とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第二十四話







 守護騎士チームVS老人会チーム。

時代時代の苦難を矜持で乗り越えた歴戦の騎士と、人生の終焉を迎えようとしている御老体。

運動能力一つ取っても雲泥の差、比較するのも馬鹿らしい。

ただ、この戦いは情け無用の殺し合いではない。健全なルールに則ったスポーツなのだ。

一般常識という名の鎖は、魔法では解けない。


「次は宜しくお願いしますよ、大将さん」

「……言いたい事があるなら、ハッキリ言ったらどうだ?」

「役立たず」

「――。将たる私が汚名を雪いでみせる」


 言い訳を一切せず、凛々しい横顔を見せて試合場へと向かう剣の騎士。

ため息の出る美麗な女性の出番となって、枯れ果てた年齢の男性陣が浮き立つ。

……俺は別の意味で重い息を吐いた。


「大丈夫なんだろうな、あいつは」

「本当に無知蒙昧な人ですね。シグナムの強さも分からないなんて――
呆れ果てて、物も言えません」

「小学生でも打順を間違えたりしねえよ、ドブス」

「!? またブスと言いましたね!」

「テメエ……これ以上アタシらを侮辱するなら、この場でケリつけてもいいんだぞ。
その気になれば、テメエ如き即ぶっ殺せる」

「お前は、ルールブックから、目を離すな!」

「だ、だって……ごちゃごちゃ書いてて、分かり辛えんだよ……」


 主の前で恥をかいたのがよほど悔しかったのか、半泣きでドチビがルールブックを広げていた。

悩んでいるのは物覚えが悪いのではなく、スポーツ感覚が掴めないのだろう。

文化の差を埋めるのは楽ではない。俺だって今だに魔法の理念がよく分からないからな。

とはいえ、勝って貰わねば困る。ここは最強の騎士に期待したいところだが――

審判より、打権の発生を宣言される。


「……」


 ピンと張り詰めた空気が、試合場を支配する。

烈火の将を冠する女性の息吹が、控えのベンチにまで届くような錯覚に陥る。

緊張に強張らず、恐怖に負けず、ただ冷静に観察する。

目標は第一ゲート――

仲間達の恥すら糧として、勇み足を踏まず敵目標に視線を向けている。

決して無理をせず、相手を侮らず、慎重に、慎重に……


……おい。


十秒後・・・、再び審判より宣言があった。オーノー。


「私がペナルティだと!? 言い掛かりも甚だしい!」

「それはお前だぁぁぁぁぁーーー!!」


 審判に抗議する劣化女に怒鳴りつけてやる。いい加減にしろ、お前ら!

審判に打権発生を宣言されてから10秒以内にボールを打たなかった場合、故意・過失を問わず反則となる。

悪鬼羅刹を切り裂く剣の騎士も、審判を一刀両断する訳にはいかない。

俺がルールを教えてやると、顔面蒼白。急ぎ主の前に馳せ参じ、土下座せんばかりに膝を折る。


「申し訳ありません、主! 大言を吐いておきながら、この体たらく――」

「ま、まだ始まったばっかりやんか!
初めてやるスポーツなんやから、しょうがないよ。次、頑張ろう」

「たった一度の試合に負けたら、任務失敗なんですけどね……!」


 俺に詫びろ。全人類を代表して、大地に額を擦り付けて謝れ。

ルールを把握していないという以前に、スポーツの何たるかを全く分かっていないな。

ゲートボールの試合時間は三十分、パーフェクトゲームなんて夢のまた夢だ。

控え選手の方が頼りになる気がしてきた。


――本と妖精と立体映像だけどな!


