とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第二十七話







「どうして一人で勝手に行動するんですか!? 約束はちゃんと守りなさいです!
ほら、お鼻も治してあげますからこっちを向くです」

「おー、マジで痛みが退いていく……回復魔法を使えるようになったんだな、チビスケ」

「ユーノ先生に教えて頂きました! リョウスケはダメダメなので、ミヤがちゃんと世話しないといけないのです。
まだ初心者レベルですけど、このくらいの怪我なら何とかなります。感謝しなさいです!」


 覚えた魔法を使いたくて仕方なかったのか、ミヤは嬉々として蹴られた鼻の治療をしてくれた。

出会い頭の強烈な蹴りだったが、幸いにも骨は折れていないようだ。

月村の血や那美の魂も効いて、回復も早い。普段は作用しないのだが、非常時にはきちんと彼女達は助けてくれる。


――怪人の襲撃後、遅ればせながら駆け付けたミヤ。


試合場に俺が居ないのを心配して、今まで探し回ってくれたらしい。超一級の人の良さである。

ヴィータは監視の為に個別で行動、俺の声を耳にして探し当てたようだ。

助けを求める声に、救援より監視が早くやってくるとは皮肉な話である。

襲撃者はその後撤退、騒ぎになるのを嫌って俺達も急速離脱。

途中ミヤとも合流して、腰を下ろせる場所で怪我の手当てを行っている。


「痛いの、痛いの、飛んでいけーです。はい、これで治りましたよ。
血のついた顔をフキフキして、後はティッシュで押さえておくです」


 今時子供でも怪しむ治療法だが……治るのならいいか。くそっ、あのテーブルクロスめ。

反撃さえ出来ていれば、綺麗な布に真っ黒な足型つけてやったのに。

回避に防御と始終消極的だった打撃戦、今回は打撲と鼻血で何とか抑えられた。

小柄な体格にアンバランスな力を持っていたが、子供のように手足を粗雑に振り回していただけだった。

猫に小判、直撃さえ回避出来ればどうという事はない。相手に幾つもの隙があった。


「反撃出来なかったらやられたのと同じです。負け惜しみはみっともないですよー」

「う、うるせえ!? だったらお前からフィリスに喧嘩禁止令の解除を嘆願しやがれってんだ!」

「えええっーーー!? ま、まさかリョウスケ、先生との約束を守って傷だらけに……!」


 ……そう言うと美談に聞こえてしまうから、日本語とは不思議である。

実際はボコられた上に説教まで食らうのは嫌だったので、歯を食い縛って耐えていただけだ。

約束をこれ以上破れば、預けた剣は永遠に返って来なくなる。ここは堪え時だった。


「――呑気に構えていると本当に殺されるぞ、お前」


 俺の怪我の具合には全く無関心。治療中、ただ興味なさそうにしていた少女が口を開く。

鉄槌の騎士ヴィータ、先ほど助けてくれた監視役である。

グラーフアイゼンを立てかけている所を見ると、まだ手は回復していないようだ。


「魔力で強化したアタシの攻撃が真っ向から止められた。あんなに堅え奴、初めてだ……
しかも、魔力の欠片も感じなかった。普通の人間に出来る芸当じゃねえよ」


 人間砲台――脅威の身体能力をフルに発揮した突進は、騎士の渾身の一撃に匹敵するのか。

魔導書より生み出された歴戦の騎士、魔法にも長けている。分析に間違いはないだろう。

ハンマーを跳ね返す力を持った怪人――俺の命を狙う理由が分からない。

ジュエルシードや法術関連なら、管理局の名を出した時多少なりとも反応を見せるはずだ。

クロノから聞いた情報の筋からかもしれないが、こんな町中で堂々と襲うとは考えにくい。


――駄目だ、判断材料が少なすぎて分からない。怨恨の線もあるが、どちらにしろ心当たりがない。


今回の襲撃で判明したのは犯人は女で小柄、ロングスカートにストッキングの清楚な力持ち。

魔導師かどうかの判断は保留。魔法を使わないから魔導師ではないというのも極論だ。

テーブルクロスから追うのも個人では不可能。大きめの販売店で購入可能、警察のような捜査力が必要となる。

