とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第九十八話





 ……考えてみれば俺の戦いそのものは終わったが、夜の一族にとっては肝心なところが何一つ決まっていない。特にこの会議を一番賑わせた、後継者問題が解決していない。

敵を全て倒すことばかりに集中していて気付かなかったが、全員が敵だった場合倒してしまうと誰一人居なくなってしまう。焼け野原となった戦場だけが残されるのみ。


そして戦国において、全大名を倒した者こそが天下人となる。


「いや、あの、妹さん……突然、何を言い出すんだ」

「私はかねてより、剣士さんこそが王に相応しい人物であると確信しておりました」


 月村すずか、夜の一族の始祖の血を持つ純血種。万物の"声"を聞く能力者であり、深遠なる精神を刻む王女殿下。闇に生きる一族の、絶対者。

神に近しき孤高の姫君、完全無欠の少女だが一つだけ致命的な弱点がある。俺個人を見る目だけはダダ甘で、極めて私的な感情から身内贔屓な評価をしまくっていた。

大切に思ってくれるその気持ちは嬉しいのだが、度が過ぎているのが難点だ。とはいえ、女相手に感情で攻めても無意味なのは承知している。


俺だって随分、この世界会議で弁舌を尽くしてきた。慌てず騒がず、理論的に打破してみせようではないか。


「俺みたいな庶民を推薦してくれるのは本当に嬉しいんだけど、俺はそもそも人間だから無理なんだ。妹さんの言う素養があっても、夜の一族にはなれない」

「夜の一族の血は、人間にとって劇薬であり猛毒なんだよ。侍君はその夜の一族である私の血を、大量に輸血して見事に適合しているよね」


 貴様、どういうつもりだ。もはや私とは切っても切れない関係なんだよ、ふふふ――などという会話を、火花を散らして視線で交える。

忍の奴、これ幸いと俺を夜の一族そのものに輿入れさせるつもりだな。告白を拒否られたから愛人ポジションを狙うつもりなのだろうが、そうはいくか。

欧州の覇者たちという恐竜と戦った、俺の経験を舐めるなよ。貴様のラブプランなど踏み躙ってくれるわ。


「単に夜の一族の血が身体に流れていればいいというものではないだろう。一族の長となるには血の濃度が重要だと言い続けたのは、俺だぞ」

「貴方様は私の知る限り、マンシュタイン、ボルドィレフ、オードラン、ルーズヴェルトと、主要各国の血が与えられております。
カレン様よりウィリアムズの血も与えられるのであれば、貴方様は始祖に次ぐ血の持ち主となりましょう。これは夜の一族の長き歴史にも例のない、歴史的大事件。

夜の一族の全ての血に適合している、人間。この広大なる世界を探し回っても、貴方様お一人でありましょう。私は、支持いたします」


 嫌がっているのを分かって言っているな、裏切り者、ごめんなさい、マフィアの女ですもの――などと薄ら寒い会話を、視線で交える。ええい、自分のお腹を意味深に撫でるのはやめろ。

ちくしょう、ディアーナの奴。ファミリーになった途端、露骨に擦り寄ってきやがって。なんて愛に貪欲な女なんだ。何とかしないと、父親にさせられる。

ディアーナはマフィアのボス、普通にやれば絶対に勝てないが、色ボケしたあいつなら論破できる。


「ち、血の純度も確かに大事だが、ただそれだけでは駄目だ。輸血した血だけでは、世界中にいる一族の者達に睨みは利かせられない」

「クリスが、ウサギを守ってあげる。ウサギに文句がある奴は全員、クリスが殺してあげるから安心してね!」


 マフィアを護衛にする王がいるか! ウサギと一緒に入られるなら、マフィアなんてやめるもーん――などと裏社会をナメきった会話を、視線で交える。

最初は何が何でも長になるつもりだったのに、今はもうマフィアという生き方すら何の興味もないらしい。やばい、あのマフィア娘を更生させたら俺が飼育係にされてしまう。

ロシア産の愛らしい笑顔に騙されてなるものか。男は時に女子供を置いてでも、自分を貫かねばならぬ時がある。


「あのなあ、人の上に立つ人間には背景というのも大事なんだ。一人で粋がっていればいいというものじゃない」

「オードラン家が君を全面的に支援するよ。ボクも補佐役になって、君をずっと支える」


 だったらお前が長になればいいじゃねえか! ボク達二人、上手くやっていけると思うんだ――などと乙女チックな会話を、視線で交える。

お前も男なら少しは野心を持てよ、カミーユ。婚約者も長の座も俺に取られてしまうんだぞ、男としてそれはどうなんだ!? 男らしく、俺をぶん殴ってみせろ。

貴公子様の将来設計に付き合っていると、このまま延々と友情ゴッコさせられそうだ。他人に興味は出てきても、俺は所詮一匹狼。

卑しい野良犬に、豪華な犬小屋は似合わない。


「……俗なことは言いたくないけど、血統だって大事だぜ。何の歴史もない成り上がり者に、一族のこれからは任せられないだろう」

「わたしの夫となるのだから、貴方は名目上ルーズヴェルト家の次期当主とも言えるわね」


 誰も許していないだろう、この婚約は! お祖母様を黙らせた時点で、一族の誰も貴方との関係を反対出来ないわ――などと公認めいた会話を、視線で交える。

俺が大嫌いなはずのアンジェラは何と、賛同の拍手。ついにボケたかと一瞬思ったが、すぐに気付いて舌打ちする。くそっ、色々と考えやがるな、あの女は!

