とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第七十三話





 いつの日だったか、妹さんこと月村すずかに聞いた事があった。


『妹さんが聞いている"声"というのは、耳から直接聞き取れるのか?』

『外界を感知するべく、多種類の感覚機能を用いています』


 夜の一族の祖先、最長老の血を受け継いだ闇の王女。クローン技術で培養された、世界で唯一人の純血種。まだ幼いが心は深化し、心は神の領域に達している。

最近は打撃による徒手格闘技術を練習しており、遺憾なく才能を発揮している。心のみならず肉体まで進化すれば、将来は並ぶ者無き王となり得るだろう。


月村すずかを特別たらしめているのは血、王の血が与えたのは民の"声"を聞く絶対能力。


『外界とはまた大きく出たな……世界中の人の"声"が聞こえるのか』

『人に限りません。物質の構造や物に宿る思念も、イメージとして捉えられます。カミーユ様が誘拐未遂に遭われたホテルでの事を、覚えておられますか?』

『ああ、妹さんが助けに来てくれたよな』

『あの時も、道路や建物に宿る思念を通じて剣士さんを発見しました』

『えーと、分かりやすく言うと?』


『直接的な表現ではありませんが――ホテルに"聞いて"、剣士さんと合流致しました』


 絶句した。万物の声を聞く能力、種族や生物の垣根を越えての意思疎通。人間のみならず、物質との交流まで可能とする。想像を遥かに超えた力であった。

能力自体にも驚かされたが、"声"を平然と聞き分けられる妹さん本人の感性にも驚愕させられる。過去、欧州の覇者達が洗脳までして我が物にしようとしたのも頷けた。


普通の――否、人間であれば誰であろうと精神を保てず廃人と化すだろう。世界から絶え間なく、"声"を聞かされるのだ。気が狂ってしまう。


『よく聞き分けられるな、妹さんは。この世界、人と物の集合体だろう』

『生まれ持っての感覚なので、「成否」を疑った事はありません。多くの人達に求められ、一時期「正否」については考えた事もありましたが、今はもうハッキリしています』

『能力の使い所が、分かったと?』


『剣士さんを護る為です。今は生きる事に、喩えようのない喜びを感じております』


 愛の告白なんて陳腐な表現では片付けられない、純真無垢な想いの吐露。涼やかな表情に温かな感情が灯り、大人でさえ赤面してしまうほどに妹さんの微笑みが眩かった。

美しき王女様にここまで想われる王子でありたいとは思うが、理想と現実の壁はなかなかに厚い。まずは、自分の体を一刻も早く治さねば。

そんな俺の頼もしき護衛さんが別荘で対策会議した時、強く反対したのだ。


『剣士さん、ヴァイオラ・ルーズヴェルト様と今晩デートされるとの事ですが』

『ははは、忍を姉に持つ妹さんとしては反対かな』


『彼女には、気をつけて下さい。極めて危険です』


 笑い話にしようとしたら、この反応。決して茶かさず、反対もせず、ただ己の職務に忠実に、護衛の立場から反対を唱えた。

俺への厚意からの反意ではなく、俺の身を案じての忠告。俄然思考を切り替えて、妹さんに向き直った。彼女の意見が今まで、間違えていた事はない。


ロシアンマフィアやテロリスト達が襲撃してきた時と同じ、あるいはそれ以上に――危険視している。


『夜の一族の血は、大いなる祝福を与える。ヴァイオラ・ルーズヴェルト様は、私の対極に位置します』

『妹さんは、万物の声が聞けるんだよな。その反対というと……?』



『剣士さん。絶対に――彼女に、"歌わせてはいけません"』















 試作機ガジェットドローンII、航空型。最新型自動人形ローゼが指揮する機械兵器の一つであり、全翼機のような形状をしている航空機である。

今後の運用では戦闘機として固定砲門2門を固定兵装する予定との事だが、今回ローゼに呼んで貰ったのは運搬用の航空機。この飛行機で、ドイツの首都ベルリンまで運んでもらう。

ローゼは運転手兼護衛役、他の自動人形であるノエルはカーミラ達の、ファリンは月村すずかの警護。その当人である妹さんは、別行動。忍と、一緒に。


『妹さんはともかくとして、何でお前までデートについてくるんだよ』

『恋する乙女は悔しくて、デートの邪魔をしちゃうの』

『――殺していいぞ、妹さん』

『はい』

『はい!? それは冗談として、今のこの時期にデートしちゃう侍君達のフォローは必要でしょう。何かあった時の為に』


 夜の一族への対策会議で最重要懸念事項として挙げた、ヴァイオラ・ルーズヴェルトとのデート。実はこのデート、昨晩彼女から急に誘われたのだ。

対策会議に出席してくれたカミーユ達は、当然反対。要人テロ襲撃は世界中を揺るがす大事件で、爆破テロ及び御曹司誘拐の影響も合わさってドイツは今大いに揺れている。

ロシアンマフィアやテロリスト達は概ね逮捕されたが、ディアーナやクリスチーナを狙う刺客やテロリスト達の残党が今俺達を狙っている。外に出るべきではない、全会一致だった。

