とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第九十九話





 七月、ほぼ一ヶ月かけて行われた夜の一族の世界会議が閉会した。正確に言えば議題は残されていて話し合い自体はまだ続くのだが、夜の領域にこれ以上は踏み込めなかった。

夜の一族の次の長、正統後継者はカーミラに正式決定された。俺の強引極まりない推薦もあるが、そもそも後継者の権利を持っている者が他にはいなかったのも理由にある。

マンシュタインとルーズヴェルト家は懲罰動議により除名、ボルドィレフ家は追放、オードランとウィリアムズ家は辞退。純血種である月村すずかは、最初から拒否している。


この中でただ一人、カーミラだけが唯一かろうじて後継者としての権利を持っていた。彼女はマンシュタイン家から絶縁した身、権力闘争の被害者となった悲劇のヒロイン。


彼女は世界会議でマンシュタイン家の絶縁が認められ、長と養子縁組する事になった。カーミラの場合ドイツの分家筋とも深い繋がりがあるので、養家として位置づけられる。

今後彼女は長より夜の一族を預かる身として帝王教育を受けて、いずれ独立して王となる。カーミラは旧家より解き放たれて、新しい家を興すのだ。喜ばしい門出であった。

異世界の技術やテロリスト達への対処については、今後時間をかけて取り組んでいくらしい。後継者争いを終えて、今や一丸となった彼女達ならばきっと解決出来るはずだ。



俺は日本へ帰国する――つもりだったのだが、なかなか帰れなかった。



後継者問題については自分で強弁しておいてなんだが、意外とすんなり収まった。何しろ、カレン達全員が俺の推薦に賛同したのである。カーミラを長とすることに、誰も反対しなかった。

大人達はほぼ全員俺が除名や追放させて黙らせたので反対しようもないのだが、カレンやディアーナ達が素直に納得した事が不気味だった。絶対、また何か企んでいる。

ひとまずそれは置いておくとして、俺が日本に帰るのは夜の一族そのものが難色を示した。一族の敵だからではない、夜の一族を救った恩人だと認識されているからだ。

祖国である日本やドイツは、今も俺を血眼になって探している。爆破テロからドイツ国民を逃し、テロ襲撃から大国の要人達を助け、式典で各国の有力者を救い、そのまま姿を隠しているからだ。

支持パーティで生存は確認されている分余計に話がややこしくなっていて、何が何でも見つけ出して英雄扱いしなければ収まらないらしい。迷惑な話だった。

そして何度も計画を阻止された挙句、組織の大半を潰されたテロリスト達も躍起になって俺を探している。その度に刺客が送られては師匠が潰して情報を吐き出させ、組織を疲弊させているようだ。

表の世界も、裏社会も、俺という人間を色々な意味で求めている。こんな状態でのこのこ空港に顔を出したら、余裕で捕まって人生を棒に振ってしまう。

マスメディア対策にテロリストへの警戒、主要各国への配慮に日本との交渉、世界の人々への対応。俺を一個人として確立させるべく、夜の一族が今対処してくれている。

この懸念は、アリサも前々から持っていた。支持パーティでも聞かされたが、あいつは俺がきちんと日本に帰れるように活動してくれていたのだ。

俺があいつの力を借りず女帝を倒したので、アリサもルーズヴェルトの裏切り者とはならずに円満に退職出来ると笑っていた。あいつの言う"円満"の意味を、俺は知りたくもないが。


俺は今高級ホテルに待機させられているが、決して"独り"ではない。夜の一族が総出で俺を我が子以上に手厚く保護して、厳重に守ってくれているのだ。


このホテルだって夜の一族が経営しているが、支配人からボーイに至るまで全て経歴を洗い出された者達ばかりで、要人レベルの警備体制が敷かれている。実に、息苦しい。

ほぼ二十四時間妹さんが護衛しているし、銃を携帯したクリスチーナがホテルに陣取って周辺を警戒。カレンは表の世界を情報操作、ディアーナは裏社会を監視して、網を張っている。

身の回りの世話はローゼが行い、来客の取次はノエルが、メールや電話等の連絡は全部忍が受け取ってチェックしている。金や貴重品は全て、アリサが内々に管理。

俺は一体何者なのか、自分でもよく分からなくなってきた。一人で、トイレにも行けやしない。


『私は先に日本へ戻るわ。現地に行って、諸々の手続き等を済ませないといけないの。ドイツに滞在する間貴方に不自由がないように、夜の一族が全て取り計らうから心配しないで』

