とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第六十四話







獣を思わせる尖った耳と尻尾。

胸元を覆う白のタンクトップとラズベリーパンツが、均整の取れたラインを強調している。

その体躯は雌豹のように美しく、強靭。

空間モニターに突如映し出された女性――フェイトの使い魔アルフ。

キツめだが美麗な顔立ちを焦燥に染め、薄い朱色の長い髪を振り回して叫ぶ。


『お願いだよ、あの子を止めて!』

「突然そんな事言われても分かるか!? 事情を説明しろ、事情を。
つーか、何処に居るのか教えろ。歩きながら聞いてやる」

『悠長にしてないで、走って来てよ! 急いでるって言ってるだろ!』

「……貴方にやられた傷が超痛いんですけど」

『うっ……ごめん』


 素直に謝っちゃった!?

強気な彼女に殊勝に頭を下げられると、文句を言った俺が悪人のようで気が引ける。

実際傷が身体を蝕んでいるが、どの怪我を誰に負わされたのか分かりようがない。

彼女以外にもプレシアや巨人兵、はやてとの戦闘で大怪我を負っているのだ。

現代医学だけならば、当の昔に死んでいる。

月村の血はともかく、魔法や那美の魂と言った非科学的な力で支えられているのが現状だ。

――あ、魔法は進化した科学のようなものか。

どういう原理なのか不明だが、並走する空間モニターに映るアルフの案内に従って俺は歩く。

発信者の意思で動くテレビ電話と解釈しておこう、3ビットの脳内コンピューターが混乱する。


『――あんたが病院に戻っている間、アタシらは時空管理局に協力してジュエルシードを集めていたんだ』

「へえ……アンタやフェイトも一緒に?」


 このジュエルシード事件、散布されたのは偶発的な事故だが、意図的に集めている人物が居る。

プレシア・テスタロッサ――時空管理局が警戒する容疑者候補。

彼女の娘フェイト・テスタロッサも命を受けて、積極的に回収を行っていた。

視点を変えれば共犯に見える人物を、世界を滅ぼす力を持つロストロギア探索に参加させる――

日本の警察制度と照らし合わせれば、まずありえない話である。

俺の疑問を他所に、アルフは説明を続ける。


『今更あの女に義理立てする気はないからね……管理局に何もかも話したのさ。
洗いざらいぶちまけて、事件を無事解決した後で今後を決めるって話に落ち着いたんだよ。

その間現地調査員も少ないってんで、アタシやフェイトが回収を手伝ってる』

「よく許したな、あいつら。探索中にお前らが逃げるとは思わないのか?」

『当然、あのクロノって奴の監視付きだよ。逃げる隙もありゃしないよ。
それにほら、フェイトの事もあるしさ……

――同情かもしれないけど、艦長も親身になってくれたんだよ。

あの子の将来を考えたら、心証を悪くしたくないからね』

「なるほど……リンディらしいな」


 自分の息子を執務官に育てた立派な母親だ、人徳もある。

フェイトの境遇やこれまで受けた虐待を知れば、深い同情を寄せても無理はない。

他人の事情なんぞシカトの俺でも、プレシアには腹を立てたからな。

フェイトの犯した罪がどの程度なのか分からないが、リンディ達ならばきっと力になってくれるだろう。

初対面で俺様を誘拐犯呼ばわりしたアルフでも、リンディの母性を感じ取れたに違いない。

無理に逃走しても、フェイトにはもう帰る場所はないのだ。

リンディ達の機嫌を損ねる真似は、百害あって一利も――


「――やべえっ。さっきの弁解、やばかったか」

『……? 何の話だい』

「いや、実はよ――」


 黙っていればばれないかも知れないが、後々に悪い影響を及ぼす可能性がある。

正直、これ以上遺恨を残すのは勘弁願いたかった。

後腐れなくこの事件を終わらせて、少しはのんびりしたいのだ。

俺はプレシアの罪を咄嗟に庇った事を話す――

アルフのプレシアへの怒りは、憎悪に等しい。

怒鳴りつけられるのも覚悟の上だったが、何故かアルフは説明を聞いて絶句した。


『そんな事して……アンタに何の得があるのさ』

「俺に聞くな」

