とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第九十六話





 後継者争いにおいて、イギリスの一番の強みはフランスとの同盟にあった。ヴァイオラとカミーユとの政略結婚による二カ国の同盟、戦国では特に珍しくもない戦略。

世界会議において欧州の覇者たちは国力に差はあれど、発言力では拮抗している。その内二カ国が同盟を結べば他国を圧倒し、後継者へと一気に躍り出られる。


そのアンジェラ・ルーズヴェルトの戦略を破綻させたのが俺だった。フランスとは友情による同盟を結び、ヴァイオラとは婚姻による誓いを立てている。


アンジェラ本人は長に次ぐ古老だが、月村すずかの純血には及ばない。夜の一族が血を重んじるのであれば、古老であれどあの女には芽がないはずであった。

向こうもそれを重々承知しているだろうから、きっと新しい戦略を用意している。敵対しているこちらも、対抗策は打ってある。


これは心の読み合い、心理戦――他者とのコミュニケーションに似た、戦争であった。まずは、戦争を仕掛けた俺が切り出すのが礼儀であろう。


「ボルドィレフ家とウィリアムズ家が辞退、オードラン家はそもそも後継者にはもう名乗り出ていない。
今の段階での後継者候補はルーズヴェルト家かマンシュタイン家、もしくは正統後継者である月村すずかを説得するしかないな」

「話は決まりじゃないか。うちの家がこれから夜の一族を取り仕切る。二度と人間に口出しされないように、立派に盛り立ててみせるよ」

「ボケでも始まったのか、バアさん。俺の主張を、お前はまだ崩せていないぞ」


 俺の挑戦を受けて、アンジェラが正式にルーズヴェルト家を代表して後継者に名乗り出た。火花が、散らされる。


「妹さんは、始祖の血を持つ純血種。夜の一族の長に次ぐ古老であるあんたよりも、血は濃いんだぜ。お前の家の誰を後継者にしようと、妹さんより格下だ」

「だったら言わせてもらうが、その子は造り物じゃないか。正統性があるのかも疑わしい。出来物なんぞに、アタシは命運を託したくはないね」


 明白な差別発言に妹さん本人はともかく、姉の忍や保護役のさくらが渋面になる。月村すずかを造り出した長も、いい顔はしていない。

この女の事は同類である俺がよく分かっている。俺をむかつかせて、勇み足や失言を出させるつもりでいる。誰が、その手に乗るか。


「疑わしいなら、血液検査でもなんでもしてみろよ。検査結果がハッキリすれば、てめえは終わりだ」

「本人の意志を無視して、検査させるつもりかい。クローンであることが発覚すれば、尊厳は踏みにじられるよ。あんたに、その子を庇いきれるか怪しいもんだ」

「自分の孫を政略結婚させたり、平和の象徴にして祭り上げるような奴が何言ってやがる。人間の尊厳が聞いて呆れるわ」


 会議室の空気が張り詰めていく一方、言葉の応酬どころか心の折り合いにまでなっている。お互い、相手を破滅させる戦術であった。

どうやら俺と妹さんの関係をこじらせたいようだが、考えが甘すぎる。元々俺は、妹さんが人間かどうかなんてどうでもいいのだ。魔導師や使い魔、巨人兵と戦った俺を舐めるなよ。


