とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第七十四話







『音楽』とはリズムと音階、音色の組み合わせが複雑に絡み合った高等芸術である。

多くの社会で生活に密接したものになっており、多くの特徴ある形式や様式を生み出している。

古き時代に作況や演奏といった区分は無く、人は純粋に音楽を作り、かつ演奏していた。

音を愛した人達が奏でる音楽は、「音による時間の表現」ともされる。

時間芸術――リズム、メロディー、ハーモニーの三要素より生み出される規則性。

科学や魔法でも解明出来ない時間のメカニズムを、音楽は芸術として表現出来る。

常識ではありえないほど高度な進化を遂げた、独特の世界観。

時間的な規則性が音楽の可能性にあるということは、ランダムさが低いとも表現できる。

時間の表現により、世界の流れを自分で区別することが出来る。


――御見舞いに来てくれたフィアッセ・クリステラは、音楽の可能性を語ってくれた。


優れた音を生み出すのに技術は必要だが、自分の音を表現するのに高度な訓練や教育は必然ではない。

音楽は素材となる音に生命が与えられ、音楽的な生命の躍動が始まる。

リズミカルな運動は発展して旋律的な要素となり、旋律的な動きが音を素材とする時間的芸術を生み出す。

音のみによっても、非常に表情豊かな世界を創造している。

音楽では音の特性を活用するような表現法が工夫せられ、その表現を巧みに生かす。

人が持つの想いを奏でて、人間の動きを表現出来る可能性。


ならば――「魔法」も表現出来るのではないか?


