とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第二十九話







 『ファリン・K・エーアリヒカイト』、ノエル・K・エーアリヒカイトの妹。

本日公開された採用試験の内容は人探し、行方不明となったノエルの妹を見つけ出す事だった。

依頼料は綺堂さくらからの信頼。形無き報酬だが、金の成る木の種となり得る。

20万円以上の高額な仕事を提供してもらう為に、月村一族の佳人の信用を得なければならない。


「期限は一ヶ月、違約金は20万円。契約内容は以上で宜しいかしら?
額面上の書類は無いけれど、一度正式に結べば無効には出来ないわよ。

結果の出ない過程を評価するつもりは無いわ。どれほど努力しようと、見つけ出せないのならば意味が無い。
口約束で済ませるつもりは無いわ。必ず支払って貰う」


 金持ちに尻尾振るのは我慢ならないが……綺堂さくらは別。金の本当の使い方を知っている女傑である。

悔しいが性別を超えて、人間的な器で俺は彼女に遠く及ばない。

プレイベートではなくビジネスで相対して、改めて人間としての差を痛感した。

とはいえ、嘆く事ではない。期待以上の成果を見せて、思い知らせてやればいい。


プレシア・テスタロッサとは別種の強者――確立された、大人の女性を。


「あんたらしくない念押しとは、期待されている証拠と受け取っていいのかな?」

「……クス、勿論よ。次に逢う時を楽しみにしているわ」


 これにて契約は成立。違えればこれまでの拙い関係も白紙、見下ろされる側に立たされる。

言葉だけの約束だが、金銭と信用が密接に絡んだビジネスの取引。嘘偽りは許されない。

冗談の中にさえ、駆け引きが行われている。


――見つけ出せるまで、接触は禁止。途中経過や報告、世間話など不要。


成功して初めて知人、負ければ赤の他人以下。

綺堂さくら個人に限った話ではない事くらいは、義務教育レベルの俺でも理解出来た。


――ノエル・K・エーアリヒカイトの妹。この切り札も使えない。


ノエルや月村と連絡が取れないのも、この件が関係していると睨んでもいいだろう。

本当は見つけ出すまで話すつもりも無かったのだろう。

俺の決意表明に対する、綺堂からの返礼。武器として扱えれば、脆い信頼の欠片は粉々に砕ける。

話し合いを終えて、八神家の近くまで車で送ってもらう。

俺を送り届けた後は振り返りもせずに、高級車は夕闇に溶けて消えて行った。

別れの挨拶は一切無い。ここまで徹底されると、むしろ清々しい。


「……花見の場所取りよりはマシだろう、多分」


 馴れ合いの延長で頼み事を聞くよりも、仕事として割り切って貰った方が俺もやりやすい。

人間関係の育成にまで手を伸ばすつもりは無いが、綺堂さくらとの縁を断ち切りたくはなかった。


――自分の世界を広げていく為に。


贅沢が一番の敵だった、金のない生活。貧窮と孤独を友にした、放浪の旅。

他人から汚らしいガキと嫌われようと、自分独りの責任で定められた生活は悪くなかった。

人と関わらない生き方は風通しが良く、何処までも自由だった。


そして、何も残らなかった。


彷徨い続けた果てに訪れた地――海鳴町は、こんな俺を優しく受け入れてくれた。

山と海に囲まれた自然豊かな町に生きる人達の中には、俺がかつて捨ててしまったものが宿っている。

今更、取り戻そうとは思わない。でも、知る事は出来る。

金そのものを追い求めるのではなく、自分自身で手に入れられる人間になるべく、金のある人間達の世界へ足を踏み入れる。

地獄の沙汰も金次第、貧乏人には想像も出来ないスケールが在る筈だ。

未知なる世界を夢見て胸を高鳴るのは、旅人の性なのだろう。平和で落ち着いた家庭生活は悪くはないが、性には合わない。


「……皮算用している場合じゃねえな。期待通りに事が運ぶとは限らない、特に俺の場合は。
手掛かりは写真一枚、下顎しか写っていない。複製して街中に張り回っても効果はないな」


 『この人を探しています』と張り紙をしても、誰だよとツッコミが来るだけだろう。

目撃者を探したところで、この写真では近隣の住民に首を傾げられて終わる。

怪しい人物を見なかったかどうかを訊ねれば、怪しいのは平日剣道着で歩き回るお前だと通報されそうだ。


「くっそ、身内に訊ねればすぐ分かるんだが……連絡出来ないからな……
大切な妹が行方不明になったんだから、ノエルだって自分でも探して――

――あっ、そうだ。ノエルの妹なんだぞ、こいつは!