待てよ……? ジュエルシードのようなテーブルクロスそのものに何らかの力が――やめよう、異世界に毒されている。


我がメイドに情報を渡して、推理してもらうのが一番。俺は肉体労働に専念しよう。


「忠告はありがたく頂いておくよ。警察や管理局に知り合いはいるからな、牢屋にぶちこんでもらおう。
民間人は今日の糧を得るために動くぜ」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 怪我しているのに何処へ行くですか!?」

「働きに行くんだよ。道草食ったから、待ち合わせまで時間がねえ」

「何を一般人みたいな事を言ってるですか!?」

「一般人だ!

……今日中に第二弾は来ないだろ、待ち合わせも人の多い場所だしな。
あの人間砲台も障害物の多い場所では使えない。対処のしようはある」


 やりたい放題されたが、手も足も出ない敵ではない。プレシアに比べれば小者だ。

法的手段に出てもいいが、まずはフィリスに剣の使用許可を求める事が先決。

どんな理由があって俺を襲うのか分からないが、敵である以上容赦はしない。


「リョウスケ一人なら自分の責任で済みますが、依頼人さんが襲われたらどうするんですか!」


 おお、そうか。接触する依頼人の安全まで考えてなかったな。

流石はミヤ、平和の申し子。自分の事しか頭にない俺とは違い、よほど人間的だ。

20万円の男としては報酬がもらえない事態になるのは避けねばならない。


「どうしろと言うんだ。あのテーブルクロスが捕まるまで、家に閉じこもっていろというのかよ」

「駄目だ、主が巻き込まれる。帰って来るな」

「何時の間にか追い出されている!?」


 やべえ……今度は言い掛かりではなく、ヴィータの言い分は正しい。

怪人の襲撃で俺が狙われているのは確定した。正体も分からない通り魔、周囲を狙わないと何故言い切れる?

八神はやてに護衛は必要ないと言い切った俺が、当の本人を危険に晒してどうする。

アリサの策を知らないヴィータの言い分はもっともだった。

出て行けるなら俺は喜んで旅に出るが、はやては当然納得しないだろう。うーむ、困った。


「リョウスケを追い出すのは反対です!」

「どうしてだよ! 狙われているのはこいつだぞ、傍に置いたら危ねえだろう」

「リョウスケを一人にすると何をするか分からないです! その為の監視じゃないですか!!
反対、反対、反対でーす!

怪我しているリョウスケが今襲われたら死んじゃいます、駄目ったら駄目ですぅーー!」

「……嘘つけねー性格だよな、お前」


 呆れたように呟くヴィータだが、頬は緩んでいる。ミヤを見つめる眼差しには、妹の我侭を可愛く思う気持ちがあった。

心配してくれるのは嬉しいんだが……理論ではなく感情で責めるので、始末に困る。


その後も話し合うが結論は出ず、お互い妥協する事になった。


依頼人との待ち合わせは俺の意思――正確にはセッティングしたアリサを尊重し、ヴィータとミヤが物陰から監視。

その代わり仕事内容及び襲撃に関する全てをはやてやアリサに報告、家族会議を行う約束をした。


「家族会議――素晴らしいです! 一人孤独に抱える問題を、一つ屋根の下で家族全員で解決するのです!」

「意味分かんね」

「全くだ」


 胸を高鳴らせる妖精と、心冷え切った二人。

家族の良さなんぞ分からないし、理解する必要もない。 

家族を知らない俺は、プレシアやフェイトの想いを本当の意味で理解していなかったのかもしれない。


――歩み寄りを否定すれば、魔法きせきは力を失う。俺には難しい問題だった。















 アリサがセッティングした待ち合わせの場所は、人通りの多い市街地の大通りだった。

海鳴市へと繋がる公共道路には街路樹が並んでおり、歩道にはサラリーマンや主婦が歩いている。

大きな道路で見通しはいいが、待ち合わせに選ばれ難い場所だ。


――依頼人は若い女性。ゲートボール爺さんを親に持つ主婦とは違い、自宅訪問を嫌がる気持ちは分かるけど。


"リョウスケ、周辺一帯に異常はないです。安心してください"

