『手術の日が決まった? 随分早えな』

『前々から話は進んでいたみたいやねん。
手術受ける事承諾したら、フィリス先生や担当の先生がアメリカに居る親と話し合ってくれたみたいや』


 家族と聞いて喫茶店のママさんが浮かぶが、確かこいつは俺と同じく居候だったな。

――つーか、コイツの親アメリカにいるのか。

物干し竿を自由自在に振り回す中国拳法を見てきて、てっきり中国にいるのだとばかり思っていたのに。

何にせよ、ようやくレンも次のステージへ進めたようだ。


『フィリス先生、病院抜け出した事は内緒にしてくれたんや。
何か悪い事したみたいで気がひけるわ』

『立派に悪い事したよ、てめえは。散々迷惑かけやがって』

『うう、痛い。胸が痛い。
誰かさんがうちの家の空気悪くしたから、うちの繊細な乙女心がキリキリ言うてる』

『卑怯な精神攻撃するんじゃねえ!?』


 作戦決行日もいよいよ間近に迫り、忙しい中様子を見に来てやったのにこれだ。

先日まで、心臓発作で死にかけた人間とは思えん。

アースラ医療班と海鳴大学病院の優秀な先生達の懸命な治療の成果だな。

一般病室へ移されて、レンの顔色もすっかり良くなっている。

ベット脇の椅子に腰掛けたまま、俺は日本茶片手に話しかける。


『それで、実際手術の日は何時ぐらいだ?』

『精密検査はもう受けたから、その結果次第すぐに。
……多分あんたが帰ってくる頃には、うちはもうこの病室にはおらんよ』

『マジで早いな!?』


    でも、考えてみれば急ぐのは無理もない。

むしろレンの心臓病はすぐにでも手術を受けなければ、命すら危うい病状にまで陥っていたのだ。

コンビニの分際で、薬で抑え付けて我慢し続けていて先延ばしになっていたに過ぎない。

病院側からすれば決意が変わらない内に、と考えたのだろう。

次に心臓発作に襲われれば、間違いなくこいつは死んでいた。

俺は苦味の利いたお茶を飲む。


『段取り決まったんなら、もう待つだけだな。
せいぜい手術の執刀医がヤブじゃない事を祈っとけ』

『相変わらず失礼な奴やね。
担当の先生はベテランの医師やから何の心配もないよ。こういう手術を何度も経験してる』

『何でお前が知ってるんだよ、その経歴』

『……うっ』


 くっくっく、心配になって何度も聞いたに違いない。

どれほど決意が固まっても、生死を賭けた手術である以上不安の種は尽きない。

じわじわと待たされるのも、また恐怖だ。

不安や恐怖は心臓に負担をかける、早期手術の判断は正解だった。


『何を笑っとるんや! うちより、アンタの方がよっぽど死にそうやんか。
何やねん、その消毒液臭いガーゼと包帯だらけの身体は』

『簡単に治る怪我じゃねえんだから仕方ねえだろ!?
次から次へと問題が降りかかってくるんだからよ』

『弱っちいのに無理するからそうなるんや。大人しく寝とけばええのに』

『お前だって病院で大人しくしとけばよかったんだろうが!』


 重度の心臓病患者と、全身大火傷と骨折の重傷者――

笑えないコンビが同じ部屋で気楽にダベっている。

共に、明日の命が危うい身。

平和な暮らしはまだまだ先で、乗り越えなければいけない試練が待っている。

負ければ、死ぬ。

未来の保証なんて、俺達には無かった。

楽観論を述べたところで、俺達が再びこの部屋で再会出来るか分からない。

レンが手術に失敗すれば死ぬ。

俺が説得に失敗すれば死ぬ。

最悪の場合、二人共に死んでこのまま帰って来れない危険性もある。


『良介は――何でまだ戦おうと思うん? 
クロノさんとか来てくれたんやから、良介がそこまで頑張る事ないやんか。
もうフラフラやのに』

『お前こそ、どうして手術を受ける気になったんだ?
可能性は本当に低いけど、薬で抑え続ける事だって出来たかもしれない』


――だからこそ俺達は、こんな会話で笑い合える。

同じ立ち位置で崖っぷちに立たされているからこそ、相手の気持ちが痛いほど理解出来る。

それは……恋愛や友情よりずっと近しい、心の共感だった。

俺達が互いに、家族以上の理解者だった。



『何も無くさないで望むものを掴むなら、闘って勝ち取らないと駄目だろ』

『友達のゆー事は……ちゃんと聞かなあかんやろ』



 相手の答えなんて、お見通しなのだ。

既に俺達が決意を固めている、やらなければならない事を見据えている。

出来る事を全部やり終えた後だからこそ、こうして静かに待っている。

自分が戦うその日が来るまで。


手に入れた勇気を色褪せることなく、これからも俺達は戦い続ける。


『……良介。うち、昔から身体弱くてよく入院してて……病人も、よう見て来たんやけど』

