とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第五十六話





 ――頭が痛くなってきた。



「この教育プログラムは、時空管理局内施設でも採用されている実績あるカリキュラムとお聞きしています。
そちらで本採用されているプログラムを反対する理由が分かりません。御自分が所属されている組織に叛意でもお有りですか、リーゼアリアさん」

「この会議の場において、見当違いな思い込みで人を批判するのはあなた方の心証を悪くするだけですよ、アリサさん。
そちらが提唱する教育プログラムは、犯罪者の更正を目的としたカリキュラムです。犯罪を犯していない者に使用するのは、的確ではありません。

それとも――やはりあなた方は、彼女達を犯罪者だと見なしているのですか?」


 恍惚とした表情でこうして嬲られれば怒りの一つも湧くのだが、怜悧冷徹な美貌で淡々と追求されたら憤慨よりも恐怖が先立ってしまう。神経戦ではなく、消耗戦に突入しつつあった。

時空管理局艦船アースラで行われている、定例の進捗会議。管理プランの進捗状況を確認するだけの会議であるというのに、議論の場が沸き立ってしまっている。

基本的に管理局側は民間人によるロストロギア管理には反対であり、危険と判断されているローゼを封印する意向を崩していない。局に反抗するアギトにも慎重な姿勢なのは、頷ける。

両者が対立するのはある種当然ではあるのだが、彼らは立場を持った大人だ。良識ある組織の一員であり、一日や二日でプランが劇的に好転しないのも分かる筈なのだ。


なのに難癖や指摘ばかりで、単なる進捗会議がまた延長を余儀なくされている。


「犯罪者だと見なしているのはむしろ、あんた達だろう。こっちはそう思っていないから、ローゼ達の生きる権利を確保すべくこうしてプランを提唱しているんだ」

「それは明確な誤解だよ、宮本君。我々は、犯罪者とは思っていない。彼女は危険なロストロギアを動力源とする、人型兵器だ。だから封印が必要だと、何度も通告している」


 実に、厄介だった。この腹立たしい程の徹底ぶり、一貫して"危険物"の認識を崩そうとしない。"犯罪者"であれば、人間としての権利を主張できるというのに。

異世界の存在を認識し、時空管理局の存在を知り、クロノ達の存在に接して、何となくではあるが把握しつつある。彼らも自分達と同じ、人間であるということを。

人であり、法があり、良識があるのなら、人権だって存在する。どの国、どの世界でも、人がいる限り権利は主張される。人権保護しかり、動物愛護しかり、何にだって価値を認めたくなるものだ。

ローゼやアギトを、"人"であると認めさせる。彼女達を救うべく、海鳴流のやり方で戦っているのだが、相手もまた人権を取り扱うプロであった。


正当性を認める危険性を、グレアム顧問官は実によく理解している。名誉職に就いているのが、決して伊達ではないらしい。


「危険であるのなら、尚の事教育は必要だろう。ローゼやアギトが危険であるというのなら、何故更生させようとする努力まで否定するんだ。
考えてもみてくれ。危険なロストロギアと判定されたローゼを教育プログラムで更生させられたら、画期的な実績となるんだぞ。

管理プランだけの結果ではない。あんた達が提唱する犯罪者の更生に意味があると、世界に知らしめられる」

「過大な結果を先に突きつけてこちらの譲歩を引き出そうとするのは詐欺師のやり方ですよ、宮本さん」


 殴りたい、女であろうと容赦なく拳を突きつけたい。隣に座るアリサが机の下から優しく手を握ってくれなければ、奮然と立ち上がっていたかもしれない。

何なんだ、こいつらは。どんな悲劇的な人生を送れば、ここまで悲観的に物事を捉えられるんだ。疑心暗鬼なんてもんじゃないぞ、おい。

いい加減ウンザリしてきたところで、俺の母親役が口添えしてくれた。


「分かりませんね……一体、何が問題なのですか? やらせてみたらいいじゃないですか」

「捜査官である貴女が、やらせてみればいいの一言で危険物を取り扱うつもりですか」

「だったら俺の責任でもかまわないぜ、リーゼアリア秘書官。保護プログラム、大いに結構じゃねえか。俺らの息子であろうとなかろうと、関係ねえよ。
こいつが今日の会議で提案した『管理プランへの保護プログラム導入』、俺は全面的に賛成だ。

