とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第十八話







――勝敗は決した、誇りを賭けた決闘に審判はもう必要ない。

八神はやての絵を囲んで皆が盛り上がる中、騎士達が喫茶店から出て行くのを見届ける。

不思議と負けた連中相手に、踏みつけられた報復や高らかな勝利宣言をする気にはなれなかった。

むかつく奴らだが……俺が八神はやてに害した事実は消えない。

プレゼントに感激するはやてと一緒にはしゃぐチビスケを手招き――


「リョウスケ、今回はやてちゃんに贈ったプレゼントは花丸をあげるです!
チラシの裏に書いた肩叩き券でも贈るのではないかと、心配で心配で仕方なかったですが」


 ……流石は教育係、俺の思考を見破ってやがる。

アリサが絡んでいなければ、お手軽な物を用意していただろうからな。

原因となった騎士達について、ミヤに耳打ちする。


「お前、あいつらの様子ちょっと見て来い」

「あっ、騎士達がいないです!?
酷いじゃないですか、リョウスケ! 追い出すなんて――アイタ!」

「人聞きの悪い事を大声でぬかすな! あんな身元不明の外人、街中でウロウロさせるな。
俺様のセカンドハウスに寝かせておけ。後で話し合う」

「うう、殴らなくてもいいじゃないですかぁ……分かりました。
はやてちゃんにプレゼントも渡しましたし、お先に失礼するです。
それと――ミヤの分の御飯を持って帰って来て下さいね。約束ですよ!」

