とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第七十三話







『時の庭園』と呼ばれる次元間移動庭園が、時空の狭間に存在する。

車や飛行機でも辿り着けない世界の向こう側へ、一人の魔法少女と共に俺は旅立った。

遥か彼方を一瞬で駆け抜けて、世界と世界は結ばれる――

かつては裏切りと悲しみを乗せて、今度は信頼と希望を胸に俺達は最後の戦場へと降り立つ。


「ブリキロボットの歓迎はないようだな」

「はい。今度は母さんが直接、貴方と御逢いするのでしょう」


    豪華な建物に広大な庭園――魔女が住まう城が建っている。

俺の挑戦に応じるように、大きな正面扉が開かれていた。

海鳴町海岸沿いで行った最初の交渉は、無事に成立したらしい。


「だから言ったじゃないですか。プレシアさんはちゃんと約束を守りますよ〜!」

「レンを誘拐した前科があるんだぞ、あの女は!?」


   空間モニターで事前に本人に確認を取ったので当たり前と言えばそうだが、人質を取る女は信用出来ない。

俺が宮殿へ入り込んだ途端、捕獲すべく巨人兵が奇襲するケースも考えていたのだ。

ポケットの中で得意満々のチビスケに、周囲を警戒しながら一応の反論を行う。


「大丈夫です、きっと。この子も怯えていませんから」

「くぅん」

「……激しく人見知りするくせに、此処までついてきやがって」


 しなやかな肌を薄いジャケットで覆う黒衣の少女と、マントに覆われた子狐――

魔導師と妖狐のコンビは世界の壁を越えて、優しい意思疎通を図っている。

フェイトの体温に包まれて、久遠はすっかり気を許しているようだ。

最初こそ敵同士のぶつかり合いだったのに、今では仲良しだった。

久遠は言うまでも無く、フェイトも今時珍しい純粋無垢な少女だ。

透明な心を持つ者同士、波長が合うのかもしれない。

大人しいので別に文句は言わないが、プレシアと出会ったら緊張感で倒れないか不安だ。


「プレシアは例の広間だな」

「映像で見た限りでは。アリシアのポットも恐らく一緒に」


 ポットを修復後、手元で大切に保管していたのだろう。

ポットの少女は彼女の全て、暗い人生を明るく照らす希望なのだ。

俺にフェイト、ミヤに久遠――異端のメンバーが今、入城を果たす。

宮殿内は様々な芸術活動によって空間を構成し、複雑さや多様性を示している。

大仰な建築に過剰な装飾はないが、建築の一部を形成する彫刻や調度品が並んでいた。

俺が宮殿から一度脱出する際派手に暴れ回ったのだが、損傷の跡すら見えない。

プレシアの力による修復か、この宮殿そのものが特殊な魔術的要素を孕んでいるのか――

必要最低限程度の灯りが並ぶ通路を歩き、大きく開けたエントランスへ出る。


「……あの時は、本当に――」

「俺が残ると言ったんだ。お陰で、レンは助かった。気にするな」


 俺の人生最大の戦いが繰り広げられた舞台。

巨大な剣と堅牢な鎧を装備した兵士を相手に、俺は命懸けで戦い抜いた。

夥しい血を流し、骨肉を削って、ギリギリ魔導兵器を沈黙させる事に成功する。

当時の戦闘の痕跡はもう、この広間には残っていない――

見上げても到底届かない吹き抜けの天井に、長い螺旋階段が伸びている。

内部空間に黒煙は燻っておらず、綺麗な建築様式を来客に見せていた。

磨き抜かれた床を見つめる少女の瞳には、今もまだ血に沈む俺の姿が見えているのだろうか……?

俺は元気付けるように、少女の小さな肩を叩く。

確かに戦いこそ苛烈で今も痛々しく俺を蝕んでいるが、既に終わった戦いである。

久遠が肩に乗って小さく顔を舐めると、フェイトは頬を緩めて自分の足で先へと進んだ。

俺達は雑談もせず歩み続けていると、やがて奥の正面に扉が見えてきた。


「この奥に入る前に、誰かさんが震えてたんだよな」

「あ、あの時は怖い人が待ち構えていると思ったんですよ!?
リョウスケはニブニブでダメダメな人だから、魔力の一つも感じ取れないんです!
プレシアさんは、はやてちゃんには敵いませんけど凄い魔力なんですよ!