幽霊をメイドにした時点で、そんなつまらない差別なんぞ意識もしなくなったわ。人間関係を損得でしか見れないお前に、俺達の関係は崩せない。


「そもそも夜の一族は血を起源としているが、血に全てを委ねている訳ではない。血を第一とするのなら、そもそもこんな会議も必要ないじゃないか」

「ならば、あんたがでかい顔をする理由もなくなるぞ。主流であることが後継者に選出される条件になっている」

「そうした古い伝統そのものが、夜の一族が栄えない原因だとアタシは言いたいんだよ。アンタだって、一人で戦っているのではないだろう」


 論争のポイントを切り替えやがった、舌打ちする。血を重んじないのであれば、俺の主張は前提そのものが崩れて意味を為さなくなってしまう。

主張を曲げないカレンやディアーナにはない、老獪さ。勝つためならば、人間側からの視点に立った意見を持ち出して自分の武器とする。

この指摘、反論は出来るが多分俺も傷を負う。流血戦になれば体力が弱い方、勢力の小さい側が負けてしまう。俺が不利になりそうなので、論点を変えた点を攻めよう。


「そんな事を言い出したら、後継者は誰でもよくなるぞ」

「そうだね、王女を敢えて求める必要もなくなるね」

「あんたの家である必要も全然ないよな」


 あの手この手で躱すつもりなのだろうが、そうはいくか。血を重んじる事をやめてしまえば、大義名分はどちらにもなくなる。俺も、アンジェラも。

そうなれば声が大きい方、つまり発言力が強い勢力がトップに立ててしまう。俺も主義主張くらいは出来る立場になったが、古老の影響力には到底及ばない。

大国にぶつかればアリのように踏み潰されるのは、目に見えている。しつこく絡んで、イギリスには正統性がないことを訴えてやる。


「あれやこれやとうるさい坊やだね。立派な意見を述べているつもりなのかもしれないけど、単なるクレーマーだよ」

「俺の主張は一貫している。妹さんより血の薄い人間に、長となる資格はない。夜の一族の起源に基づいているだろう。ババアの難癖は聞き苦しいからやめてもらえるか」


「っ……」

「……っ」


 睨み合う。帝王に無礼な口を叩けば即斬首。英国において、アンジェラ・ルーズヴェルトは絶大な権力を行使して楯突く人間を葬り去ってきた。

権力者に立ち向かうというのは、世間一般に思われているほどカッコイイ行為ではない。逆らえば本人だけではなく、周りの人間にまで迷惑をかけるからだ。


それでも俺は、こいつだけはどうしても許せなかった。歯向かえば自分も周りの人間も傷つけると分かっていても引けなかった。絶対に、倒さなければならない。


万が一の事を考えて、高町家についてはアルバート上院議員とティオレ夫人にお願いしている。八神家には守護騎士達がいる。カレンやディアーナも、今なら力になってくれるだろう。

自分の為にも、ヴァイオラの為にも、必ず倒してみせる。


「アンタの言いたいことは、よーく分かった。しかしね、もう後継者は残り限られているんだよ。うちを選ぶしかない」

「何を言ってやがる。他にもドイツだって――!?」


 ――そういえば、先程から何故氷室遊は何も言わないんだ……? 事実上トップ争いになっているのに、一切口出ししてこない。

アメリカとロシアが消えて、フランスは名乗り出ず、イギリスとドイツの二国が残されているだけ。ここは何が何でも口出しして、自己主張するべきだろう。

氷室を見る。悠然とした態度、勝利を確信している瞳。勝ち誇ったその態度が、ある予感を感じさせた。


最悪のシナリオが、完成されている。俺は氷室ではなく、アンジェラを問い質した。


「まさか、お前……!」

「勝負はもうついていたのさ、坊や。我がルーズヴェルト家は、ドイツの若き当主を代表とするマンシュタイン家と同盟を結ぶ。
これより両家が夜の一族を率いて、この人間社会で上手くやっていくことにするよ。後継者問題は、これで終わりさね」


 世界会議の場が、どよめきに満たされる。ルーズヴェルト家とマンシュタイン家の同盟、イギリスとドイツが事もあろうに手を結んでしまったのだ。

他の家は、全て辞退している。残された二家が同盟を結んでしまったら、競争相手が誰も居なくなって自動的に次の長が決定する。

つまり俺が今までやってきた事は全て、こいつらを勝たせる為であったことになってしまう。冗談じゃない。


「ちょっと待て、フランスはどうするつもりなんだ。節操がなさすぎるぞ」

「うちとの同盟を破棄して、どこぞと知れぬ人間と組んだのは向こうが先だよ。文句を言われる筋合いはないね」


 口をつぐんでいるが、カミーユの親父さんが拳を震わせている。怒りなのか、悲しみなのか、両者の関係を知らない俺には分かりようがなかった。

イギリスとドイツの同盟、主導権がどちらにあるのか言うまでもない。要人テロ襲撃事件で醜態を晒したドイツに、イギリスが巧みにつけこんだのだ。

それにしたって、この手際の良さは恐れ入る。二カ国の同盟とは、書類一枚で済むようなものではない。大国同士ともなれば、利権だけでも相当揉めるものなのに。


「氷室、あんたはこれでいいのか。自分の力量のみで長になろうとは思わないのか」

「竹ヤリ一本で突っ込むような島国の猿と一緒にするな。天下を取るには、国家間で友好を結ぶのも時として必要な政治的判断だ。
この同盟が成立して僕が長となった暁には、ヴァイオラ・ルーズヴェルト様の血による血盟が結ばれることになる。

