とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第十七話







 ほんのりトマト風味のかぼちゃのミルクスープに、新鮮なサラダ菜がしかれたポテトサラダ。

オーブントースターで焼かれた手作りピザが、大きな御皿に丁寧に切られている。

パーティーのおもてなしとして、クレーム・ブリュレのイチゴマリネ添えを御用意。

子供に優しいフルーツ風ドリンクは、本日の主賓への店長からの温かい好意――

高級より上質を。美味しい料理だけではない、優しさに満ちた時間を提供する。


海鳴町が誇る名店『翠屋』にて6月4日、車椅子の少女の誕生日パーティが完璧に準備されていた。


完璧かつ暖かな雰囲気に包まれた会場には、はやてよりむしろ依頼した俺自身が驚かれた。

平凡な喫茶店であるはずなのに、人の温もりが加わっただけでこうも変わるなんて――

本日の主賓はというと、唖然呆然で華やかに飾られた会場を見渡している。


「え、え……あの、これ、その――何ですか?」

「お前は自分の生まれた日も覚えてないのか」


 覚えられていたらパーティの前提が崩れ去るのだが、口から勝手に滑り出る憎まれ口。末期症状である。

はやては目を白黒させていたが、俺の言葉に合点がいったようだ。

驚愕に顔を染めて、俺を見上げる。


「じゃあ、これ……わたしの為に、そんな……何で……」

「良介さんです」

「え……?」


 付き添いのお医者様が、はやての前に屈んで視線を合わせる。

戸惑う少女を映し出す瞳はどこまでも優しくて、慈しみに満ちていた。

俺には映せない透明感に、無意識に目を逸らしてしまう。――苦手だった、人の罪をさらけ出す彼女の目は。


「良介さんが、はやてちゃんの為に準備したんです。
勿論私も、本日集まって下さった皆さんも気持ちは同じですけど。

貴女が生まれたこの日をお祝いしたいと、良介さんは今日までずっと頑張っていたんですよ」


 ――何故に貴様は、何でもかんでも俺の美談にするんだ!? 勘違いされるだろ、コラ!

はやてとは偽りでも家族なんだから、これ以上親密にする必要ないぞ。

猛烈に抗議をしたいのだが、フィリスを黙らせても他の面々が賛美歌を歌うだろう。俺の名誉の為に。

ええい、偽善者め。そう罵りたいが、フィリスの優しさは混じりっけなしの本物。嘘偽りない気持ち。

俺の友人が百人を超えるまで――俺が孤独ではなくなるまで、フィリスの信念は曲がらない。


「……い、いつ、わたしの誕生日知ったんや――わたし本人が忘れ取ったのに」

「勘」

「か、勘……? あは……あはは、あはははは! 勘ってなんやの、もう――こんなお膳立てして。
退院したばっかりやのにうろうろしてると思ったら、こんな事企んでたんやね。