何よりこいつの世界にあるものじゃなく、時空管理局が提唱する教育プログラムを導入しようってところがいい。

こいつが管理するローゼやアギトを自分達の認識ではなく、俺達側の認識を重要視して犯罪者更生プログラムを採用しようってんだ。
おたくらだって分かってるだろう、グレアム提督。こいつはあくまで俺達時空管理局の法に基づき、俺達の事情も考慮して提案してくれているんだ。
結果が出せれば、こいつだけの実績に留まらねえ。管理プランを黙認した俺達の功績にもなり、後々の責任問題にも発展しないように気配りされている。

昨日の今日でよく考えたもんだよ、本当に。俺は、感心させられたよ」


 ――すいません、お父様。これ考えたの、俺の隣にいるメイドなんです。海鳴流を提唱する俺に合わせて、アリサが一案を出してくれたのだ。

年少者や若年者といった心定まらぬ者を対象に適切な教育を施し、更正や社会復帰を目指す事が目的とした教育プログラム。クイントに管理局の更生方法を聞いて、アリサが形としたのだ。

牢獄的な意味合いのある封印処置よりも、更正施設としての性格が強い管理プランを提唱することで、より良い社会復帰を目指すのを目的とする。プランの価値を高める事が目的だ。


実のところ、この教育プログラム自体にあまり意味は無い。元からローゼもアギトも良い奴なのだ、そもそも更生する必要はない。採用されること自体が、重要なのだ。


アリサとも何度も話し合い、今後の方針を明確に定めた。まずローゼやアギトを"危険物"とさせず、人として認めさせる。最低でも犯罪者にまで、ランクアップさせるのだ。

犯罪者にランクアップも何もないのだが、犯罪者にだって最低限の人権はある。ローゼやアギトには、その人権すらもない。だから、封印されてしまう。

もしこの教育プログラムが導入されれば、少なくともローゼやアギトに人権が与えられる。今の時点で良い子なのだから、教育プログラムの成功は保証されたも同然なのだから。

言ってみれば出来レースなのだが、知ったことではない。こいつらがいつまで経ってもローゼやアギトの心を否定するから、こんなプログラムまで持ちだしたのだ。


この教育プログラムを採用させられたら、封印処置はやめさせられる。最低でも、延期出来る。教育プログラムはそもそも、長期的な期間を前提としているのだから。


「問題は、まだある。教育プログラムはそもそも、犯罪者更生を目的としたものだ」

「つまりこの管理プランで実施すれば、犯罪者を民間人が私的管理していると見なすのと同義だということです」


 実に強引かつ極論だが、一応理屈ではあった。そもそも管理プランは公に認められておらず、時空管理局側も短期間で黙認しているだけに過ぎないのだ。

管理プランの弱点を突いた指摘ではあるが、想定内の反論である。俺が肩を叩くと、アリサも分かっているとばかりに頷いた。


「教育プログラムは犯罪者更生だけではなく、罪を犯した未成年者への社会復帰を目指す事にも利用されております。
教育対象となるローゼやアギトは、まだ世間への理解は十分ではありません。だからこそ、このプログラムは生かされるのです」

「本人達への更生という点ではそうでしょうけど、私達が懸念しているのはその世間からの評価です。
繰り返しますが管理プランで実施すれば、犯罪者を民間人が私的管理していると思われますよ。それでいいのですか?」

