とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第七十六話





「――我が庭でそのような騒ぎが起きていたとは。褒めて遣わすぞ、下僕。四十八カ国もの国々に、私の下僕に相応しき男である事を認めさせたのだな」

「……そういう解釈で喜ばれるとは思わなかったよ」


 異国ドイツで唯一の安住の地、夜の一族の別荘。その一室に君臨する暴君を相手に、平和式典での出来事を事細かく説明させられていた。

昨日の今日なので記憶には新しいが、多分この先も忘れられないだろう。爆破テロ、御曹司誘拐、要人襲撃に続く、国際的大事件に発展してしまったのだ。

負傷者も死者も出ていない円満な幕引きであっても、規模がでかければ良くも悪くも世界に影響を与えてしまう。現代は情報社会、発展した科学技術を恨んでしまう。

俺の苦労も知らずに、ドイツの姫君はいつもの下着姿で高級ベットに優雅に寝そべっている。寝ようと思ったのに、早朝から呼び出されたのだ。


「それで、英雄として祭り上げられたお前は愚民共にどう応えたのだ?」

「テレビや新聞を見ろよ。おかげさまで、大々的に飾って下さっているぞ」

「情報媒体なぞ、後で下僕を愛でる材料にしかならん。お前の口から聞きたいのだよ、下僕」


 この時何を言っているのか分からなかったが、後で長に聞くと俺に関連するニュース類を全て保管してくれていたらしい。新聞を切り抜き、テレビを録画してまで。

夜の一族の吸血鬼、永い時を生きる彼女だからこそ時間の大切さを知っている。退屈を嫌う彼女は、俺の武勇伝を見聞きして楽しんでいるようだ。

俺の主を名乗るカーミラは、俺がドイツに留まらない事を知っていたのだろう。別れを惜しむ無様な姿を見せず、自分だけの時間の中で孤独を癒す。


ドイツの姫君は寂しがり屋で、とても強がりな少女だった。


「平和を願うヴァイオラの歌に感化されて、観客達が怒涛の"サムライ"コールだよ。剣を持っている日本人が全て、侍とは限らんのに」

「我が庭を荒らす賊共を、私に忠誠を誓いしその剣で一人残らず斬ったのだ。名誉ある称号ではないか」

「お前も斬ったつもりなんだけどな、俺は!」


 朝御飯である新鮮な果物をついばみながら、カーミラはご機嫌に笑っている。爆破テロ事件があそこまでややこしくなったのは、間違いなくこいつのせいである。

日本の剣士とドイツの吸血鬼、人でなしと化物。お互いに殺す事しか頭になく、世界平和なんぞ頭の片隅にもなかった。ただ怒り、憎しみを滾らせて、殺し合っていた。


運命なのか、時代の流れなのか、人ならではの関係でしかないのか――俺達は世界の平和を祝う式典での会話に、華を咲かせている。


「当然、このカーミラ・マンシュタインの下僕であることを世界中に知らしめたのだろう」

「マンシュタイン家の名前なんぞ出したら、大パニックになるだろうが。日本の男ってのはな、言葉で己を飾らないんだ」

「ならば何を持って、己を語る」

「背中だよ。俺はこの背を見せ付けて、世界に己自身を名乗ったんだ!」


「何だ、逃げたのか。つまらん」

「バッサリ切りやがった!?」


 そもそもどの事件も俺一人で解決していないのに、なんで手柄を独り占めしなければならんのだ。そんなみっともない真似が出来るか。

日本人ならではの謙虚さなんぞ持ちあわせてはいないが、羞恥心は人並みにはある。あの瞬間、あの時は、確かに世界が注目していたが――俺は自分から、舞台を降りた。

俺を讃えてくれる世界中の人達よりも、俺が泣かせてしまった女の子一人を優先した。


「甘い男だな、貴様は」

「情けなんぞかけていないぞ。むしろ、俺は彼女の尊厳を踏み躙ったのだ」

「ヴァイオラ・ルーズヴェルトをその場に置き去りにしなかった理由を、言ってみろ」

「……」

「ふふ、貴様はそれでいい。賞賛も名誉も全て、私が与えてやる。お前は、自分のやりたいことを自由にやればいい」


 この時初めて、彼女はヴァイオラの名を言った。敗者に告げたのは侮蔑ではなく、むしろ賞賛に近い思い遣りであった。

誰にも心を開いていないのかと思いきや、同じ家に住む住民にそれなりの思い入れはあったらしい。泣き崩れた彼女を、馬鹿にすると思っていたのに。


ヴァイオラ・ルーズヴェルト――彼女は朝早く、荷物を纏めてこの別荘を出ていった。















「王子様が気にする事ではありませんわ、彼女が自分から出ていったのです」

「婚約を一方的に破棄したのは俺だぞ」

「あら、誤解なさっていますわね。わたくしは、ヴァイオラ・ルーズヴェルトを褒めているのですのよ。
未練たらしく王子様の情けに縋らず、潔く身を引いた――どの国の、どのような環境に置かれようと、女とは誇り高くなければなりません」