『何だ、先に帰るのか。一緒に連れて行ってくれればいいのに』

『夜の一族にとっても、貴方と私では重要度が違いすぎるわ。特に貴方は世界中が注目し、行方を追っている。生活環境から情報管理に至るまで、きちんとしないといけないの。
申し訳ないけれど、主だった方々には貴方の日本の滞在先を伝えたわ』

『カレン達に、俺が海鳴に居ることを教えたのかよ!?』

『今だけじゃない、今後に続いて貴方を守る為よ。いい、良介? 今の貴方はね、漫然と生活することはもう出来ないの。日常を過ごすのにも、徹底した管理が必要となる。
貴方を縛り付けるつもりはないわ。むしろ、皆さんは貴方を自由に生きていけるように尽力して下さっているのよ』

『……その話から察するに、海鳴から出るなと言っているように聞こえるんだけど』

『しばらく旅になんて出たら駄目よ。その代わり、海鳴は貴方にとって世界で一番安全な町になるわ。既に各国から、大勢のスタッフが動き出している。
あの町は元々国際交流が盛んだけど、今後一層推進されていく事になるわね。私もこれから忙しくなるわ』


 ガキの頃とは違って、お別れは感動的には演出されない。学校の卒業式のようにはいかず、大人にはそれぞれの都合がある。全員一斉にお別れとは、いかなかった。

俺も準備が整えば日本に帰国する予定だが、見送りは恐らく誰一人いない。別に嫌われているからではなく一人一人事情と予定があって、全員個別に帰国するからだ。

夜の一族の世界会議ともなれば、主要各国の主だった面々が一箇所に集う。そんな彼らが全員一斉に帰国すれば、目立って仕方がないのだ。

俺への配慮もある。日本に帰国したと知れれば、テロリスト達武装組織が日本に刺客を送るのは明白。防衛ラインが確立するまでは、動きを知られてはならないらしい。

なので味気ない話ではあるが、現地で世話になった連中への挨拶はもう済ませてあった。俺はただ、日本に帰るのを待っているだけだ。


会おうと思えば会えるが、彼女達とはもう別れている――



『わざわざ日本へなど戻らず、ドイツに永住すればよいものを。お前にならば、広大な領土と名誉ある階級を授けるぞ』

『日本にやり残していることは腐るほどあるんでね、とっとと帰ることにするよ。その間、ドイツを住みやすくしておいてくれ』

『長となった私が支配するのだ、任せておけばいい』


 カーミラ・マンシュタイン、ドイツで最初に出逢った海外の吸血鬼。傲岸不遜で我儘な、気まぐれお嬢様。随分と手を焼いたが、堂々とした生き方には少しだけ憧れた。

長という立場を俺が押し付けた事は、彼女自身が一番よく分かっているだろう。彼女は俺の我儘を、笑って認めてくれたのだ。実に他人に迷惑な、似たもの同士であった。


寛大な主は別れ際まで、不遜に微笑んでいた。


『お前は何処へ行こうと、この私が認めた下僕なのだ。凡庸な己に恥じることなく堂々と、誇り高く生きてみせよ。
敗者であることを恥じてはならぬが、敗者であることに甘んじるな。

