしまった。

周りの人間が正しいのは、分かっている。ただ自分が間違えていると、簡単に認めたくないだけだ。それは見栄や維持とは違う、自分の中で譲れない想いなのだ。

まして家族が不幸になったとなれば、その原因を責めたくなって当然だった。リスティや美由希が俺を殺そうとまでするのは、良くも悪くも彼女達にその力があるからでしかない。

それを良しとするかしないかは、当事者同士の問題でしかない。でもそれを静観しないのが、大人としての責任なのだろう。


「とはいえ、お前に暴行を加えたのは許されることじゃねえ。このまま放置すればエスカレートするだろうしな、アタシが何とかしてやる」

「いや、あいつには俺が話をするつもりだ」

「話なんぞ聞かねえぞ、今のあいつ。特に、お前からは。今度はぶん殴るじゃすまねえかもしれねえ」

「だろうな、これは俺の我儘だ」


「……」

「……」


「……馬鹿。そこはお前、あいつを救いたいからとかカッコイイ事を言えよ」

「それは物語の主人公に任せておくよ」


 そうだ、俺はあいつを救う為に向き合うんじゃない。俺があいつを救いたいから、戦うんだ。俺の勝手な我儘、人助けでは断じてない。

優しさなんぞあるのなら、そもそも最初から不幸になんてしていない。俺がどうしようもない奴だったから、信頼されずにここまで追い詰めてしまったんだ。

責任と胸を張って言えるのかどうかは分からないが、自分で何とかしてやりたかった。


「気持ちは分かるけど、今のあいつに会わせるのは賛成は出来ないな。アタシとしても、こじらせたくはねえからな」

「分かってる。那美も今距離を置いて、頭を冷やしたいと言ってるんだ。俺がひっくり返すわけにもいかねえ。
まずあいつの家族のフィアッセと、フィリスを何とかするつもりでいる」

「根本的な原因はむしろ、そっちだからな。アテはありそうなのか?」

「どっちも医療に関係する問題だ。この際盛大にコネとか使いまくって、声や頭を治す手段を探してやるさ」

「あー、やだやだ。金や権力に物を言わせるなんて汚い大人になっちまったな、お前は」

「うっせえ、出来る事は全部やるんだよ」

「ま、アテがあるだけマシか」


 ひとまずこれで、那美とリスティの一件について今後の見積は立てられた。その後も雇用や周辺の問題等を話し合ったが、事務レベルの話なので淡々としたものである。

今回、仁村真雪との話は思っていたよりずっと有意義だった。全肯定はされず先月より続く俺の一連の行動について言われたりしたが、その指摘は頷けるものばかりだった。

ざっくばらんに生きているように見えて、彼女は苦労人のようだった。その分他人に容易く打ち解けたりはしないが、決して無関心でも無慈悲でもない。

少なくとも、那美やリスティには真摯であった。だからこそ、俺も彼女を信用出来たのかもしれない。


「アタシの連絡先、教えておくよ。お前も携帯持っているなら、番号とメアド教えてくれ」

「分かった。何かあったら、知らせる」

「――時間あれば、話くらい聞いてやる。あんまり自分一人で、溜め込むなよ」


 俺の悪い癖だと最後に注意して、仁村は伝票持って立ち上がった。付き合いはさほど無かったのに、今日の数時間で何もかも見極められた感じだった。

別れ際はサッパリしたもので、未練も何もなく店先で別れた。味気ない気もしたが、那美についても何も言わなかった分少しは信頼されたのだと自惚れたい。

逆の立場で考えてみれば、それがどれほど難しい事かよく分かる。俺ならアリサを、関係の浅い人間には決して預けられないだろう。



「人を背負う――責任、か」



 信用と信頼、保証と責任。全てを兼ね揃えてこそ大人であり、人の上に立つ資格を持てる。意図した形ではないが、あの女性から学ばされた。

日はまだ高いが、夕暮れ時。ここから先は、逢魔が時。管理局とはローゼを、仁村真雪とは神咲那美を守るべく、向かい合った。


今晩の会談はその全て――俺を信頼する者達を全員守るべく、天狗と戦わなければならない。


今日も忙しい一日だったが、学ぶべき事も多く充実していたように思う。大変な時期ではあるのだが、苦労している分実りもあるのだろう。

強敵と戦い、学び取る。俺は、妖怪の待つ夜の闇へ飛び込んでいった。










<続く>








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