 珍しく、カレン・ウィリアムズからお茶に誘われた。カーミラに朝から呼び出されて眠くて仕方なかったが、今回の件で彼女には恩義がある。断れなかった。

実際、彼女が別荘に帰ってきたのはつい先程である。一睡もしていないはずだが、全く疲れた顔を見せていない。美貌は曇りなく、健在であった。

経済界の女王は百万ドルの笑顔を惜しげも無く、俺に見せてくれている。


「早々と退散して悪かったな。誇り高きお嬢様の演説、聞きたかったんだけど」

「王子様の代役を務められるのは、わたくし以外におりませんでしょう。名誉あるお務めですわ」

「――ちゃっかり、アメリカの権威と威信も訴えたらしいな」

「機会とは活かさなければなりません。わたくしの役割を果たしたまでですわ」


 主演男優と女優が降りた舞台を引き継いだのは、スポンサーの女性であった。主演女優に匹敵する華のある女性の登場は、観客達の不信不満を吹き飛ばしたらしい。

平和式典に参席する一員でしかなかったというのに、彼女は世界中に平和と発展を願う演説を行って、万雷の拍手喝采を浴びたようだ。

表の世界の賞賛は、裏世界の発言力に繋がる。要人襲撃事件では人質となった恥を被害者の立場まで利用してそそぎ、悲劇のヒロインとしてメディアを大々的に飾った。

嫌味というか、そつがないというか、その際自分を救い出してくれた英雄として俺に涙ながらに感謝を述べたらしい。利用されたというのに、これでは怒れない。


この娘との関係は、実に奇妙だ。明確に敵対しているのに、彼女は俺を陥れようとはせず味方してくれる。


「王子様だってなかなかの役者ぶりだったではありませんの。泣いている彼女の手を引いて、栄光の歓声を背に立ち去っていった。
平和を願うあまり感極まった女性をエスコートするそのお姿、感激いたしましたのよ」

「歌に聞き惚れていて、見ていなかったくせに」

「歌に罪はございませんわ。敵であっても、傾聴に値する歌声であれば耳を傾けるのが文化人というものです」


 駄目だ、弁論で勝てる気がしない。セイレーンの歌声は、同種族でも効果が高い。魅了されていた失態も、彼女の弁にかかればこの通りである。

彼女は、本心から世界の平和を願ってはいなかった。かといって、破滅を願うほど絶望もしていない。心無き歌声は、人々の理想像には勝てなかったのだ。

ヴァイオラの涙は、人々を映していない。悲嘆に暮れて、泣いていただけ――他の誰でもない、俺が傷付けて泣かせてしまったのだ。

人前で泣かせて、反省も後悔もしていないのだから、我ながらつくづく人でなしであった。


「女性の涙は高く付きますわよ、王子様」

「身に染みて思い知らされているよ」

「けれど――女の一人も泣かせられない軟弱な男なんて、わたくしの好みではございませんわね」

「……慰めてくれている?」

「あら、心外ですわ。わたくしはいつでも、王子様を想っておりますのに」

「いつか絶対、あんたも泣かせてやる」

「その時は貴方の胸を借りますわ」


 彼女は、日本茶を入れてくれた。つくづく何を考えているのか分からないが、飲んだお茶はとても温かくて美味かった。

気遣いも出来る女性、それでいて計算高い。健気な態度にも打算があり、感情の細部に至るまでロジックが組み込まれている。本心は、何処にあるのか。


ただ言えるのは、落ち込んでいた時に彼女が側に居てくれたということだ。















「王女より、話は伺いました。平和式典、やはり残党が潜んでいたそうですね。お怪我はありませんでしたか?」

「ボスの座を継ぐのならば、ポーカーフェイスを身につけた方がいいぞ。一睡もせず、玄関先で待っていてくれなくても」

「……たまたま目が覚めただけだというのに、頭に乗らないでくださいませんか?
全く――少し身体を許しただけで、すぐに男というのは女を理解した気になるのですわね。不愉快です」


「お前の妹は、物音一つで目を覚ます殺人姫」

「クリスチーナ……あの娘ったら……!」


 実はカーミラやカレンより、彼女ディアーナと先に会っていたのである。平和式典後も一晩派手に立ち回った俺達を、彼女は出迎えてくれたのだ。

そんな乙女の一面を、妹のクリスチーナが嬉々として告げ口してくれた。姉の恥は、妹の喜び。仲が良いのか悪いのか、判断に困る姉妹である。


それでもこうして話せるようになったのは、間違い無くクリスチーナが姉と話してくれたからだろう。後で、遊んであげよう。


「私は、平和式典に行くのは反対しました。貴方が今も狙われているのを知っていたからです。
それでも強行したのですから、せめて事の経過を話す義務はあるのではありませんか」

