とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第二十五話







 ゲートボールの試合は、我がチームが大勝利を収めた。

守護騎士達のルール違反で危ない局面を迎えたが、俺とチビのゴールで見事な逆転。

健全なルールに則ったスポーツの白熱した試合は、勝者にも敗者にも等しく興奮と感動を与えてくれた。


「俺達が勝ったぞ、祖父さん。約束は守ってもらおうか」

「ハテ? どのような約束じゃったかの、最近物忘れが激しくて――わ、分かった!?
分かったから、スティックを振り上げるのをやめい! 年寄りを撲殺する気か!?

……やれやれ、年貢の納め時か……」


 よし、任務完了。後は依頼料を貰って、面倒だった初仕事は終えられる。

通り魔捕縛やジュエルシード事件に比べれば安全で怪我も無かったが、精神的に疲労した。

今度は単純明快、竹刀一撃で片付けられる仕事をやりたいものだ。

労働に見合った報酬を貰えるのならば、多少厄介な仕事でも引き受けるのだが――不景気な世の中は、旅人に優しくなど無い。


「お祖父ちゃん、約束通り家で生活する事になったの。本当にありがとう、アリサちゃん」

「いえ、こちらこそお役に立てて何よりです。また何かあれば、御依頼下さい。出来る限りお力になります。
御近所の方々にも宜しくお伝え下さい」

「ええ、勿論よ。約束のパソコン・・・・、後で家まで取りに来てくれるかしら?
すぐに運べるように準備しておいたのよ。
一家に一台と購入してみたけど使い方が分からなくて……正直持て余していたのよ。

アリサちゃんのような賢い女の子に使って貰ったほうが、あのパソコンも役立つでしょう」

「ありがとうございます。男手は余っていますから家までご一緒させて――ちょ、ちょっと!?」


 問答無用で拉致。不平不満も許さない。

話の内から全ての事情を察して、メイドの首根っこを掴んでベンチへ連れて行く。

抵抗するアリサだが主の苦情を想定していたのか、表情に驚きは無い。


「今の話――まさか報酬はぱーそなるこんぴゅーたーか?」

「へえ、良介にも理解出来る横文字が存在したのね」

「メイド服を着せて、お前を働かせる。人に媚びない性格だが、男共が喜ぶ外見だから高い報酬が見込めるな」

「は、話は最後まで聞きなさいよ!?」


 ドナドナされてはたまらないと、アリサは慌てて待ったをかける。

金銭が絡めば女房でも質に入れる男だと、一ヶ月間の付き合いで分かっているようだ。

悲惨な過去を持つアリサは、この手の話は敏感に反応する。


「良介に情報関連やインターネットの可能性を説明しても聞き流すだけだから、やめておくわ。
単純に、お金の話をしましょう。

依頼人より譲り受けるパソコン、周辺機器を揃えた最新式で20万円前後売買されている品なの」

「20万円!? たかがコンピューターの分際で!」

「物品だと考えるから報酬の価値が見えてこないの。
頭の中でお金に換算してみなさい――20万円よ? 一万円札が20枚なのよ!」

「ま、万札が20枚だとぉ!? どこの政治世界だ、その報酬額は!」

「そうよ。普通のアルバイトでは一ヶ月間頑張っても届き辛い収入を、たった数日で得たの。
初めての仕事で20万円、良介が自分の力で手に入れた報酬。今の貴方の価値よ」

「に、20万円……一生掴めない大金が、今の俺の価値……!」

「あたしもメイドとして鼻が高いわ。またこんな仕事を探してあげる。
回線工事も業者に頼んであるから、パソコンさえあればもっと魅力的な仕事も探せるわ。

――こんなあたしを、メイド喫茶とかに放り捨ててもいいの?」

「駄目だ! お前はこれからも俺の傍で頑張ってくれ!」

「勿論よ。良介に喜んで貰えるだけで、あたしは幸せなの。
――実はね、次の仕事も見つけてあるの。大変な仕事になるけど・・・・・・・・・・、20万円の貴方になら出来ると信じているわ!」

「ふっ、当然だ。20万円の男に不可能の文字は無いぞ」

「その意気、その意気。
今日午前中はゲートボールの試合だから、午後から待ち合わせのセッティングはしたわ。この紙に詳細が書いてある。
――安心して、良介の嫌がる事はしないわ。
次の仕事の依頼人は若い女性よ、頑張ってね」