「問題ない。我が出向き、勝利をもたらしてみせよう」

「前フリにならない事を祈ってるよ」


 守護騎士ヴォルケンリッター唯一の雄、盾の守護獣ザフィーラ。

大口を叩くタイプではなく有言実行、恭也に似た空気を持つ男が奮い立つ。

日本人離れした大柄な体格は、本能的な安心感を与えてくれる。


「でも、ゲートボールに腕力はあんまり関係ないからな……」


 筋骨隆々な男の登場に、貧相な老人達は圧倒されている。

他者を圧倒する威圧感――誰も彼の前進を止められるものはいない。たとえ、進路を妨げるボールでも。

……ボール?


「おい、自分以外のボールには触れる――なぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」


 映画の怪獣より無遠慮に、大男の足の裏でボールが粉々に破壊される。

敢えて調べるまでもなく、ザフィーラ以外の誰かのボールである。審判の反則コールに、男は気弱に唸り声。

俺はアッハッハと高らかに笑って――隣に座るアリサを思いっきり抱き締めた。


「アリサ……お前だけだ、俺の味方は! 可愛い奴め」

「ちょ、ちょっと!? あはは、くすぐったい――頬擦りしないの!」


 赤みを帯びた頬にスリスリして、抱き枕感覚で癒しを求める。アリサは柔らかくて気持ちがいいな。

(表面上)嫌がる女の子を抱き締める男――見事に変態だが、周囲に気を配る余裕もない。

人間関係に悩む社会人の気持ちが少し分かった気がした。















 老人と若者のゲートボール戦、定められた試合時間は30分。

田舎町の小さな試合場で行われている地味な対決だが、当人達は大真面目。

試合内容に一喜一憂し、白熱した勝負を行っていた。


「やった! あいつ、第三ゲートもクリアーしたぞ! キレの良いシュートを打つじゃねえか」

「当然です。ヴィータちゃんとグラーフアイゼンのコンビは無敵ですから。
私も負けられません!」

「打順を守れと、何度言わせる!!」

「痛い!? 何て乱暴な人ですか! 女性の髪を引っ張るなんて酷い!」

「成績ドンケツのブスに人権はない」

「何ですって……!?」

「おうおう、指輪なんぞ嵌めてどうした。お前のようなブスに、嫁の貰い手があったとは驚きだな」

「ウフフ、その憎まれ口もこれまでです。今すぐ貴方を頁の一部に――

……どうして邪魔をするのですか、闇の書? まさか貴女、こんな人の味方をするつもりですか!」

「一人で盛り上がっているところ悪いが――
"今、お前の打順が回って来た"と、親切に教えてくれているぞ」

「ご、ごめんなさい! ああ、怒らないで……本当に私ったらドジで、ベルカ第一次戦線の時も貴女に――」

「「「「いいから早く行け!」」」」


 チームワークが最悪な俺達だが、俺を除いて驚異的な運動能力を持つ4人。飲み込みは早く、状況に適した判断で行動出来る。

相手チームはプロではない。年寄り趣味で始めたスポーツ、ミスも多く点差は大きく広がっていない。

主義主張は試合の流れに飲まれていき、勝利だけを求めてぶつかり合っている。


「……くっ、あの御老人。また私のボールを!」

「成績の良い人間を第一に妨害する戦術はなかなか有効だ。出鼻を挫かれ、集中力を乱される」

「貴様の助言に頼るつもりはない」

「騎士4人で機先を制す――貴女の立てた作戦は自滅した上に現在進行形で敵にやられてるんですぜ、烈火の将」

「くどい! 情けは無用だ!!」


 ええい、この頑固者め! あんた等がルールを守らないから追い詰められているのに!