『アンタ以外に誰に聞けばいいんだよ!? 答えな!』


 態度のでかい女である。

男は女に言い辛い事だってあるのだ。

気持ちを察してそっとしておく――なんて出来ないか、こいつには。

問答無用で襲撃された過去を思い出して、嘆息する。

俺の煮え切らない態度に腹を立てたのか、空間モニターに怒りの形相がドアップで迫り来る。


『プレシアはあんたの大事な女の子を攫ったんだよ!』

「大事とか言うな!? 気持ち悪い!」

『はいはい、悪かったよ……アンタの一番大切な子はアリサだもんね』

「そういう意味で謝るのかよ!?」


 彼女との戦闘中泣き叫んでしまったので、違うと明言出来ないのが悔しい。

この世に戻ったからこそこうしてのほほんとしてられるが、今もいないと考えるとぞっとする。

御主人様に生意気な口を叩く小娘だが……まあ、いないよりはいいだろ。


『……フェイトの為かい?』

「……」

『重い病気にかかっていたあの娘を無理やり攫っ――』

「違う」


 申し訳なさそうなアルフの戯言を、俺は遮断する。

馬鹿な意地だと分かっていても譲れない。

俺だけじゃない――今も懸命に病魔と戦っているアイツの意思でもある。


「フェイトは、手術が怖くて病院から抜け出したレンを保護してくれたんだ。
俺は迎えに行っただけだ」

『アタシも……協力した。アンタを騙す事を、心の中で認めてたんだよ!』

「騙された覚えは無いぞ。負け犬に騙される俺じゃないぜ」

『憎いとは思わないのかい! レンって娘は発作で死に掛けたんだよ!?
アンタだって――あんなに苦しんでさ……

何でそんなに優しく出来るんだい――』


 ……俺に、優しいってのは褒め言葉じゃないからな。

うすら寒い事を言われて鳥肌が立ったが、茶化すのは止めておいた。


アルフが――泣いているように見えたから。


ハッキリ言って、怒鳴られるよりも対処に困る。

クロノやリンディには嘘だとバレバレで、プレシア本人も俺のナイスな推察ではヤバい魔法に手を出している。

下手をすれば信頼を失うだけの愚行、フェイトへの好意でも何でもない。

どう言えばいいのか悩みながら、俺は頭を掻いて答える。


「別に恨んでないからな、お前らのこと」

『……アタシは、アンタをあの時殺してたかもしれないんだよ』

「してたのかよ、あれ!? たく……
いつかもっと強くなって、余裕で倒せるようにしてやる」


 中指を立てて宣言すると、アルフは一瞬キョトンとした顔をして――爆笑した。

何がそんなに可笑しいのか――何をそこまで溜め込んでいたのか、心底愉快げに彼女は笑う。

最初こそ不愉快だったが、俺も何故か釣られて笑ってしまった。

辛気臭い顔なんぞ、御免だった。

顔も性格もキツいが、豪胆に笑っている方が彼女らしい。

二人で大笑いして、零れた涙を無造作に拭いた。


『マグレで一度アタシに勝てた程度で調子に乗るんじゃないよ。
アンタが勝てたのは、アリサのお・か・げ。
あの娘に感謝しなよ。束の間の栄光を味わえているんだから』

「メイドが主人を助けるのは当然!」

『……あの娘も大変だね……図々しい主を持って。
アタシはフェイトが主で、本っ当に良かったよ』

「俺だってお前みたいなゴッツイ女、家来にしたくねえよ」

『あの夜に初めて見たけど、アリサは確かにすごく可愛いかったね。

ふ〜ん、あんたって小さい方がいいんだ……』

「誤解を招く言い方をするな!? ええい、訳分からんようになってきた!
お前の大事な主様の話はどうした!」

『そうそう、フェイトがやばいんだよ!? 
ああん、もう! アンタのせいで、余計な時間使っちまったじゃないさ!』

「知るか、ボケぇぇぇ!」


責任の擦り付け合いを始める俺達。

アリサがこの場に居れば、どっちも大馬鹿と冷淡にツッコんだだろう。

過保護な使い魔だけあって、先に口喧嘩を止めたのはアルフだった。


『時空管理局が探索したジュエルシードを、アタシとフェイト、そしてユーノとなのはが回収してたんだよ。
あの石がヤバい代物だって分かって、皆必死でさ――
一致団結して、残り6個ってところまでこぎつけたんだよ』

