とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第二十六話







 天空より舞い降りた、テーブルクロスの怪人。湿気に曇った梅雨空の下で対峙する。

手触りの良さそうな高級の布は、よくよく見るとサイズが大きい。

頭から爪先まで完全に覆い隠しており、静止した状態だと若干引き摺っている。

正体を隠す真理はよく分かるが、動作が大きく制限されてしまう。奇妙を通り越して、滑稽だった。


「先日、街灯で俺を背後から襲ったのはお前か?」

「……」


 ――だが、相手が魔導師なら話は別。この世界の常識なんて通じない。

髪の毛の上から被るテーブルクロスで視界は閉ざされていても、相手を捕捉する術を持っているかもしれない。

魔力らしきものは感じられないが、そもそも俺は相手の気配すら捉えられない。

異世界に関する知識も殆どなく、判断材料にはならなかった。


「目的は何だ? 先月の件で俺に目をつけたのなら、見当違いも甚だしいぞ。
管理局に全て渡したからな、俺の手元には何も残っていない。普通の一般人だ」

「――」


 敢えて情報を示唆しても、否定も肯定もしない。沈黙を守り、敵としてただ在るのみ。

止まらない鼻血を唾ごと吐いて舌打ち。敵の正体がまるで掴めない。

テーブルクロスで全貌は分からないが、体格は小柄。布越しに丸みを帯びている。

巨人兵や使い魔、ミヤのような人外の存在を知っているがゆえに、余計に犯人像を絞り辛くしている。

攻撃を何時仕掛けてくるのか、ただ待ち構えているのも面倒だ。地の利も正当性もこちらにある。


――犯罪者が堂々と住めない世の中なのだと、教えてやる。


「御近所のみなさーん、通り魔でーす! 誰か、警察を呼んで下さーい!!」

「!?」


 上空からの奇襲には驚かされたが、仕留められなかった時点でお前の負けだ。

鼻を蹴られた借りはあるが、一対一にこだわる必要はない。退院したばかりの弱った身体で、通り魔なんぞと戦うのは御免だ。

路上での殺し合い――正直血は騒ぐが、闘志は白衣の天使に制限されている。


"怪我が治るまで、絶対に剣を持ってはいけません。私が預かります"


 美人女医の厳しい御決まり事が、相手を殴る拳を優しく緩める。

万が一約束を違えれば、俺の血を浴びた"物干し竿"を捨ててしまうかもしれない。それは困る。

ぐうう、何度も約束を破った俺が悪いのだが――通り魔に襲われた場合は例外にして頂きたい。

周囲一帯に助けを呼びながら、俺は逃走。人の目がある場所まで避難する。

体力は衰えているが、足の早さには自信がある。此処は住宅街の一画、障害物も多い。

魔法への警戒も怠らない。今の俺に隙はない。油断も絶対にしな――


「――うおっ!?」


 ワンステップ、テーブルクロスがフワリと宙を舞い――世界が震動した。

空気を切る鋭い音と共に、影をも追い付けない速度で大地を駆ける。

メトロノームのように正確なビートを刻み、地面を穿つ踏み込みで距離を一瞬で詰めた。

呆れるほど単純。こちらの一歩に、敵は十歩で進撃―― ただそれだけ。

魔法などという幻想に惑わされた愚かな剣士を、怪人はシンプルな一撃で撃ち抜いた。


「ぐっ! ――あぎっ!?」


 肉薄する敵に咄嗟に膝で防御、布越しの拳と衝突して痛みが骨まで響いた。

何という頑強な拳、岩で殴られれば砕けるのはこちらだ。

蹈鞴を踏む俺を敵は飛び上がって追撃、前蹴りで体勢を崩して拳を胸に突き刺す。

視界がブレてぐらつく、怪人は間合いを維持したまま手足を繰り出す。

テーブルに敷かれる高級な素材より叩き込まれる打撃、白い布より放たれる攻撃の弾幕。

ガードすれば筋肉が押し潰され、食らえば骨が軋みを立てる。直撃すれば――再起不能だ。

殴り合いではない。俺は攻撃の波に飲まれ、流されないように耐えているだけ。

くっ……そう、怪我、人を、いたぶり、やがって……テーブル、クロスで、動きが見――ごはっ!?

