とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第七十話







 世界の命運を賭けた今日、天候には恵まれた。

雲一つ無い快晴はお世辞にも言い難いが、五月の空の空気は澄みきっていた。

作戦決行日まで病院で大人しく休んでいた甲斐もあって、身体の調子も良い。

フィリスが驚くほどの回復力で、完治は望めずとも行動に支障は無かった。

全身を苛む傷の痛みは血が洗い流し、胸の奥から生まれる温もりが疲労を和らげてくれる。


月村忍の血と神崎那美の魂――自分の命を削った彼女達。


全身大火傷に骨折、裂傷に打撲と、集中治療室直行の俺がこの大事な日に動けるのは二人のお陰だった。

癒しの力が宿る那美はともかく、ゲームと大金持ちだけが取り得の月村の血が何故こんな効果を生み出すのか正直分からない。

輸血を受けた後の身体の回復状態から、血の効能はほぼ確信を抱いている。

他人事にはこれ以上関わりたくないが、生憎とこれは俺の身体の問題。

いずれ全てを知るその日が来るまで、今は動ける事を感謝して事件を解決する。

その為に、作戦の決行上不安要素は取り除いておく必要がある。

……クロノやリンディの仕事じゃないか、これって?

他人の面倒を見る余裕なんて無いんだけどな、俺も。

顧みると果てしなく虚しくなり、徒労を感じながら俺は会いに行く。


海鳴町海岸沿いの小さな公園――そのベンチに、白い少女が大人しく座っていた。


「――っ! ご、ごめんなさい、おにーちゃん。もう時間ですか!?」

「落ち着け、落ち着け。別に呼びに来た訳じゃねえよ」


 歩み寄る俺に気付いて、栗色の髪を揺らして女の子が慌てて顔を上げる。

丸い瞳に驚愕を浮かべて、俺を見上げた。

柔らかな白の制服に紅い光を宿した杖――高町家の魔法少女、高町なのは。

フェイトやリンディのような洗練された美はないが、大人を魅了する可憐な少女である。

人を優しくする柔和な微笑みも、どこか元気がない。

なのはを落ち着かせて、俺も隣に座った。


「アルフやフェイトはどうしたんだ? 一緒に来たんだろ」

「海の様子を確認しに行くと、二人で飛んでいっちゃいました。
クロノ君が呼びに来るかもしれないので、なのはは留守番です」


 落ち着きの無い奴と言いたいが、フェイトからすれば落ち着いてられないのだろう。

独断専行こそ何とか止めたが、母親の事でフェイトはジュエルシード事件に関して重い責任を感じている。

フェイトは俺と同行予定、ジュエルシードの回収作業にまで携われない。

作戦がうまく行けば、母親との再会が待っている。

ただジッと待つ事はとても出来ず、あの娘は気休めな行動に出たのだ。

そわそわするのではなく、わざわざ空を飛ぶのが魔導師らしい。

アルフも一緒なら、ジュエルシードの回収までしようとは思わないだろう。

帰って来るのを大人しく待つしかない。

……俺の竹刀"物干し竿"を持ち去ったまま、遊覧飛行を楽しまないでくれよ。


「……フェイトちゃんに何か用事ですか?」

「いや、お前に話があって来た」

「ふぇっ……ええええええっ!? な、なのはとですか!?」

「何故そこまで驚くか!?」


 確かに近頃顔合わせても会話の一つもしなかったが、驚かれるとムカつく。

頬っぺたを抓ってやりたかったが。チビッ娘の膝元を見て断念する。

なのはは俺の視線に気付いたのか、ロングスカートを整えて緩やかに微笑んだ。


「さっきまで一緒に遊んでたんですけど、眠っちゃいました。
今日、少しだけ仲良くなりました!」

「人見知りするからな、こいつ……一度心を許したら、暑苦しいほど懐くけど」


 神崎那美の愛狐、久遠。