己に負けるなよ、下僕』

『カーミラ、お前……俺が日本で"何をする気か"、分かっていて――』


『さらばだ』


 彼女はそうして自ら、闇へと帰っていった。黒翼の生えた背を堂々と見せて、二度と振り返りはしなかった。最後まで、彼女らしかった。

聞いた話ではホテルでミヤが助けたあのボディガードを、正式に採用したらしい。彼ならばきっと、彼女をずっと守ってくれるに違いない。

挨拶はしてもこれが永遠の別れになるとは、彼女は少しも思っていない。ならばその期待に応えられるように、俺も頑張って生きていかなければならない。


自分に負けるな、か――痛い言葉だった。


『貴方様、心苦しい限りですが私はお先に失礼します。クリスチーナは残って、貴方を帰国まで護衛するそうなので引き続きよろしくお願い致します』

『銃を持ったあの子が傍にいて、頼もしいと思える日が来るなんて思わなかったよ』


 ディアーナ・ボルドィレフ、ロシアの貿易商にしてマフィアのボス。彼女は俺より先に、本国へ帰国する。要人テロ襲撃の責任を取り、世界会議より退席したのだ。

ロシアは今ディアーナの念入りな働きかけで落ち着いてはいるが、世代交代の波は裏社会を大きく揺さぶることになるだろう。

ロシアンマフィアの新しいボスに課せられた役目は大きく、要人テロ襲撃事件による一族の風当たりも強く先行きは険しいものとなる。


『道中、お気をつけて。貴方様の旅の無事を祈っております』

『そっちこそこの先、大丈夫なのか?』

『今の私にはクリスチーナと、貴方様がおりますから。怖いものなど、何もありません』


 父親の支配から解き放たれて、ディアーナは貫禄と自信がついている。聖女のように優雅に微笑んで、悪女のように敵を地獄に落とす。頼もしいやら、怖いやら。

殺人姫とまで呼ばれている少女の方が、泣きべそをかいていた。


『家に帰っても、ウサギがいないんじゃつまんないなー』

『大丈夫。ロシアにまで俺の噂が聞こえるように、大活躍するからよ』

『えー、何そのフラグ。ウサギは弱っちいから、活躍する前に死んじゃいそう』

『そこは素直に感動しておけよ!』


 クリスチーナ・ボルドィレフ、ロシアの殺人姫。彼女はドイツに来て、殆ど全てを失った。長にはなれず、ボスの座も譲り、俺に倒されて、人殺しも出来なくなった。

敗者となって、血も奪われて、誇りも尊厳も失って――クリスチーナは、女の子となったのだ。


『あのね、クリスはね――ウサギの事、殺したいくらい好きだよ。またあそぼうね、可愛いウサギ』

『子供が出来たら、何処にいようと連絡しますね』


 最後まで恐ろしいことを平然と言って、ロシアンマフィアの姉妹と別れた。クリスチーナはまだ残って護衛をしてくれてはいるが、俺の帰国が決まればあの子も帰る段取りだ。

俺と出逢って、彼女達は変わった。その変化が今後、彼女達の人生にどう影響するかは分からない。少なくとも、彼女達は自分の変化を受け入れている。

彼女達も、俺のように新しい価値観を知ってもらいたいと思う。そうすればきっと、新しい自分に気付けるから。


『良介とも、これでお別れか。寂しくなるね』

『元気でな、さようなら』

『あっさりし過ぎだよ!? もっとこう、感動的にいこうよ!』

『男同士の別れを感動的にしてどうする』


 カミーユ・オードラン、フランスの貴公子。彼はこのまましばらくドイツに滞在し、テロリズムで乱れた国際社会の立て直しに努めるらしい。

新しい長となったカーミラの補佐役に就任し、夜の一族の世界会議を通じて現状の問題を打破していくそうだ。どこまでも、頼もしい男だった。

考えてみれば今回彼は勝ってはいないが、負けてもいない。どこまでも中立で、公平な立場にいた。だからどの勢力からも信頼を得ていて、補佐役に抜擢された。


勝ち組の見本のような、男であった。ここまで立派だと、清々しささえ感じる。こいつが敵でなくて、本当によかった。


『リョウスケ、ボク達親友同士だよね』

『違う』

『やはり親友同士、隠し事はいけないと思うんだ』

『違うっつーに』


『あのね、ボク……き、キミのことが、好きなんだ!!』


『知ってた』

『えっ、本当に!? 気づいていたの!?』

『それで隠していたつもりか』

『……そっか……知られていたんだ、ボクのこと……』


 耳まで真っ赤になって、カミーユは羞恥に俯いている。親友とまで言っておいて今更好きとかアホだろう、こいつ。嫌いな奴と普通、友達になんぞならんぞ。

それにしても、男からこれほど正直に好きと言われたことはなかった。女どころか、男からも嫌われまくっていて、ガキの頃から仲間はずれにされていたからな。

他人に好かれるような人間に、少しはなれているのだろうか……?


『本当はもっと前からキミには真実を話したかったんだけど、ボクにも事情とか立場があってなかなか言い出せなかったんだ』

『誰にだって他人には言えない事情くらいあるだろう。気にしてないよ』

『うん、ありがとう。秘密を打ち明けられて、何だかホッとしたよ。安心して、ボクは自分の気持ちをキミに押し付けるつもりはない。
ボクはキミの親友として、ずっと身近にいられたらそれでいいんだ』