天才的な要素や特殊な才能の無い剣士に、光の歌姫が祝福を与えてくれた。















 プレシアの周囲に浮かぶ魔法の産物、魔力が凝縮された球体が発射される。

一つ一つが俺の全魔力を超える力を持っている。服や包帯なんて気休めにもならない。

速度すら視認は難しく、全力で回避。

床を焦がすだけの結果に終わるが、プレシアは余裕顔。


周囲の空気が帯電――精製された光の球体は、十を超える。


死を司る魔女が一瞥、降伏か否か。舌を出してやる。

空間が高速振動して、次々と破壊の光球が俺に向けて連射された。

テレビや映画で見た弾丸の加速に似た、魔法発動の瞬間的速さ――攻撃を確認する前に、行動に移す。

後ろではなく、前へ。

敵を正面から捉えて、俺は彼女の魔法に挑む。

両手から生み出された虹の盾は初弾と激突、馬鹿正直に受け止めれば簡単に破られる。

ゴムより柔らかい軟性で弾き飛ばすと、初弾が後続と激突して衝突音を奏でる。

その間に真横に移動、魔力の輝きが次の瞬間視界の隅を焼いた。

巨人兵やアルフ戦での経験が物を言ったのか、無理な回避で態勢を崩す事はなかった。

相手が今度は至近距離から光球を叩きつけてくる。

数こそ一つだが容量は比較すら無意味、身の丈サイズの魔力が迫り来る。

俺は両手を床に――少ない自分の魔力を、惜しげもなく破棄。

命を守ってくれた盾が手から離れた瞬間、俺は即座に床を蹴った。


「なっ!?」


 そのまま盾の上に身を預け――体重を利用した反発力で、上空へ跳躍。

俺のシールドは弱者の発想から生まれた産物、強度は鉄や石ころにも劣る布。

ゆえに強化に魔力を必要とせず、特性変化だけでゴムやスプリングにもなる。

よく伸びる柔軟な布をトランポリンとして、地面からの跳躍に成功。

普段味わうことのない空中感覚が身体を駆け抜けた時、破壊の光球は俺が居た地点に着弾して不発に終わる。

得られた滞空時間は数秒、地面に降り立つ。


「っ――無駄な足掻きを!」

「足掻き続けてやる、何度でもな! ――譚盾タン・ドゥン


 現代中国を代表する偉大な作曲家。

政府の命令より不当な労働を強いられながらも、逆境に負けずに食器などを叩いて自分の音楽を演奏した。

一枚の紙を吹いて旋律を奏でた彼の名を取ったシールド――紙のように薄い盾が掌に生み出される。


耳障りな音に顔を上げると、豪奢な宮殿に不釣合いな赤紫の陽炎が漂っていた。


大魔導師たるプレシアが生み出した魔力は杖から余剰熱を輩出し、揺らめく景色の中でプレシアが異形の怪物のように顔を歪めている。

俺が薄っぺらい盾を作り上げる一瞬で、彼女は全ての準備が完了させていた。


「もう諦めたらどうかしら……? 私の願いさえ叶えてくれれば、それでいいの。
報酬がお望みなら、私の持てる全てを差し出してもいいわ」

「レンを誘拐する前に、フェイトに出逢う前に言うべきだったな。

――断る。

俺には力も技も魔力もない。孤独を追い求めて沢山の人達を傷つけて、夢も破れた。
信念と思っていたモノは、ただの独り善がりだった。でもな」


 魔方陣を展開して、魔法の構成を練り上げる――彼女達異世界の魔導師は、己が望むだけで強大な力を生み出せる。

世界の在り方を変える、力を。

凡人には決して届かない領域に、天才達が当然のように在る。


俺に出来るのは、天に向けて唾を吐くだけだ


「意地だけは、残ってんだよ! お前は、アリシアやフェイトを泣かせた!
そんな奴の願いなんて誰が叶えるか!!」

「私が……アリシアを、悲しませているですって!?」


 世界を、魔力が包み込んだ。

宮殿を覆い尽くすような暴力の嵐が、プレシアの元から俺に向けて降り注ぐ。

天空を覆う絨毯爆撃、逃げ場などない。

血走った瞳に捩れた唇、心を傷付けたプレシアが魔力の渦に消えていく。

彼女の繰り出す攻撃は、杖を振り降ろすと同時に魔力爆発を誘発した。

圧倒的魔力に身体の奥が戦慄に激しく波打ち、本能と理性が防御を加速させる。

普通の盾ならば受ければ貫かれ、その衝撃で持ち腕をへし折れる。

弾力溢れる譚盾でも強烈な加速と衝撃を与えられ、衝突と同時に膨大なエナジーを撒き散らす。

次々と襲い掛かる攻撃を弾き飛ばすものの、全身を凄まじい衝撃が打ち据え、一瞬意識が消し飛んだ。

視界が盛大に回り、破滅の火花が派手に巻き上げた。


――それは、音楽だった。


立体的な音響を構築していく中で、壮大な音の劇が繰り広げられる。

生死を分けるモノトーンな色合いと、破滅が響き合う音色――プレシア・テスタロッサの魔法であり、音楽。

俺は美しくも残酷な演劇に目を向け、耳を澄ませる。


「訂正しなさい――さっきの言葉を、訂正しなさい! 
アリシアは、本当に優しい娘だった。誰よりも、幸福になる権利があった!

私は親として、あの娘を幸せにする義務がある!!」

「そのあんたが! 自分の娘を、不幸にしてるんだよ!!
妹を親に捨てられて、喜ぶ姉がいるか!!

アリシアが優しいと言うのなら、何故アンタ自身が彼女の優しさを身勝手に踏みにじる!?」

「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇぇぇ!!!
――ぐぅぅ、何故!? 何故、倒れないの!」


