とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第十一話





 城島晶は自分の助手になると、言ってくれた。男勝りだが思春期の少女が、瞳を輝かせて申し出たあの表情は今でも忘れられない。自分の力になると言ってくれた女の子が、消えてしまった。

一人でも多くの協力が必要なこの時に、肝心の助手がいないようでは話にならない。少女が行方不明になったと聞いた時、感じたのは悲しみではなくてむしろ怒りだった。

行方不明になった女の子の調査なんて、いかにも探偵らしい仕事だ。そんな仕事を手伝わなくてどうするのか。どんな事情があっても見つけ出したら、きっちり説教してやろうと思う。


どんな理由があろうと、家族を心配させてはならない。奇しくも今、俺が痛感している教訓である。


「城島晶の"声"とか聞こえたりしないかな、妹さん」

「認識している人物の"声"であれば捜索は出来るのですが、不確定であれば特定は難しいです。申し訳ありません」

「よく知らない人間まで聞き分けられないのは、仕方ないよ。無理を言って悪かった。
ひとまずウロウロしている助手の捜索はザフィーラと情報屋に任せるとして、俺達は寝込んでいる連中の見舞いに行こう」

「はい、剣士さん」


 脅迫まがいのやり方だが、城島晶の捜索はあの情報屋に依頼しておいた。ネットワークに精通したローゼも一緒に手伝わせているので、情報分析も飛躍的に捗るだろう。

コンピューターにも情報にも精通していない俺が居ても邪魔になるだけなので、俺は次に海鳴大学病院へと足を運んでいた。あの病院には何度も入院しているので、面会時間はよく覚えている。

絶望的な状況で心は曇りがちだが、海鳴の空は今日も朝から晴れ晴れとしている。真夏日和で、朝から三十度を余裕で超えている。歩いているだけで、体力は消耗してしまう。

俺の護衛を務める妹さんは体力は俺より劣っているが、汗を全く掻いていない。涼しい顔をして、俺を守ることに従事している。深遠なる精神は、肉体にまで影響を及ぼすのだろうか。


「妹さんは確か、リスティは知っているよな。今この病院に居るか、確認は出来るか?」

「今は――お見舞いには来ていらっしゃらないようです」

「分かった。今からフィリスの見舞いに行くから、もし来たらすぐに俺に教えてくれ」

「はい」


 別に避けているつもりはないが、明確に俺を拒絶した女と出会い頭に会いたくはない。向こうだって、折角見舞いに来たのにわざわざ俺の顔を見て不愉快になりたくはないだろう。

俺が海鳴町に来なければ、フィリスは植物人間になんてならなかった。リスティの憎悪は、的を射ている。少なくとも俺の訃報に動揺して、階段から落ちたりはしなかったはずだ。

今でも元気溌剌で患者の面倒を見て、多くの人間を救っていただろう。俺が原因だと言われたら、否定はしづらい。必ずしも、違うとは言い切れないからだ。

だからといって、言われっぱなしでいるつもりはない。過去は変えられないが、未来は幾らでも作れる。そうして、俺は先月最高の結果を出せたのだから。


「……カレン、カイザー……あいつら、この病院について何か知っているのか」


 海鳴大学病院の別棟に行ってみると、集中治療室からフィリスが消えていた。慌てて病院関係者に確認すると、何故か院長室まで案内されてしまう。

医務会だの、運営だのと、フィリスに関係ない小難しい話を並べられたが、ようするにウィリアムズ家がこの病院に多額の寄付を行ったらしい。単に金だけではなく、あらゆる意味での出資だ。

勿論アメリカの大富豪が直接日本の大学病院に接触なんてしないし、院長の頬を札束を叩くような真似もしない。人脈を活用し、大物を動かして、病院側と交渉に出たのだ。

かつてのカレンならば目的の為には手段を選ばなかったが、院長の話を聞く限り病院側にも相当の便宜を図っている。双方が得するように交渉して、医学と経済の発展に結び付けたのだ。


病院の近代化プログラムの継続をアシストする代わりに、俺への最大限の配慮とフィリス・矢沢へのあらゆる医療的措置が約束される。


俺も全然知らなかったが、大学病院というだけあって世間一般には知られていない医療分野があるらしい。特殊な研究であるがゆえに、多額の資金と最新設備が必要。

人を救う病院も人が経営している以上、善意だけでは成立しない。悪意とまでは言わないにしても、優しさだけでは成り立たないのだ。

何の研究をしているのか、追求するつもりはなかった。ただ、俺とフィリスの関係を知り、言葉を濁していたのが気になった。


まさかとは思うが――そんな怪しげな研究に、フィリスが関わっていたのだろうか?