相手の肘鉄が防御ごと胃に深々と食い込み、俺は血混じりの唾液を吐き出した。


「!」


 敵は華麗に爪先を鳴らし、即座に距離を取る。

追撃しない……? テーブルクロスが汚れるのを嫌ったのだとしたら笑える、な……

俺は堪らず膝をつく。蓄積されるダメージは、完治という言葉から離されていくばかり。

何度も咳き込みながらも、相手から視線を逸らさない。


「ゴホ、ゴホ……! フゥ、ハァ……ふ、はは……久しぶりだな、何の小細工もない相手は」

「――」

「ハァ、ハァ……お前、誰かと喧嘩したことがないだろ?」

「……」

「力任せに手足を振り回すだけじゃ――ペッ、俺は倒せないぜド素人」


 自分がピンチでも相手をせせら笑う。悪い癖だが意地と見栄は保たれる。それが俺を支える生命力となる。

来襲する敵、空気を切り裂く速度は健在。早送りのように瞬時に迫り来る。

恐るべき身体能力を持った敵、テーブルクロスを一切乱さないバランス感覚で縦横無尽に攻める。

――だが、技術は伴っていない。


(鳳蓮飛。病魔にも勝った武人に比べれば、怪人なんて――)


 機械のように正確な攻撃のリズム。流されれば、敵の想定したシュミレーション通りの結果が待っている。

こちらから踏み込み、流れを乱せば勝機はある。身体能力は脅威だが、巨人兵ほどではない。

けれど、俺から攻撃すれば死闘が成立。フィリスとの約束を破ってしまう、それでは駄目だ。

勝つのなら、完璧に勝つ。自分が弱者だからと、甘えたりしない。悲観も絶望もしない。

アリサ・ローウェルの死――あれ以上の悲劇など存在するものか!


「――風は空に、星は天に――」


 唱えるのは科学色の魔法ではなく、勝利の合図。

戦いとはリズム、命のやり取りは音楽で表現出来る。フィアッセ・クリステラの旋律が力を与える。

赤い血をどれほど流そうと、命の息吹は止まらない。


「――不屈の心は、この胸に――」


 天才魔法少女高町なのはが掲げ、そして捨てた理念。少女は戦士ではなく、和平の使者を選んだ。

レイジングハートより伝えられた誓いを、今ここで結ぶ。

誰であろうと敵には屈さない、その思いにだけ共感して。


「――この手に、剣を――」


 誓いの言葉は勝利の祝辞、戦闘を音符に変えるミュージック。

狙い通りのタイミングで飛んでくる拳を回避して、俺は旋律に身を任せて手を伸ばす。

急停止する怪人――テーブルクロスの先端を握られて、初めて動揺を見せた。


「その力を――解き放つ!!」


 病院のベットの上でも、筋トレくらいは出来る。

強く握り締めて力いっぱい振りかぶり、お返しとばかりに電信柱に向かって投げ飛ばした。

叩き付けてやりたかったが、投げる力すら利用されて体勢を立て直して怪人は着地。


――垣間見えたロングスカート、そしてストッキング入りの足。


「お前……女か?」

「――!!」


 空気が、変わった――

ギシッ、コンクリート舗装された道路が割れる。割れた!?

女装した敵ではなさそうだが、相手の何かに触れたのは間違いない。緊張が走る。

白い通り魔――こいつの恐ろしいところは、心が読めない事。

全て敵の行動から察するしかなく、肌では感じられない。

意思無き門番巨人兵でさえ、俺との戦闘時は魔女の命による明確な排除の意思を感じられた。

――無色透明の殺意。殺人を呼吸と同等に行える、人の枠より外れた存在。

襲撃者はゆっくりと道路の真ん中に移動して――その場に屈んだ。


「その構えは――!?」


 crouching start。前傾姿勢から一気に加速するスタート法。

白き殺人ランナーの綺麗なスターティングフォームに、息を呑んだ。

ふざけた態度と軽口を叩く前に、あまりの息苦しさに肺が縮み上がる。


――アレは砲台。人体を砲弾と化した、究極の突進技。


この距離に立ち位置、回避は不可能。近隣に人の気配はなく、敵も気にした様子はない。

あくまで俺一人――ただ俺を殺す為だけに、俺を見ている。

レスリングなら体勢を崩されるだけ、決め手にはならない。


俺の相手はレスラーではない。脅威の身体能力を持った、怪人――


尋常ではない速度を生み出す足。

あの大腿四頭筋が加減無しに爆発すれば――打撃から、砲撃・・にシフトする。

逃げなければやばいが、少しでも動けば発射される。

心臓に銃を向けられて……人間は、何が出来るだろうか?