「それは――」


 結果ではなく、前提が肝心であるとリーゼアリアは指摘する。結果的にローゼやアギトが更生しても、犯罪者だと認識されると世間とて黙ってはいないだろう。

こっちとしては危険物より犯罪者の方が扱い易いのだが、世間にとっては危険物も犯罪者も同じである。自分達の身を脅かす存在に、危険度の上下など無意味だ。危険なのが、問題なのだ。

会議の列席者であるリンディやクロノ、レティ提督やゼスト隊長達が肯定も否定もしないのは、正にその点だろう。彼らは危険物だけではなく、犯罪者も言わば敵なのだから。


アリサ本人も、さすがにハッキリとは言い切れない。認めなければ教育プログラムの採用は無くなるが、認めてしまうのはリクスも大きい。


結果を出さなければ、批判を受けるのは間違いない。結果を出しても、批判を受けるかもしれない。犯罪者とは罪人、匿うのは自分達の身も危うくする。

迷うアリサの肩に、もう一度手を置いた。こいつは俺のメイドであり、ローゼ達の主ではない。責任を取るのは、俺なのだ。


人の上に立つということは、その人の責任を取るということだ。


「かまわない」

「――随分、ハッキリといいますね。犯罪者を匿えばどうなるのか、お分かりなのですか」

「他人を教育するんだ。教育者は生徒を育てる義務があり、責任だって生じるだろう。誰にどう思われようとも、かまわない。
ローゼやアギトは必ず更生し、この社会に必要な存在となれる。俺が保証する」

「管理外世界に生きる君の保証に、どれほどの意味があるのだね」

「今はまだない。だからこそプランを進めていき、教育プログラムを実施して、実績を出していくんだ。結果を出せば必然的に、発案者兼責任者である俺の実績にも結びつく。
その時に非難も受けるだろうが、俺は堂々と世間に彼女達を見せるつもりだ。立派な存在になったのだと、胸を張ってみせるとも。


俺は、こいつらを――ローゼやアギトを、信じている」


 一瞬――ほんの一瞬にすぎないが、グレアム提督が怯んだ。チラついたのは、ほのかな罪悪感。やはりこいつは、ローゼやアギトを心ある存在だと認識している。

認識していながらも、危険物としてあくまで封印を強行するつもりなのか。いやむしろ、この管理プランそのものを潰そうとしているのかもしれない。

システムに、例外は認めないとでもいうのか? どうして自分の心まで殺して、プランを潰そうとしているんだ。


「俺からも再度、伺いたい。教育プログラムを否定するということは、現在の犯罪者更生システムを否定するということだ。
俺は覚悟を決めて提案している以上、否定しているあんた達も相応の覚悟を持っていると認識していいんだな?」

「そ、それは……」


 先程アリサを同様の理屈で脅したリーゼアリアが、今度は返答に詰まった。苛立ちがつのる。こいつは覚悟もなく、アリサを怯ませたのか。

だが彼女の主は時空管理局の名誉職を務める、偉大な提督であった。


「無論だとも」

「! グ、グレアム提督、それは……!?」


「かまわないよ、クロノ君。私とて何の覚悟もなく、無理難題を押し付けるために来ているのではない。謝るつもりもない。
宮本君。私は、君の提唱する管理プランに反対だ。君の覚悟を――否定しているのだよ」


 ハッキリと、言い切った!? 馬鹿な、どうしてそこまで覚悟を持てる。ローゼやアギトに心があるのだと分かれば、留保する余地だってある筈だ。

確かにジュエルシードは危険だし、古代ベルカの融合騎だって野放しには出来ないだろう。正義感や義務感、人々を危険から守る使命感で、ここまで覚悟を決めているのか?


