とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第二十八話







 忌々しいが乗り心地抜群な高級車で案内された先は、以前世話になった別荘だった。

通り魔事件と誤解された俺の潜伏先、月村とノエルの三人で過ごした仮宿。

当時初対面に近かった俺を助けてくれたお嬢様とメイド、若く美しい伯母。

その彼女から仕事を頼まれるのは救われた恩を返す事になるのか――報酬を貰う以上、仕事の内容次第かもしれない。


「私の家でも良かったのだけれど、こちらの方が貴方には慣れていていいでしょう。
あの事件以後、誰も使っていないからそのままなのよ」

「そりゃあ三人で寝泊りしていたから、愛着はあるさ。
……素性の知れない者によく貸してくれたよな……可愛い姪も一緒だったんだぞ」

「忍の頼みだから断れないわ。一緒に寝泊りするとは思っていなかったけど――
あの娘が望まなければ、貴方は指一本触れられないのだから心配はしていなかったわね」


 傍に控えるノエルの力か、月村本人の持つ財力か――庶民の俺では手を出せないと、高を括っていたらしい。

何にせよ、俺の人間性は全く信頼されてなかったようだ。

付き合いが浅く、何より俺自身何の背景もないチンピラなのだから当然である。簡単に人を信じる高町家の面々が変なのだ。

守護騎士に魔導書の死神、綺堂さくらのように俺を不信に思う者達が常識的に見えた。


「お茶を入れるわね。コーヒーか、紅茶――若い剣士さんには、日本茶の方が好みかしら?」

「……おかまいなく」


 退院直後で怪我が残っているのはともかく、剣道着を新しく着用している俺に綺堂は微笑みかける。

背継加工の剣道衣に袴と着心地は良いのだが、洋服が一般的な現代日本では珍しい部類のようだ。西洋風美人のくせに、生意気な。

本当に入れてくれた日本茶を遠慮なく御馳走になり、俺はティータイムを過ごす。


「それで、わざわざこの別荘に連れて来て俺に頼みたい事とは何だ?」


 風景の良い土地に建てられた別荘、人里から離れた場所は過ごし易い空気に満たされている。

内装は豪華絢爛ではなくむしろ地味、人をリラックスさせる生活空間が成立していた。

当時の俺が屋根の下で束の間とはいえ他人と生活出来たのは、オーダーメイドならではの自由さが気に入ったからかもしれない。

落魄れた廃墟も好みだったが、こういう自然派住宅も悪くはない。

20万円の男にはまだまだ手の届かないが、いずれはこういう隠れ家も持ちたいものだ。

別荘だからこそ良いのだ、旅人に家族団欒のマイホームなど必要ない。

事件以後誰も使わなかったそうだが、埃一つ立っていない。ノエルが掃除したのだろうか……?


