とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第八話





 八神はやてが帰国祝いに作ってくれた、豪勢な晩餐会。海外でも自分で作ってはいたのだが、八神家のお母さん役が振舞ってくれた和食とは比べようもなかった。

自分の帰還を心から祝ってくれる人が作った料理、不味いはずもなくその温もりを心から堪能した。笑い合う声、温かい談笑、美味しい料理。その全ては何よりも、傷を癒してくれる。

この家の外では、絶望の嵐が吹き荒んでいる。優しかった人達は心まで凍てつかせて、闇に沈んでしまっている。それを知りながらも、俺は今この時を満喫していた。


八神家は決して、現実逃避の場ではない。この家の住民は強く、そして気高い。だからこそ、今この現実を受け入れた上で強く笑っていられるのだ。


晩餐会の主役は俺だったが、土産話はアリサやミヤがしてくれた。当の本人でもないのに、実に嬉しそうに俺の武勇伝を八神家に語っている。何故お前らがそこまで誇らしげなんだよ。

はやてもスクラッチブックを取り出して、俺の活躍が大袈裟に描かれた新聞の切り抜きなどを嬉しそうに見せてくれた。ニュースも全部録画しているらしい。

ミヤが熱弁を振るっているその姿を、騎士達は呆れながらも微笑ましげに聞いている。クラールヴィントを通じて知っているであろう事でも、彼らはきちんと聞き耳を立ててくれた。


過去を語り終え、今を心から楽しんだその後で――厳しくも、辛い未来について話し合う。


「第二回八神家の家族会議、進行役はこのあたしアリサが務めます。議長は一家の大黒柱である、はやてさん」

「こうしてまた全員集まれて、ほんまに嬉しいわ。家族の問題を、皆で解決していこうな!」

「……役職を分ける必要があるのか?」

「はいそこ、うるさい。まずは新しい家族となった人を紹介します」


「ご挨拶が遅れました、主はやて。私はこの『闇の書』の管制プログラム――ここにいるミヤと同じ、ユニゾンデバイスです」


「ミヤのお姉さんと聞いているよ。この子が自慢するだけあって、すごく美人さんやね」

「きょ、恐縮です、主……」


 本来顔出しするのも心中複雑だったらしいが、殊の外あっさりと受け入れられて夜天の人も戸惑っているようだった。本体が魔導書なんだから、美人だと言われても困るのも無理は無い。

管制プログラム、ユニゾンデバイス。詳細は今も不明なままだが、彼女にはミヤと同じく人格を宿している。実に厳しい人だが、決して冷徹なだけの女性ではない。

ヴィータ達は彼女の事を知っているそうだが、彼女の顔を見た時は驚いた顔をしていた。守護騎士プログラムとは別の機構らしく、出現には彼女達と違う条件があるようだ。

頁の改竄が理由だと当然知っているので、後で問い詰められるのは目に見えている。言い訳を考えておくべきなのだろうが、俺の悩みは別にある。


家族の紹介も終わったところで、進行役のアリサが本会議を開催する。


「今回の家族会議のテーマは、良介に起きている数々の問題の原因究明と改善。今後どうしていくべきか、皆の意見を聞かせて欲しいの。
まずは問題点を整理するわね。ミヤ、ホワイトボードを用意」

「はいです!」

「――そんなもの、いつの間に用意したんだお前ら」


 一家に一台、絶対に必要ないホワイトボードをミヤが押してくる。当然の疑問を投げかけるが、これまた当然のように無視されてしまった。うぐぐぐ、常識人が俺以外にいない。

家族一同が見守る中、アリサはペンを手にスラスラと問題点を書き並べていく。分かりやすく箇条書きにして、さくらや俺から事情説明を受けた点を列挙していった。


実際に問題点を並べられて、俺は事の厄介さに目を覆いたくなった――





・遷延性意識障害(植物人間)になったフィリス先生
・声帯マヒにかかったフィアッセさん
・警察の民間協力を辞めたリスティさん
・学校に登校していないなのは
・剣を捨てたなのはのお兄さん
・喫茶翠屋を閉めたなのはのお母さん
・良介を斬り殺そうとしたなのはのお姉さん
・心臓発作を起こしたレンさん
・家出して行方不明になった晶さん


・魔法が使えなくなったフェイト





 ――ちょっと待て。



「ア、アリサ……最後のは、何だ」

「なのはに連絡を取って、聞き出したの。あんたの生存を知って一応落ち着いているんだけど、精神的ショックにより魔法が使えなくなったそうなのよ。
なのはが今参っているのもあんたの死そのものより、家族や友達が不調に陥ったのが原因だと思うわ」