もう……うう、ほんますいません……わたしの為に――ぐす、すんません……」

「――謝る事は何もない」


 手で顔を覆って泣き始めたはやてに、高町家の長男が静かに語りかける。

普段愛想の少ない男だが、喜びに震える少女に向ける目は優しかった。

整った精悍な顔立ちも、女の子を祝う気持ちでとても穏やかだ。


「宮本の誘いで集まったのは事実だが、それ以上に君を祝う心が俺達にはある。
誕生日、おめでとう。そして――

生まれてきてくれて……出逢ってくれて、ありがとう。

そうだな、フィアッセ」

「――うん。私からも……生まれて、出会えて、ありがとう。はやてちゃん」


 少しずつ、少しずつ、二人の心がはやてに浸透していく――

以前は見えなかった他者の温かさが、言葉を通じて心へと結びつく。

俺は、苦々しさを感じて下を向いた。

高町恭也――この男なら戦わずとも、心を通わせられる。

フェイトの悲しみも、アリシアの無念も、プレシアの凶行も、きっと――止められただろう。


傷付いて、嘆いて、ボロボロになって……それでも完全に救えなかった俺とは、違う。違いすぎる。


人間としての器が違う、似たような年齢でありながら。

法術なんてなくても――魔法なんてなくても強いのだ、高町恭也という男は。

自分の弱さを否定する気持ちは、もうない。それも含めて、自分なのだから。

劣等感や嫉妬なんて感じなかった。

ただ、ただ……ちっぽけな自分が、歯痒かった。


「――良介、ありがとう」

「うん? 何だよ、急に。言っておくが、準備諸々全部やったのはこいつ等だ。
誕生日会だって、アリサやフィリスに散々言われて用意しただけだ。

言うべき相手が違っているだろ」


 フィリスが何か言いたげだったが、有無を言わせなかった。

はやてが生まれて来た事に、俺は感謝していない――心にもない言葉は、ギリギリ抑えられた。

自分で思ってもいない言葉は、何も救えない。毒にも薬にもならない。

高町なのはにフェイト・テスタロッサ、八神はやて本人を傷付けた過ちが、つまらない意地を粉砕した。


いや――


高町恭也が目の前にいたからこそ、俺は自分の惨めさを見せたくなかっただけなのかもしれない。

それも意地だというのなら、俺は本当に救えない。


「ううん。最初に言うべき相手は、良介しかおらんよ」


 俺の中にあった葛藤を、はやては一瞬ではね退ける。

伝説の魔導書に選ばれた少女は何一つ間違えず、真っ直ぐな視線を俺に向ける。

自分の選んだ選択肢を誇るように、眩い笑顔を見せて。


「良介、ほんまにありが――」

「待て」


 心からの感謝を、俺は無遠慮に塞いだ。

半ば力ずくで黙らせたこの行為を、他の人間から見れば無粋に感じたのだろう。

翠屋に設置されている木製のカウンターの向こうから、店長が注意する。


「良介クン。照れるのは分かるけど、時には素直になる事も大切よ」

「はやてちゃんが喜ぶ気持ちは、はやてちゃんの想いだよ。否定するのはどうかと思うな」


 八神はやて一人に喜んで自分の店を提供してくれた高町桃子と、彼女の店を手伝うフィアッセ・クリステラ。

二人の咎めるような視線は、俺を一瞥するなり納得に変わる。

……それほど緊張した顔をしているのか、今の俺は。

豊富な人生経験を持つ二人とは違い、小さな看板娘が戸惑いの声を上げる。


「おにーちゃん。今日は折角の誕生日ですから、素直に――」

「俺が普段素直ではないと言いたいのか、貴様」

「――全然素直じゃないよね、恭ちゃん」

「先月どれほど心配をかけたと思っているんだ」


 子供から大人になろうとしている、なのはさんの兄姉達が鋭く指摘する。ええい、疎ましき家族愛め。

殴り倒したいが、倒されるのがオチなのでやめておく。

刃傷沙汰は、本日限りはご法度である。

これ以上文句を言われるのは御免なので、釈明だけはしておく。


「感謝の言葉は、今だけ置いておいてくれ。
もうすぐ大事なお客様が来る――話はそれからだ」

「むぐぅ?」


 言っている意味が分からないと、くぐもった声を上げてはやては首を傾げる。

このサプライズパーティ、本人も忘れていた誕生日を御祝いの言葉と共に驚かせるのが第一弾。

御姫様の驚く様子を拝顔する名誉を与えられたのが、今日という日を整えてくれた高町家にフィリス――俺からのつまらない、感謝。

他にも人数を集めようと思えば出来たし、事実俺がわざわざ声をかけてはいる。多分、来るだろう。


ただ八神はやてを祝って華やかに盛り上がる前に――俺にはやる事がある。


成否次第で従者の命が絶たれる、騎士の誇りと名誉を書けた決闘。

誕生日パーティには相応しくない私闘に、俺は望まなければならない。

高町家には詳しい説明はしていないが、ある程度の事情は事前に話してある。

ゆえにこの面々、最悪の事態が起きても対処出来る頼もしい人達。

――先月俺が心から敗北を認めた家族だからこそ、巻き込むべきではないと分かっていながら立会人とした。


そして巌流島を気取らず、定刻通りに決闘相手は現れた――