「ただいま、フィリス。一ヶ月も費やしてしまったが、ようやく帰ってこれたぞ」



 無機質な集中治療室から、綺麗な海を見下ろせる部屋に移されたフィリス。別棟の1フロア全てを専有されており、あらゆる特別待遇を受けている。

両隣には家族の為の部屋も用意されており、徹底的な介護を受けられる。フィリス本人に少しでも異常が発生すれば、医者や看護師が必死な形相で飛んでくるだろう。


植物状態に陥った患者は蘇生が極めて難しく、一般の病院は3か月毎に退院や転院を促されるらしい。完全介護は難しく、費用も莫大にかかってしまうようだ。


回復の見込みが薄い患者に居座られても迷惑、とまで言わないにしても、他の患者さんが入院出来ないようでは病院側も困る。植物人間は、人であっても人間ではないらしい。

多分、リスティが警察の民間協力を辞めた理由の一つでもあるのだろう。あいつはフィリスの生存を半ば諦めながらも、見捨てきれずに介護役を買って出たのだ。

その費用も、人材も、施設も、生存に必要な何もかもウィリアムズ家が用意してくれた。あいつらには、返したくても返しきれない恩が出来てしまったな。


「――お前の言う通りだったよ、フィリス。人は一人でも生きてはいけるけど、生き続けるには他人が必要だった」


 ご大層にフィリスを救うと言っておきながら、俺は何も知らなかったのだ。俺一人なら植物人間になったフィリスに何も出来ず、右往左往していただろう。

動物を飼うのとは訳が違う。人を一人生かすには、ただそれだけで金も人材も必要となるのだ。病院は神の施設ではない、治す見込みもなく費用もなければ追い出されるだけだ。

カレン達のおかげで、フィリスは完全介護を受けられる。費用も芳醇に投資されて、病院側とも協力して、最新医療を受けられる。フィリスは今後、飛躍的に回復していくだろう。


夜の一族が、お膳立てを整えてくれた。ならば後は――俺が、奇跡を起こすだけだ。


「階段から落ちたそうだな、お前。俺の怪我には神経を尖らせていたくせに、自分がドジ踏んで大怪我してどうするんだよ。
俺が死んだと勘違いしていたようだが、この通り俺はちゃんと元気に帰ってきたぞ。お前との約束はちゃんと、守ったんだ。


ほれ――俺の利き腕は、治ったんだ」


 寝かされているフィリスの手を取る。病院側の献身的な治療のおかげでフィリスは何とか自力呼吸は出来ており、半ば意識はあるようだ。まだまだ不鮮明だが。

脳スキャンやBCIと呼ばれるの技術が向上し、植物人間になった患者とも意思疎通が行える可能性も出てきている。今必要なのは、フィリスとの対話だった。

俺の生存を直接肌で感じさせても、フィリスからの反応はまるでない。言葉を投げかけても、本当に聞こえているのか分からない。このまま死んでしまうことだって十分にある。

多くの人が奇跡を信じて、ついには諦めてしまった。俺であれば反応はあると、自惚れるつもりもない。俺は決して、特別な人間ではないのだから。


今の俺に出来るのは、決して諦めない事だ。


「俺はちゃんと約束を守ったんだぞ。早く目を覚まして、お前に預けた剣を返してくれよ。まったく、ご丁寧に保管しやがって。黙って持ち出せないじゃないか。
約束させたのはお前なのに、当の本人が寝込んでいては話にならないだろう」


 毒ついても、文句を行っても、全然反応はない。別にかまわなかった。辛くはないといえば嘘になるが、覚悟はしていたことだ。この程度、何ともない。

回復する可能性はゼロに等しい。恐らく何をしても、徒労に終わる。フィリスの限りない優しさを感じる事はもう、出来ないだろう。


でもそれは、今までフィリスが俺に対してやってきた事だ。どこまでも冷たい態度を取られても、フィリスはいつも微笑みを絶やさなかった。


逆の立場になって、初めて分かった。こいつがどれほど素晴らしい医者だったのか、どれほどまでに強く気高い女性だったのか。自分の立場になって、ようやく分かった。

俺が他人に心を開くなんて、本当にありえなかった。俺という人間はそれほどまでに、どうしようもないクズだった。甘えてだらけて、そのくせ自分のせいにはしない愚か者だった。