「無事に帰ったのに、やけにつっかかるな」

「子供の父親がいなくなるのは、困りますから」

「一人で育てると、言ったくせに」


 目が釣り上がった。やばいやばい、この手の話題はまだ地雷らしい。ロシアンマフィアのボスに睨まれて、日本に生きて帰れる自信はない。

忍と相談して対策は立てているが、この緊張感をまず緩和しないことには始まらない。説明といっても、別に大事になった訳ではないのだが。


「大した話じゃないよ、テレビは見ていたんだろう? 式典の列席者や観客達への対応はカレンに任せて、俺達は引き上げようとした。
ただあの式典の様子はメディアを通じて、世界中に流れていたからな。ドイツに潜んでいたテロ事件の残党達や、アンタが懸念していたロシアの刺客にばれちまったんだ」

「聞きたいのは、そこからです。場合によっては、ここも撤退しなければなりません」

「おいおい、今更出ていくつもりか!? お前も、クリスチーナも、俺が守るといっただろう」

「い、いえ、その……貴方や皆さんも一緒に、という意味だったのですけど……」

「げっ、そうだったのか!? いや、あのな――別に他意があった訳ではなく」


「……」

「……その、手」


「あ、悪い。つい、握っちまった」

「嫌だと言っていないのに」

「――と、とにかく、さっきのは聞き流してくれ」

「残念ですが、マフィアに一度言ったことは取り消せません」

「うぐぐ……」


「――絶対に、勇敢で優しい貴方の子を産みますから」


 勇敢も何も、手も足も使えない俺がテロリスト達を倒したのではない。こんな俺を守ってくれる、護衛チームが見事に機能しただけだ。

妹さんが敵の動きを事前に察知して、ファリンが迎撃、ローゼが全員捕まえて、忍が夜の一族の力で敵情報を全て吐かせる。この連携プレーで、見事敵勢力は壊滅した。

こう言うと容易く聞こえるだろうが、あの群衆の中動くのは大変だった。出来る限り裏で動いたのだが、群衆に紛れる敵を倒すのに人目を忍ぶのは無理だった。


平和式典を荒らすテロリストと、事件の数々を解決した俺達との戦い――その一部始終を、どこまでメディアが捕捉したのか調べたくもない。


全員捕まえた後警察関係者を呼んで後始末を任せて、撤退。敵の尾行もそうだが、メディアの追跡も厄介だったのでベルリン中逃げ回った。

一晩かけた追跡劇、カーチェイスの連続。何とか人の目を逃れてローゼがガジェットドローンを召喚、命さながら別荘まで帰還したのである。


近代アクション映画も真っ青の大混乱だったというのに、忍はずっと俺にしがみついて楽しそうに笑っていた。くそっ、あいつ、人の苦労を喜びやがって。


「新手が来るかもしれないけど、ひとまずはこれで落ち着いたと思う。憂いなく世界会議も再開されるし、お前達も大手を振ってロシアに帰れるさ」

「本当に、ありがとうございました。貴方に頼って、よかった」

「礼は妹さんやローゼに言ってくれ。俺は、自分の火の粉を払っただけだ」

「あら、まだ払えていませんよ」

「えっ……?」


「クリスチーナが大活躍した貴方にすっかり夢中になって、ロシアに連れ帰ると聞かないんです。無事日本に帰りたいのなら、あの子を負かさないと」


「うぬぬぬ……弱点とか、ない?」

「父親には弱いですわ。父親には」


「しつこいぞ、いい加減!」

「帰れと言われても、絶対帰りませんから!」


 世界中を荒らし回っても、こうして日陰に戻って安穏としている。夜こそが、日陰者には相応しいのかもしれない。

けれど、表にも未練はある。日の当たる世界で、帰りを待ってくれる人達がいる。人は、闇の中には生きられないのだ。

だからこそ、俺はこの闇の世界も変えたいと思っている。闇に息づくには、彼女達はあまりにも魅力的過ぎる。このまま時代の闇に生きるのは、もったいない気がするのだ。


彼女、ヴァイオラ・ルーズヴェルトは闇に帰ってしまった。鳥籠に戻ったあの娘はもう、出てこない。


一緒に連れ帰ったカミーユは、自分が何とかすると言ってくれた。友達としてありがたいと思う。あいつなら、彼女を慰められるだろう。

カミーユに任せるべきだと思うし、婚約を一方的に破棄した自分が今更どうこう言える筋合いもない。けれど、このままでいいのか――?



この日の夜、綺堂さくらより――ヴァイオラ・ルーズヴェルトが本国に帰国すると、連絡があった。















<続く>








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