"探索魔法を使わなくても見え見えだからな。奇襲は出来ねえだろうよ"


 殺風景な道路を飾る街路樹、俺が寄りかかる一本の樹の上に監視の目在り。

何やらやる気を見せているチビスケと、まるでやる気が感じられないヴィータ――

樹を上るのではなく、樹の上に跳ぶという非常識な真似をして、太い枝に座って俺を見下ろしている。

ジャージ姿の女の子に見下ろされるのは、どうも落ち着かない。

まもなく待ち合わせの時間、俺は手当てを受けた身体を点検する。傷は治療済みだが、包帯やガーゼでも女は怯えかねない。

――あのテーブルクロス、剣の封印を解いたら思い知らせてやる。


"黒い車が一台、接近"


 可愛らしいフワフワ声が覚えたての初級魔法その2――俺は受信のみ――の念話で警告してくれた。

視線を向けると、確かに真っ黒な車がこちらに向けて走り寄って来ている。

遠めからでも分かる美しいフォルム、一般者とは一線を画す存在感、歪みを感じさせない完成された車体――

十円傷をつけたくなる高級車、外国産が激しく憎たらしい――ん……?

変だな、走る札束に縁のない旅暮らしなのだが見た事がある気がする。

確かこうして横付けにされて、窓から顔を――ああっ!?


「久しぶりね、宮本良介君。待ち合わせの十分前に来ているなんて感心だわ」

「綺堂さくら!?」


 ロングヘアーに深いブルーの瞳、大人の雰囲気を持つ若き女性・・・・

一分の隙もなく着込んだスーツが洗練された気品と、厳格な雰囲気を漂わしている。

ハンドルを滑らせる白い指先は上品で、ストッキングに包まれた艶かしい脚が見えている。

同性でも憧れるであろう、大人の淑女。


月村忍の親族、綺堂さくら。立場は叔母だが、うら若き美女である。


知り合った頃は可愛い姪に悪影響を及ぼすと警戒されたが、今は――どうなんだろうな、実際のところは。

人間関係は言葉だけでは表現出来ない領域がある。


「あんたが依頼人なのか。アリサと何処で知り合ったんだ?」

「病院よ、覚えはないかしら? 貴方が大怪我で入院したと聞いて、御見舞いに行った時よ。
アリサとはよく連絡を取り合って、仲良くしているの。賢い娘で教え甲斐があるわ」

「……本以外からも知識を吸収しているとは。迷惑かけてないか?」

「とんでもない。礼儀正しくて、人に頭を下げられる謙虚さを持っているわ」


 ジュエルシード事件で負傷して入院、その時に綺堂は一度見舞いに来てくれた。

それほど親しい間柄でもないので当時怪訝に思っていた事を、指摘されて思い出した。

主人の客に礼を尽くしてアリサは見送りに出たのだが、どうやらその時に会話が弾んだらしい。

連絡を取り合っていたとは初耳だが、入院していた一ヶ月間アリサも遊んでいたのではないのだ。


――という事は先月の時点で既にこの仕事を視野に入れていたのか、アリサは。


「あんたに頭を下げてまで、わざわざ仕事を求めたのか」

「人脈の形成はどの仕事でも基本であり、必須能力よ。
自分達の持つスキルや経歴を提示して、利益に繋がる方法を模索しているの。

「方法」こそ最も価値のある報酬――生き抜く独自の術があれば、そこから無尽蔵の可能性を生み出せる。

あの娘はきちんと理解しているわ。
私はアリサの人柄と能力を信頼して、今度翻訳関係の仕事を御願いするつもりなの。
本格的に始めるのはまだ先だけど、個人的に準備しながら幾つか頼んでいるわ」