俺がこのデートを考慮したのは、彼女本人がその危険性を考慮している点だ。彼女は決して、世間知らずなだけの御嬢様ではない。


『その何かというのは当然、マフィアやテロリスト達との因縁だけじゃないよな』

『今回のデート、侍君はヴァイオラさんからの挑戦だと受け止めたんでしょう。彼女が初めて、他人を知ろうとしている』

『今回の件を逃したら、多分一生心を開いてくれないと思う。同じ部屋で毎晩過ごして、物理的距離を縮められてようやく実現した交流の機会なんだ』

『……交流に成功したら、一緒に寝るのはやめた方がいいよ。好きになった男の匂いって、夜の一族の女には結構"疼く"から』


 忍の忠告に、何故かカミーユが顔を赤くして黙り込んだのが気になる。吸血鬼が興奮するのは人間の血の匂い、惚れた男の血は美味くて噛み付かれるのかもしれない。

ともあれ、この機会を逃したくはなかった。俺が議題に挙げたのは、賛成か反対か聞きたいのではない。デートを安全に実現出来る、堅実的なプランだ。

一人の女、しかも婚約者である女が意を決してデートに誘ったのだ。恥をかかせるなんて真似は、絶対に出来ない。一人前の男となるべく、海外へ来たのだ。

妹さんや忍の別行動は、そのプランの一環であるという。


『二つの護衛チームで動くの。一つはローゼちゃんとこの私忍ちゃんとのチーム、もう一つはすずかとファリンの主従コンビ。
すずか達は先に現地へ向かって周辺の安全を確認、その後要警戒。私とローゼちゃんで侍君とヴァイオラさんの二人を警護する。

デート場所も、ヴァイオラさんから指定されているんだよね』


『"ブランデンブルク門"』


 ベルリンの壁の崩壊、ドイツ統一の象徴と呼ばれる門。東西ベルリンの中心に位置しており、ブランデンブルク門はベルリン市民の心の拠り所である。

この門は三年もの歳月をかけて建設されて、高さ26メートルに幅65メートル、奥行きは11メートルもある。東西ベルリンの境界線が通っている場所だ。

男と女、人間と人間外。光と闇とを分かつ俺達そのものを示すかのような場所を、彼女は選んだ。


『夜のデートとしては最適なんだけどね。ベルリン大聖堂とブランデンブルク門、この二つはドイツでも人気の観光スポットなんだよ。
ベルリン大聖堂にスポットライトが当たって、ベルリンの夜がとても優美に浮かび上がるの』

『ライトアップで表現するメッセージは"平和"――多くの国際的事件が起きたベルリンの今後の発展と平穏を願って、現在平和式典が行われています。
アメリカ、イギリス、フランス、ロシアを筆頭に、48カ国もの国々が参加する世界平和を願った式典。今晩も、多くの観光者が集まるでしょう。

この式典が行われているベルリン大聖堂、世界各国の人々が列を成すブランデンブルク門。この場所に今、剣士さんが行くべきではありません」

『ヴァイオラじゃなく、俺が……? 何でだよ』


『何で、とか言っちゃった!? ボク、頭痛くなってきた……』 
『ほら、自覚していないでしょこの人』
『忍御嬢様が言っておられた通りですね』
『でもでも、ライダーは世界平和を体現するヒーローですから』
『お馬鹿さんな主の為に、賢いローゼが力添えするしかありませんね』
『どのような方であっても、剣士さんをお守りするのが私の仕事です。どのような方であっても』


 妹さんまで、何か二回言ってるし!? そんなに強調するほど馬鹿なのか! 言いたいことは分からんでもないが、大袈裟だろうこいつら。

確かにドイツで起きた一連のテロ事件に全て俺は関与しているけど、所詮日本の片田舎に住んでいる庶民だぜ? いい加減祭り上げるのも飽きてきているだろう、大衆も。

人里離れた別荘で引き篭っているので世界状況は分からないけど、カレンとかに聞くと下火になってきているようだからな。多分、大丈夫だろう。


世界平和式典に直接参加するならともかく、一観光者として見物するだけだ。日本の男とイギリスの女の単なるデート、二人だけの世界を過ごせばいい。


その後も大いにもめたが、剣道着を着ずに目立たない服装で行く事を条件にデートを許された。お、俺がこの別荘の主人なんだけど……?