「包んでもらうから早く行け」


 食い意地の張った妖精はようやく応じて、騎士達を追ってコッソリ喫茶店を出る。

退出する際律儀に一礼、何ともあいつらしい。

可憐な容姿に純真無垢な心、妖精に相応しい女の子だった。

彼らの途中退場にいち早く気付いたのは、案の定この男だった。


「どうしたんだ、あの人達は。何かあったのか?」


 出入りするドアを見やって、恭也が疑問の声を投げかけた。

どこか不審の色のある表情に、俺は身を固くする。

追い打ちをかけるように、妹君も恐る恐る尋ねてくる。


「アリサちゃんの知人との事ですが……民間の方なんですか?
一目見て、一瞬ですけど圧倒されてしまいました。
手元に刀があれば握っていたかもしれません」

「店内に入った直後も、配置や人数を確認していたからな……
日本人という理由以外で警戒されていた。何かあれば、即座に動いていただろう。

――何者なんだ、あの人達は? SPだと言われても驚かないぞ」

「そうそう、SP! 私もそんな感じがしたよ、恭ちゃん」


   ――何一つ気付かなかった問題点を次々と列挙するお前らこそ何者だと、俺は問いたい。

SP……なかなか鋭いところを突いてきやがる。

あいつらめ、大人しくしていたが用心は怠らなかったらしい。

俺をはやてを害する敵と認識している以上、その仲間も疑うべき――

憎たらしいが、彼ら側からすれば当然の判断である。

和やかな雰囲気の中不穏な空気を感じ取ったこの二人も、只者ではない。

下手に嘘をついても見破られて、余計に話をややこしくしてしまう。

俺は考えあぐねた末、少しだけの真実を述べた。


「実は、あの四人にどうも俺は嫌われているみたいなんだ……
どうしてだろうな? 俺は普通に接しているのに」

「なるほど、それならあれほどの警戒も頷ける」

「日本人を誤解されたのかもしれないね、恭ちゃん」

「――お前ら、死なす」


 本人目の前にして言いたい放題ですよ、この剣術馬鹿兄妹。

確かに初対面から嫌われまくったのは事実だが、俺は大いに不愉快だった。

兄妹はしたり顔で頷き合い――俺にジュース入りのグラスを手渡した。


「……前にも言ったが、この先困った事があれば相談してほしい。
自分一人で思い悩んでも解決出来ない事もある」

「話し合えない人達ではないと、私は思います。
ただ争うよりも、分かり合う方がずっと価値がありますよ。
国が違えば、文化も考え方も変わりますけど――きっと。

未熟者ですけど……私もいつでも力になります」


 何も聞かずただ力になると、高町の剣達が不器用ながらも心強い誓いを立ててくれた。

……剣を通じてしか、自分の想いをうまく伝えられない不器用な人達。

俺と騎士達の関係を薄々知りつつ、無粋な好奇心で首を突っ込まない――

胸を熱く震わせて、俺は自分のグラスを掲げる。

同じ間違いは絶対にしないと、彼らの剣に誓って。



チン、と三つのグラスが静かに鳴った――

















 八神はやての誕生日、決闘さえ終われば問題なんて起きるはずも無い。

騎士達やミヤの途中退場を残念がっていたが、それらしい理由をつけて納得させる。

高町家の誕生日もよく此処で迎えるらしく、もったいぶった段取りは必要なかった。

美味しい料理に舌鼓をうち、仲の良い友達と喋り、優しい大人達に祝福される――


ただそれだけで……はやては本当に、幸せそうだった。



「――precious days
神様にありがとうをね
いつも言ってる

そうよprecious days
こんな日々 過ごしていける
『奇跡』に感謝MyGod

胸にくれた優しさ
あたたかさで包んで
だからきっと冷めないままで

ずっとprecious time――」



 余興で行われたカラオケ大会ではフィアッセや桃子は勿論の事、アリサまで参戦。

披露した歌は幽霊の分際で驚くほど上手い。

初めて出来た友達の前で歌うアリサも本当に、楽しそうだった。


ようやく叶った夢の中で――アリサ・ローウェルは友達と仲良く過ごす。


「ゲストさん、到着でーす」

「あ〜、神咲さん! それに久遠も……!?」


 神咲那美に久遠、先月海鳴大学病院ではやては二人と知り合った。

わざわざ着替えて来たのか、私服姿での登場である。

控えめな服装でも素材となる本人が可愛いので、よく似合っていた。

小狐の久遠もはやてには慣れたのか、膝元で丸くなっている。


「はやてちゃん、誕生日おめでとうございます。
これ……私と久遠からの誕生日プレゼントです」

「ありがとうございます! ……こんなにしてもろて、ほんまに嬉しいです……ほんまに」


 感涙するはやてに戸惑う那美、その視線が不意に俺とぶつかる。

小鼻の上をほんのり染めて、彼女は小さく目礼した。


……初体験した後のような、気まずさに近い照れを感じる。


精神の共有、魂で結ばれた男と女。

まだ身体に何の影響も無いが、今までのような顔見知りではいられない――


「良介さん」

「うわっ!? いきなり顔を出すな、馬鹿!」

「普通に話しかけただけじゃないですか、もう……」


 薄桃色の唇を尖らせて、フィリス先生は俺を軽く睨む。

本気で怒っていないので、迫力どころか可愛らしさを感じさせる。

本人も自覚しているのか、すぐに表情を柔らかくして、料理を盛った皿を渡してくれた。


「良かったですね、良介さん。はやてちゃん、あんなに喜んでくれて――
本当に素敵でしたよ、良介さんの描いた絵。頑張った甲斐がありましたね」

「おかげでこっちは寝不足でクタクタだ……早く怪我を治して、体力を取り戻さないと」


 たかが一晩集中して絵を描いただけでグロッキー、情けない。

――だが、収穫はあった。久しぶりの絵描きは、俺にも素敵なプレゼントを贈ってくれたのだ。

今後の鍛錬で生かしていこうと思う。


「その為に私がいるんです。明日も診断がありますから、きちんと来て下さいね」

「明日!? 今日はずっと一緒にいるじゃねえか!
一晩明けただけで容態が変わるか!!」

「命を狙われている良介さんの身の安全に、保証は無いじゃないですか!」

「ほ、保証人ー! この頭が固い先生を説得してくれ!」


 俺専門の天才弁護士を呼んで、善意という名のクレーム処理を担当させる。

友人との語らいを邪魔されても嫌な顔一つせず、アリサはフィリスに頭を下げて話し合ってくれた。

騎士達を退けたアリサならば、頑固なフィリスの説得も可能だろう。


とはいえフィリスの心配はごもっとも、俺もいい加減身の危険を認識せねば。


この十七年、直接的に命を狙われた経験はない。

ジュエルシード事件では何度も死にかけたが、単純に巻き込まれた形だ。逃げようと思えば逃げられた。

プレシアは俺に固執していたが、命を狙われていたのではない。むしろ死なれたら、さぞ困っていただろう。


――今回の一件は違う。明らかに、俺への敵意がある。


こうして冷静でいられるのは五月の修羅場を経験したのもあるが、何より非現実的だからだ。

包丁や銃で狙われたりしたら、幾らなんでも危機感を覚える。

街灯を投擲――素人のみならず、プロでもこんな意味不明な殺害方法は選ばない。

何が目的でこんな手段を取ったのだろうか? 桃子自慢のバースデー料理を啄ばみながら、考える。


――フォークが腕に突き刺さった。


「ぬわっ、いでででで!? 敵か、敵なのか!?」

「フィリス先生に聞いたわよ。命を狙われているって本当なの!?」


 えっ、お前にはちゃんと説明――詳細まで話してなかったか、迂闊!