『どういう自慢話なんだよ、それは』


『攫われた時の記憶が曖昧やねんけど――



あの女の人……もしかして、どっか身体悪いんちゃうかな……?』
















とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第七十一話







 本日の作戦の要は、次の二つ。

残り六個のジュエルシードの安全回収と、プレシア・テスタロッサの説得と任意同行。

理想的な展開はジュエルシードを平和に封印、プレシアと穏便に話し合って意思疎通を図る。

世界の崩壊どころか、血も涙も流さずに事件は解決する。

……本当、それで終われば一番だと思う。

退屈だった時は荒事大歓迎だが、今回の事件で嫌というほど味わった。

しばらくは茶でも飲んで、ベットの上でゴロゴロしていたい。

ただ今までの流れからして、それほどのんびりした展開にはならないだろう。

ジュエルシードの確保は、たぶん問題ない。

落ち込んでいたなのはも立ち直り、優秀な執務官の下で作業は行われる。

最高責任者のリンディも優れた魔導師で、万が一の場合彼女が封印処理を施すようだ。

ユーノも暴走を防ぐべく結界魔導師の本領を発揮、アルフが彼のフォローに回る。

一流の魔導師が封印処理、周囲への干渉及び処置は結界で遮断、ロストロギア処理のプロが現場監督。

作業工程も事前に念入りに会議やテストが行われている、まず問題なく対処出来る。

――予想外の事態が起こらない限り。

海上で彼らが封印作業を行う間、俺達がその予想外に対処する。

見習い剣士の俺とユニゾンデバイスのミヤ、高町なのはと同格の才能を持つ黒衣の魔導師フェイト・テスタロッサ。

……俺にまで冠を着けたのは、一応の見得だと言っておく。

俺達は現場から離れて、作戦決行まで海岸沿いで待機。

ジュエルシード回収を妨げる最大の障害――プレシア・テスタロッサを止める為に。


「……本当に、母さんは現れるでしょうか?」

「この場に直接来ないかも知れねえけど、回収の邪魔はするだろうな。
アリシア復活に必要な鍵は、俺かジュエルシード。
この二つの行方は絶対に知っておかなければならない。

高飛びでもしねえ限り、プレシアが俺を見失う事はねえ。
そして俺を追い続ければ時空管理局に――管理局の動きも凡そ把握出来る。
当然、俺達の今の行動も見ているだろうよ」


 プレシアは手駒こそ失ったが、その絶大な能力は以前健在だ。

娘を蘇らせる執念も計り知れない。

たとえ時空管理局が発見しなくても、海中に眠るジュエルシードを見つける事が出来たに違いない。

管理局より先に回収しなかったのは、漁夫の利を狙っての事か――アリシアのポット修復に時間がかかっているのか。

何にせよ、彼女にとっても今日が決戦だ。


「プレシアと会える絶好の機会だ。心の準備は出来ているか?」

「……はい、大丈夫です。
私は母さんに、自分の今の気持ちを伝えるつもりです」


 俺の説明を聞いて、フェイトはギュッと自分の杖を握り締める。

汗ばんだ手に緊張はない。

表情は凛々しく引き締まっていて、前を向いていた。

この日が来るまでどれほど悩んだか――息が詰まる思いで、悩み苦しんだ筈だ。

何か言葉をかけようかとも思ったが、やめた。

今更余計な事をいって惑わせたくは無い。

フェイトの想いと俺の決意は似ているようで別物だ――今は自分自身に集中しないとな。


「コレ、エイミィさんより預かって来ました。貴方にお返しします」

「お、ありがとう。


……あれ、この竹刀――何か細工でもしたのか?」


「それが、その……エイミィさんも不思議がっていました。
あらゆる観点から調べたそうですが、原因不明とのことです。

貴方の魔力に触れて、血の成分が変化したのではないかとの事ですが……」


 夥しい血で染まった竹刀、"物干し竿"。

空気に触れた瞬間に、血液は鉄錆びのような色に変色する。

巨人兵の戦闘から何日も経過している、竹刀はドス黒く染まっているものと思っていた。


刀を染める血は――鮮やかな朱。


主の戦う意思を尊重するように、瑞々しい生気が感じられる。

美しい紅に染まった刃は人を斬る鋭さは無く――理不尽な暴力を制する力に輝いていた。

朱塗りの血刀は今、唯一の主の手に宿る。


「……凄いです……こんな現象、見た事ありません。
リョウスケ、貴方は自らの命を削って――新しい武器を作り上げたんです。
今はまだ全然未熟ですけど、リョウスケが魔力の制御に成功すれば、先の戦い以上に力を発揮するでしょう。