「こんにちは。良介、連れて来たわよ」

「失礼する」


 八神はやての誕生日パーティに、四人の男女を連れた少女が入場する。

出迎えた一同は注目するのと同時に、言葉を失った。その圧倒的な存在感によって――


――赤いワンピースの、少女。


レースにサテンリボンを通したチョーカーが、袖口や胸元に可愛らしく飾られている。

サーキュラーワンピースを着た女の子はワインレッドの瞳を下に向けて、居心地悪そうに俯いていた。

魔力で生成されたドレスは少女を美しく着飾り、可憐な容姿を惹き立てている。

ヴィータと呼ばれる少女を引率する女性――シグナムは洗練された仕草で、出迎えた人達に一礼する。

昨晩生み出された野暮ったい印象から一転、高級生地で仕立てられたような服装に着替えていた。

綺麗な容姿もさる事ながら、凛々しさと美麗さを兼ね備えた雰囲気が異性のみならず同姓の心まで奪う。

逆にもう一人の妙齢の女性シャマルは、柔らかな微笑みで挨拶を交わす。

ふわりとした質感を持つスカートは彼女によく似合っており、均整の取れた肢体を飾るに相応しい華を魅せる。

けれど、俺は知っている。


向けられた笑顔の裏は――凍てついている。


どれほど愛想良く微笑んでいても、営業スマイルほどの感情すらない。

所詮はプログラミングされた社交辞令、口元は笑っていても俺に向ける視線は冷ややかだった。

無感情と言えば、一歩下がって様子を見守っている男も同じだ。

黒尽くめのモダンな服装に身を包んだ、日本人離れした長身――身に纏った衣服を鍛え上げられた筋肉が押し上げている。

派手に演出せず、寡黙な男の雰囲気を無理に目立たせない気配りが窺えた。

誕生日会までアリサやミヤがどう説得したのか、四人とも静かなものだった。

最低限の礼儀作法を身につけて、俺を前にしても事を荒立てる気配もない。


「……宮本、こちらはお前の知り合いなのか?」


 四人の守護騎士達の隙のない佇まいに、恭也や美由希が息を呑んで見つめている。

アリサのコーディネートで見た目は和らいでいるが、異質な雰囲気は消せない。

外人の多い町ではあるが、守護騎士ヴォルケンリッターの存在感は民間人から明らかに逸脱していた。

どう説明するべきか悩む前に、引率者が一歩前に出る。


「この人達はあたしの知人なんです、恭也さん。
先月図書館で知り合いまして、日本と外国との文化の違いについて勉強しています。
この町を大層気に入っているそうで、今日お招きしました。


ごめんね、はやて。急な話だけど――あたしの家族の話を聞いて、どうしても貴方に会いたくなったそうなの。
参加させて貰っていいかな?」

「へえ、アリサちゃんの友人なんですか……」


 はやてが一瞥したその瞬間、四人が即座に姿勢を正す。

一瞬走った鋭い緊張感に、高町師弟が咄嗟に身構えた。

アリサが咎めるように鋭く目を向けると、シグナムが焦りを露に他の三人を押し留める。

――えっ、今こいつアリサにビビった……?


「――お初にお目にかかる、八神はやて様。私はシグナムと申します。
本日は突然の参上、誠に失礼しました」

「いえいえ、そんな!
図書館にはわたしもよく行くんで、もしかしたらすれ違っていたかもしれませんね」


 一瞬でもすれ違っていたら忘れないだろう、こんな連中。

アリサもよく平気でもっともらしい嘘をつけるもんだ、感心する。

突然の来訪者に恐縮しきっているのか、はやてもわたわたしていた。


「わ、わたしも今日誕生日やと忘れてたくらいなんで、あはは……是非、御一緒して下さい」

「流石ははやてちゃん、寛容でお優しいです。
リョウスケも少しは見習ってほしいものですねぇ〜」


 赤いドレスの少女の胸元から、蒼銀色の髪の妖精が顔を出す。

チビスケも主の誕生日を意識して、ドレスアップしていた。

息を呑む可憐な容貌だが、俺に一般的な美意識は存在しない。


「? お前、呼んでないだろ。何で此処にいるんだよ」

「えええええっ!? ミ、ミヤ、仲間外れなんですかぁ!? うわーん〜〜〜!!」

「良介さん! ミヤちゃんを泣かせて何が楽しいんですか!」

「しまった、フィリスがいた!? ちっ、命拾いしたな」

「……それは悪役の台詞だよ、リョウスケ……」


 溜息混じりのフィアッセの一言に、周囲が笑いに包まれる。

守護騎士達の登場で緊迫していた空気が和み、四人も自然に受け入れられた。

ま、敵さんの服装なんぞこの際どうでもいい。どれほど綺麗でも、俺を憎む敵対者なのだ。

俺が目を奪われたのは――絶対的な味方である、存在。


黒のボタンとパイピングがポイントの白いワンピースに、黒いエプロン――


清楚なメイド服のレティキュールが、アリサを驚くほど可憐に魅せていた。

愛情と信頼――そして、決意。

密かな羞恥に頬を染めながら、俺を熱い視線で見つめる。

魔導師にとってのバリアジャケット、第二の人生を誇る乙女の鎧。


そして――死装束。


"良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも"