はやてちゃんには敵いませんけど」


 ……何故念押しするんだ、貴様。実は自信が無いんだろ、コラ。

俺を絶望の闇に沈めたはやての力は確かに凄まじかったが、プレッシャーではあの女が上だった。

時空管理局でも類稀な実力と功績が証明されている、大魔導師。

己の野望に残り少ない命を全て費やして、愛する娘を蘇らせようとしている。

世界の破滅を顧みない彼女の恐るべき執念は、平凡に生きてきた少女の苦悩を――超えたりは、しない。


ミヤの言う通り、プレシアの力なんて何でもない。


大事な存在を喪った悲しみは身を切られるほどに辛いが、重い軽いは人それぞれ違う。

自分だけが特別だと思った瞬間から、他人の気持ちが分からなくなってしまう。

俺はそれでもいいと思っていた。

他者の存在を軽んじて生きて――多くの人達を、傷付けてしまった。

憎しみに走った俺を殴った月村、家族を捨てた俺を憎んだはやて、命を落とした俺を救った那美。

この感傷はきっと、彼女達ゆえに向けられた想い。

自分のせいで見ず知らずの赤の他人が傷付いても、心は何も感じないだろう。


「プレシアの相手は、俺がする。何が起ころうと、絶対に手出ししないでくれ。
あいつは必ず、俺が説き伏せてみせる」


 そんな俺だからこそ、今は誰にも勝てない。

負けないのは自分自身か、自分に似た誰かだけだ。

フェイトは少し哀しそうに見上げるが――静かに頷いてくれた。

今の少女を支える杖バルディッシュを握り締めて、今度はフェイトが決意を見せる。


「うまく出来るか分かりませんが……私も、もう一度母さんと向き合ってみます。
新しい自分を、始めるために。

――甘えてばかりだった自分を、終わらせる為に」

「何度でも、やり直せるさ。大事なのは、始めようとする気持ちだよ」


 フェイトに比べれば随分遅くなっちまったが、俺も新しい自分を始めよう。

ただし、昔の自分も完全否定はしない。

一人が好きな昔の自分も、アリサ達と接する新しい自分も、全部受け入れる。

孤独を知る弱い心があるからこそ、プレシアに負けずに戦えるから。


  フェイトは静かに歩み、俺と正面から向き合って――


「今まで、言えなかった気持ちを……貴方に。
傷付けてごめんなさい――悲しませてごめんなさい、我侭言ってごめんなさい。


――こんな私を好きになってくれて、ありがとう。


助けてくれて、ありがとう。励ましてくれて、ありがとう。
私に出逢ってくれて、ありがとう――」


 ――今度こそ誤魔化さずに――



「私も、貴方が好きです」



 曇り一つ無い、心からの笑顔を浮かべて――俺に答えてくれた。

見惚れるような微笑みに、悲しみの色はない。

本当の意味で乗り越えた少女の、純粋な想いが向けられていた。

初めて報われた自分の想いに、深い安堵と大きな喜びを感じてしまう。


――この娘を離さなかった事は、正しかった。


最初から間違い続けた俺が、ようやく一つ正しさを選べたのだ。

地下牢の中で離さなかった自分の手に、力強さを感じる。

歓喜が飛び跳ねたくなる程身体を軽くして、怪我の痛みを涼やかに消してくれた。

俺達は互いに手を取り合って、最後の扉を開く――















 無機質な宮殿の奥間――約束の場所で、闇の化身のような姿の女性と再会する。

高貴な黒を基調とした、魔力で編んだ黒装束――

濡れ色に輝く黒紫の髪は滑らかに肩に流れ、彼女の妖艶さを際立たせている。

狂気なる夢と悪の尊厳を同居させた、その面構えは魔女と呼ぶにふさわしい。

プレシア・テスタロッサ。

悪魔のように微笑む女性の隣で、天使のような少女がポットの中で眠っている。

幻想の草原で天真爛漫な笑顔を見せた女の子は、奇妙な色の液体の中で瞳を閉じていた。

互いに視線を交わす。今更挨拶も必要なかった。


「――約束を違えるな、プレシア。
俺が勝てばジュエルシードも残りのアンタの人生も、何もかも全て差し出して貰う」

「貴方こそ約束は守ってもらうわよ。私が勝てば、必ず願いを叶えて貰うわ。
アリシアの身体はここに、あの娘の魂はその出来損ないの人形の中に在る。
条件は全て揃っているわ」