「あのチビッ娘が翻訳!? まあ確かに希望はしていたし、英語とかペラペラだけど――」

「語学力だけでは駄目よ。翻訳には各分野の専門知識や調査力が必要となるの」


 ……英字新聞とか当然のように読んでいるからな……図書館でも専門書とか、頭の痛くなる本を平気で借りているらしい。

どれほどの不況でも翻訳関係は必要とされる技能、在宅ワークで幽霊でも可能な職業。

綺堂の――月村一族の仲介を最大限に活用して、翻訳会社や一般企業より翻訳チェック等の仕事から進めていくらしい。

語学力、専門知識、調査力、翻訳力。必要とされるスキルを天才的な頭脳と、一度終わった人生からの教訓をバネに吸収。

まだまだアルバイト以下ではあるが、アリサは自分に出来る事から第二の人生を始めている。


ペンは剣より強し――案外、天下を取るのはあいつの方かもしれない。


「ふふ、あいつめ……人がベットの上で寝ている間に……
それでアリサとは別に、俺にも仕事を回してくれるのか」

「ええ。でも、アリサの頼みを聞いて仕事を与えられるのは貴方も釈然としないでしょう。
私も貴方に、いい加減な気持ちでして貰いたくはない。

そこで――貴方の価値を、私に見せて欲しいの」

「何だと……? テストでもするつもりか」

「企業では一般的に採用試験を設けているわ。採用後も一定の期間は存在する。
これも仕事の内と考えて頂いて結構、報酬も御支払いするわ。

――まさかとは思うけど、私が貴方の人柄だけで仕事を御願いすると考えてはいないわよね?

馴れ合いや押し付けの善意は、貴方のもっとも嫌う事と思っていたのだけど……違ったかしら」


 舌打ちする。俺という人間を全て見透かした上での、提案だった。

赤の他人に無遠慮に試される事を嫌う事を知っていて、孤独を愛する俺の本質を逆に利用する。

他者との深い関係を拒絶する姿勢を考慮した上で、自分の希望を織り交ぜる。


――忌々しい事に、仕事を求めたアリサへの配慮も考えられている。


わざわざ試験するという事は、綺堂にとっても重要な仕事。決してミスは許されない。

一日幾らの単純な肉体労働ではない。彼女の根幹に関わる、大事な依頼なのだと推測出来る。

遊び心など一切ない。鋭い口調からの問いかけは、恐ろしいほどに真剣だった。


そんな仕事を、何の背景もないチンピラに頼む――それがアリサや俺への信頼でなくて、何だというのか?


試されているというのに、期待に応えたいという気持ちにさせられる。

これほどの女性に信頼され、個人的に仕事を任される――その事を嬉しいと感じてしまう。

綺堂さくら。人の上に立つ器であり、思慮深い大人の女性だった。


「分かった、話を聞こう。アリサが頼んだからじゃないぞ」

「ありがとう。私もアリサに頼まれたというだけではないわ。

――さあ、乗って」

「へ……?」

「車よ。気軽に立ち話で済ませられる仕事ではないの。自宅へ招待するわ」


 わ、わざわざ車で迎えに来てくれたのか!? ありがたいけど、死ぬほど迷惑だ!

冷や汗混じりで、上空を一瞥する。

運転席の綺堂から見えない位置で、異世界の住民が鋭い視線を投げかけている。

彼女達は一様に訴えかけていた。


"断れ"


考える事数秒、おれはにっこり笑って――後部座席に座った。


"ば、馬鹿野郎ぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜!?"

"リョウスケ、カムバックですぅぅぅーーー!!" 


 何も知らずに綺堂は車を発進、見る見るうちに世界は流れていく。

窓の外を見つめながら、俺は静かに涙した。



……すまない、子供達。お父さんは仕事なんだよ……

















































<続く>







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