簡単な話だ。ヴァイオラと婚約している俺が長になれば、あいつが最初に思い描いていた理想形とぴったり一致する。カミーユが俺になっただけで、長の花嫁という政略結婚は成立してしまう。

この婚約は、他でもないヴァイオラが乗り気なのだ。ルーズヴェルト家は末永く安泰、アリサも俺とセットでハッピーエンドである。勝ったはずなのに、何故か負けている。

あんなババアより早く、人生の墓場という棺に入れられてたまるか。勝った以上は、勝ち続けてやる。


「あのな、一族を動かしていくとなると金だって必要になるんだよ。俺は無一文の素寒貧、犬に餌もやれない貧乏人なんだ」

「"王様"ったら、わたくしにおねだりするのがお上手ですこと。貴方が長になられるのならば、喜んで投資させて頂きますわ」


 敵に長の座を奪われて、少しは悔しいと思わんのか! 貴方を長にすることが、今のわたくしの目的でしたもの――などと陰謀じみた会話を、視線で交える。

自分が長になれれば良し、無理であれば自分の血を分けた者に託すまで。どう転んでも思い通りとなるカレンの目的に、愕然とする。あの女、本当に俺と同世代なのか!?

闇金に金を借りた心境になり、落ち込んでしまう。深みに嵌る前に、夜逃げしなければ。


「おい、氷室。俺が長になるなんて、お前は絶対反対だろ――えっ、な、何で泣いているの……?」

「……これが……これが、お前の真の目的だったのか!? 最初から最後まで、僕はお前の手の平の上でしか無かった……」

「違う、断じて違う! こいつらが、俺を裏切りまくっているんだよ!? いつもみたいに笑えよ!!」

「……は、ははは……僕の、完敗だ……いいよ、約束通りさくらはお前にくれてやる」

「約束……? どういう事なの、兄さん!」

「こいつはお前の事を――」

「うがー、これ以上話をややこしくするな!」


 人が死ぬ気で立てた策を実行しても心まで折れなかったのに、自分のあずかり知らぬところで勝手にへし折れてしまっている氷室さん。どういうことなの……!?

月村安次郎も追放されて、氷室遊もこのザマ。これで綺堂さくらと月村忍、ノエル達の安全は完璧に保証された。一応仕事は果たしたことになるが、何だか嬉しくないぞ。

何だかさくらが俺を見てもじもじしているが、それどころじゃない。このままでは、日本に帰れなくなる。


よーし、こうなれば開き直ってくれるわ。


「分かった、落ち着こうじゃないか。そもそも俺とあんた達は敵同士、今も俺のことが憎たらしくて仕方がないだろう。
さあ、今こそ忌憚のない意見を聞かせてくれ。俺は甘んじて、受け入れようじゃないか。

俺が夜の一族の長になることに反対の人、手を挙げてくれ!」


「……」


「誰もいないのかよ!?」

「君が全員、論破したんじゃないか。全員辞退しているのに、誰も反対意見なんて出せないよ」


 ぐぬぬぬぬ、ほんのちょっぴりやりすぎてしまったか。言われてみれば、氷室やアンジェラに至っては懲罰動議までかけて除名させたのだ。

反対させないようにあれこれ画策した結果、反論を完全に封じ込めてしまった。俺の独壇場だけど、こういうやりたい放題は嫌だ。一人くらい敵を残しておけばよかったか。

おいテロリスト、襲いかかるなら今しかないぞ。早く来て有耶無耶にしてくれ、俺はそのまま日本まで逃げるから。


「全会一致であれば、採決に移るがかまわないかな」

「そもそも、長であるあんたが反対すればいい話じゃないか! あんたの後釜が俺で、何とも思わんのか!?」

「会議の内容を見れば、誰も反対なんて出来んよ。君は今回、何度私を驚かせたと思っているんだ? 懸命な君を見ていると、長年生きてきた私の生が薄っぺらに思えるよ。
後継者候補をこうまで見事に纏め上げ、我々長老勢を弁論で説得し、その上夜の一族の危機まで救った。他国にいる一族の者達も君が動かして、見事に統率させた。