「お、ゴールが見えてきたじゃねえか。

数は全部で21個で――プレシアは何個持ってるんだ?」


 フェイトとアルフに聞きたかった事柄の一つ。

アルハザード発動に必要な魔力量がどれほどか不明だが、数が多ければ多いほど成功率は高まる。

成功率が高いほど、奴が初期の計画を実行に移す可能性も高まる。

アルフはプレシアの名前が出た途端険しい顔をしたが、質問には答えてくれた。


『3つだよ。今考えると、馬鹿な事してしまったよ……』

「フェイトは母親を心から愛してたんだ。仕方ねえよ」


 親を慕うのは当然の感情だ、俺には理解不能だけど。

プレシアが持っているジュエルシードは3つ――21個で100%と考えれば、成功率は7分の1。

理性が一欠けらでも残っていれば、まず実行には移さないだろう。

ただ、楽観視は出来ない。

たった一つでも世界を揺るがす強力な力を秘めている石だ。

ジュエルシードと法術――選ぶとすれば成功率の高い後者でも、俺が使えないと判断すれば前者に移す。


「残り6個の場所は突き止めているのか?」

『範囲を広げて探しているんだけど、見つからないんだよ。街中にない可能性もあるって。
それでフェイトが焦っちゃって――』


どうやらここからが本題らしい。

口ごもるアルフを急かさず、俺は黙々と移動を続ける。

身体に疲労や痛みはなく、精神もやる気で漲っているが、何処か軋んでいる。

人間に備わっている自然治癒力を、今の俺は無理やり出力を引き上げて回復させているのだ。

身体全体は動いても、エンジン出力オーバーロードのブースト状態ではいずれ粉々に砕け散る。

とっとと終わらせて、一休みせねば。

アルフは決心がついた顔で語り始める。


『最初から……様子は変だったんだ……
アンタが無事に意識を取り戻して、最初は凄く喜んでいたんだけど――次第に沈んだ顔になって。
ジュエルシード回収の時も見てられないほど必死でさ、周囲に被害が出ないようにって魔法を必要以上に酷使するんだよ。
クロノやなのはにも心配されてたんだけど、大丈夫って聞かなくて――

――夜もね、全然寝てないんだよあの娘……

毎晩魘されて、起きた途端泣いて、泣き疲れて寝たらまた魘されて……の繰り返し。
アタシが声かけたら、平気って悲しい顔で笑うの。

フェイトのあんな笑顔――見たくないよ、アタシは』


 月村の血と那美の魂、精神を支えるアリサとミヤ――看護役のフィリスと、監視役の彼女。

俺は身体も心も今、誰かに支えられて生きている。


――母親に捨てられたフェイトは、何を支えに生きているのだろうか……?


心を壊した少女は、なのはの純粋な想いによってかろうじて救われた。

あの地下牢で、俺はフェイトに告白して誓いを立てた。

ボロボロの身体と心に鞭打って、フェイトは何とか立ち上がったが――彼女はまだ、喪ったままなのだ。

俺やなのはでは補えない、母への愛を。


「ジュエルシードもまだ見つかってないから休んでいていいって言われたのに、あの娘探しに行くってさっき部屋を出て行ったんだ!」

「クロノやリンディが許さないだろ、そんな事」

「何度も言われてるのに聞かないんだよ、あの娘! 
このままだと一人で此処を飛び出して、そのまま探しに行っちゃうかもしれないんだ。
今管理局と揉めたら、フェイトの立場まで――