ノエルは女なんぞに興味がない俺でも見惚れてしまうほどの美女だ。当然、同じ遺伝子を持つ妹も可愛いに決まってる。

何よりノエルは国籍は不明だが、明らかに外国人。血の繋がりがあれば、妹だって外人だろう。

こんな田舎町で西洋の美少女が歩いていれば目立つに決まってる。


『外人の女の子』、『西洋の血をひく美少女』――これをキーワードに街中に聞いて回れば、簡単に見つけられる」


 この勝負、貰った。敵は本能寺にあり。

恵まれた環境で生まれ育った、容姿端麗な女性――普段から注目される事に慣れてしまっている、それがお前の弱点。

大都会とは程遠い海鳴町でノエルやお前のような美人が歩いているだけで、話題になる事に気付いていない。

愚かなリ、綺堂さくら。美女であるがゆえに、お前はこの重要な要素を見落としてしまったのだ。

よーし、明日中に探し出して速攻で奴の下に差し出してやる。妹様・・が嫌がるようならば、力ずくで攫ってやる。

家出少女の理由なんぞ知った事ではない。俺の任務は探し出すだけだからな、あっはっは。


「くくく、馬鹿め。こんな田舎町で外人の女の子が歩いている訳がなかろう――に……?」


 大笑いしたくなる衝動が一気に引っ込む。あまりの衝撃に、帰宅する足が止まる。

五月の事件以後再建された八神家、俺の新しいセカンドハウス。


――その門構えに、金棒を持った鬼が立っていた。


玄関の空気を揺らす濃厚な殺気、強大な怒りが髪を苛烈に染め上げる。

殺意に凝縮された蒼い瞳が俺を貫いた瞬間、ニタリと唇を歪ませた。

笑顔という名の殺意が、俺一人に向けられる。


「……待ってたぞ、てめえぇぇぇぇ……中でゆっくり話そうじゃねえか……」


 ――日本人離れした容姿、田舎町に住む外人の女の子・・・・・・

あ、案外近くに居るものですね、綺堂さくら様……これも貴方の想定通りなのでしょうか?

もしもこの赤い髪の女の子が一日中街中を探し回っていたのなら、多くの人達の目についている。

外人の女の子情報はその瞬間上書きされて、俺の探したい女の子には辿り着けない。

探し人の詳細情報が無いのだ、区別する材料をこちらから提示するのも不可能だ。


……何てこった……あの時放置した事が仇になった!


迂闊な行動はやはり後々に悪影響を及ぼすものらしい――

怒り狂った鉄槌の騎士に首根っこ捕まえれて、俺はボロ雑巾のように引き摺られて行った。










 




「――家族全員、揃いましたね? では第一回、八神家家族会議を始めます!」

「お〜!」


テンションの高い二人の笑顔満面の拍手が、食卓に響き渡った。

陽の光を失った曇り空は星すら覆い隠して、夜の闇に暗雲を漂わせる。

雨が降りそうで降らない微妙な天候のまま終えた日は、静かな夜でも落ち着いた気分を与えない。

その中で、世界中の子供達が憧れる幻想の住民は元気いっぱいだった。


「本日の議題は、八神家の一員であるリョウスケの御悩み相談です。
リョウスケは本当に駄目な人なので、ミヤ達が助けてあげなければいけません!」

「うんうん、家族の問題は家族全員で解決するのが一番やもんな。ええこと言うわ、ミヤは。
良介は特に自分で抱え込んでしまうところがあるから、こういう場は大切やと思う」