「本格的に頼みたい仕事は、貴方の実力を見定めた上で貴方に依頼させてほしいの。
まずは採用試験。テストといえど仕事に代わりはないから、勿論報酬はお支払いするわ。

成果報酬となるけれど、かまわないかしら……?」


 ――試験に落ちれば一円も貰えず、徒労に終わってしまう。俺は茶を飲んで首肯する。

仕事が貰えるだけでありがたい、不況に苦しむ社会人を気取るつもりはない。

これはチャンス。アリサのおこぼれに与るのではなく、自分の力で勝ち取ってみせる。

綺堂は少し意外そうな顔をして、優雅にコーヒーカップを傾ける。


「事情は聞かないけれど……心境の変化でもあったのかしら? やんちゃで怪我をしたのではないようね」

「やんちゃが過ぎて怪我をしただけだ。いずれ、笑い話になるさ」


 だよな? フェイト、アリシア――そしてプレシア。

悲しい事件だったが、終わりには出来た。再会の機会が訪れた時には、ほろ苦い過去になっている。

まだまだ苦労はするだろうが、青い空の下で俺達はそれぞれの道を歩み始めた。

この仕事も俺が歩み出した新しい人生の一幕、自分なりのやり方で勝ち取ってみせる。

後払いほど信用できないものはないが、綺堂さくらなら心配はない。


「問題ないようなら、仕事の話に移りましょう。
宮本良介君、最初に貴方に頼みたい仕事は――人探しよ」

「人探し……? 月村が家出でもしたのか」


 綺堂さくら選定の採用試験と聞いて身構えていたのだが、ありきたりな依頼に肩透かし。

先月のような鮮烈で派手な世界規模の事件など望んでいないが、地道極まりない仕事のようである。

思わず口に出た冗談を……綺堂は、肯定も否定もしなかった。


――ふと、八神はやて誕生日会での会話を思い出した。



『宮本さん、今日は月村さんは来られないんですか?』

『電話したけど、留守番センターだ。
俺は別にどうでもいいけど、はやてが世話になったからな。招待はするつもりだった』

『家庭の事情との事で、学校も休んでいる。
俺も気にしていたんだが……宮本も知らないのか。心配だな』



 確かに誕生日前に電話した時、奴は出なかった。何度もかけ直したのに繋がらず、その後も一切電話はない。

月村に用事はないので特に気にしていなかったが――何かあったのかな。

あいつは御金持ちのお嬢様、マイペースで浮世離れしているが……悪い奴じゃない。

綺堂はかつて自分の姪について、こう語っている。



"あの娘は他人に甘えたりはしないわ。他人を簡単に、好きにはなれない娘なの。
心を許さず、いつだって距離を置いてる。
だからこそ・・・・・・一度好きになったら、その人の事ばかり考えるようになるの。

きっと忍、貴方に嫌われたくないのよ"



 ――そんな人間が電話に出ないだけではなく一切音沙汰なし、か……

好きの度合いがどの程度知らないし、興味など微塵もないが、俺がこの町に留まっている事は知っている筈。

俺からの連絡があった事が分かれば、返信くらいはするだろう。

先月海外へ出かけたらしいが、まさかアイツに何かあったのだろうか……?


と、想像を無理に膨らませてみたが……人間同士、突然連絡を取らなくなる事なんてザラにあったりする。


学生時代の親友だって卒業式以後、急に遊ばなくなるパターンは珍しくも何ともない。

月村と俺は今年の春に会ったばかりの他人同士、再会の約束なんぞ何時もしていない。


何となく――そう、何となく会ってしまう。前触れもなく、突然に。


運命なんて感じさせないほど、自然に。会えば感激もなく、お互いに自分を見せて。

恋愛どころか、友情もない。名前のついた関係ではないのだ。

きっと何処かでまた会うのだろう――その程度で、俺達の関係は自然に続いている。

通り魔事件でもジュエルシード事件でも、俺が危機に陥った時あいつは助けてくれた。何の前触れもなく、ひょっこり現れて。

俺からの感謝も、感激すらもない。月村も何も望まない。

いつも通りに話をして、相手に何かあれば助ける。意に沿わなければ、文句だって言う。喧嘩も協力もする。

そして全部終われば、バイバイ。また会おうの声はなく、俺達はそれぞれ自分の人生に戻る。

恭也や那美は心配していたが――月村はきっと、無事だろう。

あいつに何かあれば、どうせ俺が関わるに決まってる。心配するだけ、くだらない。

運命の女神も、流石に介入は出来ない。運命でさえ――俺と月村との偶然・・には、関われない。

会おうと決めて会っている訳じゃないんだ、神様だって予知出来ないさ。

俺は月村の事は何も聞かず、綺堂も何も言わなかった。彼女は一枚の写真を、俺に見せる。

案の定、写真に写っている人物は月村忍ではない。


「貴方にはその子を探し出して欲しいの。写真は差し上げるわ。可愛いでしょう?」

「うむ、顎のラインが素晴らしい……」


 美を感じる箇所は人それぞれの感性によるが、この写真の子は顎のラインが実に美しい。

血統か生まれもって備わった美なのか、白い肌が演出する顎は溜め息が出るほど綺麗だった。

申し分のない素晴らしさ、スリムな顎のラインには剣一筋の男でも目を奪われてしまう。


――ゼイ、ゼイ……も、もういいだろう。この辺で!