カミーユも最初は断ったそうだが、俺達が行くとあって父の付き添いで式典に参加する事を連絡。カミーユは主催者側、忍達は観客側より俺達を護衛してくれる。


『カレンさんやカーミラさんには、どう説明するの? 黙って出ていく事は出来ないと思うよ』

『カーミラは俺から説明する。あいつはどうせ面倒くさがり屋だから、人が多い所にわざわざいかねえよ。ノエル、悪いけど面倒見てやってくれ』

『分かりました、お任せ下さい』

『カレンさんは? 君の立場を顧みれば、彼女は絶対反対するよ』

『――カミーユ君、僕達は友達だよね』

『ボ、ボクから説明するのは無理だよ!? 無理無理、絶対無理だから!』

『カミーユ』

『――や、やだ、そんなに顔を近付けないで……

わ、分かったよ……オードラン財閥から、正式に式典へのお誘いをかけてみる。君の事も話すからね、ちゃんと!』

『ありがとう、持つべきものは友達だな!』

『わっ、わっ、手を握っ――!?』


 後はロシアだが、そもそも彼女達は狙われているからこの別荘へ来たのだ。わざわざ標的になりにはいかない、その辺は二人もちゃんと分かっている。

俺が出て行く事には強硬に反対したが、不幸中の幸いというべきかディアーナと仲違いしているのが聞いた。勝手にしろと言わんばかりに、最後は彼女に扉を閉ざされてしまった。

より険悪になってしまったが、彼女については秘策がある。今はヴァイオラとのデートに集中する。

クリスチーナは話を聞いて、意外にも別荘に残ると言ってくれた。


『ウサギ、ディアーナと喧嘩しているの……?』

『――ちょっとな』

『しょうがないな……クリスからディアーナに言ってあげるよ、ウサギの事』

『お前が……? ディアーナの事、嫌いじゃなかったのか』

『次のボスの座を渡したくなかっただけ。パーパもボスも今ではどーでもいいし、ウサギが困っているなら力になってあげる!』

『……、お土産買ってきてやるからな』

『うん!』


 こうして、全ての準備が整った。デート一つに大層な騒ぎになったものだが、今のベルリンは言わば国際社会の火薬庫。注意するに越したことはない。

デートの場所をブランデンブルク門一つに指定したのも、彼女なりの配慮なのだろう。俺は足が満足に動かないし、彼女も立場上自由には動けない。


そして勿論――意図もあるはずだ。静けさを好む女性が、わざわざ人の多い場所を指定した。それも今世界中が注目し、世界の平和を謳っている場所を。


何が目的なのか、正直なところ分からない。ただ、彼女の心の内は間違い無く聞ける。最初で最後のチャンス、必ず交流を結んで彼女の血を飲んでつながってみせる。

妹さんがいれば人が多くても、不穏な気配にすぐ気付ける。ローゼやファリンも居る、爆破テロ事件のような騒ぎには断じてならない。必ず、防げるはずだ。

他人に助けられてばかりだが、屈辱には感じない。俺が望んでつながった人達、助けられることにむしろ感謝するべきだ。彼女達が力を貸して、用意してくれた機会。成就して見せよう。


ローゼがガジェットドローンを呼んだ頃、ヴァイオラ・ルーズヴェルトが姿を見せた。


『待たせて、ごめんなさい』

『……』

『どうしたの?』


『主は、貴方に見惚れているようです』


『違うわ!』

『違うのね……』

『あ、いや、うん――き、綺麗だとは思うよ』


 デートだからといって、着飾るような女性ではない。今は目立ってはいけない情勢、服装としてはむしろ慎ましい。だからこそ、彼女自身の美が強調されてしまっている。

妖精と名高い、イギリスの麗しき姫君。社交界の坊ちゃん達がこぞって求婚するのも頷ける。彼女とのデートのチャンスなんて、それこそ世界中の男が望んでいるのだろう。


この機会を与えてくれたのが、仲間達だ。その誇らしさが、無骨な俺に手を差し伸べさせた。


『行こう、ヴァイオラ。ベルリンへ』

『ええ』


 手は繋いでいても、身体の温もりを感じていても、心はまるで繋がっていない。形だけの婚約、今のままでは政略結婚として完結するのみ。

進展させなければ、彼女との関係はありえない。危険だと分かっていても、今は外に出て彼女との交流を優先する。仲間達が、見てくれているのだから。


目指すはドイツの首都ベルリン、ブランデンブルク門――人々が世界の平和を願い、恋人達が愛を謳う。















<続く>








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