 俺の生存を知り、泣きじゃくっていたなのはとフェイト。俺の死があの子達の心にどれほど深い傷を刻んでしまったのか、今の俺ならば想像くらいは出来る。

俺のような奴を心から大切に思ってくれていた。自分の大切な人が死んだら、落胆どころでは済まない。その圧倒的な喪失感は、永遠に奈落に転げ落ちるのと同じだ。

アリサが消滅したあの時、俺が感じた感覚は表現することは出来ない。思い出したくもない。苦しいと言う言葉さえも、陳腐に思えてしまう。それほどまでに、辛かった。


俺は桃子が母のように抱き締めてくれたから、何とか正気を保てた。けれどなのは達はまだ心、一度崩れた心のバランスは身体に障害を残してしまった。


「……良介、気持ちは分かるけど嘆き悲しむのはやめましょう。今は建設的に話し合って、事態を改善するべく全力を尽くすのよ」

「……ああ、分かってる。諦めないと、決めたからな」


 震えている手を無理やり握り締めて、気持ちを堪える。どうすればいいのか、悩むのではない。どうしたいのか、確たる気持ちを持つんだ。

フェイトだけではない、ホワイトボードに書き並べられた人達は全員俺の死が原因で絶望に陥ってしまっているのだ。今こそ恩を返し、義理を果たさなければならない。

まずはアリサが整理してくれた問題点を吟味して、解決策を見出していこう。


「フィリス先生とフィアッセさんの事は、先月の内に病院で知った。もう一度確認するけど、魔法で治したりするのは無理なんやね。
例えばシグナム達が以前進言してくれた頁の蒐集を行えば、治療する魔法が使えるようにはならんかな」

「……遷延性意識障害や声帯マヒが心因性であるのなら、決定的な治療にはならないわ。怪我そのものは回復できるけど、原因そのものを取り除くのは難しいもの」


 八神はやては、魔導師になることを望んでいない。ただ自分が嫌だからといって、他人の犠牲を容認する娘でもない。当然、一考はしたのだろう。

主の疑問に、シャマルは難しい顔をして首を振る。それでも主が望めば、自分の命を捨ててでも助ける気概はあるようだ。騎士達の顔も、引き締まっている。

安易な希望を持たせないあたりに、昔と今の違いを感じさせた。発動したばかりの騎士達ならば、主の命令一つで無茶であろうと飛び出して行ったはずだ。


「ただ心因性であるのならば、改善は望めなくもないわ。ようするに、心の問題だから」

「と、いうと?」

「てめえだよ、馬鹿。子分、お前の死が原因ならば、お前の生をこいつらに実感させてやればいい。絶望してるこいつらと、正面から向かい合うんだ。
身体はシャマルが治してやれるけど、心を治すのはお前がやらなきゃいけねえ」


 完治が絶望的な彼女達と、向かい合う。言うほど簡単ではないことは、ヴィータのキツイ表情が物語っている。アリサやミヤも、心配そうに見つめていた。

二人の患者は、家族が今見守っている。俺がまた顔を出せば、容赦なく非難するだろう。もはや優しい言葉一つかけられず、最低最悪に嫌われてしまっている。


でも、石を投げられようと、罵倒されようと、俺は向かい合わなければならない――ハッキリと、頷いた。


「お二人が元気になれば、リスティさんもきっと分かってくれます! 今は辛いと思いますけど、ミヤ達が味方になってあげますからね」

「海外でもそうだったからな、心強いよ」

「リョウスケには、ミヤがついててあげないと駄目ですからね。仕方ないですぅ」


 こいつのこうした物言いも、何だか慣れてしまった。今はもう殆ど滅茶苦茶になってしまったが、ミヤの優しさだけは不変であった。

主であるはやても、自分のデバイスの微笑ましさに口元を綻ばせている。車椅子に座ったまま、彼女は手を上げた。


「良介、なのはちゃんの事はわたしに任せてくれへんかな?」

「お前が……?」

「ほら、わたしも今不登校さんやから。この足を理由にしてたけど、今にして思えば色々なことに諦めていたと思うんよ。
これからは足もちゃんと治して、学校にも通うつもりや。そういう気持ちを何とか伝えられたら、と思ってる」


 シャマル達の話によると、八神はやては先月俺の仕事を引き継いでご近所の老人達の介護に熱心だったらしい。障害を抱えているからこそ、分かり合える気持ちがある。

高町なのはは、八神はやてに出来た同世代の大事な友達だ。今友達付き合いもやめてしまったなのはを救うには、うってつけかもしれない。

自分の責任だからと、何でもかんでも自分で背負うつもりはない。自分の我儘ではあるのだが、無理に押し通すものでもない。


俺が願っているのは、なのはの元気な顔を取り戻すことなのだから。


「頼めるか、はやて」

「任せてといて!」

「私もお付き合いします、主。剣を捨てたという御友人の兄君については、私が相談に乗れるかもしれない」


 シグナムは俺が紹介した道場の稽古役を、その後も続けているらしい。通り魔事件で師範が逮捕されたあの道場を、今や立派に再建しつつあるようだ。

剣は学ぶことも、教えることも難しい。特に、シグナムは人ではない。主の剣として戦い続けてきた彼女に、剣をもって他人を導くのは苦難の連続であっただろう。

弟子達を通じて、彼女もまた人間として学んだことも多かったのかもしれない。思えば恭也が剣を捨てた理由も家族の為、平和な現代に生きる騎士として思うところもあるのだろう。