「……家族の意味を図書館で調べて来い、根暗少女」


 早く恩返しをして、とっとと出て行かねば養子縁組されてしまいそうだ。

車椅子の家主の温かな家族愛と、銀蒼色の妖精のお節介に溜め息が出てしまう。

こんな会議に参加なんぞしたくも無いが、対面でハンマー担いで睨む少女の視線に縛り付けられている。


「約束通り、全部話してもらうぞ。今度バックレたら、てめえの頭をゲートボールにしてやる」

「実は気に入ったのか、お前……? ちっ、分かったよ。全部話す。
別に隠さなければいけない事でもないからな」

「――ならば早く話せ。ヴィータから今日の貴様の問題行動は聞いている。
事情によっては、主への更なる進言を考慮せねばならん」


 今日買い物に出かけたのか、過ごし易い洋服に着替えている烈火の将。

彼女の隣に座る金髪の女性もエプロン姿の普段着で、控えめではあるが美しさを惹き立てている。

美人は何を着ても華やかに魅せる。俺を軽蔑の目で見ている分を差し引いても。

傍で座る大きな犬が西洋のアットホームな雰囲気をイメージさせた。


「ゲートボールが終わってから、俺は――」


 話と言っても、正午まで八神家一同でゲートボールの試合だったのだ。それほど長くはならない。

テーブルクロスの怪人に襲撃を受けた事、鉄槌の騎士の救援で退けた事。


ミヤの救護と家族会議の約束――そして、綺堂さくらからの依頼。


「何故、ヴィータとミヤを残した? 我らを傍に置く事が、貴様との生活を成立する理だった筈だ。
我ら守護騎士は誓いを重んじる。
敵であれど相手との約束を尊ぶ心を持たない人間を、我々は決して信用しない」


 触れただけで切り裂かれそうな弾劾だが、理不尽ではない。

誓いを尊ぶ騎士の誇りが、約束を軽んじた男を許さない。

この追及は予想していた事なので、俺も動揺したりはしない。


だからこそ・・・・・、俺は二人を残したんだ」

「……? 言葉遊びで誤魔化すつもりか」

「午後に会った依頼人の要望で、俺個人で会う必要があった。
あんた達騎士が誓いを重んじるように、俺も依頼人との約束事は何があろうと守る。

でも、あんた達とも一応の停戦条約は結んでいる――

ミヤを残したのはその為。あいつが居ないと俺は合体が出来ない。離れている・・・・・からこそ、はやては安全なんだ。
俺とミヤが距離を置いていたのは、ヴィータが証明してくれる。
今日だけは、ヴィータはチームメンバーだからな。安心して預けられた」

