とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第九十七話





 懲罰動議、議長が夜の一族の秩序を乱した者を懲罰することが出来る。動議の規定は色々あるが、懲罰にかけられた者には重い処分が下される規則となっている。

一族の品位を傷つけ、情状が特に重い者に関しては除名の対象として定められている。除名とはすなわち世界会議からの退席、一定期間の参席停止が命じられるのだ。

後継者を決める本会議は今年限りである事は、俺が再三確認している。この場で懲罰されてしまえば、二度と後継者に名乗り出ることはできなくなる。


イギリスとドイツ、今や二国となってしまった後継者候補がこの瞬間脱落する。


「氷室遊、アンジェラ・ルーズヴェルト。この結末を予測できなかった、お前らの負けだ。勝利に目が眩んでしまい、その先を読めなかった。
世の中にはな、やがて確実に訪れる自分の敗北を受け入れられる人間だって居るんだ。たとえ負けても、全てを奪われても、戦うことを決して止めない人間が」


 アンジェラは言葉を失い、氷室は立ち尽くしている。これまでの経緯から、俺が土壇場でハッタリを並べたりしない人間なのは彼らも分かっている。

――実はハッタリかましてばかりいるんだが、今回は本当である。自分の敗北も、その先にある"自分達の"勝利もきちんと見据えていた。


俺が、勝ったのではない。俺達が、勝利したのだ。


「要人テロ襲撃事件。夜の一族を揺るがす大事件の後、後継者候補が全員俺の元へ集まった。意外、というよりありえない事態だっただろう。お前達にとっては。
候補者全員、俺に取り込まれたらお前達に勝ち目はなくなる。だから氷室遊は突然支持率の高さを、世界会議の参席条件に付け加える提案を出した。

  そして――アンジェラ・ルーズヴェルトは平和式典を利用し、ヴァイオラを平和の象徴に祭り上げて本国へ返そうとした」

「!? お、お前、まさか……!」

「お前を陥れようとしたアタシらの行動から、アタシらが同盟を結ぶことを悟ったというのかい!?」

「あれだけ離間工作しようとしていたんだ。お前達が次にどういう行動に出るか、想像はつくさ」


 半分は嘘である。氷室もアンジェラも、他人を利用する面においては俺と同類である。自分と似ているから、自分が取りそうな策も見当が付いたのだ。

後は、俺がこの戦いにおいて人間関係を重視していた事も大きな要因だった。同居生活では仲違いを心配していたので、そんな策もあり得ると思い付いたのだ。

馬鹿馬鹿しい話だが、カレンとディアーナが仲が良ければ思い付けなかったかもしれない。毎日ケンカしていたからな、あの極悪女共は。


「結局俺は皆の力を借りて支持を集められ、ヴァイオラの帰国も阻止することに成功。焦ったお前達は、本格的に同盟を結ぶことに決める。
筋書きは見ての通りだ。俺に大国の相手をさせて、強力な後継者候補を引きずり降ろさせる。残ったお前達が、悠々と後継者の座を勝ち取るという寸法。

"俺の行動による結果"によって成立する策――だったら、俺がお前達を誘導する事だって可能だろう。脚本が分かっているなら、変更するのも容易い」

「ハッタリは、やめときな。こっちだってお前を最大限警戒し、動向も常に掴んでいた。随分とはしゃいでいたようだけど、こちらの意のままだったさ。
仮にドイツとイギリスの同盟を事前に察していても、お前如きが阻止する事は不可能さ。