……アンタには辛い事ばっかり押し付けてしまってるけど……あの娘を、止めて欲しいんだ」

「人選ミスだと思うぞ、俺は」


 心傷める少女を優しく説得する役目なんぞ、柄じゃない。

自慢じゃないが、海鳴町へ来るまでは悪口が平均高だったんだぞ。

他人に優しくするより、他人を蹴飛ばして自分を守っていた男だ。

年齢差や性別違いどころか――住む世界も違う少女に、何を語りかけろというのか。


「勿論アタシだって説得したさ! 皆、皆……信じられないくらい、優しくしてくれたよ。
でも、駄目だった。


あの子には、その優しさも辛いみたいなんだ……」


 ――それは分かる気がする。

俺が他人を疎む理由の一つに、優しさに対する煩わしさがある。

過度の期待がプレッシャーになるのと同様で、下手に気遣われても疲れるのだ。

極端に毛嫌いしている俺は別格にしても、人間誰だって一人になりたい時だってある。

ただ今のフェイトは一人になるのは許されない立場であり、一人にしてはいけない状態だ。

その辺の匙加減は、本当に難しい。

少しでも間違えれば、心の色が変化してしまう。

料理ならばやり直せば済むが、心はなかなか元には戻らない。


「……分かった。ただし、説教とかはしないぞ。
フェイトと話をするだけだ」

『それでいいよ。あの娘の相手をしてあげて』

「つーか、お前――今の言動だと、俺が優しくないって言っているのと同じだぞ」

『あはは、何言ってるんだい。言葉より行動だろ、アンタの場合』

「さっきは優しいとか何とか言ったくせに、勝手な奴め……」


 舌打ちしながらも、アルフに精気が戻って少し安心している自分がいる。

何とか勝てたとはいえ、アルフは本物の強者だった。

俺が旅の間相手をした町自慢のチンピラとは比較にならないレベルの戦士――

悲しみに沈む顔なんて似合わない。

突っ走りがちな面はあれど、自分の強さとフェイトを守る意思を誇っていた彼女を俺は認めていたのだ。

事件が解決すれば――今後会えるかどうか、分からない。

異世界への扉を開いた鍵ジュエルシードが回収されれば、扉は再び閉ざされる。

クロノ達は元の世界へ帰り、フェイト達とも御別れしなければならない。


俺も同じ――海鳴町から旅立つ日は必ずやって来る。


いずれその日がやって来るのなら、せめて笑顔で別れたい。

辛気臭い顔でおさらばなんぞ気が滅入るだけだ。

アルフにフェイトが居る場所をモニターで案内させて、俺は腕に巻かれた包帯を解いていく。

止血処置は受けているが、大怪我を追っている箇所で包帯も汚れている。

ガーゼのみだと艦内の空気が傷に浸透して多少気持ち悪いが、我慢するしかない。

案内が無ければ容赦なく迷うアースラ艦内を歩き回って――ようやく辿り着いた。


金色の長い髪を揺らして歩く、黒衣の少女。


頼りなげな背中を黒いマントで隠して、フラフラした足取りで目の前を歩いている。

杖を携えて一心不乱に前へ進むその姿は、タンポポの綿毛のように飛んで消えていってしまいそうだった。

フェイトの後姿を確認した俺は、黙ってアルフに映像を切るようにジェスチャーする。

暗にお前は引っ込んでいろと言われて、当然アルフは目線で抗議。

俺に任せられないなら帰ると回れ右すると、唇を噛み締めながらも渋々アルフは空間モニターを切った。

宜しく頼むと、最後に切なげな瞳を見せて。


さて――思い掛けない展開になったが、フェイトとの再会だ。


考えてみれば、二人っきりで話をするのは久しぶりだ。

プレシア宮殿ではミヤが居たし、他の場所でも誰かの目があった。

正直、二人の会話で良い思い出はない。

落ち着いて話をする機会も無く、互いの思惑が絡んで心の内を明かせなかった。

親密さなんて微塵も無かったと言える。

ミヤもおらず――誰のフォローも無いまま、俺はフェイトに接しなければならない。

どれほど強大な敵でも倒せば勝利の戦闘より、今回は手強い。

子供相手におたおたするのはみっともないが、フェイトに関して俺は連戦連敗なのだ。