「!? 依頼人とシグナム達、両方の約束を守る為に敢えてミヤを置いて行ったんですか!」

「……ちっ、だったら一言声かけていけよ。焦るだろうが」


 安心したように息を吐くミヤと、不機嫌な顔でそっぽ向くヴィータ。

信頼されていたのだと分かり、当事者二人は矛を収めてくれたようだ。

俺の隣に座るメイドがわき腹を突っついている。


なになに……ウ・ソ・ツ・キ? ほっとけ。


流石に天才少女は騙せなかったらしい。この程度で揺らぐ関係ではないので、特に問題はない。

後付けでも事実は事実。

はやてに害となる行動は取っていないのだ、不義理ではあるが騎士達との最低限の面子は保てる。


「騙されてちゃ駄目よ、ヴィータちゃん! この人が私たちとの約束を破ったのは事実なのよ!?
監視の目を盗んで何をしたのか、分からないわ!」

「魔力も何もねえ怪我人だぞ、こいつ。
今日の襲撃だって、アタシが駆けつけなければぜってぇーヤラれてたぜ」

「そもそも助ける必要はなかったのよ!
この人が死ねば、改竄された頁を――」

「――シャマル。主の前だぞ」


 怒りが収まらないシャマルに、ザフィーラの静止がかかる。

シグナムも納得はしていないようだが、はやての前で醜態を晒したりはしない。

不穏な気配が漂う会議の進行を察して、シャマルは渋々腰を下ろす。


分かってはいたが――それがお前の本音か、シャマル。


   俺の死を望む騎士。直接手を下さない分、漏れた本音は絶対の響きが込められていた。

俺もこれまで大勢の人間に死ね死ねと平気で口にしていたが、本気で死んで欲しいと思った事は無い。

アリサを殺した犯人は殺してやりたがったが、本人が隣に座っているので冷めてしまっている。

――シャマルは現在進行形、憎しみの連鎖は続いている。


「皆、ちょっと落ち着こう。
家族役を押し付けたんはわたしや。一緒に住んで欲しいと皆にお願いしたのも、わたし。

シャマル、良介に文句があるんやったらわたしにも言うて。わたしにも責任があるねん」

「そんな!? わ、私は決して主の決定に異を唱えるつもりは――」

「そうそう、そこなんよ。私が主やから納得出来へんけど我慢する、みたいな事はやめよう。
人間、誰もが他人に優しく出来るとはかぎらへん。人それぞれ違うもん。


――わたしはこんな足やから、よう分かってる……」


 車椅子の生活、両親の居ない暮らし。十代にも満たない少女が、幾つものハンディを背負わされていた。

他の誰よりも温かな女の子が、優しい嘘と醜い本音を知っている。

悟った顔で動かない足を摩るはやてに、歴戦の戦士達が息を呑んだ。


「だからこそ、言いたい事は我慢せず言うて欲しい。黙っていたら伝わらない気持ちだってある。
シャマルが良介の事嫌いやったら、無理に好きにならんでいい。わたしも押し付けたりはせん。

だって、わたしも良介の全部が好きな訳じゃない。嫌いなところもある。

実はな、先月わたしと良介大喧嘩したんよ。ほんまに酷い事したんよ、この人……
ほんまはまだちょっと怒ってるんやからな、わたしに内緒にしてた事は!」


 ――その内緒事が今火種になっているんですよ、主様。

本人が知らぬまま命の危機に晒していた事が、騎士達との大きな隔たりを生んでいる。

この溝は埋まらない、互いに歩み寄ろうとしない限りは。


「折角の家族会議や、皆が普段不満に思っている事を言うてくれたらええねん。
シャマルは良介のどんなところが悪いと思っているか、ハッキリ言うてくれてあげて。

わたしも一緒に叱ったる。良介は自由気ままやから、ビシビシ言わんとあかんよ。ほら!」

「そ、それは、その……何というか、あの……」


 死んで欲しいと思っている――家族と公言する主の前で、家族の死を願う言葉は吐けない。

俺を嫌う最たる理由は、夜天の魔導書の無断使用。たった今、はやてが口にしたばかりの喧嘩の原因。

素直に言えば、主まで不愉快にさせてしまう。騎士の忠誠心が、逆に本人を苦しめる。

家族なら遠慮なく言えるかもしれないが、家族という概念をプログラムは知らない。


――俺達が仲違いする本当の原因は、その欠落にあるのかもしれない……


「はやて、シャマルが困っているでしょう。無理強いしては駄目よ。
あたし達は家族としてスタートしたばかり、焦りは禁物よ」

「それはそうかもしれへんけど、こういう所でちゃんと言わんと溜め込んでしまうんよ。
わたしはそれが心配で――」

「大丈夫。はやてはあたしの家族だけど――それ以上に、大切な友達なの。
友達が困っているのを助けてあげたい。これって、あたしの我侭かな……?」

「う、ううん!? そんな事無いよ!
わ、わたしにとっても、アリサちゃんは本当に大切な友達やから――」


 うわ、はやての奴顔を真っ赤にしているぞ。よくあんな台詞を吐けるな、あのメイドは。

守護騎士といい、夜天の主といい、綺堂さくらといい、次々と信頼以上の関係を築いている。

あいつがもし男に生まれていたら、女を無自覚に次々と誑し込んでいたに違いない。

……お前が宝塚に入って金を稼ぎやがれ。


「あのね、はやて――良介は今、命を狙われているの。一緒に住んでいるはやても危ないかもしれない。
でも、お願い。どうか追い出さないであげて。貴女の大事な家族を、見捨てないで欲しいの。

貴女を守る勇敢な騎士達を、どうか信じてあげて」

「アリサちゃん。そんなに私達の事を……!」


 ――理屈で攻めれば、悪しきものとして切り捨てられる。だから、情に訴えかける。

責めるタイミングは、敵に弱点を気付かれる前。自分から問題点を投げかけ、追及の手を免れる。

敵の心理を巧みにつき、感情で攻めて、正論を視野の外へ押し流す。

俺が懸念していた問題を、アリサは簡単に攻略した。

決して、俺のような勢い任せではない。きちんとした解決策を用意している。


「シャマルと良介の事も心配いらないわ。だって――家族は助け合う・・・・ものでしょう」


 敵軍の総大将を優しく抱きしめながら、我が軍の名軍師は俺にだけ見えるように微笑みかける。

その頼もしくも恐ろしい微笑に、俺は身震いする。

アリサの言いたい事が、これ以上ないほどハッキリと分かった。



――明日からの仕事は、思い掛けない形で厄介の種が増えそうだった。

















































<続く>







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