ドイツとイギリス――二カ国の強力な支配体制によって、夜の一族は人間には依存しない孤高な種族へと生まれ変わるのだ」


 血盟などと言っているが、ようするに政略結婚の形を変えたものでしかない。単にカーミラとの婚約を壊したくないから、体裁を整えただけだ。

むしろフランスとの同盟よりも悪質となっている。ヴァイオラは正式に婚約も出来ずに、氷室に血を奪われて愛人のように弄ばれるのだ。

配慮されたカーミラだって、いい気はしない。もはや顔も見たくないとばかりに、つまらなそうに頬杖をついて目を背けている。


「――お祖母様、私は何も聞いておりません」

「アタシの決定だ。お前はこれまで通りに従っていればいい」

「お断りします。私には夫がいます」

「許さないと言ったはずだよ。同じ事を二度も言わせないでほしいね」

「私の身も心も、血の一滴に至るまで夫に捧げております。奪われるくらいならば、自害します」


 凍てついた氷は触れれば熱く感じられるという。ヴァイオラ・ルーズヴェルト、イギリスの妖精は夜の一族の女。純潔であるがゆえに、美しい。

ルーズヴェルト家の絶対者に、これほど逆らったことは今まで一度もないのだろう。アンジェラが怒りと驚きに目を剥いている。ヴァイオラは、本気で死のうとしていた。

悲壮な決意に共感するように、彼女の手に収められた夜天の書が静謐な存在感を漂わせていた。


"やめとけ、ヴァイオラ。未来の歌姫が、一人の男のために死んではいけない"

"私の夫は貴方よ。他の男になんて――"

"ヴァイオラ。台所に立つのが妻の仕事なら、妻を守るのが夫の仕事だ"

"……はい、アナタ"


 冷徹に自分の祖母を唾棄していたヴァイオラが、俺の一言で借りてきた猫のように大人しくなる。諌めたつもりだが、心なしか嬉しそうだ。亭主関白な家庭がいいのだろうか?