俺に那美の短刀を託した子狐は、そのまま病院から律儀について来た。

その忠誠心は見上げたものだが、久遠は特殊な動物なので後々面倒になる気がした。

見た目は愛らしい狐なのでペットでも差し支えなかったのだが、最近の俺の運勢は最悪。

俺が危険に遭えば、どれほど制止しても久遠は変身して庇おうとする。

今まで隠し事をして痛い目に遭ってばかりいるので、悩んだ挙句クロノ達には使い魔のような存在・・・・・・として紹介。

クロノ達は俺の住む世界――地球は管理外世界として、視野にも入れていなかったのだ。

アルフやフェイトも久遠の正体は見ている、説明するのに不便は無かった。


「久遠ちゃんですよね? なのははくーちゃんって呼んでます」

「安直なネーミングだな、おい」

「ううっ……フェイトちゃんがそう呼んだら、大人しく擦り寄ってくるんです。
なのはは嫌われているのでしょうか……?」

「嫌いな人間の膝で眠らないだろ、普通。心を許している証拠じゃねえか」


 ――フェイトと久遠の出逢い方は特殊だった。

敵から味方となって、少し表情が穏やかになったフェイトに優しさを感じたのだろう。

――いや逆に、母に拒絶されたフェイトの孤独を癒しているのかも。

飼い主に似て、純粋無垢な娘だからな。

大事な作戦前に呑気に眠る久遠の毛並みを、なのはは優しく撫でている。


「……何か悩んでるのか、お前?」

「――! い、いえ、別に、そんな……大丈夫です!
ジュエルシードも残り6個ですし、クロノ君に協力して全部回収して見せます。

こんな事、早く終わらせないと……」


 ジュエルシード事件、高町なのはは最初から直接関わっていた。

途中参戦した俺と違って、ジュエルシードの暴走が起こした悲劇を目にし続けた。

そしてフェイト・テスタロッサの出逢いとすれ違い、俺との別れと再会、アルフの苦悩――アリサの死。

愛する娘を失ったプレシアに、夢の中で嘆き悲しむアリシア。

繰り返された悲しみは、平和に生きてきた少女を傷付け続けた。


「クロノやリンディにもそう言い続けて、干渉を拒んだようだな」

「わたしは、別に――」


 俺はガックリと肩を落とす。

最初は似合い兄妹だと思っていたが、この頑固さは兄に通じるぞ。

作戦決行まで時間が無い、悩みの有無で揉めたくなかった。

……何故何回もこんな恥ずかしい台詞を繰り返し述べなければならんのだ。

肝心な部分で愚かな少女の頬っぺたを掴んで――今度こそ、問答無用で引っ張った。


「俺の前で見栄を張るな、と何度言わせる」

「いひゃい、いひゃい!? ご、ごめんなひゃい、ごめんなひゃい〜〜!」


 安らかに眠る久遠を落とさないように、顔だけ揺すって抵抗するなのは。

モチモチした頬っぺたは引っ張るほど伸びて、気持ち良い感触が伝わってくる。

その度に悲鳴を上げるので、仕方なく放してやった。

なのはは真っ赤に腫れた頬を擦って、涙目で見上げる。


「酷いですよー、おにーちゃん。力一杯抓らなくてもいいのに」

「お前が頑なだからだろ。さっさと話せ」


 なのはは妙に頑固な面はあるが、生来は素直な小学生である。

桃子の教育の賜物か、今時珍しい良い子だった。

必死で隠そうとしても、繊細な感情が表情に出てしまう。

長年一緒に生活を共にした家族だと、逆に分かり辛いかもしれない。

なのはは黙って頬を擦っていたが、やがて顔を俯かせてポツポツと自分の心を漏らす。


「わたしは……痛いのとか怖いのは、嫌いです……
おにーちゃんとおねーちゃんが一生懸命剣の練習をしていて、強くなろうと頑張ってる。
わたしも、妹だから……やってみようかなって思った事もあったんですけど……出来ませんでした。