「で――早く、他の写真を持って来てくれ」

「あら、まだ欲しいの。それほど興味があるのかしら?
それほどの情熱を忍に向けてくれると、あの子はとても喜ぶのだけれど――」

「顔を見せろと言ってるんだ! 下顎しか写ってねえだろ、この写真!?
目撃証言のみのモンタージュだって、もうちょっとマシに出来とるわボケ!」


 綺堂が差し出した写真には、一人の人物が写し出されている。

――唇さえ見えない、顎と首筋だけの上半身が。

顎もラインが確かに綺麗だが、特徴的ではない。大きくも何ともない、綺麗な形をしているだけだった。

しかも何の嫌がらせなのか、白いエプロンを着ていて服装が分からない。

激しく詰め寄るが、綺堂は動揺の欠片も見せず小さく溜め息を吐いた。


「それがね……残念な事に、写真がそれ一枚しかないの」

「ハァっ!? 何でだよ! この写真、明らかに失敗だろう!?
ブレたとか言う以前の問題だぞ、撮影中に分かるだろう! 撮り直した写真はどうしたんだよ!」

「写真が嫌いなのよ。その写真も、嫌がるその子を無理に写そうとしてそうなったの。
恥ずかしがり屋さんなのかしらね……女の子の可愛い一面と思って許してあげて」

「人探しするこっちは大迷惑じゃ! ええい、じゃあこいつの特徴を教えろ。
頬に傷があるとか、髪が長いとか――この際、明るい笑顔を絶やさないとか何でもいい。人探しする上で手掛かりが欲しい」

「手掛かりを見つける事が、貴方のお仕事でしょう? 私が提供しては、貴方に依頼する意味がないわ」

「事件解決大得意の名探偵じゃないの、俺は! 殺人事件じゃなくて人探しだろ、これは!?
誰が誰だか分からずに人なんか探せるか!!」


   何しろ、写真からは全く誰か分からない。赤の他人なのだろうが、確証もない。

例えばエプロン羽織って下顎だけ写したなのはの写真を見せられても、特定出来る自信は俺にはない。

一緒に住んでいるアリサなら分かるかもしれないが、全くの他人なら絶対探せない。


かろうじて分かるのは、こいつが女か――女のような男の子か。髭を生やさず、皺の一つもない年頃である事。


警察だってこの写真で捜索願いだしたら憤慨するわ、馬鹿野郎!