試合時間は30分、ごく限られた時間で得られる点はある程度見込みがつく。

点差は広がらず、平行線のまま――つまり一方的に負け続けている。敗北の予感は焦りを生み、心に余裕を無くす。

相手チームは和気藹々と、こっちは始終ギスギスしながら試合は進んでいった。


「意外に堅実なプレイをするな、あんた。もっと荒々しいのをイメージしてたんだけど」

「狼は無闇に相手に牙を見せない、それだけだ」

「なら、俺とあんただけでも協力して――」

「それとは別問題だ。我らはあくまで主の為に戦っている。お前に協力する義理はない」


 流石は盾の守護獣、心の中も鉄壁に守られている。

牙を見せないというだけあって敵意剥き出しではないが、孤高を貫いている。

孤独を好む俺としては見習うべきものがあるが、ゲートボールは個人プレイでは勝てない。


――不本意極まりないが、今回だけ俺は始終チームの為に戦っていた。


ゲートボールはそれぞれのゲートを通過し、ゴールへ辿り着けばクリアー。制覇した選手は試合場を出る。

一人経れば残り4人。得点は得られるが、チーム戦においてはマイナスの要素も孕んでいる。

その為敢えて試合場へ残り、敵チームのパーフェクトゲームを阻止する戦術も有効なのだ。

特に我がチームはペナルティを四人も食らっている。敵チームの失点も必要だ。

俺もゲートボールは素人だが、他人の足を引っ張る事だけは天下一品。卑怯卑劣大好き、社会のルールも守っていないはぐれ者。

ジジイ共のプレイを巧みに妨害、タッチなどを駆使してゴール到着を阻止、阻止、阻止!!