こんなふざけた同盟、俺が許すはずがないだろう。たとえ仮初めの婚姻であっても、ヴァイオラを目の前で攫われるなんて気分が悪い。

それに何より、この同盟はあまりにもふざけた前提がある。俺が気付くくらいだ、彼女達が気付かないはずがない。


「アンジェラ様。一つ伺いたいのですが、この同盟は我々ボルドィレフ家が、後継者を辞退することを前提にしていますよね?」

「わたくしが王子様に負けて辞退する事も、前提とされておりますわね」

「ふん、お前さんらが人間の男に骨抜きにされているのは分かっていたからね。こんなガキに誑かされて恥ずかしいとは思わないのかい、この売女共」


「……あの方の情けで生かされているだけの恥知らずが、ぬけぬけと……」

「……このわたくしを実力で屈服させた王子様の武勲に唾を吐くとは、いい度胸ですわね……」


 夜の一族の女共、怖すぎる!? 実の弟であるカイザーが隣で震え上がっており、姉の変貌にあのクリスチーナがウサギのように涙目で縮こまっていた。

アンジェラは俺がカレンやディアーナを倒すと分析して、残るドイツ一国と手を組んだ。その前提があってこそ、この同盟は成立するのだ。

つまりアンジェラ・ルーズヴェルトは俺の考えや行動を完璧に読んで、必勝策に出たのである。多くの他人を巻き込んでしまう事を、何とも思わずに。


「負け犬共は引っ込んでな。それとも、男に尻尾を振る雌犬と言い換えようか」

「何でしたら、その口を二度と利けなくしてあげましょうか」

「王子様に敗北を認めただけですのに、何を勘違いしておられるのかしら」


 俺に色ボケして負けたと罵られて、ディアーナとカレンは殺意に瞳を赤く燃え上がらせる。夜の一族の女の、本気――俺を侮辱された事が、彼女達の逆鱗に触れた。

カレンもそうだが、ディアーナだって行為だけで自分の血を捧げような安い女ではない。自分の敗北よりも俺の勝利をケチを付けられて、二人は真剣に怒っている。

その気持ちだけで、十分だった。


「こんな安っぽい挑発に乗ってやることはねえよ、お前ら」


 二人を制止する。挑発でしかないのは、二人だって分かっている。マフィアのボスに経済界の女王が、この程度でいちいち自分から手を出したりはしない。

怒っているのは確かなのだろうが、敢えて挑発に乗ったのは俺に勝ち目がなくなったからだ。二人がそれに気付いて、挑発に乗せられたフリをして加勢しようとしてくれた。

こうした政治の駆け引きが分かるようになったのではない。同居生活で二人のことを知って、二人の気持ちがよく分かったのだ。

二人が加勢してくれれば、あるいは逆転できるかもしれない。だがここで加勢すれば、アンジェラの罵倒を肯定するのと同じだ。俺に誑かされたという汚名を着せられてしまう。


こんないい女達の名誉を、俺のせいで傷付けてはならない。同居生活を、二人との戦いに泥を売られてたまるものか。


「さて……反対意見が早速出ているようだが、こんな調子で夜の一族をまとめられるのか」

「もうお前には関係ないだろう。長、早く決めておくれ」


 二人を何とか諌めたが、アンジェラはさっさと議論を終わらせて結論を出そうとする。もはやどの勢力も辞退しているから言える台詞、むかつく事この上ない。

他の人間ならば反対意見が続出すれば聞かざるをえないが、女帝ならば一喝で済む。古老には、おいそれとは逆らえない。迂闊なことは言えなくなる。

俺がカレン達を倒せれば良し、倒せずとも二カ国の同盟で有利に立てる。どう転ぼうと有効的なやり方。これが、女帝とまで呼ばれる女の実力なのか。

俺に大国を倒させておいて、美味しいところだけ一方的に掻っ攫う。狩りとしては理想的、アリサまで奪われて傷だらけで放り出されたあの時と同じだった。


あの時は、師匠に助けを乞うしかなかった。でも今は、カレンやディアーナに頼る訳にはいかない。そうしてしまえばもう、誰にも顔向け出来ない。


圧倒的不利なんてものじゃない。出来レースに等しい、敗北。俺の行動の先に、罠を仕掛けていた。走り出してしまえば、嵌まるしかないのだ。

他の陣営は、沈黙している。俺が鎮圧したからだ。俺の行動の結果が、これなのだ。俺はアンジェラの手の平の上で弄ばれていたのだ。

どうしようもないと判断したから、カレンやディアーナが動いた。あの彼女達でさえも、俺の敗北を悟った。俺は、これで終わりだ。

カレンの時とは、訳が違う。彼女は断じて、俺を許さない。俺は殺され、俺の縁者にまで危害が及ぶ。アンジェラに敗北すれば、本当に何もかも奪われてしまう。





負けた……















「ほら、俺の言った通りになったでしょう。こいつらはこういう事を平気な顔してやるんですよ、長」

「むぅ……信じたくはなかったが、本当に君の言う通りだったな」

「……? 何だい、長。今のは、どういう意味だい!?」


「アンジェラ・ルーズヴェルト、氷室遊。君達二人を、『懲罰動議』にかける。懲罰の事由は、彼に聞きたまえ」


「貴様ぁ!? 一体、長に何を吹き込んだ!」

「アンジェラ、氷室。お前らが読んでいた俺の行動は、"お前らに読まれている事を前提に"動いていたんだよ。
イギリスとドイツ、ルーズヴェルト家とマンシュタイン家が同盟を組むことも分かっていた。

だって、お膳立てしたのは俺だからな」


 自分が弱いことを認めた人間は、敗北すら自分の予定に入れられる。負けることすら前提にして、勝つべく行動に移せる。それが何故だか、お前らには分かるまい。

笑われるのを怖がる、ピエロなんていないんだよ。
















<続く>








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