とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第九話





 次の日。やることは山積みだったが、急いては事を仕損じる。緊急事態であることは承知の上で、手遅れであるのも自覚はしている。焦りはあるのだが、焦っても仕方がないという矛盾。

アリサや八神家、夜の一族の協力は得られている事がせめてもの救いであった。いつもながらで情けないが、どの問題も一人では解決出来ない。他人の協力は不可欠だった。

そういう意味では、彼女達の協力も必要なのだろう。約一名力を借りたくない奴が居るのだが、昨晩アリサが提案した事項についてはこいつの話を聞かなくてはならない。


八月の朝。早朝から日が高く登って暑苦しい時に、八神家の前に一台の車が停車する。


「おはようございます、剣士さん。昨日は、本当に申し訳ありませんでした」

「自分の立場も自覚していなかった俺も悪かった。今日からまた、よろしく頼む」

「お任せ下さい」


 猛省はするが、後悔を引き摺らないのは妹さんの大きな利点だと思う。真夏なのに汗一つかかず、恐縮して頭を下げる少女を見て俺はつくづく感心する。頼もしい護衛だった。

車内を見ると、月村家一同が乗り込んできているのが分かった。何故全員揃ってきたのか、察することも出来ない俺ではない。他人については、多少なりとも敏感にはなっている。

助手席に乗っていたファリンが涙ながらに飛び出して、俺にしがみついてくる。


「良介様、忍お嬢様よりお話は伺いました。うう、何という悲劇なのでしょう……身内に、裏切られるなんて!?」

「……裏切られたというのは、ちょっと違う気がするんだが」

「分かります。正義の為に邁進していても、必ずしも身内に理解されるとは限らないんですよね! 時には信じていた人達に、ひどい罵倒を浴びせられて……うわーん!」

「た、確かにありがちかもしれんけど、そこまで入れ込むなよ!?」

「でも、分かって下さい。貴方には、ライダー一号がついています。この世の何処かで悪と闘いながら、良介様の事を誰よりも思っているんですからね!」

「そこまで言ったら、もう正体が分かるだろう!?」


 自動人形のオプションが俺の手を握り締めて、悲しみに泣き腫らしている。夜の一族の連中が見れば、改めてひっくり返りそうな光景であった。

ノエルやローゼのような完成型とは違い、オプションには心の機能はついていない。感情など発生する部品もないそうだが、ファリンはこうして人間を愛している。

あるいは、正義を宿す機能は何処かにあったのかもしれない。突拍子もない発想なのだが、こいつを見ているとそう思えてならなかった。

ともあれ、ここまで心配されて悪い気はしない。


「良介様、お怪我の具合はいかがですか?」

「ああ、大丈夫。手当してもらったしな、痛みもないよ」

「――良介様がドイツの地でどれほどの偉業を成し遂げられたのか、私はこの胸に刻んでおります。決して、人にはばかることではありません。
思い悩むお気持ちはお察しいたしますが、どうぞ胸を張って下さい。私は心から貴方を尊敬し、敬愛しております」

「ありがとう……心配かけたな、ノエル」


 麗しき女性の心を持つノエルを見ていると、自分の心の不出来を感じさせられる。自動人形を畏まらせるほどに、人間なんて立派な生き物ではないのだろうか。

昨日の今日だ、自嘲じみた思いを持つのも仕方はない。でもせめて、彼女の尊敬に見合った生き方はしよう。なのは達を傷付けてしまったからこそ、裏切ってはいけないとは思う。