 フェイトと一緒に聞いた音楽が、耳の奥を熱く震わせる。

穏やかな時間の中で、好きな女の子と聞いた音色が戦いのヒントをくれた。

俺は戦闘の素人、攻め方も守り方も知らない。

戦う以上身体を動かすのは当たり前だが、その動かし方も満足に知らない。

不器用な攻撃や防御――回避は、余計な痛手を被るだけ。

アルフや巨人兵戦では目の前の攻撃を避けるのに必死で、最初の一撃を避けても次の攻撃でやられた。

攻撃を食らえば当然体勢は崩れ、次の攻撃をまた食らう。

不細工な反撃は隙を生むだけだった。

着実に身体に叩き込むには修行が必要だが、そんな時間もない。

その点俺の好敵手であるレンは、独特の呼吸法と足運びを持っていた。

精確かつ綺麗な戦闘リズム――どのような環境であれ揺るがない、必勝を奏でる音楽。


自分のリズムがないのならば、敵が奏でるリズムを参考にすればいい。


レンやアルフ、そしてプレシア――強者であるほど、リズムは精確だ。

この身に刻まれた負傷が、明確に物語っている。

魔方陣の展開、魔力の行使、術の影響、発射のタイミング。

魔法の種類や戦法によってリズムは異なるのならば、一定にしてしまえばいい。

怒りや焦り――人間の原始的な感情が理性を狂わせ、本能的で単調な行動に出てしまう。

戦えば戦うほど、粘れば粘るほど、弱者を倒せない事に苛立ちを覚える。

強者が持つ絶対的な時間を――弱者の時間で、表現すればいい。

リズムを制するものが、戦いを制する。

魔法を目で見て避けられないならば、耳を澄ませればいい。

感じられる音楽から、ストレートに自分を描写していく。


「魔法も満足に使えない貴方に、どうして私の魔法が通じない!?」


 体の各所が盛大に悲鳴を上げて、負傷を自己申告する。

人を超越した天才の力が、凡人のちっぽけな盾を打ち砕いた。

元より致命的な魔力の差、充分過ぎるほど持ち堪えてくれたと言える。

次の攻撃は猶予なく放たれるが、俺は攻撃も回避もせず、ただ自分の守りに専念。

俺では到底間に合わなくとも、共に戦場に挑む頼もしい相棒が助けてくれる。

悲鳴も泣き言も何も言わず、ミヤは思い描いたイメージに従って最速で盾を構築した。

休む事無く押し寄せる怒涛の攻撃は、彼女の豊富な魔力を示している。

無尽蔵な魔力は彼女の強さであり、希望であり――絶望だった。

どれほど攻撃しても倒れない、弱者がいる。

敵は素人、容易く倒せる――当たり前の事実すら、今塗り替えられようとしている。

俺は敵のリズムに逆らわず、音を奏でるように攻撃を盾で弾き、流れに任せて回避する。

何時倒すか、倒されるか、我慢比べは続く。


戦況は変わらず圧倒的にこっちが不利。


相手は病人でこっちは怪我人と、状態から見れば互角だが、実力で差がある。

俺の残りの体力と、相手の残りの魔力、比べるのも馬鹿らしい。

死の津波が飲まれ、攫われ、傷が増える一方だった。

魔力の暴風雨に身を切り刻まれて尚、俺はプレシアに向かって不敵に笑う。

身体も、心も、魂も――今の自分を支えるその全てが、他人のモノ。

カッコ悪くて上等。所詮、正義のヒーローではない。

この事件で何度も痛感している。

諦める事こそが、本当の敗北なのだと。


さあ、プレシア・テスタロッサ――似た悲しみを抱えた、昔の俺よ。


そんなに馬鹿な夢が見たいなら、勝手に見ればいい。

自分だけが特別だと、何をしても許されると自惚れればいい。

この戦いの行方は、俺自身がよく知っている。


辛抱強く待ち続けた高町なのはに――「お前」は負けたんだからな!!


「後一歩、後一歩なのに……!!」


 攻撃と共に盾が吹き飛び、掌を熱く焦がす。

痛みは苛烈に燃える血が掻き消し、魂が癒しを与える。

天使が巻いた包帯は傷を負う俺を守るように、吹き散らされながらも怪我を必死で覆っていた。

諦めない想いが心を支え、ユニゾンデバイスが偽者の主でも忠実に守り抜く。

……悪いな、いつも助けてもらってばかりで。

絶望と痛苦の中で無数の傷を抱えながらも、俺は惨めに這いずり回る。

安心しな――今度こそ、約束は守ってみせるからさ。

物語の主人公って柄じゃねえけど、せめて往生際悪く足掻きまくってやる!