任せっぱなしにするつもりはない。彼女も分かっていて、俺に釘を刺す。


「ただし、妹君についてはお前が解決しなければならない事だ。剣を向けられた以上、半端な気持ちで望もうとはするなよ」

「勿論だ。俺だって剣士なんだぞ」


 半人前が生意気だ、とシグナムは苦笑する。相手に殺す気はなくとも、殺そうとはしたのだ。無意識下であっても、手加減を望める相手ではない。

高町美由希、思えば俺の竹刀も彼女から預かったものだ。山で拾った樹の太い枝では、人を殺してしまう危険性もある。その意味も分からないほどに、あの時の俺は幼稚だった。

自分の剣を正してくれた少女が、自分のせいで狂ってしまった。救うなどと、思い上がるつもりはない。彼女を絶望に落としたのは、自分なのだ。


剣士にできることは、剣をもって相対するしかない。


「行方不明になった少女については、我が探索してみよう。少女の特徴や行動原理を教えてくれ」

「探せそうなら、是非頼む。危険なことはしないとは思うんだが……姿を消した理由が判然としない」

「見つけ出すのは出来る。ただし、まがりなりにも自分の家を出て行ったのだ。きちんと問い質すべきだ」


 城島晶、俺は彼女が絶望に陥った高町家から逃げ出したとは思えない。あの少女は強く逞しい、これは憶測でしかないが俺の訃報を信じずに行動したのではないか。

あいつなら海外に単独で行きそうな行動力を持っているが、流石に誰にも言わずに海へ飛び出すほど馬鹿じゃない。多分、試行錯誤したのだと思う。


帰るに帰れなくなったのか、何かトラブルでも起こしたのか――俺の助手を自称するだけあって、無茶やってヘマした可能性がでかいな。


「翠屋については明日、あたしが桃子さんに会って相談してくるわ」

「女帝の教育が今こそ発揮される時だな」

「喫茶店の経営について口出しするつもりは、今のところないわよ。頭でっかちの小娘が偉そうに言えることじゃないわ。あんたの事も含めて、色々話してくるだけ。
レンさんについてだけど、心臓手術は成功して経過も順調。退院間近だったそうなの」

「……その時に、俺の死を知ってしまって――」

「それもそうだろうけど、フィリス先生の件も大きかったんじゃないかしら。カウセリングもしてくれたそうだから。
明日の午後、面会許可が出たわ。お見舞いに行って、元気な顔を見せて上げなさいよ」


 心臓発作を起こしたが、どうやら命には別状はないらしい。安心していいことではないが、ホッとする。折角アリサがお膳立てしてくれたのだ、明日見舞いに行こう。

レン、あのコンビニ娘は普段明るいが心は非常に繊細だ。俺やフィリスの件に重なって、高町家が落ち込んでしまったことに胸を痛めているだろう。


――覚悟はしている。あいつにも、俺を批判する権利も資格もある。罵倒されるのも承知で、俺は会いに行く。


「後さ、多分お前の関係することだと思うんだけど」

「何だよ、ヴィータ」


「あたしの事はおやっさんと呼べと言ってるだろう、子分。たく……あのよ。

さっきからこの家に無断で忍び込もうとしている奴が居るんだけど、お前の客じゃねえのか」


 何だと――あっ!?


「はやてちゃんを守るべく、この家には"結界"が張っているんです。不法侵入者を容赦なく遮断してしまいます」

「恐らく魔法を知らぬ筈なのに、結界に気付いて退散したようだ。かなりの手練のようだが――心当たりはないのか、宮本」


 しまった、護衛チームの事を伝えるのをすっかり忘れてた。言われてみれば当たり前だ、八神家と夜の一族で連携なんぞ取れているはずがない。

夜の一族は俺を、守護騎士達ははやてを守っている。異なる防衛機構が重なった場合、どちらかが弾かれてしまう。当然のことを、うっかり失念してしまっていた。

先程聞いたカレン達の話を伝えると、全員から先に言えと怒られてしまった。うう、海外で成長したはずなのに失敗が続いている。


「うーん、まずいわね。夜の一族は魔法の事は知らないし、知られるのも問題だわ。かと言って――」

「宮本やアリサ殿の都合も分かるが、我々も主を守る使命がある。結界を解除する訳にはいかない」

「――そうよね。ジュエルシードの件もあるし、今の時期に守りを薄くするのも不安だわ」


 何とも、おかしな問題が起きてしまったものだ。人間関係に広がりが出てしまったが為に、激突が生じてしまっている。これもまた、人間関係の可能性だろうか?

どちらかの都合を優先すれば、どちらかに不平不満が生じてしまう。人間関係がなければ、こんな問題はそもそも起きない。今回の一件も結局はそれが問題となっている。


ならば人と繋がらなければいい、とは断じて思えない。繋がることでまた、可能性が生まれるのだから。


「これはもしかすると、いい機会かもしれないわね」

「いい機会だと? 何か案でもあるのか」

「前々から考えていたんだけど、忍さんからも提案を受けていて思い立ったの。


あたし達、引っ越しましょう」


 こうして熱く戦火が燃え上がる、八月が始まった。
















<続く>








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