更生する見込みもない人間に優しくするには、喩えようもない辛抱を要求されたことだろう。それでも彼女は諦めず、向き合ってくれたのだ。


「時間はたっぷりある、土産話を聞かせてやるよ。先月海外で俺がやってきた事の全て、この腕が治るまでの物語だ。子供には聞かせられない、お伽話だけどな。
まずドイツに到着した俺は――」


 結果なんて求めはしない。優しさとは、他人に優しくし続けることなのだから。















 リスティ・槇原が海鳴大学病院に来たと妹さんより知らせを受けて、俺はフィリスの見舞いを終えた。身内のゴタゴタを、彼女には聞かせたくはなかった。

集中治療室へ行けばフィリスが居ないことを知り、病院側へ問い合わせるだろう。そして全てを知ることとなる。俺はその間月村すずかにお願い事をして、一旦この場から離した。


ワンフロアを専有しているだけあって、他には誰もいない。休憩室のソファーに座っていると、程なくして彼女がやってきた。


「どういうつもりだ、お前!?」

「会うなりご挨拶だな」

「院長から全部、話を聞いた。償いのつもりなら、完全に筋違いだ。お前なんかの力を借りるつもりはない」


 ――予想の出来た反応だった。完全介護の特別待遇、これを望むのは回復出来る余地のある患者だ。治すのを諦めた人間にとっては、延命処置は残酷極まりない。

患者が生きている限り、希望を見せつけられる。だがその希望は儚くて、すぐにでも消えてしまう線香花火だ。火が消えて落ちるのを、残酷に見せつけられるだけ。

腹が立って仕方がないだろう。怪我の原因である犯人に、こんな真似をされては。

そう思っていたからこそ、平静でいられた。


「俺個人の力じゃない。口添えをお願いしただけだ」

「随分と、お偉くなったじゃないか……権力握って、やりたい放題か」

「ああ、そうとも。フィリスを治すためなら、俺は何でもやるぞ」


 リスティは腕を振り上げて、俺を殴りつけた。頬を叩かれるとは思っていたが、拳で殴りつけてくるとは思わなかった。目の前で、火花が散った。

一応警戒はしたが、カレンの言うとおり護衛チームは介入してこない。彼女が雇った護衛は、本当に優秀な"人間"であるらしい。身内のゴタゴタは、自分で解決しろということか。

殴られた頬を擦りながら、痛みを堪えて俺は言った。


「どれほど暴力を振るおうとかまわないが、腕だけは勘弁してくれ。利き腕は必ず治すと、フィリスと約束したんだ。あいつとの約束を、破る訳にはいかない」

「あいつをあんな目に合わせた、お前が言うことか!」


 誹謗中傷、暴力三昧、罵詈雑言。ありとあらゆる苦痛を、リスティは俺に浴びせる。休憩室で男女が大暴れして、ソファーや灰皿を床に倒していく。

抵抗は一切しなかった。何を言われても、何をされても、歯を食いしばって耐えた。どんな目に会おうと、決してリスティから目を逸らさなかった。


――やがて、彼女が目を逸らした。


「もう二度と、病院には来るな。あいつに会うな」

「絶対に、嫌だ」

「今度お前の顔を見たら、ボクはお前を殺す。フィリスと、同じ目に合わせてやる!」

「今、やればいいだろう。俺はこれからも会いに行くと、言っているんだ」

「ぐっ――この!!」


 顔を蹴り飛ばされた、痛いなんてものじゃない。歯を食いしばっていなければ、折れていたかもしれない。血の混じった唾が、床に零れてしまう。

そのまま俺は取り残されて、リスティは憎々しげに最後睨み付けて去っていった。体中に刻み付けられた暴力よりも、最後の冷たい視線が一番きいた。


温情なんて、何一つない。何も分かり合えず、ただ恨まれただけで終わった。


「俺は、諦めないぞ」


 何をしても、恨まれる。何をしても、助けられない。フィリスは死ぬまで眠り続け、リスティは死ぬまで憎しみ続ける。

どちらにも、希望なんてありはしなかった。


今まで与えられた無償の優しさがどれほどかけがえのないものだったのか、思い知らされた。
















<続く>








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