心配してくれるノエル達姉妹とは別に、最終機体のローゼは先程から無言で俺を見つめている。俺に刻まれた、傷を。


「どうした、ローゼ。一応言っておくが、こんな朝っぱらからお前の冗談を聞く気分ではないぞ」

「――主」

「何だよ、妙に真面目な顔をしやがって」


「ご命令頂ければ、主に危害を加えた者達を一人残らず抹殺いたしますが、いかがいたしますか?」


「お、お前――先月、言っただろう。人を傷付ける行為は禁止だ」

「はい、ですので許可を頂きたいのです」


 息を呑んだ。常に俺の命令第一のローゼが、積極的に命令を求めている。もし俺が禁止していなかったら、恐らくこの町ごと美由希達を焼き払っていただろう。

自分を製造した研究所さえ、気分一つで破壊する奴だ。何の躊躇もない。人間を虫けらのように殺し、町をゴミのように粉々に出来る。世界最強の、人間兵器。

国家レベルの大量破壊兵器を意のままに操れる、指揮官クラスの殺人マシーン。今大人しくしているのは、俺の命令を遵守しているからに他ならない。


大国アメリカやロシアが欲しがり、時空管理局さえも忌避する最終機体。ガジェットドローンの、少女。


「……もしかして、お前怒っているのか?」

「"起動"していないローゼに、感情などございません」

「そ、そうか……俺の気のせいだったかな」

「ローゼは主が傷付けられた事が、我慢ならないだけです」

「それを怒っていると言うんだよ!」

「しかし、これで主にはローゼが必要である事がお分かり頂けたかと思います。ローゼが居れば、家内安全、火の用心、一家に一台、商売繁盛ですよ」

「ここぞとばかりにアホなアピールするよな、お前って」


 自動人形の分際でぶつくさ言っているローゼを、なだめる。まったくどいつもこいつも、斬られた本人よりも怒ってくれるから困る。おかげで、何だか嬉しくなってしまう。

物騒極まりない奴だが、俺の為に進言してくれているのだ。せめてその気持ちくらいは、汲み取ってやろう。乱暴だが、頭を撫でてやった。

ひとまず従者達の気持ちを受け取って、停めている車の後部座席に乗り込んだ。


「おはよう、侍君。アリサちゃんから話は聞いてくれた?」

「ああ、聞いたよ。お前の家に引越しする話だろう」


 アリサより提案された八神家の引越し先は、何と月村邸。忍の家に、家族全員引っ越して来ないかと誘われたのだ。保護者役のさくらからも、許可は出ているようだ。

確かにあの家は無駄に広く、豊富な土地もある。話に聞いたところ邸宅だけではなく、周辺地域の土地も綺堂家が管理しているらしい。

八神一家はすっかり人数が多くなってしまったが、全員引っ越しても一人一部屋余裕であてがわれる。全員和気藹々と一緒に食事することだって出来るだろう。


だからといって、問題がない訳ではない。


「同年代の男が一緒に住むのは色々まずいんじゃないのか」

「屋敷の主人である私が惚れた男なら、何の問題もないよ」

「惚れられた男は、さぞ迷惑させられているんだが」

「やだなー、もう。先月、一つ屋根の下で生活した仲でしょう。あれってもう、同棲だよね」

「違うわ! 何人女がいたと思ってやがる」

「でも、私と生活する事にもう抵抗はないでしょう」


 受け入れたんじゃなくて諦めたんだよ、ボケ。そもそもカレン達とは友好深める必要あったけど、お前が来る必要は一ミクロンもなかったじゃねえか。

男の部屋に夜も堂々と寝巻き姿で遊びに来やがるし、ヴァイオラと仲良くなってからはたまに部屋で泊まりやがるし、無防備過ぎてこっちが参ってくる。

何が悲しくてイギリス一の美少女と、見た目だけは抜群に良い忍と一緒に寝ないといけないのか。色気も度が過ぎると、脳が沸騰してしまう。


「私個人の願望も大いにあるけど、侍君も今は人里離れた方がいいと思うよ。つい先日の通り魔討伐で、また人目についちゃったでしょう。
コソコソ隠れる必要はないけど、住宅地で生活していたらどうしたって噂になっちゃうよ。今や世界中に、侍君の顔と名前が広まっているしね」


 ――忍は気を遣って言わないが、今の俺は赤の他人だけではなく知り合いの目も気にしなければいけない。多かれ少なかれ、俺は友人知人に今憎まれているのだ。

美由希ほど明白な殺意を抱いていなくても、今会えば気まずくなるのは避けられないだろう。関係を修復するには、問題をまず解決していかなければならない。

人間関係は、常に距離を近くしなければいけないとは限らない。関係を良好にするには、敢えて遠ざかるのも必要なのだ。


「それにほら、侍君は私だけではなくカレン達の血も与えられたでしょう。一族の医者にも診て貰った通り、侍君は夜の一族の祝福を受けている。
回復力は人並み以上くらいだけど、生命力はもう確実に夜の一族並になっている。人を超えた年月を、侍君は生きていける。

侍君がこの先何時までこの街に居るのか分からないけど、何年経っても若いままだと怪しまれるよ」


 ――実を言うと、この夜の一族の理が守護騎士達の賛意を促した。彼らは守護騎士プログラムであり、寿命という概念はな。老化していくことがないので、外見は今のままなのだ。

数年は問題無いだろうが、何十年もこの町に居続ければ必ず人との間にずれが生じてくる。夜の一族と同じ、人ではない者達の定め。人間社会において、長く一箇所には留まれないのだ。