 ? ――あっ、そういえばそういう設定だったな、こいつの頭の中では。

夢の中で二度少女と巡り会っているので、一瞬何を言われたのか分からなかった。

考えてみれば、不憫な話である。

狂おしいほど娘との再会を願うプレシアが会えず、何の縁も無い俺が少女と優しい時間を過ごしているのだ。

運命の女神ってのは、本当に性質が悪い。

見当違いを否定するのも馬鹿馬鹿しいので承諾しかけた俺に――もう一人の娘が一歩、前に出る。


「人形ではありません」

「貴方自身に、もう用はないわ。紛い物は引っ込んでいなさい!」

嫌です・・・下がりません・・・・・・

私はフェイト・テスタロッサ、貴方が生んだ娘です」

「私が丁寧に教えてあげたのに、まだ分かってないようね。
貴方は所詮、アリシアの代わり。束の間、私を慰めるだけの人形なのよ」

「……良かった……こんな私でも,少しは母さんの心を慰める事が出来たのですね」

「汚らわしい……! 貴方の顔を見るだけで吐き気がするわ!」

「母さんに似ましたから」


 フェ、フェイトさん……?

心底嫌そうな顔をして娘を拒絶する母親相手に、フェイトは悠然と答えている。

どれほど下劣な言葉を吐かれても、逃げず傷付かず真正面から受け止めていた。

俺と同じく――辛い現実に一度は絶望した少女。

アリシアとリニスより贈られた気持ちは、フェイトの新しい支えとなっている。

彼女達二人の愛の証が胸に在る以上、黒衣の魔導師が子供の様に取り乱す事はない。

逆に、薄汚い罵声しか浴びせられない母親が哀れに見えた。

どのような汚い暴言を吐かれても、フェイトは何も言わずに背を向けるばかり。

母をお願いしますと俺に小さく頭を下げて、彼女は下がった。

フェイトの気持ちは、まだ届かない。

独善に満ちた母の妄執を、引き剥がすまでは。

言いなりの人形に憐憫を向けられて――プレシアは激怒する。


「目障りな人形ね! どうせ必要なのは、中に眠る魂だけよ!
……あの娘も醜い人形の中では窮屈でしょうね。

今、解き放ってあげるわ!」


 高々と振り上げる杖に、紫の魔力が注入される。

収束率は恐ろしく高く、人間を容易く破壊する力がいとも簡単に籠められた。

展開する魔方陣、強力な攻撃魔法が放たれる瞬間――


「――おっと、間違えてもらっては困るな。今日のあんたの相手は俺だぜ」


 ――射軸に、素早く割り込む。

プレシアが一瞬憤怒に顔を歪めるが、妨害への怒りを実力差から来る余裕に変える。


「フフフ、貴方程度では盾にもならないわ。出来損ないもろとも、簡単に砕ける。
それとも――素直に敗北を認めるなら、これ以上の荒事は控えましょう」

「圧倒的魔力を見せ付けて脅迫かよ……笑えるぜ、あんた。
こっちは今日、テメエの命張って説得に来たんだ。

魔法如き・・・・で、引き下がる気も起きねえよ」


 魔力の強さは管理局の折り紙つき、ド素人魔法使いでは足元にも及ばない。

何よりこっちは戦う意思はあれど、無抵抗。

少しでも手を出した瞬間、俺の敗北が決定する。


「説得……? 無駄な事を――
どうしても嫌だと言うのなら、力ずくで叶えてみせるわ!!」


 その言葉が引き金となり、彼女の元から俺へと向けて、魔力を凝縮した光弾が襲い掛かる。

本当の狙いはフェイト、回避すれば直撃する。

俺は少女を庇うように、その場に踏ん張って両手を突き出す。


――大きな広間を揺るがす、衝撃。


単純な動作より放たれた魔法だが、威力は充分。

直撃すれば死なぬまでも、人体を簡単に破壊する。

烈波が頭蓋を通り抜けて、硬質の壁や床に細かい罅割れを走らせた。


「フフフ、アハハハハハハハ!
馬鹿ね……つまらない意地を張るから、また怪我を負う羽目に――


――えっ!?」





『無駄とか力ずくとか――』





 プレシア・テスタロッサ御自慢の魔法にも微動だにせず、


『お話しないで意地を張るから、戦う羽目になっちゃうんですよ!』


 俺は両手を突き出したまま、立っていた。


「――っぅ……へっ。
話し合う気になるまで、こっちは何度でも抗ってやるからな!」


   黒髪は怜悧な蒼銀に、心に妖精を、手に虹色の光芒を乗せて。