……えっ、ひょっとしてのひょっとして、まさかとは思うけど――


「警察に頼まないのは……この写真だけしか手掛かりがないから、とか?」

「あら、察しがいいのね。探偵の素質があるわよ、宮本君」

「俺は探偵じゃねえ!
おいおい、マジで言ってやがるのか……? あんたの身内じゃないのか、こいつ」

「……一族の人間ではないわ・・・・・・・・・・
住所か連絡先、出身に至る一切の身元が不明――痕跡のない、少女。容姿や特徴はその写真一枚だけ。

分かっているのは、最近行方不明になった事。そして……この海鳴の何処かに居るという事実だけ」

「この町に居る事が分かっているなら、自分で探せばいいだろう。
海鳴町はそれなりに広いけど、大都市じゃない。探し回ればいずれ見つかる」

「見つかるのね! 良かったわ、これで安心して貴方に頼める」

「――しまった!?」


 余りにどうしようもない依頼に憤慨して、余計な事まで言っちまった。

さっさと写真をこの女の顔面に叩き続けて、別荘から出て行けばよかったものを。ハッキリと、探せば見つかると断言してしまった。

こんな理不尽な依頼拒否するのは容易いが、言を取られたのはまずい。今更前言撤回しても、男の値打ちを下げるだけ。

それだけならまだいい、俺個人の問題で済む。こんな女と縁を切られても、俺は平気で生きていける。

月村との関係に悪影響を及ぼすのは間違いないが、俺はあいつとそもそも深い関係になるつもりはない。


問題は――アリサ・ローウェルが、綺堂さくらと信頼関係に結んでいる事。


  俺は風来坊、根無し草の旅人。何処へ行っても生きていける。

万が一アリサと別れる事になっても……俺は多分、平気だ。一人でもやっていける、今までそうだったのだから。

だけど、アリサは違う。

どれほど天才的な頭脳や才能があっても、あいつはまだ子供だ。自分の人生を歩けるようになるまで、大人が必要なのだ。

高町桃子は別の形で、一人の大人としてアリサは支援を受けている。俺では決してフォロー出来ない、社会人としての一面で。


綺堂さくらなら、アリサの良き友人としてきっと――


こんな依頼は無理だと、頭から否定すれば角は立たなかった。実際、綺堂は無茶を言っている。

写真一枚で相手が誰か分からず、身元も何も判明していない。誰が探せるというのか。


そして無茶が言えるのは――今の俺は警察でも探偵でもない、バイト未満の立場だからだ。


お小遣い稼ぎの子供の遊び、その程度の認識しか持たれていない。事実、その通りだ。

金を稼ぐなら社会に出て働ければいい、当たり前の事だ。皆そうやって苦労して、大人になっている。

子供の遊びで誰が大事な仕事を任せるというのか、付き合わされるだけで迷惑。

でも、大事な友人からの頼みだから渋々頼めそうな仕事を出す。本当に見つけられたのなら、それなりに信頼してもいい。

断られても一向に構わない。


最初から、何も、期待していないのだから――


「……この写真の人間を探す理由は?」

「忍に――そして、ノエルにとって大事な人なの。絶対に探し出さなければならない」

「ハァ……大事な人間なのに、警察には頼めない。
写真云々よりも、本当は別に理由があるからじゃないのか?」

「……」


 俺は苦々しく舌打ちする。出来るといった時点で、先手を取られたのも同然。

頭ごなしに拒絶すればまだ引き分けで済んだのに、俺が自ら退路を断った。

出来るといった所で、いざ頼んだら尻込み――子供だ。


……守護騎士達の顔が、言葉が俺を責め立てる。お前は信頼なんて出来ないと、冷笑を浮かべている。


必要ないと強く思っていた信頼が無い事が、今の俺にどうしようもないやるせなさを感じさせる。

六月に入ってから――フェイトやアルフ、クロノ達と別れたあの日から、俺はまだ何も得ていない。

それでいいのか……?


「20万円だ」

「……?」

「俺は初めての仕事で、20万円のパソコンを手に入れた。
俺を正式に採用した暁には、それぐらいの報酬を出せる仕事を提供してくれ。
何ならアリサにでもかまわない、あいつなら俺以上に真面目にやるからな。
その代わり、この写真の人間を一ヶ月以内に探し出せなければ――


綺堂さくら、俺があんたに20万円支払う・・・・・・・


「!?」


 綺堂が目を丸くして、俺を見つめている。当然だ、何処の世界に依頼人に金を渡す人間なんぞいるのか。

――綺堂さくら、俺はあんたの期待に応えるつもりは無い。

採用させて下さいと、あんたから頭を下げて頼むほどの成果を見せてやる。

子供の遊びで済ませるつもりは無い。

この町で知り合った人達は――異世界の住民達は、どいつもこいつもてめえの人生賭けて頑張っている。

俺だって男だ。金ぐらい・・・・稼げなくて、天下なんぞ取れるものか。


「契約書が必要なら書くぞ。ハンコは無いけどな」

「……いいえ、その必要はないでしょう。貴方を信頼している・・・・・・・・・もの」

「よく言うぜ。これ以上何の情報もないのなら、俺は帰るぞ。
手掛かりはまるで無い以上、今日からすぐに探し回る必要があるからな」


 お茶を飲み干して、俺は立ち上がる。風邪気味の老人を説得するどころの難易度ではない。

加えて制限時間に罰金、雲を掴むような話に挑まなければならない。

町まで車を出してもらおうとすると――綺堂は写真を差し出して、俺の手をぎゅっと握る。





「ファリン――この子の名前は、『ファリン・K・エーアリヒカイト』。

ノエルのたった一人の妹なの。宜しく御願いね、良介君」





   この世界に生きた痕跡の無い少女、『ファリン・K・エーアリヒカイト』。

提供された情報は想像を絶するほど重く、口外出来ない秘密に満ちていた。


20万円の対価は――綺堂さくらが初めて提供してくれた、信頼の断片。


ペースを合わせて完成させるのが、俺の仕事。

そしてその先できっと、月村忍とノエル・K・エーアリヒカイトが俺を待っている。

真実を求めて、今度こそ俺は自分の足で戦いに出る。
































































<続く>







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