いつも傷つけ、悲しませてしまった。

今回もまた間違えてしまえば――取り返しがつかなくなるかもしれない。

フェイトの今の頑張りは、不安の表れでもある。


自分の居場所――小さな羽を休める場所が無いので、必死で飛び続ける。


なのはやアルフ、クロノ達も一緒だが、目的地が無い為に仲間の存在が重荷になる。

一緒に飛んでくれる人達に申し訳なく思い、羽は重くなる。

羽が折れれば墜落して死ぬ。

小鳥はそれさえも分かっていて――それでも飛ぶしかない。

恐らく……死ぬ事さえも目的地、安らぎの場所。

嵐の夜、山で倒れた俺のように。


――俺は、大空を飛ぶ羽なんて持っていない。


空を飛ぶ小鳥を追う術も、一緒に飛んでやる事だって出来ない。

俺とフェイトは、所詮他人。

手をどれほど伸ばしても、天高く飛ぶ鳥には届かないのだ。


「何処に行くんだ、フェイト」

「――!? 貴方、は……」


 肩越しに振り返り、フェイトは驚いた様子を見せる。

俺がこの船に来た事は知らなかったようだ。

アースラ搭乗後、クロノやリンディとずっと話していたからな……挨拶に行く余裕も無かった。

……何度も言うが、自分が今宇宙船に居る実感が無いけど。

フェイトは持っていた杖を握り直し、ハッキリとした口調で言った。


「ジュエルシードを探しに行きます」

「顔色悪いぞ。目が疲れ切ってるし、身体もすげえだるそうじゃねえか。
やめとけ」

「……大丈夫です」


 フェイトは俺に頭だけ下げて、背中を向ける。

――あれ、俺って実は嫌われてる……?

たとえ断るにしてもクロノ達には、心配かけないように笑顔を見せたと聞いている。

なのに、俺には表情一つ見せずに会話を打ち切られてしまった。

うぬぬ……なのはやアルフに負けるのは仕方ないにしても、俺より付き合いの浅いクロノにまで負けるとは納得がいかないぞ。

人に嫌われるのは慣れているが、一度好きになった子に距離を取られるとへこむ。

裏切られたと勘違いして、フェイトに散々嫌味を言ったので嫌われて当然ではあるんだけど。

とはいえ、このままあっさり行かせたら俺は単なるピエロだ。


「その頑張りは――プレシアに振り向いて貰うためなのか?」

「……」


 フェイトの足が止まる。

いや……前へ進もうとはしているのだが、躊躇が生まれて足取りが重い。

動いていないに等しい。


「努力するのはいいけど、焦ったってどうにもならないぞ」

「……ジュエルシードは暴走の危険があるロストロギアです。
放置すれば、関係の無い人に被害が出ます」

「本当は、他人なんてどうでもいいくせに」


 小声で言ったのだが、フェイトは過剰に反応して振り向いた。

人形のように綺麗な瞳に浮かぶ、怒りの色――

幼くも鋭く引き締まった顔に若干の赤みが差している。


「いつから博愛主義者になったんだ? なのはの熱でも移ったのか」

「被害者を出していいとは思っていません」

「このまま無茶をすれば、めでたくお前が被害者になるぞ」

「――放っておいて下さい。自分の事は自分が一番分かっています」


 俺はなのはやクロノ達のように、人にやさしく接する事が出来ない。

相手への気遣いがひどく苦手で、何を言えばいいのか分からなくなってしまう。

……案外自分が一番自分の事を分かってないのかもしれないぜ、フェイト。


「お前が倒れたら、俺が困る」

「どうしてですか……?」

「お前が母親に倒れられたら困るのと同じだ」

「――っ」


 俺達は似た者同士だ。

自分の今まで大事にしてきたものを失い、自分自身を見失った。

今度どうすればいいのか悩み苦しんで、立ち止まったままの今が怖くなって見切り発車してしまう。

そして、結局迷って失敗する。


「もしまた母親に会ったら、何て言うんだ?」

「……それは」

「まだ分からないんだろ? なら、余計に腰を据えるべきだ。
焦る気持ちは分かるけど、勢い任せで突っ走って解決する問題じゃない。
ジュエルシードの事はクロノ達に任せて、プレシアをどうするか対策を練ろう。