湯気が頭から噴き出しそうなほど、メイド服の美少女は怒り狂っていた。

きちんと話して貰えなかった悲しみと、俺への心配から来る怒り――

自分のメイドの気持ちが分からないようでは、主人は務まらない。


「いってえな、こいつ。俺よりお前の方がやばかっただろう」

「あたしは覚悟の上。良介とは違うわ!」

「そんな服着て何言ってやがる! お前はもう俺のメイドだ、地獄の鬼なんぞに誰が渡すか。

……二度目の奇跡は無いんだぞ。ちゃんと俺の傍にいろ」

「ばか……心配なんてしなくてもいいのに。
自分を大切にしてね――あたしのご主人様」


 フォークで傷付いた手に軽く接吻して、アリサは潤んだ瞳を向ける。

人前でやや恥ずかしかったが、本日の主賓は別にいる。

剣道着にメイド服と異端の主従だが、幸いにも目に触れられる事は無かった。

アリサ優先とは何とも俺らしくないが……一度叶えた願いである。白紙に戻すなんて冗談じゃない。


「仕方ないわね、今回も力になってあげますか。
詳細は後で聞くとして――犯人の目星はついてるの?」

「リスティに相談はしている。あの女は一応警察関係者だからな、調べてくれるそうだ」

「前後の状況がハッキリしていないから何とも言えないけど……本当に良介を狙っていたの?」

「見事に背後から奇襲を受けたんだぞ。狙いは俺としか考えられないだろ」

「事故や通り魔の可能性は?」

「道路に突き刺さる威力だぞ、偶然の事故とは思えねえよ。通り魔が街灯投げないだろ、いちいち」

「誰でも普通は街灯なんて投げないわよ。落ち着いて考えてみて。
例えば後ろから包丁で刺されたら、その犯人は絶対良介個人に狙いを絞っていた証明になる?

誰でも良くて、たまたま良介が通りがかっただけかもしれないわ」

「そんな理由で殺されたらたまらんわ!」

「通り魔の被害者や遺族は、皆そう言うのよ。珍しくないわよ、今の世の中」


 ……誘拐されてレイプ、挙句に殺された少女の言葉は重い。よく立ち直れたよな、こいつ。

可能性としては低くても考慮すべき、天才少女の忠告に従いつつも可能性の高い順に考察。


犯人像の想像――俺を殺したい人物の心当たり。


人から褒められる生き方はしていないが、殺したいほど恨まれるような真似はしていない。

しかもただ憎まれるだけではなく、犯人は実際に行動に移している。

更に「街灯が投擲可能な人物」と条件が加われば、俺が知る限り当てはまるのは一つしかない。


魔導師――科学技術が混在する異能の力を持った者。


魔法に関する知識はあまり無いが、実力のある魔導師ならば大きな街灯を操る事も不可能ではない筈。

俺が知っている魔導師で、俺に恨みを抱く人物――エイミィ・リミエッタに、守護騎士ヴォルケンリッター。

どちらも可能だろうが、可能性は無いな。

力自慢のメスゴリラは飼い主がいるし、俺が襲われた日はまだ騎士達が目覚めていない。

プレシア親娘は裁判中、なのは良い子、はやては論外。クロノやユーノは暴力に頼らない。

魔導師の通り魔だとしても、わざわざ時空を超えて田舎町で暴れたりしないだろう。自分の世界で虎視眈々とやればいい。

う〜ん……俺個人を標的としている可能性が高いけど、肝心の心当たりが――おいおい、ちょっと待て。

アリサから視野を狭くするなと言われたばかり、発想を変えてみろ。


知っている誰かじゃない、俺知っている人物だ――響きは似ているが、意味合いは広がってくる。


人間関係の奥深さは、五月で嫌というほど学んだ。

俺が直接犯人の怒りを買う真似はしなくても、俺に繋がる何かが原因で間接的に恨みを買ったのだとしたら?

――アリサを殺した犯人は俺に直接迷惑をかけていないが、目の前を通りかかれば容赦なく殴る。

怨恨や憎悪ではなく、娘への愛で世界を滅ぼしかけた大魔導師もいた。

手がかりは俺の中だけではない。俺の身近に転がっているのかもしれない……


「良介、今日ははやての大事な記念日よ。難しい顔して悩まないの」

「っとと、そうだったな……」


 グラスを手に取り、一息。甘い果実の味が疲れた頭を癒す。

アリサは俺の隣に立ち、励ますように俺の背中を叩いた。

知性の瞳が揺ぎなく、俺を映し出している。


「考えるのはあたしの仕事よ。――策があるわ」

「もしかして、犯人が誰か分かったのか!?」

「誰が犯人か、今は想像の域を出ないわ。でも大丈夫、この策が上手く実れば――


守護騎士達ヴォルケンリッターの疑念を晴らし、良介の身の安全を保証。
フィリス先生の不安を無くして、犯人を絞り込む事が出来るわ」


   六月より始まった不穏な事件と、因縁――

泥沼に陥りそうな不透明な現状を一気に打開する、奇跡のような策。

先月は何も出来ず、ただ運命の女神に翻弄されるだけだったが――今は違う。



勝利の女神は不敵に微笑んで、理不尽な現実を打開する。


















































<続く>







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