――違う。こいつの覚悟は、もっと個人的なものだ。鬼気迫るこの迫力は、プレシアから感じた狂気と似通っている。


ジュエルシード、もしくはロストロギアそのものの封印に徹底して拘っている。そこにきっと何かがあるんだ、アルハザードを目指したプレシアと同じように。

俺との目的が、完全に反している。分かり合える可能性は、これで潰えた。本当にようやくだが、分かったのだ。


こいつは、倒すべき敵なのだと。


「良介君、グレアム提督も落ち着いて下さい。あくまで彼は今日、進捗を報告するために今日の会議に出席したのです。
我々は、今日彼から新しい提案を受けた。でしたらまず資料を持ち帰り、検討するべきでしょう」

「リンディ提督、しかしだね――」

「ここは、話し合う場です。個人的な意思の押し付け合いは、やめましょう。ゼスト隊長も、よろしいですか?」

「うむ、一考する価値はあるだろう。こちらとしても持ち帰った上で、吟味させてもらいたい」

「レティも、それでいいかしら?」

「私は今回、監督する立場よ。異議があれば、都度意見を述べるわ」

「ありがとう。では、今日の会議はここまでとします」


 議長であるリンディ提督の締め括りを受けて、今日の進捗会議は閉会した。採用まではこぎつけられなかったが、導入を検討する余地くらいはありそうだった。

リーゼアリアは敵意ある視線をアリサに向けるが、アリサは微笑して一礼する。その余裕さが腹立たしかったのか、憤然とした態度で出て行った。

逆にグレアム提督は、俺に一瞥もしない。敵であるという姿勢を、一貫して崩さなかった。むかつくが、役者が違う。


ようやく閉会して弛緩してしまい、机に突っ伏してしまう。疲れた、本当に疲れた……


「緊張から解けた途端に、だらしないわね。そんな状態で、今後共やっていけるの?」

「うるせえ。お前だって反対側なんだろう、ルーテシア」

「危険であることに、違いはないでしょう。貴方なりによくやっているとは思うけど、貴方個人と世間の評価ではまだまだ歴然とした差があるでしょうね」


 極論を押し付けようとしている立場としては、正論ほどむかっ腹の立つものはない。こっちは相手のほうが正しいと思っていても、無理を貫かなければならないのだ。

封印すれば一番安全なのは、分かっている。分かってはいるんだ。それがどうしても、認められないだけで。

ローゼやアギト本人は、何も悪くはないんだ。世間がどう思うと、俺くらい味方してやらないと駄目だろう。彼女達をよく知る、俺くらいは。


俺の目の前に、コーヒーの入った紙カップが置かれる。顔を上げると、レティ提督が立っていた。


「お疲れ様」

「……提督」

「貴方に、味方は出来ない。これから先も色々言わせてもらうし、問題があれば追求もするわ。まあでも――
今日の提案は、良かったと思うわよ。教育プログラムの導入、私は賛成よ」

「! ほ、本当か!?」


「頑張りなさい」


 レティ提督はほんの少し表情を緩めて、そのまま会議室から出て行った。く、くそ、俺の回りにいる大人の女は、どいつもこいつも男以上にカッコイイ良すぎるだろう。

ずっと反対していた彼女が初めて、賛同してくれた。心強い支援だった。まだまだ議論する必要はあるだろうが、頑張れる。

やっぱり、努力すれば分かってもらえる。ちくしょう、嬉しいじゃねえか……何で俺は他人に認めてもらうべく、今まで頑張らなかったのか。


「ふふ、単純ね。コップを持つ手が、震えているわよ」

「う、うるせえ、コーヒーが熱いだけだ!」

「はいはい」


 汗をかく人間を、ずっと今まで馬鹿にしていた。努力なんて滑稽だと、自分を綺麗なままにさせたかったのだ。男でありながら、傷つくのを怖がっていた。

今は心も体も痛みが酷いけど、それでも熱い。心地良く熱くて、力が沸き上がってくる。絶望的な状況でありながら、希望を目指して歩いていける。


そんな青臭い奮起に駆られる俺を、レティと同じ大人の女性であるルーテシアは笑って見ていた。










<続く>








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