融合完了した異端の魔法使いが――大魔導師の前に姿を見せた。


「そんな!? 手加減したとはいえ、私の魔法を……弾いた・・・!?」

「ヒントを見せてくれたのはあんただぜ。
バリアジャケットにシールド――魔力を固く出来るなら当然、柔らかく・・・・出来るだろ?」


 魔力が纏った衝撃波は両手に衝撃を叩きこみ、そのまま弾かれて床に直撃した。

魔法の威力を包み込んだ、柔らかなる盾によって――

かの著名な発掘一族の末裔である先生は、こう仰っている。

術者の魔力を「変化」「移動」「幻惑」のいずれかの作用を起こす事象――それが魔法の基本だと。

術者が望む効果が得られるよう調節し、魔力を体系的に組み合わせて、詠唱・集中などのトリガーにより起動させる。

その効果は術者の力量次第であり――大切なのは現実的なイメージ。

自然摂理や物理作用をプログラム化し、それを想像力と知識で任意に書き換えて、自分の望む作用に変える技法なのだ。


強化すれば強固に、柔軟にすれば弾力溢れる盾となる。


「た、たとえ理論的に可能でも――こんな偏狭世界で生まれ育った貴方に、魔導の知識は無いはず!」

「俺にはねえよ。俺はただアイデアを出して――」

『――知識のあるミヤが、魔法の制御を行いました。
アナザーマスターのイメージと魔力があれば、可能です』


 術者と融合するユニゾンデバイスの強みである。

俺の法術と違い、魔法の構築や制御には科学的な知識が必要。

管理局から危険視されているデバイスではあるが、一つの身体を二人が管理出来る面は大きい。

術者の能力を向上させ、知識や技能の補助を行ってくれる。

ミヤの場合は、俺の生活面や人生にまで大きく干渉してくるけど。

俺はミヤの正式な主ではないので、融合による強化はとても望めない。


それどころか――頭痛と耳鳴りが、酷い。


融合事故、クロノの警告が重く響く。

信頼を失った彼女からの援護は、既に無い。

瞬時に融合化するのに成功はしたが、強烈な吐き気と眩暈に襲われている。

ミヤが――はやてが俺を見捨てた瞬間、俺の命は闇に飲み込まれて消える。

これほどの苦痛を乗り越えても、剣術は身に付かず、身体面はそのまま、魔力の底上げも無理。

こうして俺の魔力を有効的に活用してくれるが、俺個人の強さを高めるのは不可能なのだ。

それでも心優しい彼女が傍に居るだけで、揺るぎない勇気が芽生えてくる。


「あんたは自分が正しいと思っているようだが……案外、気付いていない面もあるんじゃねえか?」

「たかが一撃防いだ程度で、調子に乗られても困るわね。
そんな貧弱なシールドで、私の魔法を全て弾けると思っているのかしら」


 ゴムを金槌で叩いても、形を変えるだけで壊せない。

ならばドリルで抉れば? 爆弾で燃やせば? ――剣で斬ればどうだ?

衝撃を吸収もしくは弾くだけであり、属性を変えられれば簡単に破れる。

所詮弱者の発想であり、矮小で非力な盾でしかない。

  今では肌に感じられるほどの、内包された圧倒的な彼女の魔力――

先程の一撃は弾き飛ばせたが、より大きな力が加われば金魚掬いの網同然に貫かれるだろう。

頼りないにも、程がある。


そんな自分の弱さを認めた上で――俺はこの盾を、生み出した。


プレシアとの戦いに、人を傷つける刃は必要ない。

強さもいらない。

誰もが認める大魔導師でさえ――幸せになれなかったのだから。

指先から全身の神経に至るまで、炎が燃え移るように全身の血が熱く奮い立たせてくれる。

弱者で上等だ、この野郎ぉぉぉぉ!





「破壊されても、何度でも生み出してやる! お前が、諦めるまで!
そのくそったれな強さが、根を上げるまで!!

俺の身体も心も、この盾のように薄っぺらいけど――


――俺の魂まで砕けると思うなよ、プレシア・テスタロッサ!!」





 自分の想いと願いを賭けて、最後の戦いが始まった。




















































<第七十四話へ続く>







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