懲罰動議、長を誑かせて動議を持ちだしたのは意外だったけど見せ札でしか無いだろう? アタシらを罰せられる、決め手がない」

「! そうか……だからお前は長々と得意げに語って、僕達に負けを認めさそうとしているんだな!?」


 藪をつついて、蛇を出す。誘導尋問の、離れ技。アンジェラは懲罰動議をそう読み切って、心の余裕を取り戻した。

迂闊な失言が自分の口から出てしまうのを警戒した氷室も、流石というべきだろう。いきなり長から罰せられたら、心にやましいところがあれば狼狽えるものだ。

二人は断じて許せない敵だが、ドイツとイギリスの二国を背負った者達。簡単には、仕留められない。安易な策など簡単に見破り、罠を仕掛けた狩人を噛み付いてくる。


周りを見る。忍、さくら、すずか、カーミラ、ディアーナ、クリスチーナ、カミーユ、ヴァイオラ、カレン――誰も、何も心配していなかった。


不安の色さえも、無い。二カ国の強者と戦う俺を、期待と信頼に満ちた目で見守っている。麗しき観客達は、馬鹿なピエロの饗宴を楽しんでくれているようだ。

到底主人公になれる器ではないけれど、舞台に上がった以上は最後まで役割を演じるべきだろう。


「あんたの敗因は幾つかあるが、決定的なのは他人を理解しようとしなかった事。俺を警戒していながら、知る努力を怠ったんだ。
他人を――そして自分の家族さえも道具としてしか見ていないから、可能性の広がりに気づくことが出来なかった」

「可能性の、広がりだって……?」

「俺の動向を常に掴んでいると、言っていたな。もしも俺がお前らの目を引き付ける囮だったとしたら、どうする?」

「!?」


 アンジェラ・ルーズヴェルトは孤高の帝王、一人で全てを支配できる。だからこそ、自分一人では何にも出来ない人間を馬鹿にしている。

ドイツの陣営マンシュタイン家、アンジェラが同盟を結んだ勢力。その中で唯一、仲間ハズレにされている者が存在する。独りぼっちにされた、女の子が。


美しき吸血鬼、カーミラ・マンシュタインが人知れず磨いていた牙を今こそ突き立てた。


「ルーズヴェルトとの同盟、私には一切何も聞かされなかった」

「夫である僕に任せておけばいい、カーミラ。それで、全てが上手くいくんだ」

「父、それに母。二人も、同じ意見か」

「カーミラ、お前は黙っていなさい!」

「あのうるさい人間さえ黙らせれば、氷室さんが長となれるのよ。廃れつつある我が家に、過去の栄華が取り戻せるのよ!」


「……なるほど、よく分かった。お前達は結局、自分の事しか頭にないのだな。自分さえよければ、私のことなどどうでもいいのだろう。
ならば、私も勝手にさせてもらおう。いい加減、ブタのように浅ましい貴様らの顔を見るのも嫌になっていたところだ。


この場で、宣言する。私は今この瞬間、マンシュタイン家と絶縁する。お前達の言う栄華などこちらから願い下げだ、家畜共」


「な、何だと……!? カーミラ、君は何を言っている!」

「子の意志だけで親との関係は切れないが、それは人の法でしかない。一族には一族の掟があり、決して違えてはならない道義というものがある。
貴様らは私を平然と切り捨て、血を裏切り、挙げ句の果てに同族に断りもなく他家の血を取り込もうとしている。許し難き所業だ。何故懲罰動議が出たのかまだ分からんのか、馬鹿が。

言っておくが、長だけではないぞ。ドイツ中に居る分家の連中に、此度の一件を含めた貴様らの悪行を全て伝えている。覚悟を決めることだ。

今やドイツの一族はマンシュタインではなく、この私――カーミラに従う。私が支配者となり、彼らの先頭に立って戦う。
ここは最高評議の場、夜の一族の世界会議だ。懲罰動議が成立すればお前達全員が裁かれ、絶縁は成立する。何しろ、お前達の名が一族から消えるのだからな。