「リョウスケ、御爺さんが睨んでいるですよ!」

「はっはっは、正義は勝つ」

「ゲートボールではありだけど――セコい真似して威張らないの」

「ほ、ほんますいません……こういう人でして……」

「い、いいのよ……病気がちなおじいちゃんには、少し怒っている方が元気になるわ」


 ――依頼人を含めた女性陣には大不評で信頼を下げているが、俺は涼しい顔。勝つ為に手段は選ばない。

戦いに美学を求められるのは強者のみ、弱者に権利はない。

今チームの足を引っ張っているのは強者だけどね……どうしてくれよう。

初めて胃の痛い思いをしながら、ゲートボールは終盤戦へと移行する。


「……どうだ?」

「単刀直入に言うと、今のままだと負けるわ」


 ゲートボールは子供でも楽しめる単純な得点制、計算は容易い。

まして世界でも有数のIQ200を誇る天才少女なら、敵味方陣営のデータを取り入れて未来予測も可能となる。

俺の唯一の味方が出した回答に、肩を落とした。


「珍しいわね、リョウスケの失敗が招いたピンチじゃないのは」

「――真実は時に人を傷つけるんだぞ、メイド」

「やーん、ご主人様こわーい」


 クスクス笑ってやがる、くそ。人のピンチを面白がりやがって。

……廃墟を出て俺と一緒に住むようになって、笑顔が本当に増えたよなこいつ……

可愛いのは俺のメイドから当然として、給金もない生活でも充実しているのは羨ましい限りである。


「残り少ない時間で勝つにはどうしたらいい?」

「良介がチームの為に行動すればいいのよ」

「お前はご主人様のプレイを見てないのか!」

「同じチームメンバーにアンタ、嫌味と皮肉しか言ってないわよ」

「ぐっ……」


 売り言葉に買い言葉、どちらも歩み寄ろうとしない。

信頼なんぞ無用、自分の力だけで勝つ――その結果が今、目の前で起きている現実。


「良介とヴィータのゴール、今の打順と残り時間だとチャンスは一回のみ」


 三角定規のように腰の曲がった爺さんがミスしたのを見て、アリサが告げる。ゴール点プラス、ギリギリで逆転。

クリアー条件は2つ。俺のボールはゴールから遠く、敵の逆襲にもあって困難な位置にある。

決まればスーパーショット、失敗すればその瞬間試合終了。


そう――俺のミス・・・・が決定打でチームは敗北。騎士達がこの結果をどう受け止めるのか、想像に難くない。


反則騎士団はとやかく言われる筋合いはないが、難癖つけられるのは不愉快である。

仮に俺がゴールしても、次のヴィータがゴールしなければならない。この条件も厄介だ。

プレッシャーに負ける奴じゃない。軟弱な騎士は戦場で生き残れない。問題は、1つ目の条件と逆にある。


ヴィータが決定打になれば、はやてだけではなく俺の・・勝利にもなる。少女はその事実を、何より嫌悪する。


シャマルはともかく、シグナムやザフィーラなら割り切れる。だが、ヴィータは多分本能が拒否する。

戦わなければ勝てないのに、勝つ可能性をエラーとして排除してしまうのだ。

この二つの条件をクリアーしなければ、俺の初めての仕事は失敗となる。これは金の問題だけではない。


恐らく今後――俺達は、八神はやてが望む家族関係にはなれない。ミヤの願いは消えてしまう……


「あたしがヴィータに言ってあげてもいいわよ」


 ――やはりアリサは優秀だ。勝利条件を瞬時に把握して、解決策を提案してくれる。

アリサは守護騎士ヴォルケンリッターと決闘し、見事に勝利。確かな信頼を得ている。

感情的にならず、ヴィータを正しく導いてくれるだろう。


「分かった、お前に任せる」

「えっ!?」

「はは、その驚いた顔。自分から言ったくせに」

「……意地悪」


 からかわれたのだと知り、メイドは唇を尖らせる。俺はスティックを手に、立ち上がった。

この試合は俺の初めての仕事、最初から躓くようでは話にならない。

アリサの力を借りる日はいずれ来るだろう。けれど、今ではない。アリサの主として、やる時はやらないとな――

審判の催促、ベンチで悩みすぎた。心配そうなはやてに軽く手を振って、試合場に立つ。

――親父さんを見る。十中八九ゴールは不可能と高を括ったその面、歪めてみせよう。


夜天の主、守護騎士、妖精、死神、幽霊、人間――全ての者達が注目する中、俺は集中する。


アリサ復活の儀式、巨人兵との激闘、プレシアとの死闘――はやての誕生日プレゼント製作。

誰にも勝てなかった俺が、誰かを想ったその時勝利を手にしていた。

自分以外の何かの為に、自分すら消し去る感覚。周囲の音が消えて、世界は白紙となる――

他人の願いを叶える魔法使いの本領発揮。


――気がつけば、剣を振っていた・・・・・・


気後れも先走りもない、自然なショット。無駄な力が入らなかったのは、己を知った為か――俺を知る人達が見てくれていたからか。

千の戯言より、一つの結果。


よく見ておけ、騎士達。俺はもう二度と裏切ったりしない。はやての期待にも、応えてみせる。


試合場を後にする。結果を見る必要はない。

アリサの高らかな拍手にミヤの歓声、魔導書を抱きしめて喜ぶはやての笑顔を見れば分かる。

次の打順、親父さんは確実に外すだろう。俺に続く人間は、唯一人だけだ。

鉄槌の騎士ヴィータと、向き合う――


「道は開いた。後は頼む」

「――!」


 必要なのは信頼。そして俺にとって信頼とは、優しさではない。

自分の命運を預ける――勝利も敗北も全て、命さえも相手に託す。

裏切られたら自分も死ぬ、それでいい。自分が選んだ選択ならば、後悔はしない。

俺ははやてに応えた。お前はどうする、鉄槌の騎士?

ヴィータは初めて憎しみのない目でおれを見つめ、己が証たる武器を掲げる。



「ベルカの騎士に、負けはねえ!」



 自信に満ちた微笑み――紅い薔薇が美しく勝利を飾ってくれる。

信頼の握手はせず、スティックをお互い乱暴に鳴らしてすれ違う。

意気揚々と試合場へ向かう少女の背中は大きく、とても頼もしい。


結果は言うまでもない――


自分で掴んだ勝利の栄光は、少女の心に美しく刻まれるだろう。

敵である筈の爺さん達から送られた拍手喝采に、ヴィータは素直に驚いていたから。

教えてやるよ、プログラム。





それを――『感情』と、人は呼ぶんだ。

















































<続く>







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