   頬に軽くキスしてアリサは照れくさそうに微笑み、お年寄りチームの元へ歩いていった。

挨拶に、簡単な営業――俺には出来ない社交的な面を全て完璧にこなす、優秀なメイド。

年寄りの面倒に疲れている俺を察して、次は若い女の仕事を持って来てくれた。

女絡みも手間がかかるが、報酬面のケアでやる気に漲っている。

何か口車に乗せられた気もするが、20万円の男は細かい事に拘らない。


――とりあえず男手が必要と、普通に守護獣を連れて行くあいつは只者ではないと思う。


「……あ、あのよ」

「! どうかしたのか」


   ゼッケンをつけたままの少女騎士が、神妙な顔で立っている。

平然と罵声を浴びせるガキが、突然の変異――怪しい。

かくいう俺も対応にちょっと困っていたりする。

憎たらしいだけならともかく、勝負の命運を託したチームメンバーなのだ。

邪険には出来ず、勝利を祝うような関係でもない。

結局黙ったままでいると、ヴィータは恐る恐る俺を問いかけてくる。


「年寄り連中がこのゲートボールっていうの、また一緒にやろうとアタシを誘って来やがる――何でだ?
アタシに負けて復讐するつもりかと思ったけど……何か、違うみたいでさ……」

「復讐に燃えるジジイは想像したくないな、個人的に」

「真面目に答えろよ!? 大体アタシは騎士だ、主を守る義務がある!

……遊んでられねえんだよ……遊んじゃ、いけないんだ……」


 感傷を振り払うように強く叫んでいるが、声色は弱くなる一方だった。

プログラムで構築された使命感が、少女の心を強く縛り付けている。

拘束する茨を無理に引き千切ろうとすれば、傷付き血が流れる。心が痛みを覚えて、足を止める。

騎士としての責務を誇りとしながらも、ヴィータは辛そうに見えた――


「なら、断ればいいだろ。俺に聞くな」

「……ちっ」


 鋭く舌打ちして、鉄槌を背負った騎士は背を向ける。もう、俺を見ようともしない。

俺達の関係はこんなもの。互いに敵同士、相容れない仲だ。

どんな気まぐれが働いたのか知らないが、他人事に干渉なんぞしたくない。

終わった仕事に、何の興味も無かった。



「――俺の言った事を忘れるなよ」



 守護騎士ヴォルケンリッターは、俺の排除を望んでいる。

俺が死ねば法術は解除され、改竄された夜天の魔導書の頁は元通りになる。復元出来る力も持っているようだ。

八神はやての命を費やして力を使った事は詫びても、騎士達の思い通りになるつもりは無い。


「この平和な国で生きる八神はやてに、屈強な護衛なんぞ必要はない。
義務なんぞ押し付けられても迷惑なだけなんだよ!」

「……っ!」


 強い力で踵を鳴らして、ヴィータは振り返って俺を睨み付ける。

今日だけで何度も何度も侮辱されて、いい加減我慢ならなくなったのだろう。

身勝手な運命を押し付けるこいつ等に、俺だって我慢がならねえよ!