『だから、違うと何度も言っているだろうが!』

『あはは。今度フランスにも遊びに来てよ、ボクが案内してあげる』


 最後に固い握手をして、カミーユとは別れた。メールも手紙もすると女々しいことは言っていたが、別れは本当にスッキリしたものだった。

色々あったけど、あいつと同盟を組めたから今日の勝利があった。素直には言えなかったけど、あいつには本当に感謝している。

俺も自分の剣を磨いて、いつかあいつと試合をしよう。その時はきっと、友達同士で遊ぶように楽しいに違いない。


『クリステラソングスクールの編入試験、日にちが決まったらしいな』

『ごめんなさい、夫の身の回りのお世話は妻の仕事なのに』

『こんな機会、何度もないんだ。思い立ったその時に行っておけ』


 ヴァイオラ・ルーズヴェルト、イギリスの妖精。いずれはきっと、イギリスの新しい歌姫になるであろう少女。彼女は今、自分の夢に向けて旅立とうとしている。

アンジェラは俺に敗北して、ようやくヴァイオラの夢を認めてくれたらしい。その代わり、夢に敗れたその時は一切支援しない約束で。

冷たいように見えるが、自立するというのはそんなものだろう。自由である分、自分の責任でも何でもやらなければならない。


アンジェラ本人は帰国後、引退を表明する。あの女は最期に、自分の責任を取ったのだ。


今後も仲良く出来そうにはないが、敵であるがゆえに分かり合えたとは思う。でなければ、俺に見せつけるように引退を表明したりはしないだろう。

俺も長にはならなかったが、影響力はそのまま残っている以上無関係では決していられない。あの女を追い込んだ以上、しわ寄せは確実にこちらへ来る。

ヴァイオラも、俺も、戦いはむしろこれから始まるといっていい。


『――実はね、私は白馬の王子様に憧れていたの。月に帰ろうとする姫を強引でも引き止めてくれる、力強い人に』

『! 婚約の条件をかぐや姫になぞらえていたのは、もしかして……!?』


『あの時連れ戻してくれてありがとう。私の、"王子様"』


 最後まで控えめに微笑んで、ヴァイオラはイギリスへ帰国した。華々しい門出を、引き止める理由は何もない。俺は止めず、彼女を見送った。

彼女の別れにとびきりの寂しさを感じるのは、今度会った時きっとビックリするほど綺麗になっていると確信しているからだろう。

ずっと、今のままではいられない。それはとても寂しくて、きっと喜ばしいことなのだ。


それがよく分かっているから――彼女は挨拶には来なかったし、俺も会いには行かなかった。


カレン・ウィリアムズ、アメリカの経済王。後継者が決まった段階で、カレンはカイザーを連れてさっさとアメリカに帰った。父親を引きずり回して、凍結していた口座を解除させたらしい。

彼女は俺よりも、俺が引き抜いた――と思い込んでいる――アリサや護衛のすずかと何度も接触して色々話し込んでいた。いい予感が、全くしない。


何でも今後の彼女の事業には俺が含まれることになり、俺に関するあらゆる支援を取り行う事業展開を大々的に実施するらしい。まるで、俺が主役の物語を創造するように。


天敵であるディアーナとも、近々同盟を結ぶ予定と噂で聞いている。彼女と手を組める要因なんて、俺以外にはない。俺には全然聞かされていないのは、どういうことなのか。

別れを惜しむ感傷なんて、何もない。あの堂々たる生き方をする彼女に、俺は最期まで勝てなかった。彼女は良くも悪くも、素敵な女性だった。

カレンだけは何があろうと、少しも変わらないだろう。これから先も敵のように俺を困らせて、どんな時でも味方のように俺を助けてくれる。実に、困った人だった。


彼女達は、自分の人生に戻った。俺も早く、帰らないとな――



『――失礼。この声は、届いているかな』

「なっ!?」



 ホテルの部屋に設置されている、大型テレビ。電源も入れていないのに突然映像が出力されて、一人の男が映し出されている。

テレビ電話では断じてない。そもそも連絡系統は、自動人形技術にまで精通した月村忍が管理している。セキュリティは最新であり万全、あらゆる部分でこの部屋は守られている。

蟻の子一匹入る隙もないこの部屋を簡単にくぐり抜けて、男がにこやかに語りかけてくる。


『私を覚えているかな? 日本へ帰る君と少し話がしたくてね、勝手ながらお邪魔させてもらったよ』


 白衣を着た、一人の男性。師匠に弟子入りする前に偶然会った、得体のしれない男。その時は分からなかったが、事情を知る今となってようやくピンときた。

周囲を見渡して誰も居ないことを確認し、テレビの前に陣取る。


「カレンに異世界の技術を提供した博士というのは、あんただな」

『娘達が世話になったね。親代わりとして、礼を言わせてほしい』


 俺が望んで受け入れた他者とのつながりが、俺の手を離れて勝手に結ばれていく。それは可能性を生み出し、同時に厄介事も招いていく。

自分で選んだ以上は、自分で解決するしか無い。それでこそ、人間関係というものなのだから。


戦いは終わっても、人生は続いていく。
















<エピローグへ続く>








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