終わりだ、我が婚約者よ」

「ちょ、懲罰動議が成立しているのは……あの男の、ブラフではないのか!?」

「言っておくが、ドイツだけではない。イギリスの分家にも、話は伝わっているのだぞ」

「――ということだ、アンジェラ。ドイツとの同盟はこれで形骸化する。現当主だけではなく、次期当主殿まで懲罰対象となるんだ。マンシュタイン家と手を組むのは、無理だ」

「っ……お前だね!? 全部、全部……何もかも、お前が仕組んだんだろう! あのガキ一人で、ドイツがまとめあげられる筈がない!!」

「アンジェラ、お前の二度に渡る独断専行――そして、二度の同盟失敗はヴァイオラの母親よりイギリス本国に伝わっている。勿論カミーユのパパさんにより、フランスにも話は及んでる。
お前は今まで成功していたから、"女帝"なんだ。失敗ばかりしている王を、民が認めると思うのか。影響力も、信用も、何もかも失われる。

日頃の行いが、仇となったな。他人を馬鹿にしてばかりいるから、いざとなったら誰も助けてくれないんだ!」


 自分の心まで、切り裂かれる思いだった。今俺は、過去の自分を全て否定している。自分を嘲笑い、何も出来ない無能な敗北者だと踏みつけている。

痛いなんてものじゃない。泣きたかった。俺は今まで十七年間、何をしていたのだろう。勉強もせず、働きもせず、何も積み上げず……無駄な人生を、過ごした。


俺は……クズだった……!!


「度重なる失敗に対する責任の取り方は、一つしかない。懲罰動議を受け入れて、当主の座から降りるしかない」

「アタシに指図するなと、何度言わせる! アタシは、アンジェラだ。他人に非難されようと、自分一人の力でやれる!!」


「――出来ませんよ、アンジェラ様」


「ア、アリサ!?」

「隙があれば何時でも自分を落としに来いと、何度も仰っておられましたよね。王の座を次ぐには、王を超える者でなければならないと。
このスキャンダルを取引先にお伝えした上で、以後の取引は全てあたしが引き継がせて頂きます。先のパーティで多くの有力者と接触し、ご協力の確約を頂けております。

彼らは貴方の失脚を、望んでいらっしゃる。この事態を知れば、必ずあたしに協力して頂けるでしょうね」

「アリサ、お前までアタシを裏切るつもりかい!?」

「裏切ってなどおりません。あたしは貴女の教えに従い、貴女のやり方を貴女自身に示したまでです。
これを裏切りだというのならば、貴女は多くの人間を裏切ったことになる。貴女は自分自身に敗れたのですよ、アンジェラ・ルーズヴェルト様。


人と人とのつながりを否定した、あなた達の負けです」


 俺はアリサには頼らず、カーミラは俺には頼らなかった。一つの目的を達成するべく、仲間の成功を信じて、自分自身で行動したに過ぎない。

俺はアンジェラと氷室の注意を引き、カーミラはドイツの分家一つ一つと丁寧に接触をはかり、アリサはアンジェラの基盤を少しずつ崩していった。

自分の事だけを考えていては、この策は成り立たない。他人を信じなければ、成立しない。俺は他人を信じて、負け犬を演じたのだ。

アンジェラとて、イギリスを支配する女帝。世界を広く見つめる視野を持っている。けれど彼女は、世界に住まう一人一人には目を向けられなかった。


人と人とがつながることで生まれる新しい可能性を、見出だせなかった。それが、敗北に繋がったのである。


「……坊や。お前はアタシを倒すために、ドイツとイギリスを――二つの国を動かしたんだね。もしもお前の仲間の誰か一人でも失敗すれば、お前は破滅していた。
どうして、そこまで他人を信用できた? お前とアタシの、何が違うってんだい!」