俺も協力するから」


   そのままゆっくりと、俺はフェイトに手を差し出した。

初めて差し出した、他者を求める手――

フェイトが好きなのだと気付いた時から、俺の中で躊躇は消えていた。

彼女の心に俺はいないけど、振り向かせる努力はするべきだ。

高い空を飛ぶ小鳥に、地上から必死で大声を出し続ける。

彼女の心に響くように――

フェイトは俺の手を辛そうな顔でじっと見つめていたが、静かに首を振る。


「……ごめんなさい。これは、私の問題だから」


 不思議と――落胆は無かった。

無論落ち込んだが、空虚な胸の内に悲しい理解がある。

ああ、こういうものなのか……好きな人に拒絶されるというのは。


俺はなのはに――はやてに、こういう態度を取っていたんだよな……


自分の中で勝手に線引きして、近付けない様にした。

相手が自分に好意を抱いていると知りながら、俺は拒否して一人背中を向けて走り去った。


高町家を出る時泣いていたなのは。

知らない所で自分の命を粗末に扱われて、心を闇に染めたはやて。


今の俺より辛く悲しい思いを味わったに違いない。

立ち直り、変わらず俺を信じてくれた二人は本当に凄いと思う。

俺では多分なのはのように待ち続ける事も、はやてのように信じ続ける事も出来ない。


疑ってしまう、信頼を――愛情を。


差し伸べた手をそのままに、フェイトは再び背を向けて歩いていく。

今度こそ振り返る事は無いだろう、幾度声をかけても。

どれほど想いをぶつけても。


俺は――フラレたのだから。


愛情の上下や濃淡は問題ではない。

どれほど相手を想っていようと、相手が応えない限り虚しい片想いなのだ。

孤独な背中に言葉を失い、アルフも自分の無力に悔やんだのだろう。


――甘いぜ、アルフ。


お前達はともかく、俺は既に悩む段階を超えたのだ。

一度や二度大失恋かました程度で落ち込むヘナチョコじゃないぜ、俺は。

孤独の剣士は、嫌われて当然の存在。


ここから・・・・が、本領発揮なのだ。


俺はポケットに入れていた包帯を取り出して、早足でフェイトに歩み寄る。

しつこく迫る男に深い溜息を吐いて、フェイトが振り返った瞬間――


「なっ――何をするんですか!?」


 ――電光石火の早業で、自分の右手とフェイトの左手を包帯で痛いほど縛り上げた。

荒事に慣れているフェイトも、0.5秒の早業に咄嗟に対応出来なかったようだ。

フェイトは痛そうに顔を歪めて、結ばれた手を強引に引いた。


「御願いします、離して下さい」

「やだよ」 

「離して下さい! 私はやる事があるんです!」

「残念だったな、俺もやる事があるんだ。付き合ってくれ」

「どうして私が付き合わなければいけないんですか!?」

「どうして俺がお前の言う事を聞かないといけないんですか」

「貴方が縛ったんじゃないですか!!」


 0.5秒の声真似に、フェイトが柳眉を吊り上げる。

感情を表に出さない少女に珍しい激情――

フェイトはバルディッシュを持ったまま、結び目を必死で解こうとする。

笑いを堪えるのに必死だった。


「くっ、くっ……緩いのに、どうして解けないの……!?」

「お前達の世界の魔法も凄いけど、俺の国の補縄術もなかなかのもんだろ。
サバイバル生活の必須能力だ」


 縄じゃないし、駅のゴミ箱で拾った漫画雑誌で覚えた技だけどね。

必死で抵抗を繰り返すが、無理だと悟ったのかフェイトは俺を睨みつける。

バルディッシュを俺に突きつけて。


「今すぐ解いて下さい」

「話が終わって、ゆっくり休憩した後で解いてやるよ」

「今すぐです!」

「ムキになるなよ。余裕が無い証拠だぞ」

「この程度の布、魔法でも解けます。
貴方の手まで焦がしてしまいますけど、それでもいいんですか?」

「俺は大火傷したんだぞ。今更多少怪我が増えても変わらん。
その程度の脅しにビクつく訳ないだろ。

俺をどうにかしたいなら、ご自慢の雷で焼き殺してみるんだな」


「そうしたくないから、言ってるんじゃないですか!!」


 鼓膜を震わせる大罵声――!

凛々しく引き締まっていた顔が、一気に崩れ落ちた。

唇を震わせ、白い歯をカチカチ鳴らし、涙が滲んだ目で叫ぶ。



「わ、私……あ、ああ、貴方を……あんなに怪我させて……

ゆ、夢に……火が、火が、血だらけの貴方を燃やして……恨めしそうに、私を見るんです……

いや、いやぁ……わ、私の手……血で、濡れて……貴方を死なせて……殺して……


もう嫌なんです……あ、貴方を傷つけて、迷惑ばっかり……あ、あ……


ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……

私のせいです、全部、全部……ごめんなさい……」


 地下牢で結ばれた俺達の手は一度解け、再会した時片方の手は血煙の中で転がっていた。

フェイトもまた……悲しみを終わらせる為に、事件を終わらせようとしていた……


母親に愛されず、ゴミのように捨てられた少女――


間違い続けた俺達はどこまでも、悲しいほどに似ていた。








 
































































<第六十五話へ続く>







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