「……馬鹿野郎」


 死がふたりを分かつまで――愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います。

アリサの気高くも悲しい決意に、己の冷めた心さえも震えた。


俺が敗北すれば――アリサは本当に、死ぬつもりなのだ。


信頼を損ね、主人の想いに応えられず、敗北を与えた責任を取って。

騎士の誓いに勝るとも劣らない、アリサのメイドとしての誇り――

先月俺が入院している間に、自分の人生を考えた末の決断。

突発的な企画の誕生日会などずっと前に用意されていた、メイド服が証明している。


たった一つの奇跡を、尊き願いの全てを俺に捧げると……アリサ・ローウェルは今ここに、誓いを立てた。


守護騎士達との決闘が、偉大なる騎士達の忠誠が――彼女を大いに成長させた。

小さな女傑は俗な褒め言葉など必要とせず、俺の視線だけで満足している。

主にただ見て貰えるだけで、栄誉に思う気高き心と在り様。


――俺も、覚悟を決めた。


「はやて、乾杯の前に――俺からお前に、誕生日プレゼントを用意したんだ。受け取ってくれるか?」

「ええっ、良介がわたしにプレゼントまで!? これ、ほんまに夢ちゃうかな……」


 頬を豪快に抓ってやりたいが、主に絶対忠誠の騎士がいるので自重。やり辛い。

その騎士達も俺の声に表情を引き締め、俺をそれぞれに一瞥する。

主の命を害した貴様に、主の心を掴めるか――歴戦の勇士達が問うている。

百の言葉を並べたところで、意味などない。彼らと俺の間に、信頼なぞ微塵もない。

今此処は平和な日本なれど、戦場の中。決着方法は互いの信念を奪うだけ。

アリサの信頼を踏み躙って全てを失うか、俺のが信ずる騎士道が過ちである事に気づくか――ただ、それだけ。


「ごめん、良介。茶化すつもりはなかったんやけど……喜んで受け取るわ。見せてくれる?」

「分かった。――晶、持って来てくれるか」

「了解!」


 海鳴大学病院へ行く前に、俺は予め城島晶に会って預かって貰っていた。

誰にも見せないように厳命していたが、忠実に守ってくれたようだ。

息せき切って店の奥から持って来た品を受け取り、俺はカウンターに置いた。

皆に見えるように――騎士達に見せるように、俺はそっと立てる。

ガキへのプレゼントを注目されるのは少々恥ずかしいが、仕方あるまい。


白い布で梱包された、品物――昨晩用意した、八神はやてへのプレゼント。


この大きさに、形――恐らく、大体の面々が中身を分かっただろう。

無粋な守護騎士達だけが注目するもの、内容の把握が出来ずにいる。

アリサなぞすぐに気づいて、期待に胸をときめかせている様だ。


さあ――決闘を始めようか、夜天の魔導書の忠実なる僕達よ。


「はやて、俺は……人の心なんぞ分からん男だ。
今でも時折思う。あの時、あの公園で――俺とお前は出逢うべきじゃなかったかもしれない、と。

お前は一人だと言ったけど……多分、俺がいなくてもお前は一人じゃなかったよ。
友人が出来て、家族が出来て――幸ある未来を掴めていたと思う」


 八神はやてと出会ったのは、高町家を傷付けた結果なのだ。

なのはは心に深い傷を負い、レンは心臓を痛めて症状を早めてしまった。

フェイトは不要な現実を見せ付けられて心を壊し、事件を徒に長引かせた。


――俺がいなければ、全てが正しく進んでいた。


もはや、取り返しがつかない。この先、俺と関わったはやての未来は大きく変わるだろう。

ミヤがその最たる証拠であり、騎士達が激しく糾弾する懸念材料となった。

美貌の死神も目覚めた以上は黙っていない、どうなるか見当もつかない。


もしかしたら、あったかもしれない未来――


ジュエルシード事件をなのはが無事解決し、はやての魔導書については時空管理局が穏便に対応する。

騎士達は何事もなくはやてと主従関係を結び、本当の家族となる。

そして何時の日かなのはやフェイトと知り合って――三人の麗しき正義と、類稀な力が多くの人達を助ける。


きっと、世界さえも――必ず。


全て俺が駄目にした。踏み躙られた少女達の心は、今も傷を残している。

ミヤだって、自分はイレギュラーだと言っているが――もっと平和に、生み出されたかもしれないのに。


「多分、これから先も俺と家族でいるのなら迷惑をかける。俺は……俺でしか、いられない。