 やはり、アンジェラも分かっていた。俺と同類だから俺の行動を読んで、二カ国の同盟を大胆にも結ぼうとしたのだ。俺のつながりを、彼女は恐れていた。

つながりの力"海鳴"に対抗するには、残るドイツと同盟を組むしかなかった。他の勢力を敵だと頑なに思い込み、何もかも信じることが出来なかったのだ。

俺も別に博愛主義者に目覚めたわけではない。他人を信じきるには、勇気だっている。別け隔てなく、誰も彼も信用なんて出来ない。


こいつと俺とは、それほど違いはない。


「他人を、信じたんじゃない。なけなしの勇気を出して、信じてみようと思っただけさ」

「たとえ、裏切られたとしても……?」


「他人に裏切られるくらいなら、最初から信じないほうがいい――俺はそこまで、弱虫にはなりたくない」


「……」

「アンジェラ、それに氷室。お前達がもし家族と分かり合えていたのなら、俺は絶対に勝てなかっただろうな」

「……ふん、本当に――生意気な、"男"だよ」

「くそ……人間のくせに……くそぉぉぉぉーーーーー!!」


 彼ら二人は、懲罰動議を受け入れた。採決する必要もないだろう、彼らは除名されて後継者より降ろされる。世界会議に参席することも出来なくなる。決着である。

どうしても許せなかったから、裁いた。それはつまり、過去の自分との決別を意味する。もう昔の俺には戻れない。十七年の人生が、幕を閉じた。

俺は、何のために生きてきたのだろうか。これから何をしたくて、生きるのだろうか。大事な時間を無駄にしたことに、心が張り裂けそうだった。


それでも後悔にまで至らないのは――彼女達との、出会いがあったからだろう。


今の自分には、彼女達の血が流れている。自分の魂には、もう一人の半身が支えてくれている。ユニゾンデバイス、魔導書、妖狐も力を貸してくれた。

何もかも無駄だったけれど、決して無意味ではなかった。ならばそれを誇りにして、これから頑張って生きていくしかないのだろう。

過去の自分は、今ここで死んだのだ。生まれ変わって、もう一度――ううん、今度こそちゃんと頑張って生きよう。


「懲罰動議については後に話し合うとして、どうやら後継者問題については弁論が尽くされたようだ」


 懲罰にかけられたマンシュタインとルーズヴェルト家はこれで脱落、他の家は全て辞退している。後継者争いは、これでようやく終わったのだ。

カレンから血を貰えれば俺の身体は治り、目的は達成される。勝っても気持ちはスッキリしないが、意識を切り替えてこれから先を生きていこう。

後は、日本に帰るだけだ。長い戦いも、これで終わった――何だかホッとして、肩の力が抜けた感じがする。


「しかし、困ったことになったね。どうしたものだろう」

「困った事……?」


 問題の全ては、解決した。後継者問題も、決着している。長が懸念していた、一族同士の醜い争いはこれで終わったのである。これ以上、何が問題なんだ?

素直に疑問の声を上げると、長が心の底から苦笑いを浮かべて嘆息する。





「宮本良介君。君が後継者候補全員を降ろしてしまったので、夜の一族の次の長となる人物が誰も居なくなってしまった」

「――あっ」





 げっ、そうだ!? 俺が全員を倒してしまったら、誰一人居なくなるじゃねえか! 何しろ全員が敵だったので、倒すことばかり考えてついうっかりしていた。

戦争を終わらせるには、当事者が全員いなくなればいい。ある種究極の平和だが、王が誰もいなくなれば民はどうすればいいんだ。個人で勝手にすれば、国そのものが機能しなくなる。

夜の一族に長が居なくなると、世界中の一族が離散してしまう。これは別の見方をすれば、俺が夜の一族を滅ぼした事になってしまう。やばい、どうしよう。

こうなれば、正統後継者である妹さんを何とか説得して――と思ったら、何と本人が手を上げてくれた。俺を見て、明確に頷いてくれる。素晴らしい、ありがとう!


全員が驚く中長の指名を受けて、夜の一族の王女が名乗りを上げた。















「私は、剣士さんを夜の一族の長に推薦いたします」















 こうして、得意げな顔で他者とのつながりを自慢していた俺は――

あっさりと、身内に裏切られた。
















<続く>








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