この竹刀は貴方だけの為に存在する、"デバイス"です。

貴方が味わった絶望から生まれ、貴方の流した血と汗と涙に染まり、悲しみに縛れた鎖を断ち切る。
運命に立ち向かう為に。
希望を取り戻す為に。
夢を掴み取る為に――その刃は存在します。大事にしてあげてくださいです」


 子供達の夢の象徴である妖精は優しい笑顔を浮かべて、新しい武器の誕生を祝福する。

ミヤははやてのデバイスなのだから、この武器は俺の初めての武器となる。

デバイスの定義なんてどうでもいい。

他ならぬ力在る魔道書が認めてくれたのだから、この紅の刃は俺だけのデバイスだ。

血に染まった刃――危険なイメージが漂うが、不思議と不吉な気配は感じない。

むしろ夕焼け空のような、不思議な暖かさを感じる。


「真っ赤な剣か……鮮烈な炎って感じかな。別に熱血な性格でもねえけど。
――急に不機嫌そうな顔をしてどうした?」

「急に敵意のようなモノを感じたのです……炎のデバイス……ユニゾン……っ。
うう、強敵の予感です……」

「作戦前に怖い事言うんじゃねえ!?」


 お前が不吉な予感を感じてどうする。

騒ぎ立てる蒼銀色の妖精をポケットに突っ込んで、俺は腰元に自分の竹刀を差した。

今の自分の姿を想像すると吹き出しそうになる。


「……和服に二本差し――月村じゃねえけど、まるで侍だな」

「サムライ、ですか……?」

「俺の国では、剣士の事をそう呼ぶんだ。こういう姿をしている」

「そうなんですか……とても貴方に似合っていると思います」


 文化の違いはあれど、褒められているのだと解釈しておこう。

道場の竹刀に那美の短刀、病院の外出着――奇妙な装備だが、気にしない。


「――その服装のフェイトに言われてもな……」

「へ、変ですか!? このバリアジャケット、本当は変なのですか!?

リニスやアルフは似合っていると、褒めてくれたんですけど」


 身内は何でも可愛いと言うものだ。

似合っているのは確かだけど、肌に密着した服装なので妙に艶かしい。

大人になれば身体も魅惑的に成長する、その服装のままだと相手の煩悩を刺激するだけだと思うぞ。

笑って誤魔化すと、フェイトは恥ずかしそうにマントで自分を隠す。

笑い出したくなるのを堪えて、俺は視線を逸らしてやった。

俺もバリアジャケットを装備出来れば完璧なのだが、生憎自分では生成出来ない。

持てる武器と力で何とか頑張るしかない。

今日は派手な戦闘をするつもりは無いのだ、死闘に発展すればどのみち死ぬだけだ。


『楽しく会話しているところ申し訳ないけど、時間だよ』

「わっ、わっ!? ご、ごめんなさい、エイミィさん』

『あはは、もうフェイトちゃんは可愛いなー。エイミィでいいって言ってるのに。
平気、平気。今ユーノ君が結界を張ってくれてるから。

悪いのは、大事な作戦中に呑気に話をする馬鹿な男』

「野性の本能で生きる女には言われたくないな」


 作戦開始の報告を行うメスゴリラに、軽くジャブ。

空間モニターとは言え、俺は目を合わせない。

大事な作戦を前に、つまらん顔なんぞ見たくも無い。

相手も多分、俺に視線すら向けていないだろう。


黙って海上の様子だけを見ると、確かに優れた結界が――み、見えない……


「ちゃんと結界は張られていますから、安心して下さい!?」

「そ、そんなに必死で乗り上げなくても、ミヤがちゃんと見ていますから!?」


 うわーん、その同情するような目を向けるな!

くっそ、病院やアリサの儀式では明確に感じられたのに、遠距離になると視覚で捉えられない。

融合すればハッキリ見えるのだろうが、今の状態では全く分からなかった。

敵の気配や殺気も感じ取れないのと同じく、ようするに未熟なのだ。 

とにかく――


『では現時刻をもって――ジュエルシードの捜索と回収、開始します』


 ――最終作戦は始まった。

リンディ提督の作戦開始の合図で、各担当者が独自に動き出す。

世界間を隔離する結界内の様子は俺には見えないが、クロノ達も今行動に移したのだろう。

フェイトやミヤに認識可能な結界――当然、大魔導師にも見えている。

回収する前か後か、どちらにせよ発見された瞬間を狙う。

漁夫の利なんぞ許さん。

俺はフェイトと頷き合って、それぞれ行動に移した。

フェイトは瞑目して魔方陣を展開する中――俺は大空を見上げて叫んだ。





「プレシア・テスタロッサァァァァァーーーーーー!!!」





  ……レン、お前も今手術室で戦っているのか?

忘れるな、お前は独りじゃない。

俺もお前と同じく、今からこの命を賭けて戦うよ。



また会おう、必ず!









































































<第七十二話へ続く>







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