とはいえ、彼らもようやくこの町に馴染んできている。人とは距離を置くべきだが、はみ出して生きていくことはもう出来ない。はやてのためにも、居場所は必要なのだ。

その点月村の家は山の上にあり、住宅街から距離を置いてはいるが、完全に町から離れてはいない。一定の距離を保ったまま、海鳴の住民と生きていける。


「そうなると、はやて達にも夜の一族について隠し立てはしずらくなるぞ。一緒に生活するんだ、ずっと隠しておくのは無理だ」

「分かってる。でもそれは、はやてちゃん達も同じでしょう?」

「――それはまあ、確かに」


 ジュエルシード事件から今まで、こいつは何かと俺の事情に関わっている。アリサ復活の儀式に立ち会っているので、魔法の存在も知っている。

そもそもユニゾンデバイスのミヤが我が物顔で飛び回っている時点で、完全に隠すのは無理なのだ。何とか隠し通せたのは、こいつが敢えて踏み込んで来なかったからだ。

中途半端に知られたままにしておくのは、むしろ危険だ。自動人形のローゼには、異世界の技術が注ぎ込まれている。いい加減、ちゃんと話しておくべきだろう。


「一応、アリサとはやては提案には賛成している。5月の事件で家が半壊した件も公にはなっていないけど、不審に思っている住民もいるらしい。
新しい家族も増えれば、どうしたって人目につくからな。あいつらの努力でご近所には慣れ親しんできているようだけど、それでも一定の距離は置いた方がいいだろう。

ただセキュリティ面も含めて、一度お前の家を見てから判断したいそうだ」

「いいよ。侍君と一緒に住むんだから、天変地異に耐えられるようにしておいた方がいいでしょう。
ローゼが呼び出せるあのガジェットドローンを分解して色々研究中なんだよ、ふっふっふ」


 俺は歩く災害か、コラ。でもまあ、忍が異世界の技術を使って最新のセキュリティで家を守れば、守護騎士達も結界とやらでガードする必要もなくなる。

多分完全に魔法による防御を排除するのは無理だろうが、今のように結界だの何だのでガチガチにされると護衛チームが不審がってしまう。

魔法と科学の融合は難しいが、異世界とこの世界のどちらにも接点のある俺が上手く仲立ちするしかない。そう考えると、何だか笑ってしまう。


人間関係をあれほど嫌っていた俺が、二つの世界の交流を取り持つのだから。


「……天変地異か」

「あ、ごめん。昨日の今日だもんね」

「気にはしていない、といえば嘘にはなるかな。まさかここまで、俺との関わり合いが原因で友人知人を不幸にするとは思わなかった。
他人なんてどうでもいいと、常日頃思ってたんだが――何でそんな風に思っていたのか、もう分からんようになってしまった」


 幸せにしたい人間は、昔も今もいない。望んでいるのは、俺に優しくしてくれた人達が幸せになってくれることだった。その手伝いくらいは、してやりたかった。

人間関係の難しさと、大切さを先月ようやく知れた。より多くの人達と繋がることで、自分の可能性も広がることが分かって本当に嬉しかった。

そして――その大切さを教えてくれた人達は、一人残らず不幸になった。俺と、関わったことで。


「私はちょっと、違うかな」

「違う……?」

「他人なんてどうでもいいと、私は今も思ってる。だから過去に交流があった人達でも、侍君を傷付けた事を私は許せない。
直接害を及ぼされたのならともかく、今回の一件については単なる八つ当たりでしかない。どうすることも出来なかったことを、責められる筋合いはない。

と、私なら一方的に侍君に肩入れしてしまう。だがら逆の立場になれば、八つ当たりしてしまうと思う」

「……お前はどうしてそこまで、俺に肩入れできるんだ」


 告白されても断った。契約を求められても拒否した。愛を誓われても拒否した。傍に居るのも疎んでいる。会えば文句ばかり言っている。

月村忍という人間は愛に盲目する女ではないし、俺に都合の良い人間でもない。絵本に描かれているお姫様でも、マンガやゲームのヒロインでもない。

良くも悪くも、人間なのだ。好きだから、では済まされ――


「好きだからだよ」

「それだけ?」

「うん」


 ――言い切られてしまった。他に理由があるのではない。こいつは、他に理由を必要とは一切していない。

単純な好意だけで、ここまで頑張れてしまうのか? 報われないかもしれないのに、努力は続くものなのか? 何の希望もないのに、どうして突っ走れるんだ?

俺の疑問を、忍は快活に笑った。


「私は諦めないのは――侍君が、今も諦めていないからだよ」

「俺が……?」

「侍君だって、好きだから諦められないんでしょう」


 好き――そうか、そういう事か。ははは、何だよ。俺だって、こいつを偉そうに言えやしない。なるほど、確かにこいつとは似た者同士だ。

単なる恩返しのつもりだったけど、そうだったのか。昨日から今日にかけて、色んな連中に問いかけられたその答えが今ハッキリ出た。

拒絶されようと、斬られようと――俺はあいつらが好きだから、諦められないんだ。


「頑張ろうね、侍君。お互いのために」

「お前の想いが実ることは、絶対にないけどな」

「そんな女と、もうすぐ同居する予定」

「ぐぬぬ」


 どれほど町が変わろうと、どれほど人が変わろうと、変わらない関係はある。流されやすくて、安っぽくて、珍しくも何ともない、ありがちな男と女の関係。

ひたすら単純に、傍に居るのが当然で、いなくても問題はなくて。生きていれば顔を合わせて、困っていれば助けてやって。そしてまた、元通りになる。


そういう関係があれば、意外と人間は幸せかもしれない。
















<続く>








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