運動も全然苦手で……ちょっと情けないですね」


 運動神経鈍いからな、こいつは。

ゲームやパソコン等のアクション系は無敵だが、現実世界の戦闘では無力でしかない。

聞いた話では、恭也と美由希の真剣勝負もまともに見れないらしい。

ひ弱とも取れるが……なのはは小学生の女の子、この程度当然である。


「……自分が傷付くのは本当に嫌です。でも――
誰かが傷付いたり、悲しんだりするのは、もっと嫌です。

おにーちゃんには一度話しましたけど……ジュエルシードの回収で、わたしは一度失敗しました。

ジュエルシードの反応に気付いていたのに、封印に遅れて被害を出しそうになった。
わたしの失敗で……わたしのせいで……」

「結果的に助けられたんならいいだろ、別に。
ジュエルシードをお前が暴走させたんならともかく」


 少なくとも、はやてを巻き込んだ俺の方が酷い。

あの子にジュエルシードを渡したのも、暴走を招いたのも全て俺の責任だ。

なのはは少々行き違えてしまっただけ。

誰も彼も救わなければいけない責任なんて、こいつには無い筈だ。


「わたしのせいで誰かを痛くしたり、怖くしたりするのは――嫌なんです。
誰にも泣いて欲しくない。
大好きな人達には、ずっと笑っていて欲しい。

わたしはそう思って……魔法を……」

「充分な理由だろ、立派じゃないか」


 時空管理局でも、これほど見上げた根性で魔法を手にした人間はどれほど居るだろうか。

数ある世界を管理する組織ともなれば、想像を遥かに超えた力を持っている。

その巨大な戦力や権力、組織を支える驚愕の経済力に魅力を感じて入隊した者も少なからず居るだろう。

俺だって男だ、リンディのような宇宙戦艦の艦長に全く憧れないと言えば嘘になる。

正義の組織だから正義の味方だけとは限らない。

俺が剣を取った理由より、ずっとなのはは立派だと思うのだが。

なのはは静かに首を振る。


「違う……違うんです!
本当は――わたしは、怖いだけなんです。
傷付くのも、傷つけてしまうのも、怖いだけ。

おにーちゃんが……おにーちゃんが血を流して倒れているのを見て……わたし、悲鳴を上げました。

フェイトちゃんは、駆け寄った! クロノ君は、必死で助けようとしてくれた!
なのに、なのに……わたしは怯えていた!
大好きなおにーちゃんが死んじゃうのに、わたしは、何も出来なかった……!」


 なのはは声を荒げて、号泣する。

瞳を覆う掌から涙が漏れて、顔中を濡らしていく。

アースラの病室で再会した時の涙より、重く冷たい――悲しみを宿らせて。


「わたしやフェイトちゃんには魔法の才能が有るって、エイミィさんが教えてくれました。
魔力も桁違いだってユーノ君が褒めてくれて――リンディさんも、心強いって。

魔法は確かに凄い力で……強いおにーちゃんも、傷つけてしまう。

――わたしの魔法が普通じゃない力を持っているなら……誰かを、あんな風に傷つけてしまうのなら――
壊したくないものまで壊しちゃうのは、怖いです」

「なのは……」


 何で――こんな事にさえ、俺は気付けないのだろうか。

自分の弱さに歯噛みする人間がいるのならば、自分の強さに恐怖する人間だっていて当然じゃねえか。

高町なのはは、本当は強くなくてもよかったのだ――

優しい母親がいて、頼もしい兄妹がいて、温かい家族がいる。

問題を多く抱える日本も一応は平和な国、こんな事件に関わらなければなのはは普通に生きていけた。

強大な魔力や優れた魔法の資質なんて必要ない。

刀や拳銃さえ必要ないのに、それ以上の力を持たされて戸惑うのも無理は無い。


高町なのはは――他人に躊躇い無く魔法を撃てる、人間ではないのだから。


フェイトやはやて、アリサのような悲運な過去が生み出す悩みではない。

戦士を目指す人間ならば、自分の手で武器を取った者が最初にぶつかる壁だ。

当たり前といえば当たり前――だからこそ、大切な問題。

ここで対処を誤れば、なのはは間違いなく自分の行く先を変える。


悲しみを終わらせる為に、真摯な話し合いを望む優しさを――悲しむを止める為に、魔法で断罪する強さに。


自分自身の才能を生かして、我が身が傷付くのも省みずに杖を振るう。

恭也や美由希と同じ道を歩みだす――

推測で物事を述べているだけで、恭也や美由希の剣の本質は違うかもしれない。

だけど――恭也や美由希と、なのはは血で繋がった家族なのだ。

なのはは素直で優しい女の子だが、内面に一途な強さを持っている。

剣の才能は無く諦めたようだが……魔法の才能が有ると知った今はどうだろう?