宮本良介君。君は我々夜の一族を眩く照らし出す、暁の光だ。君がこの先作り出す新しい歴史を、楽しみにしている」


「……おい、さくら。お前だけが頼りだ、何とか言ってくれ」

「私だけが、頼り――」

「えっ、そんな意味深に取られても!?」


 出逢った頃は俺と忍との関係を好ましく思っていなかったくせに、今はこの有様である。やばい、すっかり深入りしてしまったぞ。

さくらほどの女性に頼られるのは正直悪い気分じゃないが、これ以上夜の一族とか関わり合えば逃げられなくなってしまう。


「お前らね、俺が人間に加担して夜の一族を滅亡させるかもしれないぞ。女子供までテロリストに売り飛ばしてやる!」

「――そのテロリストから身を呈して守る前に言わないと説得力がなくなるぞ、兄上」

「お、お前、しっかりしてきたな……兄に反抗するとは」

「当然だ。僕は、兄上の弟だからな」

「自動人形とも心を通わせられるのなら、今まで関係が薄かった"他種族"とも積極的に交流を結べそうね」

「彼ならやれるだろう。今やこの人間社会において、居場所のない"妖"が多い。人間である彼が王となったと知れば、必ず救いを求めて接触してくる筈だ。


早ければ、来月にも――」


 カイザーどころか、ヴァイオラのママさんやカミーユのパパさんまで好き勝手に言い始めている。英国でも有名な美人占い師や、フランス大財閥の会長がそんな調子でいいのか!?

人間関係、やばすぎる。まさかここまで影響が広まるとは夢にも思わなかった。早くおうちに帰って、誰もいない部屋で一人引き篭もりたい。素振りとかして、生きていきたい。

まずい。このまま採決に移れば、絶対可決する。何しろ反対する奴、誰も居ないからな。世界会議で決定してしまえば、個人の意志なんて通せない。



……、……この手しか、ないか……使いたくは、無かったが。



「分かった、引き受けよう――と言いたいが、実は皆に秘密にしていたことがある」


 深呼吸をする。やってしまっていいのかと、心の中で何度も問い質す。一度やってしまえば引き返せなくなる、俺にその覚悟はあるのか。

いや、今更迷っても意味が無い。きっと、これは運命だったのだ。偶然などではなく、運命が引き寄せた。ならば、信じて殉ずるまで。


今こそ打ち明けよう。知られているようで実はご存知のない、この秘密を!



「俺は、カーミラ・マンシュタイン様の下僕なんだ!」



 同居生活をしていた者達は何を今更と首を傾げて、何も知らない大人達はポカンとした顔をする。主要各国、多種多様な阿呆面でなかなか面白い。

当の本人であるカーミラは、公になった事実に鼻を高くしてふんぞり返る。何でそこまで偉そうにできるのか分からないが、あの態度こそが真実であった。


一気に、畳み掛ける。


「絶対なる主に忠誠を誓う身でありながら、主の上に立つことなど許されようか。否、許されるはずがない!
俺こそが夜の一族の長に相応しいというのであれば、この俺を下僕とした主こそ真の王に相応しい!!」

「き、君はまさか――!?」


「夜の一族の次の長は、カーミラ・マンシュタイン様以外にありえない!」


「何を言っているんだ、君は!? 戯言もほどほどにしたまえ!」

「夜の一族の道理をお忘れですか、長。私は下僕であり眷属、主を立てる身。そのような者が、長になどなれる筈がない。一族の掟は、絶対です!!」

「むむ……彼の言っていることは本当かね、カーミラ! 単なる言葉遊びだろう、家族ごっこだろう。そうだといってくれ!」


 長の悲痛な問いかけに俺はニヤリと笑い、カレンやディアーナがこの馬鹿と苦々しく呟いた。ふははははは、その言葉を待っていたぞ長よ!

もしもカレンやディアーナが長ならば問う前に、強権を発動して俺を黙らせていただろう。俺なんか無視してさっさと採決に移れば、可決されて決定となる。

世界会議の決定ならば、眷属や下僕だという事実を前にしようと揺るがない。そうなれば、俺は何者であろうと長になるしかなくなる。


だが、採決する前ならば――!


「カーミラ様、貴方の覇道を阻む者は全て排除いたしました。どうぞ、貴女様に相応しき席にお座り下さい」

「下僕……お前という男は、それほどまでに私のために……!
長よ。たとえ貴方が夜の一族を統率する王であっても断じて、家族ごっこなどとは言わせない。この男は、私のたった一人の下僕だ!」

「王よ。民が、貴女様を必要としております」

「うむ、後のことは私に任せておけ!」


 俺は大仰に頷いて、額の汗を爽やかに拭う。



(さて――日本へ帰ろうか、アリサ)

(家に帰ったら、まず往復ビンタ)



 ――などといつもどおりの会話を、視線で交えた。
















<続く>








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