心から湧き上がる感情の渦が、死に絶えた身体をみっともなく支えている。

墓標に立つ、剣のように。


――固い地面が、刃毀れした刃を縛り付ける。


不意に攻撃が止み、魔法が生んだ噴煙と血煙の空間が残される。

息絶え絶えになりつつも奮戦していた俺も、一瞬足を止めた。

掴みかけていたリズムを、停止させて。


音色を止めた愚を悟った俺の両手両足を――不吉な色を宿した光輪が、頑丈に縛り付ける。


「バインド!? 母さん、やめて下さい!!」

「おだまりなさい! 対象を縛り付けて拘束する魔法は、魔法戦における基本よ。
貴方もリニスから学んだでしょう」


 フェイトの悲痛な叫びを、肩で息をするプレシアが余裕を取り戻して返答する。

絶句するフェイトを目に、俺は懸命に力を振り絞る。

手足を踏ん張るが微動だにしない、完全に自由を奪われていた。


(バインドってのは何だ!? 聞いた事ないぞ。
魔法はこんな事も出来るのかよ!?)

(あうあう……バインドとは目標の動きを止める魔法で、対象を空間に固定するのです。
魔力による縄や鎖、輪等によって対象の動きを封じる効果があり、バインドの効果を併せ持つ攻撃魔法も存在します)

(何ィィィィ、やべえじゃねえか! 解除方法は!?)

(プレシアの魔力で編み上げたバインドは、リョウスケの魔力では解除出来ません。
せめてお姉様なら――)

(――無理だろ。彼女には頼れねえよ。
これは、俺が取るべきけじめだからな)


 そして――それはあいつも同じだ。

この勝負に自分の願いを含めた全てを賭けている。

今更引き下がれない、お互いに。

俺を拘束したプレシアは杖の先端を向けて、不気味に微笑んだ。

収束される紫の光――俺の命を貫く、刃。

防御も回避も不可能、身動き一つ取れない俺にもう手段はない。

ならば――

プレシアが何かを言うより早く、俺の口から言葉が飛び出る。


「やれよ」

「! じょ、状況が理解できていないようね!?」


 何とも不思議な光景だった。

既にチェックメイト、俺の命は風前の灯。

勝敗はおろか、生死の権利を握っているプレシアが動揺している。


「必死に足掻く貴方の執念は見事だったけど、もう逃げる事も出来ないのよ。
私が魔法を放てば、貴方は容易く死ぬ」


 彼女の言い分は正しい。

頑張ってはみたが、やはり強者と弱者の差は大きかった。

骨の髄まで染み込んで来る死の予感に、俺はそれでも屈さない。

愛や正義ではない。

そんなものは、生まれた時から捨てている。

今まで出逢った全ての人達と、俺は約束した。

与えられた月村の血に、癒してくれた那美の魂に誓った。


もう、間違えたりしない。


「お前は無理だよ」

「……願いを叶えるのに、貴方が必要だから? 甘いわね。
非殺傷設定で撃てば、どれほどの苦痛を与えようと貴方は死なない。
殺さずとも、貴方を陥落させられるわ。

約束を守らないのなら、洗脳してでも願いを叶えてもらう」


 せせら笑う。見当違いも甚だしい。

勝負の前提を間違えてるよ、お前は。

俺は諦めない、屈さない――負けない。

相手が負けを認めない限り、この戦いは終わらない。


勝負を決するには、相手の心を折る――相手の願いを壊す、それだけ。


「言っただろう。
魔法で身体を壊せても、洗脳で心を壊せても――俺の魂は砕けない。
死者を蘇らせようとするアンタなら、この意味が分かるはずだ。

俺は死んでも、あんたの前に立ち塞がる。

死体になっても、幽霊になっても、てめえに間違えていると叫び続ける!!」

「うっ、くぅぅ……や、やめて、もう……」



「世界は滅ぼせても、俺一人滅ぼせないのかぁぁぁぁぁ!!」



「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアアーーーーーーー!!!」


 自分が犯してきた事、これから起こそうとした悲劇の重さ。

自分と同じ人間・・・・・・・に指摘されて、深い業が魔女の心を切り裂いた。

胸の奥から湧き出た狂気は力となって――無防備な俺の胸板に直撃。

胸を蹂躙するような熱い痛みが、灼熱となって俺の口から迸る。


「……ぁぁ、ああ……」


 派手に吐血して倒れた俺を見下ろして、プレシアは魔女の杖を落とした。




















































<第七十五話へ続く>







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