今回こそ俺は説得という手段を取ったが、これはあくまでプレシアがフェイトやアリシアの母親だからだ。

同情の余地も無い糞ったれな敵ならば、容赦なくぶっ殺す。

どちらが正しいのか、正義を掲げない俺には分からない。

ならば結局、自分の気持ちを優先しよう。


俺は――問答無用で敵を倒すなのはなんて、見たくない。


冗談じゃない。

この俺が渋々ではあるが、自分の敗北を認めたんだぞ。


帰りを健気に待ち続けた少女の優しさを。
敵対したフェイトを倒すのではなく、友達になる努力をした少女の決意を。


捻くれ者の俺が、素直に凄いと思ったのだ。

フェイトを救えたのは俺じゃない、なのはの一生懸命な言葉だ。

アリサを大切に思う気持ちも、はやてを助けようとした想いも、なのはに半ば感化されたからだ。

――自分が弱くてもいいと受け入れられたのは、高町なのはに憧れたからだ。

今更、覆されてたまるか。

誘拐犯を説得しようとする俺がまるでアホではないか。

誰が何と言おうと――世界が今度どうなろうと断じて認めん。


「壊すためじゃなく、守るために使えばいいだろ」

「おにーちゃん……?」


 自分の弱さを嘆き悲しんでいた少女が、グショグショに濡らした顔を上げる。

少女の悲しみに共感はしない。

ジュエルシードの悲劇を止める為に、魔導師になる道を選んだのは本人だ。


「誰かを守る為に、誰かを倒す。それが嫌なら、無理に倒さなくてもいいだろ。
戦うのとか、誰かを傷つけるのとか、いつも怖くて不安で手が震える――普通だと思うぞ?」

「でも! わたしが迷った結果、誰かが傷付くんなら――」


「その時は、助けてやれよ」


「――っ!?」


 悲しみに揺らめく少女の瞳に、快活に笑う俺の顔が映る。

救いを求めて泣いている少女の手を、俺は力強く掴んでやった。


「レンと晶が喧嘩したら、お前はどうした? 係わり合いになるのが嫌で、シカトしてたか?
――止めただろ、やめなさいって叱っただろ。二人は、ちゃんと仲直りしたじゃねえか。

同じ事をやればいい。力があるとかないとか、関係あるか。
自分が頑張れば絶対みんなを守れる――そんな風に思い込んでるから、余計ビビッちまうんだよ。

争い事とか、悲劇とか、今回の事件のような状況が起きた時――
苦しくて悲しくて助けてって泣いてる人を、助けに行ってやれよ。お前の力と――意思で」


 小さく震える女の子の頭に、俺は手をのせる。


「安全な場所まで、一直線によ」

「……っ、ひぐ……はい……うう……」


 今度こそ、少女は我慢しなかった。

自分の心に忠実に涙を流して、透明な雫を零す。

胸の奥に詰まっていた苦しみや悲しみを、洗い流すために。

こういう空気は苦手なので、そっぽ向いた。


「たく、馬鹿にしやがって……今になってそんな事に悩むな!」

「ぐす……ふぇぇ……らって、らって、わたし、誰も助けられなくて、とっても辛かったんれす……」

「誰も助けていないっていう、その思い込みもムカつく!」


 呂律が回っていないぞ、チビッ娘。

戦う前から精神疲労しそうだが、この際なのでぶち撒けておく。

プレシアとの決戦前に、余計なストレスは溜めたくない。


「あのな……
こんな事てめえに言いたかねえが――フェイトが母親に捨てられた時、俺はお前を頼ったんだよ」

「! わ、わたしをですか!?
で、でもでも、わたしは結局間に合わずでして――」

「お前は立派に間に合ってたよ。
お前が何度拒まれても、真っ直ぐに何度も友達になりたいって気持ちをあの娘にぶつけてただろ。
俺だって地下牢でヘコんでたけど、お前ならこの時どうやってフェイトを励ますか――そう考えたよ。

分かるか?

魔法以外の面でお前はフェイトの心を支えて、俺をこうやって立ち直らせたんだよ。
巨人兵と戦ってる最中も……そのなんだ、お前の泣き顔が浮かんだよ。

――俺が死んだら、お前絶対泣くだろうなって……そう考えたんだよ、俺ともあろうものが!

そのおかげで俺は今生きてるし、こーやって勘違いで悩むお前とも話せる訳だ」

「……わたしが……フェイトちゃんやおにーちゃんを……助けられた……?」


 まだ信じられないらしい。どういう育て方をしたのだろうか、桃子め。

先程教育方針を褒めたのに、八つ当たり気味に今度は否定する。

恥ずかしいんだよ、これぐらい許せ。

絶対顔が赤くなってるのを自覚して、せめて見られないように肩を強引に抱いた。

なのははびっくりした様子で、俺の中に飛び込んでくる。


「分かったのなら、下らん事を心配するな。
堂々と胸張って、お前の助けを震えて待ってる誰かを助けてやれ。

お前の魔法はきっと――泣いている命を助ける為にあるんだよ」


 誰かを壊すのではなく、誰かを守る。

悲しみを撃ち貫くのではなく、悲しみを癒す。

強さを優しさに変えて、高町なのはは魔法少女として歩んでいける。

今は泣いてもいい。

いずれ誰かの涙を止められるのならば、その涙にも価値がある。


――涙も枯れた大魔導師には、決して分かるまい。


今から始まる最後の戦いは、その価値を教える為にあるのかもしれない。

託された頁を胸に、俺は空を仰ぎ見た。

少女の成長を喜ぶように、空はとても綺麗だった。









































































<第七十一話へ続く>







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