立派な家族にも、優しい友人にもなれない。仲間を思い遣る事さえ出来はしない。

どうしようもないほど馬鹿で弱いけど――俺はこんな自分が、やっぱり好きみたいなんだ。

人を幸せにも、出来ん。俺は、俺の人生を、馬鹿みたいに貫いていこうと思う」


 償いと呼べる立派な気持ちではない、ただの自分勝手。

五月の事件で学んだことは、自分なりに何かをする心がけ。

自分の弱さを知って、違う道が見えたので歩いている決意をしただけだ。

久遠や那美、月村への借りもある。問題も大量に残っている。

海鳴町に俺が来てからというのも、全てが無茶苦茶になった。

それでも、俺は――


「――こんな俺を、それでも家族と言ってくれるなら。俺はお前に、一つだけ約束をしよう。



来年の誕生日も、必ずお前を祝うと――



どんな事が起きても、呪わしい運命が待ち構えていても、新しい年のこの日の為に。
立派な大人には多分なれない。来年もきっと、つまらん事で悩んでいる。

でも――俺は生きる。生きてみせる。誰かの――お前個人の為ではさえなく、ただお前との約束・・・・・・の為だけに。
他人の為に戦えない、俺の唯一の制約として。

お前が俺を家族と呼ぶ限り、この日が来る事を信じて戦う。
ここにいる人達が大事だと言うのなら……少しでも何か出来ることを、やってみる。
その為なら――俺は……誰かの手を借りてでも、恥とは思わない。胸を張って、来年もお前に言おう。


誕生日おめでとう、八神はやて」


 誓いは今ここに――俺は白い布を取り去った。






……。






「っ――こ、これ……わた、し……?」






 ――白い画用紙に浮かんだ、公園の風景――



真っ白な朝陽に照らし出されて、車椅子の女の子が儚げな微笑みを浮かべている。

粗末なエンピツで描かれた、俺の心に在る原風景。


八神はやてとの出会いの奇跡を描いた、俺からのプレゼントだった。


「『家族』――この絵の名前だ。世界でたった一つの、俺の心に残っている人間らしい気持ち。
あの時久しぶりの独りで落ち込んでいた俺にプレゼントしてくれた、温もりだ。

馬鹿みたいな話だけど、お前と出会って家族って奴を意識して……ここにいるお人好しな家族・・への恩義も感じ取れたんだ。

家族ってやつは、強い。一人では絶対に勝てない、心のコミュニティだ。
本物にはなれないし、いつか離れてしまうけど――この風景が思い出になってくれる事を、俺は願っている」


 全ては願望、独り善がりな思いだ。

大勢の人を傷つけながら、俺はこれからも平気な顔で生きていく。

そんな俺の心に唯一傷つけられるものがあるのなら――それは世界を管理する組織でも、一騎当千な騎士達でもない。


此処にいる、平凡な家族なのだ――


こいつらはきっと、次元世界よりも手強い。

なんせ家族の為なら世界すら滅ぼせるんだもんな、プレシア・テスタロッサよ。

騎士のご大層な忠義なんぞよりも、よほど価値がある。


勝てるものなら――否定出来るものならしてみろ、守護騎士ヴォルケンリッター。


胸を張って、俺は騎士達に見せ付けた。世界最強の武器を――

清々しい気持ちで望んだ、人生最大の決闘。

勝敗を決めたのは、当然――



「……っ……ぅう……ありがとう……ほんまに、ほんまに、ありがとう……ぐす、ひぐ……


良介――わたしは貴方に出会えて、本当に良かった。


わたしの家族でいてくれて、ありがとう。出会ってくれてありがとう。
どんだけ迷惑かけてもええよ。わたしは笑って受け止めたる。
良介、覚えておいてや。


家族には――わたしには、いくら迷惑かけてもええよ」


 たとえ命を奪われても、悔いなどない。

八神はやての答えを知って――守護騎士達の誰もが愕然としている。

理解出来ないと、哀れな表情を晒している。

家族に勝てるものはこの世に存在しない――それを教えてくれたのは、彼らの主八神はやて。

勝てる道理など、最初からなかった。





戦う以外の強さを初めて知り、彼らの剣は今折れてしまった。


















































<続く>







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