俺の死を望む四人の騎士、冷徹に監視する美貌の死神、そして謎の怪人。


女神に嫌われているのか、死神に好かれているのか――多分後者だろう。

――俺は、死なない。生き物狂いで、生きてやる。

誰に嫌われようと、俺は生きる。義務ではなく、自分自身の意思で。


アリサに、アリシア――解決した悲劇を繰り返すのは御免だ。もう、うんざりだ。


青痣だらけの身体を踏ん張り、鼻血を乱暴にぬぐう。

力が強いのは認めてやる。小さな身体に秘められた身体能力も大したもんだ。

ふざけた格好をしているが、こいつは本気だ。敗北しても命までは取られない、そんな心構えでは死ぬ。


だけどな――レンなら、俺を一撃でマットに沈めている。アルフが相手なら、俺はもう死んでいた。


「……来いよ。今の俺はな――馬鹿みたいに真っ直ぐな連中に支えられているんだ!
お前如きに砕かれる命じゃねえ事を、証明してやる!!」


 俺は両手を広げて、無防備な胸を堂々と張ってやった。

無防備に心臓を晒した敵に、怪人はビクっと身体を揺らした。

――この身に刻まれた傷は名誉の負傷、戦士達との血に塗れた思い出なのだ。

この命は月村の血と、那美の魂で支えられている。自分自身を捧げてくれた彼女達に、唾吐く真似が出来るものか。

力だけの猪武者なんぞに、絶対負けてやらねえ!





「――エル」





 白亜の砲撃が――発射された。





「でやあぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」





 ――鼓膜を引き裂く、魂のこもった気合い。

天空を貫く紅の落雷が白の砲弾と激突して、空間が破裂する。

優劣の見極めは一瞬、互いに弾き飛ばされて地面に勢いよく着地した。


「その辺にしとけよ」


 いみじくも怪人に似た背丈。燃え上がるような髪をたなびかせて悠然と立っている。

砲撃を打ち返す鉄槌を持つ騎士、ヴィータ。

小さな背を俺に向け、大きな闘志をその胸に抱き敵と向かい合う。


「ヴィータ、お前……」

「――てめえの覚悟は聞かせてもらった。命知らずの大馬鹿だが……嫌いじゃねえ。
今日、お前はアタシに命を預けた。一度きりの大事な勝負で、自分の命運を丸ごと託してくれた」


 気付く。ヴィータの服装がそのままである事に。

ジャージにゼッケン――チームメンバーとして、今もその身は在り続けている証。

勝利のナンバーは、背に眩く刻まれていた。


「預けてくれたその命、騎士は絶対に見捨てたりしない。ベルカの名にかけて、守り抜く」


 守護騎士ヴォルケンリッターではなく、一介の騎士として。

私情を交えず、今日一日だけはチームメンバーとして共に戦う。ヴィータは鮮烈に宣言する。

――ベルカの騎士、その在り方だけでただ美しい。

俺には見上げる事しか出来ない高み。感情に左右されない成り立ちに、一人の剣士として見惚れてしまう。


「……」

「――すまねえな」


   相対する両者に、どんな意思疎通があったのか分からない。

白い怪人は始終沈黙を守り通して踵を返し、ヴィータはその背に詫びる。

取り戻した平穏――金属音が、地面を鳴らす。


グラーフアイゼンを、ヴィータは落としていた。


「おい、どうした!?」

「……っ、なんでも、ねえ……ちょっと、手がイカレただけだ……」


 まさか、さっきの砲撃で!?

ヴィータは手首を押さえたまま、苦痛を歯を食い縛って耐えている。


――ベルカの騎士が、自分の剣を落とす。


何でもない事だと、どうしても思えなかった。





  どんよりとした、天気。

フェイト達と見上げた蒼い空は――見れそうにない。

















































<続く>







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