腹が立って仕方が無かった。


「守護騎士の指名を果たすために、御立派に護衛の押し付けか? ふざけんな。
楽しく遊ぶのを我慢されてまで、一緒にいて貰いたくねえんだよ!」

「……え? お前、ひょっとして――」


 殺意に冷える蒼い瞳が、困惑に揺れる紅に変わる。

少女の戸惑いが伝染したかのように、俺も勢いを失ってしまった。

苛立たしく自分の髪を掻き毟って、俺は吐き捨てた。


「もう一度だけ、言ってやる。はやてが望んでいるのは護衛じゃない。
自分の我侭も言えない騎士なんて、迷惑なだけだ。


今のお前に必要なのは、敵を砕くハンマーより――こいつなんじゃねえのか?」


 自分が使っていたスティックを、乱暴に投げ渡す。

小気味良い音を立てて飛んで来たスティックを、小さな騎士は目を丸くして受け取った。

……素直じゃないガキは、可愛くねえから嫌いだ。


俺は大人だから――正直に、心境を伝える。


「ナイスゴールだったぜ、鉄槌の騎士様」

「……。……、うるせえ……」


 守護騎士達とは敵同士、相談しあう関係ではない。

敵として相対した者から初めて友好を求められ、困惑する騎士を俺はただ罵倒した。

励ますつもりは微塵も無い。感じたままを、ただ言っただけ。

一方通行の御託なんぞ、人を非難する罵声と何ら変わりは無い。


スティックを両手に持って俯く騎士に――俺は背を向けた。


他の騎士達ははやての元へ集まり、お褒めの言葉を賜っている。

依頼人や他の面々との挨拶等は、アリサに任せれば問題ないだろう。俺は試合場を後にした。


――後はお前が決めろ。


まだ騎士であり続けるのであれば、お前は変わらず俺の敵だ。

でもヴィータ、お前が八神はやての――となってくれるなら、あるいは……

嘆息して、首を振る。らしくないと、未練がましい感傷を振り捨てて。



次の仕事が、待っている。















 降りそうで降らない天候というのは、あまり気持ちの良いものではない。

傘を持たない身であれば、尚の事だ。

曇り空で住民も警戒しているのか、一般道は誰も歩いていない。

変わり映えしない日常の景色は、平和である何よりの証拠かもしれない。


正午、空きっ腹を抱えて俺はメモに書かれた待ち合わせ場所へ向かっていた。


「このメモ――時間や場所は丁寧に記されているのに、依頼人に関して何も書かれてないぞ……?
待ち合わせ場所も町の案内図が確かなら、普通の道路じゃないか。

交通課のパトカーがお出迎えとか勘弁しろよ、アリサ……」


 指定の時刻まで後一時間、順調に行けば後十分程度でつく。

迂闊だった――今日は朝からはやてが張り切って弁当を作っていたのだ。

待ち合わせ時間は恐らく、家族の憩いも配慮に入れてアリサが段取りしたのだろう。

家族ゴッコはウンザリだが、空腹を耐えるよりはマシだ。


くそう、ヴィータの奴……居心地悪い空気を作りやがって……


大事で大事で仕方ない主に相談しろよ。はやてなら快諾してくれるぞ。

結局俺も忠告どころか、罵声を浴びせて終わってしまったからな。

嫌われるのは一向に構わないが、アイツの選択には多少の興味はあった。

あの場にいて聞いてみても良かったのだが……下手すれば、ほのぼのドラマに発展していた可能性はある。


――やっぱり、とっとと立ち去って正解だったな。


家族だの何だのと、始終纏わりつかれても鬱陶しいだけだ。

アリサは日頃傍に居ても苦痛を感じない稀有な存在だが、たまには一人で気ままに行動したい。

数ヶ月前までは、俺はずっと一人で孤独に旅を――



"貴方達4人が交代で、良介を24時間監視するの"



 ――あ。

足を止める。周りを見る。誰も、居ない……

苦手な空気が蔓延する試合場から離れたい一心で、アリサの策を忘れていた。

き、騎士達はどうしたんだ? あんな責任感と義務感に凝り固まった連中が、任務を忘れる筈が無い。

一人一人の顔を思い浮かべてみる。



ヴィータ→喧嘩別れ
シャマル→足を引っ張ってゴメンナサイ
シグナム→お褒めに預かり光栄です
ザフィーラ→アリサの忠犬



――役に立たねえぇぇぇぇぇぇぇーーー!!

全員それぞれに事情や悩みを抱えていて、俺の監視を忘れ去っているようだ。

実にありがたいが、大変困る。


"騎士達が始終傍にいるだけで、犯人は相当やりづらいわ。
ヴィータ達は良介の一挙一動を監視――彼女達の強い警戒心が伝わって、犯人の足を止める"


 始終張り付いていた監視役が突如消えて、無防備に歩く男。

メモに書かれた場所へ最短距離で歩いていたが、同時に人通りの少ない手軽な道でもある。

周囲に住宅は並んでいるが、他人に無関心な昨今では無機質な壁と変わらない。


"なりふりかまわずなら、好都合"


 なりふりかまわず、か――馬鹿馬鹿しい。

少しでも常識があれば、こんな真昼間の住宅街で人を襲うはずが無い。

……ま、まあ今まで通り魔とか、黒衣の魔法少女とか、襲撃に事欠かなかったが……ありえない。


"巻き込まれた騎士達は、犯人を必ずその場で成敗してくれる"


 フン、あんな奴らに誰が頼るか。有言実行、自分の身は自分で守る。

人に頼ってばかりでは、いつまで経っても自立出来ない。

近頃アリサに頼ってばかりだったからな、次の仕事を含めて自力でやってやる。

犯人め、来るなら来やがれ。俺が成敗してくれるわ。

剣を医者に取り上げられている剣士が、えいえいおーと空回り気味に拳を掲げた。





――拳の上に、着地する影。





「なっ――!?」


 慌てて拳を引くが、驚愕は明快な隙を生んでしまう。

固い靴底が視界を遮り、鼻面に体重を乗せて素早く蹴り飛ばされた。

首が折れるような衝撃に抵抗出来ず、何回も地べたを這い回ってようやく止まった。


「ゴホ、ゴホ……くそ、が……!」


 なんつー蹴りをかましやがる! 軽く蹴られただけなのに、受身すら出来ず地面を転がされた。

本能的に涙を滲ませて、俺は急いで立ち上がり体勢を立て直す。

ジッとしていたらやばい。

水道の蛇口を捻ったように噴出す鼻血をそのままに、俺は敵を認識した。



怪人が、立っていた。



幼少時に想像するお化けを具現化した、異形の生物。見た目小柄な体格を、スッポリと布で覆い隠している。

顔も、身体も、手も、足も――その心に至るまで。

怪人が纏う布に、俺は心当たりがあった。

恐らく誰もが想像するであろう、装具品。そして――誰もが否定する、ありえない姿。

断じて戦える格好ではない。目すら見えていない状態のはずだ。

なのに……相対する俺の背筋が凍っていた。

馬鹿馬鹿しいと、笑えない。本能が悲鳴を上げている。



――テーブルクロス。



洗練されたデザインの高級テーブルクロスを羽織った怪人が、俺の前に立ちはだかった。

















































<続く>







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